『一周年記念』/漆恋/中学if●1「初めて」
十月二十三日の明日で一周年記念です!
なので今回は、黒巣漆がもしも宮崎音恋ちゃんに中学生のうちに告白できたら!
を書いてみました!
91話「夜の雪」のあとの中学三年の冬から始まります。
甘めです。
漆黒鴉学園中等部の図書室。
図書委員である宮崎音恋が、下校時刻のため片付けを始めていた。
本来今日の担当は音恋ではないが、他の生徒に頼まれたため、音恋はカウンターに立ち仕事をした。
今日返された本も棚にしまい終わり、軽い掃除を終えたところに、訪問者が来た。
「あ、宮崎っ……」
目が合うなり、片手に本を持つ黒巣漆が顔に驚きの表情を浮かべる。
「黒巣、くん」
音恋は危うく黒巣生徒会長と呼びかけて止めた。
もう黒巣は生徒会長ではない。
現在の生徒会長は、猫塚だ。
「ギリギリセーフだね。返すだけ?」
「あ、ああ、うん。これだけ、頼む」
音恋は歩み寄り、本を受け取ろうと小さな掌を出す。
想い人に会えるとは思いもしなかった黒巣は胸を高鳴らせたが、平然を装い音恋に借りた本を渡した。
音恋はカウンターに戻り、返却手続きを始める。
ヒーターがついた暖かい静かな図書室にいるのは、音恋と自分だけ。
そのことに黒巣がどぎまぎしていたのは十数秒だけだった。
「あれ、図書委員って三人で担当するんじゃなかったか? ……宮崎、今日違うじゃん」
「うん、代わってほしいって頼まれたから。二年生と一年生はサボりみたい」
音恋が一人で仕事をしていることに疑問を持ち、黒巣は壁に貼られた当番割を確認した。
代わりに出たのだから、今日は音恋の名前はない。
「放課後、一人で当番やったのかよ? おい、お人好しにもほどがあるぞ。サボった後輩にも先輩らしく叱っとけよ、中学生でもちっちゃくとも先輩だろ。これから高校生になるんだし」
音恋は一人で仕事をこなした。
音恋の人の良さと、音恋一人に仕事を押し付けた顔も知らない後輩に、黒巣は苛ついてしまい口から悪癖が出てしまう。
音恋を嘲笑うような皮肉を言ってしまった。
「先輩としては叱るべきだとはわかるけれど……それは顧問に報告するだけにする。正直……彼らは騒がしいからいなくてよかったと思っているの。……それから、ちっちゃいは余計だよ」
特段黒巣の言葉に不愉快になった様子はなく、音恋は鈴のように小さく可愛らしい声で穏やかでゆっくりとした口調で返した。
「あー……だからって、ギリギリまで一人でやるなよな。日が落ちるの早いんだし……一人で図書室なんかにいたら、お化けでるかもよ」
「怖くないよ」
「……あっそ」
安堵とときめきで口元が緩みそうになる黒巣は、隠すために頬杖をついてカウンターの向こうの音恋を見つめる。
「そう言えばさ、言い忘れてたけど……」
「?」
作業を終えた音恋は手を止めて、黒巣を見上げて首を傾げる。
その仕草で黒い髪がサラリと肩から落ちた。
「生徒会選挙、お疲れ様」
「お疲れ様でした。黒巣くんのおかげで無事こなせました、ありがとうございます」
黒巣が言いそびれたお疲れを言えば、音恋も改めてお礼を言いカウンター越しに頭を下げる。
話は終わったと思い、音恋は本を本棚へとしまいに行った。
それを見た黒巣は焦る。
もう少し音恋と会話がしたいが、もう音恋は帰ってしまう。
ほんの少しだけ一緒に居るための話題、話題を、と黒巣は考えた。
「……もう、閉めるよ。黒巣くん」
白いセーターの裾が長すぎて手が出てこない音恋は、赤いマフラーをぎこちなく首に巻き付けながら黒巣の前に戻ってきた。
黒巣の心音は乱れる。
下ろした長い髪が乱れて少々不機嫌な表情になりながらも、音恋はセーターの袖で埋もれた手でなんとかマフラーを巻こうとした。
そんな姿が可愛いと思う。
それに今日は何度も"黒巣くん"と呼んでくれている。
前回二人きりで話した時、音恋は敬語ばかり使い"黒巣会長"と呼び一線を引いたような対応だった。
今は少し近付けたような気がする。
だから黒巣は、このまま帰りたくなかった。
「やってやる」
「え?」
"やってやろうか?"なんて言えば、"結構です"と返すに違いない。
だから黒巣は音恋の意見を聞かずに、代わりに髪を乱さぬように首にマフラーを巻いてやった。
接近にどきまぎしたが、ちゃんと出来た。
「……ありがとう、ございます」
「どう、いたしまして」
きょんとした表情の音恋に見上げられて、黒巣の緊張は高まる。
今の行動に疑問を持ち、ひたすら黒い瞳を向けられていた。
今しかない。
このチャンスを逃したら、後悔する。そんな気がした。
チャンスだ。
この偶然が起こるわけがない。この機会を逃してはだめだ。
だから黒巣は拳を握り、息を飲み込んで意を決した。
「宮崎、さんっ」
「はい?」
