最終話『汝、去りて罪を犯すな』
あの旧校舎での大決戦から、早くも一週間が過ぎた。
季節はすっかり移り変わり、爽やかな風が校庭の木々を揺らしている。
あたしの股間は、当たり前だけど完全に『元の女子高生』に戻っていた。スカートを捲っても変なモッコリはないし、授業中に股間が削岩機レベルで激動して失神しそうになることもない。
「ふぁぁぁ……あー、平和だなぁ……」
あたしは自分のデスクに肘をつき、秋の空を眺めながら大きな欠伸を噛み殺した。
隣の席を見ると、相変わらずシスター服(の上にヴェール)を着たマリアが、神聖な笑みを浮かべて聖書を読んでいる。彼女はあの日以来、あたしのことを「元・股間の聖女様」として深く尊敬(神格化)しており、何かにつけてお菓子や高級紅茶を献上してくるようになった。
「聖女様、本日のおやつにトラピスト修道院のクッキーをお持ちいたしましたわ」
「マリア……だから『聖女様』は禁止だってば。あたしはただのギャルなの!」
「ふふっ、お戯れを。私には分かりますわ、あなた様の内に秘められた偉大な聖気が……」
「秘めてないから! もう何にも残ってないから!」
あたしが呆れてツッコミを入れていると、前方の席からミリがクルッと振り返った。
「由佳〜、今日の放課後こそタピろーよ! ほら、駅前に新しくできた台湾タピオカの店!」
「行く行く! 超行く! マリアも行くでしょ?」
「はい! 聖女様とお供できるのでしたら、喜んで!」
他愛のない会話。女子高生らしい、ごく普通の日常。
股間に神様が降臨していたあの地獄のような日々に比べたら、退屈な授業も、ミリとの噛み合わないお喋りも、全てが愛おしく感じられる。
(ありがとね、神様……。あたし、ちゃんと平和な日常に戻れたよ)
あたしは心の中で、空の彼方へ還っていったあの重厚な声の男(CV杉田)に、そっと感謝の言葉を呟いた。
そして迎えた、月曜日の全校集会。
蒸し暑い体育館の中、全校生徒が整列して校長先生の校長講話をダラダラと聞いている。
デジャヴのような光景だ。あの日は、ここからあたしの股間に異変が起きて地獄が始まったんだっけ。
「……えー、最後に、本日より我が校に新しく赴任された教員を紹介する。倫理・社会を担当される、杉田先生だ。皆、大きな拍手で迎えるように」
校長先生のマイクパフォーマンスとともに、体育館の壇上に一人の男性が登壇した。
ビシッと着こなしたスーツ。整えられた髭。大人の色気を漂わせせる、渋いイケオジ教員だ。
女子生徒たちから「うおっ、新任の先生めちゃくちゃイケメンじゃん!」「渋い! ダンディ!」と黄色い歓声が上がる。
だが、あたしはその男の顔を見た瞬間、全身の血が凍りついた。
(え……? 嘘でしょ……? なんで……!?)
登壇した男は、マイクの前に立つと、喉をゴホンと鳴らした。
そして、マイクを通して体育館全体に——あの無駄に重厚で、聞き覚えがありすぎる低音ボイス(CV杉田)を響かせたのだ。
「皆諸君、初めまして。本日より倫理・社会を担当する、杉田だ。よろしく頼む」
静まり返る体育館。
女子生徒たちが「きゃー! 声良すぎ!」「ボイスチェンジャー使ってる!?」とキャーキャー騒ぎ立てる中、あたしだけは開いた口が塞がらなかった。
(か……神様ぁぁぁぁぁぁぁっ!??!?!)
あたしが心の中で叫ぶと、壇上のイケオジ教師——杉田先生は、大勢の生徒たちの中から正確にあたしの姿を見つけ出すと、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
そして、胸の前でスッと人差し指を立て、あたしだけに聞こえるような口パクで、こう言ったのだ。
『聖書にも書いてあるだろう? 【汝、去りて罪を犯すな】とな』
(格言をドヤ顔で口パクするなバカぁぁぁぁぁぁっ♡♡♡♡♡!)
あたしの脳内に、懐かしい重厚な声が直接響き渡る。
『フッ……神が下界を観察するのに、教員という立場は実に都合が良くてな。どうだ由佳、俺様が直々に社会を教えてやるぞ。放課後は職員室へ補習に来い』
(来るかバカ! なんで教師になって戻ってきてんのよぉぉぉっ! あたしの平和な日常を返してよぉぉぉっ♡♡♡!)
あたしが頭を抱えて体育館の床に崩れ落ちると、隣にいたミリが「え、由佳どうしたの? またお腹痛い?」と顔を覗き込んできた。さらに反対側ではマリアが「ああ……! 新任の先生から漂う、どこか懐かしい聖なる波動……! もしかしてあの先生も聖女様の……!?」と目を輝かせている。
「違う! 違うからぁぁぁぁっ!」
あたしの絶叫が、全校集会の体育館に虚しく響き渡る。
股間の神様は去った。
だけど……あたしの波乱丈尺で恥ずかしさ限界突破な高校生活は、どうやらまだまだ終わりそうにないみたいだ——!




