表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『毎朝、駅の公衆トイレで愚痴を吐いてたら、隣の個室に社長がいた件〜顔も知らない四人のデトックス・ダイアログ〜』  作者: beens


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/45

第22話:空席の余韻と、金曜日の静寂

金曜日、午前八時四十五分。

一ノ瀬という「最高のノイズ」が去った後の聖域は、どこか広く、そしてひどく静まり返っていました。

「ガチャン」

いつもの三番個室。

昨日まで隣の一番個室から聞こえていた、あの無機質で規則正しいペンの音がない。たった数日間の乱入だったはずなのに、その不在が、使い古された壁のシミのように心に染み付いている。

「……おはようございます。……一番個室、本当に空っぽですね」

俺がぽつりと呟くと、左隣から、師匠(社長)の重厚な声が響いた。

「……ああ。だが、あの男が残した『波紋』は、まだこの個室の中に響いている。三番個室さん、寂しがることはない。彼は自分の足で、新しい旅に出たのだからな」

「そうっすね……。でも、一ノ瀬さんがいないと、僕のタイパ(タイムパフォーマンス)を叱ってくれる人がいなくて、なんだか調子狂うっすわ」

右隣、四番個室。若(山崎)の明るい声も、今日はどこか湿り気を帯びている。

「……馬鹿ね」

壁の向こう側、女子トイレ。女王(二階堂)の凛とした声が、沈んでいた空気を切り裂く。

「あいつがいない分、私たちがしっかりしなきゃいけないんでしょ。プロジェクトの修正案が通ったからって、浮かれてる暇はないわよ。……来週からは、現場の調整で地獄を見るんだから」

「女王……。相変わらず厳しいですね。でも、その厳しさが今は心強いです」

俺が苦笑いしながら答えると、師匠が低く笑った。

「……はっはっは! その通りだ。さて、諸君。一ノ瀬君のいない初めての朝だが、我々のルーティンに変わりはない。……今週一週間の汚れと、別れの寂しさを、すべてこの水に託そうじゃないか」

師匠の合図。俺は目を閉じ、レバーに手をかけた。

一番個室は空いている。けれど、そこには確かに一ノ瀬がいたという「気配」が、五人目の戦士としてそこに並んでいるような気がした。

「「「「せーの……」」」」

ゴォォォォォォォォッ!!

四つの洗浄音が重なる。

一ノ瀬がいた時のあの鋭い音はない。けれど、四人の音は以前よりも深く、互いの響きを補い合うように重厚な和音を奏でていた。

午後六時。東西電機製作所。

「佐藤さん、お疲れ様です! 飲みに行きませんか?」

「悪い山崎、今日はちょっと寄るところがあってさ」

俺は、誘いを断って駅へと向かった。

あの白い仮囲いの前。作業員たちが引き上げた後の静かな通路。俺は、一ノ瀬が座っていた一番個室の扉を、外からそっと撫でた。

「……一ノ瀬さん。俺、頑張りますよ」

解体まで、あと十九日。

聖域は少しずつその姿を変えていく。けれど、俺たちの「声」が響いたこの空間の記憶は、誰にも解体することはできない。

更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!

「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