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小さな赤子は切なき愛を語る【後編】

「あれは、私が不老不死の実験に躍起になっていた頃――……」


◇◆◇


 数十年前の国立呪術研究所。

 まだアウロラがハルバードと出逢う前のことである。


「今度こそ……」


 アウロラは、不老不死について研究をしていた。そのやり方はとてもシンプルである。(まじな)いを込めたポーションを、死にかけのラットに注射器で注入するというものだ。

 蘇生術はこの世界にないモノ。命は一度だけしか存在しない。ならば、蘇生が出来て且つ元通りに動くラットが誕生すれば、実験は成功となる。そのためのアイテムを創っているのだ。


「ぴぎぃ!」


 ラットは、一時的に立ち上がり悲鳴を上げる。しかし、すぐに命が尽きてしまった。


「あぁ、また失敗……いったい何が足りないのかしら」


 アウロラは頭を抑えて、死んだラットの様子を観察する。ラットは、白目をむいて泡を吹き、実験台の上で倒れていた。アウロラはそれを分厚い手帳に書き記す。

 彼女は、とてもマメなメモ魔だった。細かいことやその時の彼女の気持ちなんかも、日記のように書き記している。王都では、それが論文になるのだから驚きだ。


 ――コンコン


 研究所の扉を静かにノックする音が聴こえる。


「どちらさま?」


 アウロラの問いに、小さな声で「ハルバード」と答える声がした。彼は王の次男である。滅多に外出もしないことで有名な彼がこんな所に来るはずが無い。誰かからからかわれている。そう思ったアウロラは、不機嫌そうな顔で扉を開けた。


「……!」


 彼女が見た目の前の男は、厚いフードを被り顔を隠している。男が研究データを盗みに来た泥棒だと思ったアウロラは、研究室の奥に逃げ込んだ。


「ここには重要な研究資料はないわよ!」

「話を聞いてく……」

「お帰りください!」


 アウロラは、側にあった空のビーカーを男に向かって投げつける。それは近くの壁に当たり砕けた。男は何も言わずにするりとフードを脱ぐ。彼には痛々しい痣が右頬にあった。


「俺はハルバード。頼みがあってここに来た」

「……」


◇◆◇


 アウロラの話を聞いていたゼロスが、納得したように小さな腕を組む。


「――けんきゅうしてたら、ハルバードがたずねてきたのか。さっきのはなしと、かみあってきたな」

「――!」


 ゼロスは察しがついてきた。どうしてハルバードの死体を不老不死の実験に使ったのか。それは、これからアウロラによって語られる。

 キャロルは、赤ん坊姿のアウロラをゆらゆら揺り動かしながら、話の続きを催促するように仮面で覆われた顔を近づけた。あやしているようにも見えるが、客観的に見ると怖くもある。

 フェニキア王は黙って話を聞いていた。その表情はどこか、アウロラのことを蔑んだような目である。


「で、ふろうふしのアイテムは、どうやってかんせいしたんだ?」

「……相手の心を知ること。心から愛すること。それが(まじな)いになった」

「――?」


 アウロラの言葉を聞いて、ゼロスとキャロルはきょとんとした様子であった。フェニキア王は、真っ白な髭を触りながら、詰まらなさそうに話を聞いていた。


「あの時私は――……」


 アウロラが、再び語りだす。


◇◆◇


 アウロラは、ハルバードの痣を隠すことに成功し、その素顔を見て恋をしてしまう。彼女はあれ以来、彼のことが気になって、研究に集中できない日々を過ごしていた。


「あの方の、アメジストのような瞳のきらめき。あれも、歳をとれば灰色になってしまう。もし仮に時を戻して、あの方と同じ景色を眺められる夢のようなアイテムがあれば……」


 彼女の視界には、呪いに用いる鉱石のミスリルと、ビーカーに入ったピンク色のポーションが映った。アウロラは決心する。そんな夢のようなアイテムを創ってしまおうと。


 ――それは成功した。

 しかし、アイテムを使うことは叶うことなく。肝心のハルバードは、謀反を起こして死んでしまった。無残な姿だった。右頬の痣よりも、たくさんの打撲痕や切り傷などが目立って痛々しい。


