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【常世の君の物語No.10】美映 ~鎌倉時代末期、伊勢の地で生きる一人の娘の物語~  作者: 百字八重のブログ


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第四話:美映の平家物語

『金貸屋みばえ』

数日後、美映は家の前に、このような大きな看板を掲げた。

「やぁやぁ、見事じゃねぇか」

例によって焼き鳥を口に運びながら、次郎が言う。

「話した通り、これから次郎にも働いてもらうからね」

「へいへい」

美映は、母の葬儀の場で、自分がこの家を継ぐのだと宣言を行った。

最初のうちは互いの顔色を見合わせる家の者たちであったが、美映がもらってきた火花の証文を目にするや、それなら大丈夫だという話になったのだった。


看板が変わったとはいえ、金に困る者たちにとっては、金貸しは金貸しである。

そんな金に困った者たち――主に侍であるが、彼らはこの日も朝から店の前に列をなしていた。

吉さんをはじめ、家の者たちは勝手知ったる商いに精を出す。

美映は店先に立ち、彼らの様子を見学するところから始めた。

そんな美映に耳に、侍たちのひそひそ話が聞こえてきたのは、この日のちょうど昼過ぎのことであった。

「娘が継ぐのか」

「ああ、そうらしい」

「若い娘だそうだな」

「物を知らん馬鹿な娘だ」

「違いない。『徳政令』が再び出れば、借金などなかったことになるのになぁ」

そう言いながら、男たちはくつくつと密やかに笑い声を立てていた。

美映は、同じく噂話を耳にしていたであろう傍に立つ次郎の顔色をうかがい「どうしよう、次郎」と心細げな声を出した。

「なぁに、心配はいらん。こちらには火花様の証文がある」

「そう、そうよね」

しかし、美映のこの心配は、やがて現実のものとなる。


一年が経った。

店は繁盛し、美映の主っぷりも板についてきた頃だった。

再び徳政令が出たのである。

困窮する侍たちは喜んだ。

店には、「もう金は返さないからな」とわざわざ言いに来る侍も多かった。

そんな侍たちに、美映はくってかかった。

「そんなわがままが通るものですか。こちらには火花様の証文がある」と。

しかし、侍たちの一人が言った。

「そんな証文、なんの力もねぇぞ。徳政令は火花様のもっと上、お上のくだした命令だからな」

「なんですって」

本当だろうか。

ここは火花様に確かめてみねばなるまい。

本当だとしても、火花様なら、何かいい案を授けてくださるかもしれない。

美映は、急ぎ神社へおもむき、子天狗を呼んだ。

しかし、いくら社の裏で声をあげても、子天狗は現れない。

「なぜ――」

美映は肩を落として家路についた。


なぜ、私の家が、このような目に合わなくてはならないの。

なぜ、子天狗は助けてくれないの。

なぜ、火花様は助けてくれないの――。

なぜ――。

どうしたら、いいの――。

美映は途方に暮れた。

十日経ち、二十日が経った。

美映になすすべはなかった。

家の者が、一人、また一人と、屋敷を出て行った。

そうしてしまいには、吉さんが「お嬢さん、もう商いはやめようや」と言って、出て行ってしまったのだった。

気が付くと家には、美映と次郎しかいなくなっていた。


なぜ、こんなことになってしまったのか――。


あれから毎日のように神社に行くも、いくら呼んでも子天狗は現れない。


なぜ――。


あと十日もすれば、蓄えが底をつく。

助けはどこからも現れない。


美映は、閑古鳥の鳴く店の受付に座り、ぱらぱらと帳面をめくっていた。

目は字ずらを追ってはおらず、ただ焦りの気持ちだけが頭の中をいっぱいにしていた。

「次郎、どうしよう。あと数日で米がなくなる。食べていけなくなるわ」

美映はそう、傍にたたずんでいた次郎に、ぽつりとこぼした。

すると次郎は右の口角をぐいとあげてこう言った。

「なぁに、美映、お前にはまだ売れるものがあるだろう」

と。

「売れるもの?」

美映は怪訝な顔つきで次郎に目をやる。

「春を、ひさぐのよ」

次郎は真顔になって言った。

美映は、その言葉の意味をとらえきれない。

間を置いて、美映の顔がぱっと赤らんだ。

「そ、そんなこと、できるわけがない!」

「ではどうする。生きていくにはそれしかない。俺が客引きをする。おぬしが稼ぐのだ。火花様に啖呵を切ったろう。あの勢いはどうした」

