19 うじうじアレクシス
昼休みになった。
ティリアはアレクをチラチラと気にしていたのに、アレクはティリアと目も合わせようとしない。彼女は諦めてクラスメートの女子と連れ立って出て行ってしまった。
そうなってから未練がましく後ろ姿を見送るアレクの両肩を、僕とヴィルが叩く。
「さて」右からヴィル。
「お馬鹿さんを叱らないとな」左から僕。
「な、なんだよっ!?」
「さーて、昼飯食べに行くぞ」
宇宙人を連れ去るように、嫌がるアレクを食堂に連行する。
それぞれトレイを受け取り椅子に座ると、早速ヴィルがアレクをこき下ろした。
「好きな子をいじめるなんて、やることが幼稚すぎる」
「うっ……」
アレクが呻いた。いじいじとフォークをパスタに絡めては離す。お下品だからやめなさい。
「僕だってわかってるんだよ。だけど、ティリアを前にすると思ってもいないことを言っちゃうんだ……」
しょげた様子でアレクが言う。心なしか、いつもは太陽みたいに眩しく見える橙の髪も精彩を欠いているように見える。
うーん、これは単純に恋愛特有の素直になれなくて意地張っちゃうやつか、あるいはアレクシスがそういうキャラ設定だから知らず知らず“言わされて”いるのか。もし後者なら他人事ではないのだが。
でもヴィルはキャラ設定とは大分違うしなあ。この違いは何なんだろう。僕が把握していないだけで、裏設定にあったのだろうか。
そんなことを考えつつ、僕は綺麗に白身魚のソテーを切り分けながらアレクに言った。
「言っちゃったことは仕方ないから早く謝りなよ。時間が経てば経つほど謝りにくくなるよ?」
アレクはでもだのだってだのと煮え切らない。
「謝るとなると、理由も言わなきゃいけないじゃん……」
「言えばいいだろ」
「なんて言えばいいのさ」
「ティリアのことが好きだから嫉妬しましたって」
「こんな情けないタイミングで言えないよ!」
さらりと言うヴィルに泣きべそのアレクが反論するが自業自得だ。今までにいい感じのチャンスはあっただろうに。
自分のことじゃないから僕は無責任にけしかける。
「んー、ティリアさんもアレクのこと嫌いじゃないと思うし、言ってみちゃえば?」
「何でそう思うの。根拠は?」
アレクはずいと顔を近づけた。適当なことを言ったら許さないと必死である。もうちょっと余裕持てないと皇太子殿下に勝てないぞ。アレクの持ち味はそこじゃないにしても、攻略キャラならある程度の包容力は兼ね備えておいてほしいのが元プレイヤーの本音である。
友人としてはアレクに頑張ってほしい。打倒皇太子殿下だ。
僕は重大な秘密を教えるように声を潜める。
「特別にアレクに女の子の生態を教えてあげよう。女子というものは、好きでもない男に好意を押し付けられたら、よっぽど上手くやらない限りどんなに相手がイケメンでも割と引いちゃうものなの。アレクは結構押してるように見えるけど、僕が見たところティリアさんは満更でもなさそうだから行ける行ける」
全世界の女性たち、主語をでかくしてすまない。ティリアとアレクに関しては合っていると思うので許してほしい。
言い切った僕をアレクは信じてなさげな目で見る。この中で一番女の子の気持ちがわかるのは間違いなく僕だ、信用しなさい。
「随分女子の考えに詳しいじゃん」
「あー、妹に聞いたんだよ」
「妹いないって言ってなかったか?」
「妹みたいなね! 近所の女の子に聞いたの!」
ヴィルに突っ込まれて慌てて訂正する。妹いないって言ったんだっけ? 覚えてない。ヴィルはよく覚えてたな。
アレクはまだぶつぶつと後ろ向きなことを言っている。
「ほんとにティリアは僕のこと好きなのかなあ……」
「俺が言えることは、婉曲的に言っても伝わらないから直球で行けってことだな」
オズウェルとのやりとりを見たヴィルがアドバイスをする。うんうんと僕も頷いた。ヒロインの鈍感力を侮ってはいけない。
ライバルたちの一歩先を行くためには、まず意識してもらうことが先決だ。とはいえアレクはオズウェルよりはずっとリードしていると思うけど。
未知の皇太子殿下との仲がどれぐらい進んでるかが問題なんだよなあ。既に接点を持っていることは確かなんだけど、殿下とのイベントどこまで消化してるんだろう。『涙の理由』は夏休み前だっけ?