「あぁ、なんてこと」


 アウロラは、彼の心の内が知りたかった。どうして謀反など起こそうとしたのだろうか。彼女はその一心で、実験と称し、彼の死体を引き取ることにした。


 彼女は、死体に幻術をかけて衝撃の事実を知る。


≪私は、王と他の令嬢との間に生まれた身。全てが歪なのだ≫


 確かに聴こえたのは、ハルバードの声。死体から抽出できる情報はごく限られているが、アウロラは、とんでもないことを知ってしまったとノートに書き記す。情が移った彼女は、彼を救いたいと思った。


「この実験。必ず成功して見せる」


 アウロラは、ある呪いを掛けたポーションを、ハルバードの首に注入する。結果として、彼はこの世を恨み壊す、魔王になってしまった。


◇◆◇


「……それが、ミスリルのカメンとなぞのケムリか。ハルバードは、せんだいのおうの、あそびでうまれた、こどもだったのか。おうとはひどいやつばかりだな」

「――……」


 ゼロスとキャロルがもっと話を聞こうとすると、フェニキア王は、「――もうよい」と言って、キャロルからアウロラを引きはがし、勢いよく放り投げる。ドカッと強い衝撃音が鳴った。


「ぐぅっ!」

「――!――!?」


 アウロラの痛々しい声。

 彼女が何をされたのかが理解できていないキャロルは、王の髭を手探りで探す。探り当てると、キャロルは、上下に激しく引っ張った。まるで、「あなた何をしたの!?」と怒りながら言っているかのようである。


「もうよい。大体のことは察しがついた。色恋に興味などない。その仮面が、魔王ハルバードを殺す呪いでないのなら、どうでもよいことだ」

「まってくれ、おれたちの、ノロイをとくほうほうを、まだきいていない! ききたいことが、やまづみだ!」


 フェニキア王が鋭い視線でゼロスを睨みつけた。


「……友人が惜しくないか?」

「!」


 ゼロスの頭に浮かんだのはセフィロスだった。彼が今どこで何をしているのか分からない。王の命令によっては、消されてしまうかもしれない。ゼロスやキャロルも、王都の醜い秘密を知ってしまった。ただでは済まないだろう。


 子どもの姿をしているゼロスと、仮面で視力を失ったキャロルとでは、どうにもできないことだった。悔しいが、秘密の地下牢を一度出ようということになってしまう。その際に、アウロラは小さな声で言う。