次郎は声を荒げる。

「しかし!」

「しかしではない!」

しばしの沈黙が、二人の上に降りた。

「覚悟を決めるのだな。でなければ、俺は侍たちと共に行く。誘われておるのだ。共に商いをやらぬかとな」

美映にとっては当然、初耳である。

「そんな」

火花はそれきり、口をつぐんだ。

しかしやがて力なく両手をだらりと脇へおろすと、うつむき、「わかった」と一言、次郎に告げた。


「だが一つ、問題がある」

美映が続けて言いにくそうにぽつりと言った。

「私は、その、まだ致したことがない」

致すとは、勿論性交のことである。

「知っておる。だから初めての客からはふんだくれるだけふんだくるつもりだ」

次郎はこともなげに言った。

美映には話の筋が見えてこない。

「次郎、初めての客からふんだくるとは、どういう意味なの」

美映はおそるおそる尋ねる。

「世の中には生娘好きがおるのよ」

次郎はそう言うと再び右の口角をぐいとあげた。

「目星はついておる。明日にでも話をつけよう。美映はただ身を清めて待っておればよい」

「待って、まだ心の準備が。どんな奴なのそいつは」

次郎は、けっと唾を吐いた。

「なぁに、金は持っているが使い道のない奴よ」


次の日、美映は次郎に言われた通り、屋敷の一室で身を清めた状態で男を待った。

やがて日も暮れかかる頃、次郎に手を引かれ現れたのは、一人の琵琶法師であった。

美映の体の下にある、一枚の布団が存在感を増す。

「あ、あなたが私を買ったの?」

美映はおそるおそる尋ねた。

「さよう、おぬしも不憫よの。どれ早速儂のそばへ寄ってくれぬかの」

琵琶法師はそう言うとにたりと笑った。

その口元に目をやりつつ、美映は「はい」と法師のそばににじり寄る。

「では、俺はこの辺で」

次郎はそう言い、入り口から退散しようと身を起こした。

「待って!」

美映は次郎に向かって叫んだ。

「仕事だ、美映」

次郎は背中でそう言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。

残された美映は、心の中で「分かっている!」と叫んでいた。

「本当に、よろしいのかな」

法師が言う。

「はい」

美映がつぶやく。

「では、お言葉に甘えて」

法師はそう言うと、美映の胸元をぐいと開き、するりと片手を忍び込ませた。

「あの」

美映が思わず口にする。

しかし法師の手は美映の乳房をまさぐり続ける。

「あの!」

今度は少し大きな声で言った。

すると法師は、美映の首元をぐいと引き寄せ、その口に自らの口を合せた。

「!!」

法師の舌が、美映の口の中へとねじこまれる。

「あ、あのっ」

「なぁに、すぐ済むからの」

そう言いながら、法師は自らの手を、美映の股間にさしこんでゆく。

美映は頭をつとめて鈍くさせる。

一体、私は、なぜこんなことをしているのだろう――。

考えてはいけない。

感じてもいけない。

何も、感じないでいること――。

法師は、美映の衣をはぎ取ると、自らも裸となり美映の上にのしかかった。

すぐに終わるのだ、これは仕事だ――。

「やさしく、してくだされ」

そう、言うのが、やっとであった。

「ほ、当然じゃとも」

そう言って、法師は己のいちもつを、美映の股の間にねじこんだ。


その晩は、美映にとって、忘れられないものとなった。


一か月後、侍たちの間で、美映は人気の女郎となっていた。


「ときに、あの娘はどうした」

ある日の午後、政務の合間に火花が尋ねた。

相手をしているのは、たまたま遊びに来ていた子天狗である。

「女郎に身を落としたそうな」

子天狗は言いながら、ヤツデの扇をはたはたとはためかせる。

「気の毒にの」

火花が言う。

「徳政令は上の指示じゃろ。致し方ないことじゃ」

「ぬしらあやかしは気楽でいいのう」

そう言うと火花は、遠い空に目をやるのであった。


月が出ている。

あばら屋の荒れた屋根から室内へと降り注ぐ月光を見ながら、今宵も美映は男に組み敷かれている。

その頭の中でこだまするのは、いつだったか、興味が無い、意味が分からぬと言い放った『平家物語』であった。

それは、初夜の晩に、美映のためにと琵琶法師がひいて聞かせたものであった。


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