続/漆恋/恋人if● 2「告白の決意」
宮崎音恋は観察していた。
高校一年生になったばかりの春。学園の中庭の庭園に呼び出してきた相手をじっと観察していた。
「黒巣くんのカノジョが、あんたみたいな根暗なちびなんてまじありえなんですけど」
「てか、まじスッピンなんだけど、恥ずかしくないの?」
「釣り合ってるとか、勘違いしてるじゃないの? まじぱねー。あんた、何様?」
黒薔薇色のセーラー服を着ている女子生徒三人を観察して、音恋は思考する。
嫉妬による言動だということは理解した。
しかし彼女達に不釣り合いと断言される筋合いはない。
スカートは短く折り畳み、不自然な長さ。お世辞でも晒している脚は細いとも美しいとも言えない。
美しい庭園に満たされた仄かな白い薔薇の香りを掻き消すほど、どきつい香水をつけている。
顔は白いと感じすぎるファンデーションを塗り込んでいて、ライナーと重ねた睫毛で目元をこれでもかと濃くしていた。
生徒会長をこなすほど根が真面目な黒巣漆が、彼女達のようなタイプを好むとは到底思えない。
「お気持ちは察ししますが……黒巣くんが好きなのは私なのです。だから黒巣くんに直接告白するなり、なんなりしてください。私は、別れるつもりはございません」
「は、はぁあ!?」
嫉妬をして詰め寄りたい気持ちはわからなくもないが、それは黒巣に直接言い告白すべきだと思う。
自分に詰め寄られても、黒巣と別れる気はない。
音恋はきっぱりと意思を伝えた。
当然、彼女達は逆上する。
そこに音恋の後ろから、元凶である黒巣が現れ、音恋の首に腕を巻き付けた。
「俺の恋人に、なにくっだらねぇことしてんだ。アンタら」
「! く、黒巣くんっ」
「さっき風紀委員に注意されたぞ。スカート長くして、化粧薄めろ、あと香水キツすぎ」
ギッと睨み付けて、黒巣はそれだけを言うと音恋に腕を回したまま庭園を出る。
「たっく。呼び出されても行くなよな、宮崎。俺に言えってば」
「そんなに心配しなくとも、私は大丈夫だよ」
「大丈夫なもんか。怪我させられたら……自分を許せねーよ」
黒巣と交際していることに対する嫉妬からの呼び出しは、去年交際を始めてから何度もある。
今のところ音恋に被害はないが、黒巣は心配でたまらない。
ぎゅ、と音恋を引き寄せた。
「大丈夫だよ」
音恋は微笑んで言い聞かせる。
「そうやって自分を過信するから心配なんですけどー」と黒巣はじとりと睨むように見下ろす。
「黒巣くんのファンに、そんな過激な人はいないよ」
「……今、絶対に手上げる気だったと思うぞ」
「それに黒巣くんはいつも駆け付けてくれるし……黒巣くんって、時々突然空から降ってきたみたいに現れるよね」
「……そう?」
音恋はふと疑問に思い、首を傾げた。だが首に回された腕が邪魔だ。
寄り添ったままだから歩きにくい。
「黒巣くん、いつまで回すの? 恥ずかしいでしょ?」
交際して黒巣が人前であろうとも二人きりであろうともこういうことに恥ずかしさを覚えることを音恋は知った。
だから訊く。タイミングを見失っただけではないかと。
「別に恥ずかしくねーし」
「強がってる」
「ちげーし。俺の恋人だって、見せ付けてるんだよ」
「ふぅん……」
そっぽを向きつつも、音恋の頭に頬を押し付けて離れない。
音恋が好きだと言うアピールをして、なるべく音恋に危険が及ばないようにした。
音恋は微笑みを溢す。
黒巣の気持ちは、音恋にも十分伝わっていた。
「あ、黒巣くん。今日はランチ別でいいかな?」
「えっ…………なんだよ、浮気かよ?」
「うん、ごめんね」
「え゛」
この話のすぐに音恋から一緒にランチを摂る約束を断られた上に、浮気をあっさり認められて言葉を失う黒巣。
「友だちになった桜子ちゃんに頼まれたの。だめかな?」
「あー……あの、学年一の美少女とか言うクラスメイトか。ふぅん……まぁ、いいけど」
なんだ友だちか、と黒巣は胸を撫で下ろす。
よく笑いかけてくれるが、相変わらず表情変化が少ない音恋には時々驚かされる。