僕たちからの激励を受け、アレクは「よし」と自分を奮い立たせるように握りこぶしを作る。
「エディ、ヴィル、ありがとう。ご飯食べ終わったら謝ってくるよ」
「おー、がんばれ」
「素直に謝ってくるんだよ」
アレクは急いで食事を終えるとバタバタと慌ただしく食堂を後にした。
手を振って見送ると食事を再開する。学食とは思えないクオリティの料理は冷めても十分美味しい。
「上手くいくといいね」
「エディってティリアのことが好きなんだと思ってたけど違うんだな」
「ぶっ!」
僕は口の中のものを噴き出しそうになって慌てて呑み込んだ。危ない、王子様の顔にインゲンの欠片飛ばしたら周りから悲鳴が飛ぶ。
「ヴィルまでそんなふうに思ってたのか?」
「俺まで? 他にも言われたことあるのか?」
「ロラン先輩に」
ヴィルはその名前を聞くと眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔をした。
「あの時か。まあ誰だってそう思うだろうけど。だってエディ、ティリアのことやたらと気にしてるし、愛おしそうに見てるし」
「い、愛おしそうですか」
そんなふうに見えてたのかと僕は衝撃を受けた。ただヒロインに幸あれ! と推しの成長を見守っていただけなんだけど。
これは逆に歓迎できない展開になったりするのだろうか。ヒロインのライバルとして断罪されることはなくても、攻略キャラのライバルとして貴族界から排除されることになったり?
でもそもそもリュシアン兄様が攻略キャラにいるし、そんなことにはならないだろ……ならないよな?
僕は念のため、現状ライバルみたいな立場になってしまっているヴィルに対して弁解を試みた。
「えっと、ティリアさんのことは妹みたいに思ってるだけというか、守ってあげなきゃと思ってしまうだけで、恋愛感情はないよ。全然ない」
「ふーん、まあいいや」
いいんだ!? 軽く流されて拍子抜けする。僕の焦りは何だったのか。
「夏休みは実家に帰るんだよな」
「そうだよ」
「遊びに行ってもいいか? たしか西南のほうだったよな」
「……それって一目惚れしたっていう相手を探すためだろ?」
「ばれたか」
ヴィルはぺろっと舌を出した。
「だめだめ、そんな子は心当たりないって言っただろ」
「そんなこと言って実は隠してたりしないか?」
「しないって」
「じゃあ俺のところに遊びに来てよ」
ヴィルの誘いには正直心が揺らいだ。夏休みに友達の家に遊びに行くのは青少年としては必須イベントだ。お泊まり会とかして同じベッドに寝転がって夜更けまできゃいきゃいお喋りしたい。
めちゃくちゃ遊びに行きたい……ヴィルが同性であれば!
領地どうし距離が離れているので、遊びに行くとなると泊まりになるだろう。泊まりで隠し通せる自信がないし、日帰りで行くにしてもさすがに真夏になれば厚着していられない。
僕は涙を呑んで断った。
「やめとくよ。いつも帰ってない分、長期休みはずっと家にいてほしいって言われてるからさ」
「箱入り娘みたいな扱いだな」
ヴィルの揶揄に乾いた笑いを返すほかなかった。的確に抉ってくるじゃん……。
その後、アレクは無事ティリアと仲直りできたようだ。
ただし結局告白まではできなかったようだが。ヘタレめ。




