159 夕暮れの渓谷
現場まで急ぐために、私とヘンリーさんは馬に二人乗りをして、リーズリーさんとヴェルトラムさんはそれぞれ一人で馬に乗った。
「では、私が案内します」
「お願いします!」
ヴェルトラムさんが先頭を走り、私たちを囲むようにお城の護衛騎士さんたちが走る。
森と畑を切り分けている街道を、三十分くらい走っただろうか。馬に乗ったまま、ヴェルトラムさんが森の中に入っていく。道幅は狭く、馬車は進めない道だ。その細い道を進むと、水の匂いがしてきた。
「ここです。古い吊り橋だったので、多くの護衛たちが通ったから切れたのでしょう。あ、あちらに殿下がいらっしゃいます!」
渓谷の向こう側に二十人ほどの人がいる。その中に、十二、三歳くらいの少年がいた。王子様だ。
吊り橋は太いツルを三つ編みみたいに縒り合わせて板を編み込むスタイルのものだった。それがこちらから三分の一くらいの場所で左側のツルが切れていて、切れていない右側のツルだけで繋がっている。
踏み板は何枚か落ちているが、大半は残ってぶら下がっている。
吊り橋が切れてこちら側に取り残されたらしい軍人さんが説明してくれた。
「切れたのは殿下が渡り終わった後でした。川に落ちた者はおりません。吊り橋が切れた際、全員がツルにしがみついて落下を免れました。その後、無事に向こう岸に渡りました」
「まずはそれが幸いだったな」
「はい」
ツルが切れた瞬間にしがみついて落下しなかった時点で、さすがの反射神経。
そして腕の力だけで向こう岸にたどり着いたのもすごい。私だったら間違いなく川に落ちて流されていたわ。
渓谷を覗き込むと、結構な高さがある。渓谷の底には川がゆったりと流れている。
「店主殿、まずは私が吊り橋の基礎を頑丈に作り直そう」
「では私が吊り橋を修復します。今までより頑丈に作りますね」
「うむ。よろしく頼む。では……」
リーズリーさんが両手をパン! と合わせて口の中で呪文を唱えた。すると森の奥から重い音と振動が聞こえてくる。なんの音だろうと見ていたら、森の木々をよけながら大きな岩が何個もこっちに向かって転がってくる音だった。
リーズリーさんが指揮者のように手を動かすと、転がってきた石は凸凹を上手く組み合わせながら二本の太い石柱を作った。
よく見ると石と石ががっちり嚙み合わさるよう、リーズリーさんが石を削りながら積み重ねているのだ。
豪快な魔法に見えて、実は繊細な仕事をしている。グリド先生に「あれは天才魔法使いだから」と言わせたのはこういうところか。
「できた。では店主殿、吊り橋の修復を頼む」
「はい、お任せを」
材料は全部揃って……ない。足場になる板が何枚も川に落ちちゃってる。ツルももっとあったほうが頑丈にできるね。
「すみません、板とツルが足りないので、集めてもらえますか。どちらもさほど太くなくてもいいですし、長くなくても大丈夫なので」
「はいっ! ただいま!」
護衛騎士さんたちが剣を抜き、枝とツルを叩き切って集めてくれた。よし、これで材料が揃った。
心の中で吊り橋のツル部分を思い浮かべた。そして心の中で「変換!」と唱える。
完成品が現れるんだと思っていたら違った。集められた細いツルが縒り合されて中くらいの太さの吊り縄になり、空中を蛇みたいにうねりながら切れた吊り縄に巻き付いていく。
見ている周囲の人たちが「おおおっ!」と声を漏らしていて、ちょっと嬉しいような恥ずかしいような。
ツルを変換して作った新しい縄が、古い吊り縄にぐるぐると巻き付いていく。向こう岸まで巻き付き終わってから、こっち側の切り口を動かした。リーズリーさんが作った石柱に巻き付かせる。四周巻き付いたところでがっちりと結び目を作った。
自分で引っ張ってみて、(これでよし)と確認した。
吊り橋がしっかりと元の状態に戻ったから、あとは欠けている踏み板を補おう。再び心の中で「変換!」と唱えると、集められた枝が消えて、吊り橋の踏み板が欠けていた部分に現れる。オッケー、これで完成。
完成ですよと言おうとして振り返ったら、見ていた皆さんが「はあ?」みたいな顔になっていた。
「あの、これで終わりです。もう、吊り橋を渡っても大丈夫です」
「いやはや、店主殿の魔法は相変わらず素晴らしいな。しかも完全に無詠唱とは」
「恐縮です」
そんな会話をしている間に、「渡っても大丈夫だそうだ。まずは護衛の者から渡れ」とこちらから声がかけられた。