高等部から通うことになった姫宮桜子と、友だちになったと音恋から聞いていた。
あまりこうして黒巣が独占しては、音恋の交友関係を阻めてはいけない。だから黒巣は首を縦に振った。
その日、食堂で生徒会長の桃塚星司と手を触れただけで姫宮桜子が怯えたことに、疑惑が生まれた。
姫宮桜子は、"正体"に気付かれてしまったのではないか。
真っ先に疑われたのは、桜子と一緒にいた音恋だ。
黒巣が事前報告もなしに打ち明けて、桜子に漏れたのではないかと疑われた。
まだ打ち明けてもいない。そして気付かれてもいないと、黒巣は必死に話した。
音恋は変わりない。
秘密に気付いたならば、音恋は黙っていない。そんな素振りはないのだ。
しかし、黒巣は不安になる。
もしも姫宮桜子が知っているならば、万が一音恋に漏れてしまったならば…――。
秘密を明かす覚悟がまだ出来ていない黒巣は不安になった。
「部活勧誘?」
「うん。C組の子に誘われたの、演劇部に見学でもいいからって」
「演劇部? 宮崎がかよ。想像つかねー」
しかしやはり音恋は普段通り。寮のラウンジで部活勧誘について聞いて、黒巣は鼻で笑う。
「そうだよね、想像つかないよね」と音恋も笑った。
「でも経験してみる」と言う。部活に入っていない音恋は、生徒会の黒巣のように何かをしたい。
「ところで黒巣くん。生徒会の橙先輩に桜子と絡まれて困っているのだけど……」
「……俺がキツく言っておく」
会計の橙空海が絡んだと聞いて不機嫌になる。音恋には近付くなとあれほど頼んだと言うのに。
音恋に探りを入れることは拒否した。音恋が関心を向けるような行為をしてほしくないからだ。
まだ、黒巣には打ち明ける覚悟が出来ていない。
正体を打ち明けても、音恋が好きでいてくれる自信がなかった。
四月三十日。
羽目を外しすぎたことが原因で、夜の学園に忍び込む新入生が押し寄せてきた。
風紀委員が阻止したが、一人掻い潜った者がいる。
姫宮桜子だ。
「逃がさねぇぜ!!生意気女!」
「っ!!」
人間離れした跳躍で頭上を軽々飛び越えて、目撃をしてしまい逃げ回っていた桜子の目の前に立ちはだかったのは、橙色の髪をした背の高い眼鏡をかけた少年。
生徒会の会計、橙空海。
その風貌は、異形だった。
ぴくん、と震える大きな耳は頭の上にある。橙色の尻尾は尻から垂れていた。
笑みをつり上げた口から、犬歯が覗く。
「落ち着いて、ね?」
続いて桜子の右側に降り立ったのは、生徒会の会長、桃塚星司。
桃色のふんわりした髪からピンと立った大きな耳があり、尻には桃色の九つの尻尾がついていた。
可愛らしい顔立ちの彼が笑いかけても、桜子の表情は堅い。
前と右が駄目なら左、と顔を向けた先は既に塞がれていた。
音もなくそこに立つのは、生徒会副会長の赤神淳。
彼はいつもと変わった様子は見られないが、彼の横を通って行くことは躊躇われた。
「集団リンチとか嫌なんですけどー」
「……」
後ろを振り返れば、めんどくさそうにボサボサな黒髪を掻く生徒会庶務、黒巣。背中には漆黒の翼。
その黒巣の後ろにいるのは、フードを深く被った生徒会書記、緑橋ルイ。
フードの下で、赤い瞳が怪しく光っている。
桜子は囲まれた。
「コソコソと詮索する手間が省けた。暗示で聞き出してから記憶を消そう」
赤神が開いた口から鋭利な牙が二つ見えて、桜子はたじろぐ。
「記憶を消すって……何をする気なんですかっ!?」
「痛みは感じない。俺の目を見るだけで済む」
「っ嫌よ!」
自分の直感に従い、桜子は瞳孔が尖った赤神の眼を見ないようにした。
それを見て赤神は溜め息をつく。
「空海。押さえろ」
「りょーかい!」
「カイ君、加減に気を付けてよ」
「わかってますって!」
赤神と橙と桃塚の会話に、桜子は肩を震わせる。
取り押さえようと歩み寄る橙の足音に、恐怖が掻き立てられた。
「いっ、嫌ぁああっ!!」
橙から距離を取り、悲鳴を上げる。
するとそこに仲裁者が現れた。
「なにしてる! やめろ!」
脱色した髪をツンツン跳ねさせていて、晒した耳の耳たぶと軟骨にピアスをつけた不良のような風貌の風紀委員長、笹川竹丸。
