第7話:日曜日の憂鬱と、勇者の休息
日曜日の夕暮れ。サザエさんの放映時間が近づくにつれ、全国のサラリーマンの血圧が緩やかに上昇し始める時間帯。
第7話は「若」と「佐藤」の休日、そして月曜前夜の心理描写を描いた間話です。
日曜日、午後六時三十分。
都内のワンルームマンション。四番個室の住人、こと新入社員の山崎(若)は、床に散らばったスナック菓子の袋に囲まれながら、高価なゲーミングチェアに深く沈み込んでいた。
画面の中では、彼が操る美少女キャラクターがド派手なエフェクトと共に敵をなぎ倒している。普段の彼なら、ここで勝利の美酒を煽るところだが、今日の彼はどこか上の空だった。
「……ありえないっしょ、普通」
脳裏に焼き付いているのは、金曜日の雨の中。
いつもは頼りなくて、上司にペコペコしてばかりの「佐藤さん」が、あの冷徹で有名な徳川社長に、あんなに堂々とハンカチを差し出した姿だ。
トイレの壁越しに聞く『アニキ』は、もっと適当で、愚痴っぽくて、自分に近い存在だと思っていた。なのに、外の世界で見た彼は、ほんの一瞬だけ、画面の中の勇者よりもずっと「主人公」っぽく見えたのだ。
「……佐藤誠、か」
山崎はコントローラーを置き、自分の手元にある、画面の割れたスマホを見た。
会社なんて、給料をもらうための効率的な場所でしかない。そう思っていたはずなのに。
「あー……明日、ちょっと早起きしてトイレ行こ」
効率を最優先する彼が、わざわざ駅前の古い公衆トイレに寄る時間を作る。それは彼にとって、人生というゲームにおける、初めての「攻略法にない選択」だった。
同じ頃。
佐藤誠は、自宅の狭いキッチンでアイロンをかけていた。
明日のための、真っ白なワイシャツ。
いつもなら、この時間は「明日が来なければいいのに」と、時計の針を止める呪文を探しているはずだった。
「……名前、名乗っちゃったな」
じゅう、と蒸気が上がる。
あの瞬間、なぜ自分が名前を言ったのかは分からない。
ただ、師匠から借りたハンカチの温かさが、彼を「三番個室の住人」から「東西電機の佐藤」へと、無理やり引き戻したような気がしたのだ。
鏡に映った自分は、相変わらず冴えない。
社長にハンカチを貸したからといって、明日から急に仕事ができるようになるわけでも、給料が上がるわけでもない。
むしろ、社長に顔を覚えられたことで、明日からのプレッシャーは倍増するだろう。
「……でも」
佐藤はアイロンを置き、窓の外に広がる夜景を見た。
あのトイレの壁の向こうには、名前も知らないけれど、自分の弱さを知っている仲間がいる。
社長だって、自分と同じようにあの場所で悩み、出し切っている一人の人間なんだと思えば、不思議と足の震えが止まった。
佐藤は、カバンの中に予備のトイレットペーパーを一つ忍ばせた。
いつか、あの誰かが困った時のために。
「よし。……行くか、魔王城(会社)へ」
佐藤誠、三十五歳。
日曜日の憂鬱を、彼は初めて「期待」という名の色で塗り替えていた。
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