安全確認役の一人が橋を渡り、「殿下! 大丈夫です!」と叫ぶと、護衛騎士に手を引かれて王子様が橋を渡ってきた。こちら側で気を揉んでいた護衛騎士さんたちが「殿下! ご無事で何よりでした!」と王子様を取り囲み喜んでいる。
うんうん、お役に立てて私も嬉しいですよ。
その後は一人ずつ用心している様子で吊り橋を渡った。彼らがしっかり吊り縄を握っているのは、また切れたらたまらんと思っているのだろう。今はまだ変換して作ったツルの縄には水気が多いけれど、乾燥するにつれて今よりも強固になっていくはず。しばらくは吊り橋を渡るのは少しずつにしてもらおう。
そう護衛の人たちに伝え、「その旨を書いた立て札を立てましょう」と言ってもらっていたら、王子様が私に近寄ってきた。
「助けてくれて感謝する。素晴らしい腕前の魔法使いが来ると父上から聞いていたが、まさかあんなことができるとは思わなかった。魔法は本当に素晴らしいな」
「ありがとうございます、殿下」
「父上には二人の活躍をしっかり報告しておく。望みの褒美を考えておいてほしい」
リーズリーさんを見たら、ごく小さく二回うなずいた。言われるとおりにしなさいという意味だろうね。だから私は「ありがとうございます」と言って頭を下げるだけにした。
王子様と護衛騎士さんたちが去ってから、私たちも馬に乗った。
「マイさん、さすがでしたね。見ていて惚れ惚れしました」
「思ったように魔法を使えるのは、いまだに自分でも感心します。全部おばあちゃんのおかげです」
「それで、ご褒美はなにをお願いするんですか?」
「んー、失礼にならないよう、でも厚かましくならない程度のご褒美を考えてみます」
そんな話をしながら馬を進めていたら、前を行くヴェルトラムさんが振り返った。
「大切な王太子を助けてくださったのですから、遠慮しないでくださいね」
「はい」
そう答えたものの、欲しいものはない。どうしたものか。
お城に着いた頃にはもう暗くなっていた。宰相のオル・ナハルさんが出迎えてくれた。
「殿下からお二人の活躍を伺いました。まことにありがとうございました。今夜は感謝の宴を開きますので、ぜひご参加ください」
そう言われて(いいのに)と思いながらヘンリーさんを見上げると、リーズリーさんとヘンリーさんが同時にうなずいている。これもありがたく参加するのが礼儀なんだね。王都の店で美味しいものを食べたいと思っていたんだけど、失礼がないように参加すると伝えた。
客室でヘンリーさんが文官の制服に着替えたから、私も着替えた。華やかなドレスは窮屈で苦手だなと思ったけど、これも波風を立てないための努力だ。これからもヘンリーさんとこの国を訪れるんだから、王家との良好な関係のために、頑張るよ。
少しして豪華な夕食の席に着いた。私とヘンリーさんとリーズリーさんの席は近くに配置されていた。
国王陛下と王妃様、王子様もいらっしゃる。王妃様はほとんどしゃべらないものの、王子様を見る目がとても優しい。
陛下から王子救出のお礼をいただいて食事が始まった。
ヴェルトラムさんが言っていたように、南国の果物が脚つきの大皿に盛りつけられて私の前に運ばれた。市場で私が果物を買い漁った情報が届いているのか。私の前の果物だけが他の人より明らかに山盛りで、ちょっと恥ずかしい。
食事が終ろうという段になって、陛下が「マイ・ハウラーよ。此度の活躍に感謝して、望みの褒美を贈ろう。何がいいかな?」と切り出した。
「私と夫のヘンリーは、今後もこちらの国を訪問したいのです。なので私の希望は、異国人の私たちが気ままに出歩いても咎められないよう、『この二人の身元を保証する』という内容の証明書を頂きたいです」
「そんなことでいいのかい?」
「はい!」
「オル・ナハルよ、さっそく今夜にも証明書を三通、作成して渡すように。リーズリーはすでに顔を知られているが、彼の分も作れ」
「かしこまりました。証明書のサインは私でよろしいでしょうか」
「いや、私の名前だ」
やったー! 国王陛下のお墨付きがあれば。この国のどこに出かけても安心だね。そう思ってヘンリーさんを見たら、なぜか微妙に顔が強張っている。私にだけわかる程度の表情だけど、なんでそんな顔をするんだろう。
最強の通行手形を貰えることになったのに、なんでじゃ。





