男女共学のバイビー53
孤立し、恐怖におののく頭に、深く赤い霧の刃が音もなく近寄って行った。
濃霧に包まれた山林の静寂が孤立した頭の心を音もなく狂わせて行く。
心と体が分離して、心が霧に溶け、黒いパズルのコマに溶け込む悪魔のように囁いて来る。
「霧の踊る指先の爪が滴る影絵になれば、そのパズルの溝の底、赤い死の万華鏡の割れた組み込み、静寂なる赤い死の海に浮かぶ世界こそがお前の成れの果て、自決する海の底に横たわる美しい右腕の肉をえぐる力なのさ。眼を開ければ、そこには霧で出来た精巧なるロボットの眼としての右腕があり、お前は少しばかり気を利かして瞬きをすれば、それはコントロール可能、美しい死の赤い霧は刃となってお前の命を貫き、永遠の安楽と天国への階段を手に入れるのさ。だから早く眼を開けて底無しの闇と化した瞬きを繰り返し、美しき血潮の赤い霧となればよいではないか?」
その囁きに対してじっと瞼を伏せたまま頭が声を震わせながら怒鳴る。
「うるさい、俺はまだまだ死なない。生きるんだ。生きて家族の本に帰るんだ。死に神よ去れ。立ち去れ。死んで堪るものか!」
己自身の赤い霧の心が囁きを繰り返す。
「お前が怒鳴れば怒鳴る程に、お前の分離した身体はその怒鳴り声を瞬きとして捉え、少しずつ、少しずつお前の意思に反し、刃を喉元に突きつけるのさ。ほら見て御覧。お前の喉元はもう刃の手前に来ているではないか?」
おののきと抗い難い誘惑に負け、頭が恐る恐る瞼を開いて行くと、赤い霧と化した己の手がナイフを持ち、その切っ先が自分の意思に反して、少しずつ喉元に近寄って来る。
頭は眼を見開き声を限りに叫んだ。
「止めろ、止めるんだ、止めてくれ!」
霧の中、頭の断末魔の絶叫がひとしきり上がり、その声を深い霧が静かに消し去って行った。




