表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『毎朝、駅の公衆トイレで愚痴を吐いてたら、隣の個室に社長がいた件〜顔も知らない四人のデトックス・ダイアログ〜』  作者: beens


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/45

第13話:月曜日の赤紙と、揺れる聖域

月曜日、午前八時四十分。

佐藤誠は、かつてないほど前向きな気持ちで駅の階段を降りていた。

先週の抜擢を受け、今週からは新しいプロジェクトのリーダーとしての仕事が始まる。

「……よし、まずはデトックスだ」

ルーティン通り、公衆トイレの入り口へ向かう。

しかし、そこで佐藤の足が止まった。

「……え?」

視線の先、入り口の壁に貼られた鮮やかな赤色のポスター。そこには無機質なフォントでこう書かれていた。

【お知らせ:駅構内再開発に伴う公衆トイレ閉鎖および解体撤去について】

「……閉鎖? ……撤去?」

頭が真っ白になった。

佐藤にとって、ここは単なるトイレではない。社会という荒波の中で、唯一「個」に戻れるシェルターであり、顔も知らない戦友たちが集う作戦会議室なのだ。

「ガチャン」

震える手で三番個室の鍵を閉める。

中に入れば、いつも通りの静寂がある。だが、入り口で見た「赤紙」の残像が、網膜に焼き付いて離れない。

「……師匠……いますか?」

「……ああ。……見てしまったようだな、三番個室さん」

左隣、二番個室。

師匠の声は、いつもよりずっと低く、どこか重苦しかった。

「師匠……これ、本当なんですか? 来月末には、ここ、なくなっちゃうんですか?」

「……開発計画は以前からあったようだが、このタイミングとはな。……行政と鉄道会社の決定だ。一介の利用者が覆せるものではない」

「そんな……。嘘っしょ!? 僕、今日ここに来て初めて知ったっすよ!」

右隣、四番個室。若の声が裏返っている。

「ようやく、ここが僕の『ホーム』っぽくなってきたのに……。なくなるなんて、聞いてないっすよ!」

「……うるさいわよ、四番個室」

壁の向こう側、女王の声。だが、その声からはいつもの威圧感が消え、隠しきれない動揺が漏れていた。

「……形あるものは、いつかなくなる。それは分かっているわ。でも、……少し早すぎるじゃない。まだ、私たち……お互いの『本当の顔』さえ知らないのに」

四人の間に、重苦しい沈黙が流れる。

これまでは「また明日」と言えば、当然のようにこの場所で会えた。

けれど、砂時計の砂は、音も立てずに落ち始めていたのだ。

「……三番個室さん」

師匠が、静かに名前を呼んだ。

「……はい」

「……聖域がなくなるのなら、我々は新しい場所を探さねばならん。だが、その前に……この『最後のひと月』を、どう過ごすべきか。……諸君、これは我々に与えられた最後のミッションだと思わんかね?」

「ミッション……ですか?」

「そうだ。……この場所がなくなるその日まで、我々はここで、今まで以上に最高の言葉を出し切る。……そして、後悔なくこの扉を開けるようにするんだ」

師匠の言葉に、俺は拳を握りしめた。

なくなってしまうのは悲しい。けれど、悲しんで何もしないのは、俺たちのスタイルじゃない。

「……わかりました。師匠。……最後まで、全力で流します」

「……っすね。僕も、最後までアニキたちについていくっすわ!」

「……ふん。湿っぽいのは嫌いよ。最後の日まで、あんたたちを叩き直してあげるわ」

女王の強気な言葉に、少しだけ救われた。

俺たちは、消えゆく聖域の中で、今までで一番力強く、レバーに手をかけた。

「「「「せーの……」」」」

ゴォォォォォォォォッ!!

洗浄音はいつもと同じだ。

けれど、今日のその音は、どこか切なく、そして決意に満ちた調べに聞こえた。

個室を出て、手を洗う。

鏡の中の四人は、入り口の「赤紙」を見ることなく、それぞれの戦場へと歩き出した。

閉鎖まで、あと三十日。

佐藤誠の、本当の戦いがここから始まろうとしていた。

更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!

「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