「俺と……交際してください」
唐突に決めたせいで、台詞が出てこなかった黒巣は、親友の緑橋のようにぐだぐだに言葉を並べないようになるべく簡潔にと心掛けた結果、あまりにもシンプルで直球な告白になってしまった。
間違いではないが、肝心の黒巣の想いを省きすぎている。
「…………何故、私? 黒巣くんなら、他に……。罰ゲームか、なにか?」
交際を申し込まれた音恋は、まさか黒巣が密かに想っていたことを知るよしもなく、疑問だけが募り首を傾げた。
黒巣がたくさんの女子生徒に人気だということだけは、音恋は知っている。
交際を申し込むならば、もっと他にいるだろう。
「宮崎以外なんて意味ないっ」
黒巣は慌てて、音恋への想いを伝えようとした。
自分がどんなに魅力的か理解していない音恋は、交際したいイコール好きだと直結していない。
自分の魅力を理解していないことが、鈍感の原因だ。
罰ゲームだと思い始めたものだから焦ったが、慌ててしまえばきっとまとまりのないしどろもどろの告白になる。
一度黒巣は自分を落ち着かせて考えた。
「ずっと、宮崎が好きなんだ」
「!」
「ずっと……気になってて……見てた。好き、です。だから宮崎以外なんて、意味ない。宮崎と付き合いたい」
真っ直ぐ音恋の瞳を、本気だと訴えるように見つめて黒巣は想いを伝える。
張り裂けそうな心音に負けないように、その声で届けた。
大きな瞳を丸めた音恋は、じわりと頬を赤らめる。
自分の告白で音恋の白い肌が赤くなったことを理解して、黒巣も顔を赤らめた。
緊張を顔にださまいと堪えたが、限界だ。
音恋が、ときめいてくれている。黒巣は嬉しくなった。
「ありがとう、ございます……。初めて……で、嬉しいです」
「……う、うん……」
音恋が恥じらいを見せて俯く。そんな可愛い反応をされるとは予想外で、黒巣はマフラーで口元を隠した音恋から目が放せなくなった。
自分の気持ちが、嬉しいと言ってもらえた。
胸の中が、とても温かくなる。
「交際も……初めてでわからないし……好きかどうかもわかりません。だから……」
黒巣を好きかどうか、はっきり答えることが出来ない。
そのまま交際を承諾していいものか。そもそも交際とは具体的になんなのか。
わからない音恋は、申し訳なく思いつつも断ろうとした。
「俺も初恋だし、交際なんて初めてだ。だから一緒に学ぼう!」
断られる前に黒巣は咄嗟に提案する。
咄嗟すぎて黒巣は妙な提案ではないか? と念のため自問自答した。
おかげで頭の回転の良さで、いい提案が思い付く。
「交際から、スタートしてください。俺を知って、好きかどうかを確認して、それから宮崎が恋人関係を維持するかどうか答えを出して……ほしいです。いい、ですか?」
押し付けるように言うが、この方がいいと黒巣は思った。
友だちからスタートしては、音恋が近付いてくれないように思える。だから近すぎる距離に立たせてもらい――。
「……俺のこと、好きになってもらいたいから。交際から始めて、ください」
――好きになってもらう。
黒巣は掌を差し出して、もう一度交際を申し込む。
音恋は他人と深い付き合いをしたことがない。自分のペースを守ってきたからだ。
躊躇してしまう自分がいた。
初めて告白しされたのは嬉しい。とても真剣に想ってくれていることもわかる。
とても温かい気持ちになる。
その手を取り、一歩踏み出すべきなのだろう。
こんなに自分を想ってくれる人を知り、そして学ぶべきだ。
「……お願いします」
音恋は黒巣の手を取る。
少し照れたような微笑を向けて、交際を承諾した。
初めて見る音恋の笑みを見て、黒巣は一瞬呆気に取られる。
けれども掌に当たる音恋の指先の温もりに我に返り、握り締めて承諾を貰えたことに胸を弾ませた。
小さな力だったが、音恋が握り返してくれて黒巣も照れた笑みを溢す。
「えっと……じゃあ、送るから。一緒に下校しよう、か」
「うん。……いつから私を見ていたか、教えて?」
「えっ、あ……う、うん」
いつまでも図書室に立ち尽くしてはいられない。
自分がリードしなければと、黒巣は先ず一緒に下校をしようと提案した。
下校をしながら音恋がいつから好きなのかを訊いてきたため、恥ずかしさで逃げたくなったが初めて繋いだ手を放したくなくて、黒巣は恥ずかしさを我慢しながら音恋に今までのことを打ち明けた。
勿論、手は繋いだまま。
その後、一ヶ月が過ぎた冬休み前。
音恋から黒巣との恋人関係を維持したいと告白されて、黒巣は歓喜余ってその時初めて音恋を抱き締めた。
お粗末様でした!
次回は続きまして、高校一年生で恋人ifです!
恋人が出来て恋ちゃんが幸せになる道を歩いているため、シヴァ様は前世の記憶に蓋をしました。
本編とは違う展開です!