第31話:最終週、突入。新ビル計画の最終審議
月曜日、午前八時四十分。
駅のホームに降り立った瞬間、鼓膜を激しく揺さぶる震動が襲ってきた。
「ドガガガガガッ!!」
仮囲いの向こう側、かつての聖域があった場所では、大型の破砕機がコンクリートの基礎を無慈悲に噛み砕いている。それはまるで、古き良き時代の終焉を告げる断末魔のようでもあった。
「ガチャン」
三番(仮設)個室。
もはや、このプラスチックの箱すら、隣の工事の風圧でガタガタと悲鳴を上げている。
俺はポケットの中の「3」のプレートを強く握りしめた。
「……おはようございます。いよいよ、最終審議です。工事の音が、昨日よりずっと近い……」
「……ふむ。建物が崩れる音は、新しいものが生まれる産声でもある。三番個室さん、君の耳には今、何が聞こえる?」
左隣、二番(仮設)個室。師匠(社長)の声は、重機の轟音を突き抜けて、驚くほどクリアに届いた。
「……音楽です。一ノ瀬さんがくれた、1/fゆらぎのデータ。俺には、この破壊音の中にすら、新しい秩序の旋律が聞こえます」
「アニキ、マジでカッケーっすわ! 僕、プレゼン用のスピーカー、一番いいやつを会議室に隠してきたっす! 監査役の木島が何を言おうと、重低音で黙らせてやるっす!」
右隣、一番(仮設)個室。若(山崎)の威勢のいい声。
「……山崎、音量設定は間違えないでよ。……佐藤、審議会は十時。私は役員たちの『表情のノイズ』を読み取って援護するわ。あんたは、自分の信じる『サード・プレイス』を語りなさい」
壁の向こう側、女王(二階堂)の、冷徹なまでに研ぎ澄まされた信頼。
俺は頷いた。プラスチックの壁を越えて、俺たちの魂はすでに一つの巨大な「塔」のように屹立していた。
「「「「せーの……」」」」
ゴォォォォォォォォッ!!
外の破砕音と、俺たちの洗浄音。
二つの破壊と再生の音が混ざり合い、仮設トイレは激しく震えた。それは、新しい時代の扉を抉じ開けるための、命の咆哮だった。
午前十時。本社・特別会議室。
正面に座るのは、監査役の木島をはじめとする保守派の重鎮たちだ。
「……トイレに巨額の予算を投じるだと? 佐藤君、君は正気か? 会社は公共施設ではないんだぞ」
木島の冷笑が会議室の温度を奪う。
俺はゆっくりと立ち上がり、一ノ瀬から届いた「波形データ」をスクリーンに映し出した。
「……これは、私たちが現場で収集した『ノイズ』の正体です。社員が最もストレスを感じる瞬間、そして、そこから立ち直る瞬間の周波数です」
俺は山崎がセットしたスピーカーのスイッチを入れた。
会議室に流れたのは、かつてあの古い三番個室で響いていた、重厚で包容力のある「洗浄音」だった。
「……この音を聞いて、皆さんは何を感じますか? 汚い音でしょうか? いいえ、これは『明日へのリセット・スイッチ』の音です。新ビルに作る『サード・プレイス』は、単なる休息室ではありません。社員の魂を調律する、戦略的なインフラなんです!」
一瞬、会議室から音が消えた。
役員たちが、自分たちもかつて、何かに挫折した時にトイレの個室で一人、溜息をついた記憶を呼び覚まされたかのように。
「……バカバカしい! 科学的根拠が――」
木島が遮ろうとしたその時、最奥に座る徳川社長(師匠)が、ゆっくりと、けれど会場全体を支配する威厳で手を挙げた。
「……木島君。君は、自分の部下が泣いている声を聞いたことがあるかね?」
「え……?」
「佐藤君の言う通りだ。我々が守るべきは数字ではない。数字を生み出す『人間』の心だ。……このプロジェクト、私が全責任を持って推進しよう」
審議終了。
廊下に出た俺の元へ、二階堂課長と山崎が駆け寄ってくる。
「アニキ、やったっす! 満場一致……とはいかないまでも、社長の鶴の一声で決まりっすわ!」
「……佐藤、よくやったわね」
俺は、窓の外を見た。
解体中の駅のトイレ。その瓦礫の上に、新しいビルの完成予想図が重なって見える。
解体完了まで、あと十三日。
物理的な聖域は消える。けれど、俺たちが守り抜いた「3」の精神は、まもなく新しいビルの心臓部へと移植される。
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