第25話:プラスチック越しの告白
火曜日、午前八時四十三分。
一週間のうち、最も現実が重くのしかかる火曜日。おまけに今朝は、昨日よりもさらに工事の振動が激しく、仮設トイレの薄いプラスチック床が「ガタガタ」と不吉な音を立てていました。
「ガチャン」
三番(仮設)個室。
これまでの「三センチのプラスチック」ではなく、今度は「数ミリの塩ビ板」だ。
外の重機の音も、隣の個室の衣擦れも、まるですぐ傍にいるかのように生々しく伝わってくる。この物理的な「近さ」が、俺たちの心理的な距離を否応なしに詰めていた。
「……はぁ。リーダー、向いてないのかな」
思わず口から漏れた独り言。自分でも驚くほど小さな声だった。
けれど、薄い壁はその「弱音」を逃さなかった。
「……ほう。三番個室さん、昨日までの威勢はどうした? 壁が薄くなった分、君の迷いも外へ漏れやすくなっているようだな」
左隣、二番(仮設)個室。師匠(社長)の声が、まるで耳元で囁かれているかのように近く響く。
「師匠……。プロジェクトは進んでいます。でも、周りの目が変わったのが怖いんです。『できる佐藤』を演じるのに、もう限界が来そうで」
「アニキ! 演じる必要なんてないっすよ! 僕なんて、アニキの昨日資料の誤字を見つけたとき、正直『人間味あって安心したー!』って思ったっすもん!」
右隣、一番(仮設)個室から若(山崎)が明るく割り込む。
物理的な距離が縮まったせいか、若の能天気な声が、不思議と今日の俺には救いだった。
「……佐藤、あんたねぇ」
壁の向こう側、女子用仮設個室。女王(二階堂)の、呆れたような、けれどどこか優しい声が届く。
「みんな期待してるんじゃないわよ。あんたが『どこまで泥臭く足掻けるか』を見てるの。……完璧なリーダーなんて、この会社には一人(社長を意識してか一瞬の間)……まあ、いれば十分よ。あんたは、あんたのままでいなさい」
女王の言葉に、俺の胸のつかえが少しだけ解ける。
プラスチックの壁を一枚挟んだ向こう側に、自分の本音を預けられる仲間がいる。この「仮初の聖域」は、以前よりもずっと、剥き出しの心が通い合う場所になっていた。
「……皆さん、ありがとうございます。俺、かっこつけるの、もうやめます。泥臭く、最後まで足掻き切ってやりますよ」
「それでいい。……王座(便座)に座れば、皆、ただの一人の人間だ。……さあ、諸君。プラスチックの箱を震わせるほどの『本音』を、ここで流して行こうじゃないか!」
師匠の合図が、重機の轟音を切り裂いた。
「「「「せーの……」」」」
ゴォォォォォォォォッ!!
安っぽいプラスチックの配管を、水が勢いよく駆け抜ける。
そのチープな音は、今の俺たちには、どんな高価なオーケストラよりも力強く、誇らしいファンファーレに聞こえた。
個室を出て、簡易洗面台で手を洗う。
そこには、ネクタイを緩めた一ノ瀬……ではなく、一ノ瀬の後任として入った例の厳しい監査役が、眉間にシワを寄せて立っていた。
けれど、俺はもう動じなかった。
「おはようございます!」
俺が真っ直ぐに挨拶をすると、その監査役は一瞬驚いたように目を見開き、「……ああ」と短く答えて去っていった。
鏡の中の自分は、昨日よりも少しだけ、いい顔をしていた。
解体完了まで、あと十八日。
聖域は狭くなった。けれど、俺たちの「世界」は、少しずつ広がり始めていた。
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