「国立呪術研究所の幻術資料館にある、『魔鉱物(マテリア)呪術史』を見ると良い。解読できる呪術師は限られるが必ず役に立つはず……」


 ――ギィイ……バタン


 話の途中で地下牢の扉は閉じられた。フェニキア王によって再び呪いが掛けられ、地下牢は隠される。妃は、椅子に座ったまま目を閉じていた。騎士たちは一人も居ない。


「まもののしゅうらいが、あったんじゃなかったのか?」


 城の中は、やけに落ち着いている。不気味なほどに静かだ。しかし何者かの気配は感じる。おそらく多くの騎士たちが奥で待機しているのであろう。


 フェニキア王が玉座に座ると手を大きく鳴らす。その音に応じるように妃がそっと目を開けた。


「……魔物二七、死者三、無事に追い返したとのことです」

「そうか。王都が襲撃を受けたこの件は、この者達を検閲で通した、シルヴィアの責任。呼んで参れ」


 フェニキア王の言葉と同時に、鋼鉄の鎧を着た騎士たちが続々現れてくる。あっという間にゼロスとキャロルは包囲されてしまった。


「くそっ! おれたちをどうするつもりだ!」

「お前たちは、余計なことを知った。記憶がなくなるまで、大人しくしていてもらうぞ」


 ゼロスはいきなり、一人の騎士に腹を殴られた。


「かはっ!」

「――!?」


 キャロルは、ゼロスの乾いた声にオロオロして彼を探そうと手を伸ばす。彼女の手を握ったのは、騎士にしては化粧っ気の多い女のような顔をした痩せ気味の男であった。


「キャロルちゃーん、聴こえまちゅかー? これから楽しいこと沢山して、いろんなことを忘れまちょーねー♪」

「――!」


 その男の声は、ねちっこく聞いていて不快になる音であった。キャロルは、一生懸命手を振りほどこうとする。しかし彼はなんと彼女の手を舐め、恍惚とした表情で噛みついた。


「――!」

「いいねぇ、そのリアクション。かーわーいーいー♪」


 噛んだ跡にじわっと血が出ている。なるほどこの男は変態だ。このままキャロルを連行されたら、何をされるか分からない。


「……テメェ……きめぇんだよ! キャロルから離れろ!」

「黙れ。ボクは男が嫌いなんだよっ!」


 ゼロスは足蹴りにされる。

 彼が床に転がっている頃、シルヴィアも両手を拘束された状態でやって来た。いや、連れてこられて来た。


「フェニキア王様! どうかお許しを!」


 あれだけ冷静だったシルヴィアが、必死に大声で泣き叫んでいる。まるで命乞いをするかのように見えた。


「……見苦しいぞシルヴィア」


 王が、片肘を突きながらシルヴィアを見下している。


「あの部屋だけは! あの部屋だけは……!」


 どうやら、ゼロスたちをどこかの部屋へと連れていくようだ。ミスリルの仮面や煙についてはおろか、セフィロスの居場所も分からないままでは、王都まで来た意味がない。むしろ、マイナスだ。


「くそぉ……!」

「――……」


 ゼロスとキャロルが諦めかけたとき、おそらく唐辛子系であろう強い刺激臭がした。


「何事だ!」


 異常を感じた騎士たちは、三分の二ほど臭いのきつい客室の方へと向かう。


「なぁに、この臭いはー? あらやだ、目が潤んでお化粧が取れちゃうじゃない!」


 キャロルの手を掴んでいた男の手が彼女から離れる。


(今がチャンスだ!)


 そう思ったゼロスは、その場から離れるために、キャロルに、ある指示をした。


「キャロル、かぜをおこして、においをまきちらすんだ! おれについてこい!」

「――!」


 キャロルの周囲に光が満ちる。数秒で風の流れが出来た。それは人を傷つけるものではない。ただ臭いを散らす程度の風力である。謁見の間に居た全員が、のどの痛みや目の刺激を訴えていた。

 うずくまるフェニキア王と妃。逃げるなら今だ。


「にげよう、キャロル!」

「――!」

「キャロル?」


 キャロルは誰かを探しているように見えた。彼女はゼロスの掌に、急いで文字を書いている。


「し、る……ヴぃ、あ……シルヴィア?」

「――!――!」


 名前を呼ばれたのに気づいたシルヴィアは、「お願い助けてっ!」と、ゴホゴホ大きな咳をしながら近づいてくる。ゼロスには迷う暇がなかった。臭いにその場の者が慣れ始めたからである。


「このさい、うらみぶしはナシだ。シルヴィア! おまえのまじないで、キャロルにひなんばしょを、みせてやってくれ!」

「わかったわ。空間転移の魔法を使うのね!」


 シルヴィアは、人の脳内に、幻覚や思い描いたモノを見せることが出来る。ならば、それを利用してしまえばいい。キャロルが目が見えなくても、シルヴィアが道を指し示せば、空間転移の魔法で逃げられると、ゼロスは算段したのだ。


「キャロル、たのむ!」

「――!」


 フェニキア王が立ち上がり、「させぬわ!」と言った瞬間に、ゼロスたちは謁見の間から消えた。妃は、王の、椅子を叩く音に肩を震わせる。


「……王都の秘密をばらまかれては困る。プレイド。わかるな?」


 プレイドと呼ばれた男は、涙で汚れた化粧をなめとって、


「はい~王都の汚物の掃除係プレイド、働きます♪」


 と気持ち悪い声で答えた。

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