囲まれた桜子に歩み寄ってから、ギロリと鋭い眼差しを橙達に向けた。
「てめえ! 懲りもせず、また……狩るぞ!!」
「あんだとこら! 元はと言えばてめえが役立たずだから俺らが後始末しようとしてんだろうが!」
「ああん!? るせ! ちげーよ! てめえらがハメ外しすぎたことが原因だろうが!」
笹川の怒鳴り声に、ガウ! と橙が吠えた。その声量に負けじと笹川のは怯えもせずに声を荒げる。
「この前、桃会長と橙先輩が鬼火で遊んだせいでーす」
「ナナ……!」
黒巣が悪癖でその原因をバラす。
口論に拍車をかけるなと緑橋が黒巣の肩を掴む。
「ナナ君だって遊んでたじゃん!」
「巻き添えにしないでくださいー」
「責任を押し付けるのよくないよ? よくないと僕は思う! 言い出したの君だからね!?」
とぼける黒巣に、桃塚は注意する。
新入生の中で夜の漆黒鴉学園にお化けが出るなんて噂が立って肝試しをしに押し寄せてきた原因は、彼らにあった。
多くの新入生が学校に忍び込もうとしたため風紀委員が阻止していたが、あまりの多さに桜子まで手が回らず侵入を許してしまったのだ。
「喧しい。記憶を消せば解決だ」
呆れて溜め息をつく赤神が一歩、記憶を消そうと歩む。
ビク、と震える桜子を守るように笹川が腕で庇った。
「だからやめろ! 生徒に暗示をかけんな!」
「退け」
「さっさと退け!! ブッ飛ばされてぇのか!?」
「やれるもんならやってみろ!! 狩るっ!!」
「きゃああ!!」
またもや始まった笹川と橙の怒鳴り合った後、悲鳴が上がる。
笹川が振り返ると、桜子が尻をついていた。
桜子を守ろうと触れた瞬間だった。
笹川の手は桜子に振り払われたのだ。
「お、おい? おれは人間だぞ? 味方だ」
「ちがっ……触らないでっ!」
「!?」
手を貸そうとしたが、その手に怯えて身を震わせる桜子。モンスターに囲まれた時よりも、青ざめているように見えて笹川は困惑した。
「あたし……トラウマで……男の人に……触れられるのは……っ」
姫宮桜子にとって、異形な姿で人間離れなことをした生徒会よりも、トラウマの恐怖の方が勝る。
男性恐怖症で話す分は支障はないが、触れられることに拒絶反応が出るのだ。
「えっ? じゃあ……食堂で僕と触れた時……正体を知ってるわけじゃなくて……単に男が苦手だったから?」
面食らったのは、桃塚。
ひくっと笑みが引きつるその理由は、姫宮桜子が自分達の正体を知っていると疑っていたからだ。
それを確かめようとそれなりに探っていた。
今ここで、彼女は何も知らなかったことを知った。
「そ、それっ! 宮崎に話したか? 宮崎には話したのか!?」
黒巣はそれに食い付く。
音恋は桜子と黒巣を合わせることを避けた。橙に詰め寄られた時も、音恋が桜子を守っていた。
「あーっ!! ネレンのカレシ!?」
「宮崎は知ってるんだな!?」
「う、うんっ……」
「るせぇぞ漆!!なんで最初から言わなかった!?」
音恋はトラウマのある桜子を守っていただけ。つまりは音恋は知らない。
橙が割って入る。
「言うわけないでしょ! ネレンにしか言えなかったことを貴方達に言うわけないでしょ! バカ!」
「はぁ!? バカはそっちだろうが、バカ女!」
「なによ! 貴方は……バカ犬よ!」
「俺は狼だ! ガウウッ!!」
日常化してきたやり取りを橙と桜子が始めると、赤神は呆れ果てて他所を向く。
臆することなく言い返す桜子を、笹川は呆気に取られながら見る。
赤神がなんとかしろと桃塚に視線で促す。桃塚は苦笑を漏らした。
「はいはい、皆落ち着こうか。カイ君、ちょっと大人しくしててね。桜子ちゃん、よくないものを見ちゃったって理解してるよね?」
一歩、桃塚は近付く。
ふさふさした桃色の尻尾が蠢くように揺れている。
桜子をなるべく怖がらせないように、無垢な笑みで話し掛けた。
「僕は九尾の妖狐。カイ君は狼人間。淳は吸血鬼。漆君は鴉天狗。ルイ君はメデューサ。僕達生徒会は、モンスターの血を継いでるんだ。漆黒鴉学園は、そんな人外の子供のために設立された学園なんだよ。そんな学園の隠された秘密を、桜子ちゃんは知っちゃったわけなんだけど」
漆黒鴉学園の───…秘密。
人間に紛れて人外がいる。
桃塚が言ったように、この学園は人外のために設立された。
初めて見る夜の校舎を、桜子は見上げる。
不気味にそこに在る学園の正体。
周りにいる。
妖狐、吸血鬼、狼人間、鴉天狗、メデューサ。
人間ではないもの────…モンスター。
「風紀委員は、そのモンスターが悪いことをしないように見張って、生徒を守る仕事を担っているんだ。皆人間で秘密を知る関係者。竹丸君は無理強いをするなと言うから、ここは桜子ちゃんが決めて」
「な……なにを……ですか?」
「僕らモンスターは人間に紛れて上手く生きているんだ。暴露されちゃうと、とぉっても困るんだよ。だから約束してほしい。この秘密を口外しないことをね」
にっこり。多くの女子生徒に好評な可愛らしい笑顔で、桃塚は優しく告げる。
「誰にも話さず、自分の胸の中に秘めてほしいんだ。そうすれば僕達はなにもしないと誓うよ」
「……誰にも……?」
「誰にも、だ。口外したなら、相手も君も始末する」
穏便に済まそうとしていたのに、赤神が笑顔で意地悪なことを言った。
桜子は自分の両手を握る。
真っ先に思い浮かべた友人に、話してはいけないと自分に言い聞かせた。
「待ってくださいよー。俺は記憶を消した方がいいと思います。この人は恋人の友だちなんですよ。まだ明かしてもいないのに、こんな口の軽そうな人を野放しなんて反対ですから」
黒巣が記憶を消すことを推す。音恋に桜子の口から秘密が伝わることが嫌なのだ。
「嘘っ!? 音恋は知らないのに付き合ってるの!? 信じらんない! 音恋を騙してるの!?」
「!! ……っ騙してねぇよ!」
桜子の言葉にショックを受けて黒巣はカッとなって怒鳴る。
騙したつもりはない。しかし人間からしたら、騙したと思われるのだろうか。
音恋にもそう思われてしまうのだろうか。
「この際だ。遅かれ早かれ明かすことになるんだ、すぐに打ち明けろ」
笹川の手前、無理強いは出来ない。だから赤神は黒巣に暴露を促す。
「もしも受け入れられなかったら俺が記憶を消してやる」
「ちょっ、淳!」
「人を食しているわけでもないのに、付き合えなくなったのならばその程度の想いということ。確認もできる。早い方がいいし、自分で打ち明けたいならそうしろ」
意地悪なことを言う赤神に、もう少しポジティブなことを言ってほしかった桃塚は肩を竦める。
黒巣から交際を申し込んだと言うことを知っているのだ。
黒巣の片想いが実り順調に交際していたのに、関係維持が危うくなる秘密の告白など簡単に決意ができるはずはない。
「ナナ君、落ち着いて。とりあえず城島先生と笹川先生の意見も聞かないと」
「……いえ……いえ。告白します」
不安に押し潰されないように桃塚は微笑みかけたが、俯いていた黒巣は首を横に振る。
「宮崎の俺への気持ちは…――――きっと変わりませんから、打ち明けます」
音恋は怯えてしまうかもしれない。しかし例え時間がかかっても音恋は受け入れてくれるはずだ。
好きだと言ってくれる音恋が、呆気なく想いを断ち切ったりしない。
「……うん、わかった。僕から先生達に話を通すね」
「はい。…………俺が言うまで、なにも言うなよ!」
「わ、わかったっ……」
桃塚は励ますように黒巣の背中を叩く。
黒巣の音恋への想いが伝わり、顔を赤くした桜子は釘を刺されて慌てて首を縦に振った。
音恋を信じていても、やはり少し恐怖を感じる黒巣が息を吐くため、親友の緑橋はそっと背中を擦った。
「……明日、告白する」
記憶を呼び起こす必要がないためシヴァ様が蓋を閉めたので、恋ちゃんは正体を知りませんし、漆くんもなにも知りません。
なので秘密を打ち明ける必要があります。
前世の記憶がなくとも、恋ちゃんの素質は変わりませんので、桜子ちゃんと親友です。
打ち明ける回は、明日更新いたします。




