小さな赤子は切なき愛を語る【前編】
目の前の光景に、ゼロスが目をぱちくりさせた。性別不明の赤ん坊が地べたをはっていたからだ。おそらくこの者が魔王ハルバードを生み出した最悪の魔術師アウロラであろう。
赤ん坊は、彼らの存在を察知すると、すくっと立ち上がりゼロスのもとへ近寄ってきた。また、キャロルの仮面を見ると、「違う……」と言葉も発した。声はハスキーな女性の物である。
そのアンバランスさが、少し不気味に思えた。
「おまえ、はなせるのか」
「……違う。何もかもが違う……」
ゼロスの問いかけに、アウロラと思われる赤ん坊は、食い違う反応を示す。その様子を見て、フェニキア王が皮肉めいた顔で、「これがお前の研究結果だ。アウロラ」と言った。
「違う。私はただ……」
「なにがちがうかはわからないが、おまえのじゅじゅつで、おれとキャロルを、もとにもどしてくれ。まおうハルバードは、おれたちがたおす」
「違う。ハルバードは、違う」
「――?」
キャロルは、ゼロスの肩を手探りで探し、ちょこちょこと突いた。何か気になることがあるようだ。しかし暗闇では彼女のジェスチャーはよく見えない。フェニキア王がキャロルにろうそくを近づける。光で壁に映されたシルエットは、「額の一角」を表しているように見えた。
その次に、腕を組んで大きく横に傾く首。まるで、「どうして?」と訊ねているようだった。
(魔王ハルバードはどうして……)
そういった類の質問であろうことは想像できたが、肝心のアウロラは話を聞いていない。ずっとずっと、「違う……」と繰り返していた。それは、己を弁明する物ではなく、後悔しているような言い方である。
「アウロラ。おれのはなしをきいてくれ。おれたちは、ノロイをとくために、おうとまでやってきた。はんせいするきがあるのなら、ノロイをといてくれ。おまえのしっぱいは、おれたちがすすいでやる。やくそくだ」
「違う! 私は失敗などしていない!」
アウロラが叫ぶと同時に、一瞬だけ、ミスリルの仮面が琥珀色に眩く輝いた。そのとき、キャロルが怯えたようにその場でもがきだす。
「どうした、キャロル! なにかされたのか!?」
「――!――――!」
ゼロスが小さな手で、キャロルの背中をさする。
――ゴアーンッ!
昼時でもないのに、王都の鐘が鳴った。
「アウロラ……貴様、呪術で魔物を呼びおったか!」
「違う、私はただ、彼女の見たモノを、一緒に見ただけ……」
「――?」
キャロルは不思議そうに首を傾げた。
「私はただ、あの人と同じ景色を、見ていたかったのよ。だから違う。全て間違っている」
アウロラが言う、あの人とは誰か分からないが、彼女の研究は望んでいたものではなかったようだ。それにしても、「同じ景色」とは、何のことか。ゼロスたちは考えた。
「違う。その仮面は、見たモノを実現させる理想のアイテム」
アウロラが言う。
彼女の声で反応があったミスリルの仮面。そして鳴り響く王都の鐘。キャロルが仮面の呪いに侵されて初めて見た景色を思い出した。それは、シルヴィアの実験で見せられた幻覚(魔物)たちだ。
「もしかして、シルヴィアとのじっけんで、キャロルがみたまものが、ぐげんかして、おうとをおそっているのか!」
「――!」
王都の鐘が、いっそう激しく鳴る。シルヴィアがどのような魔物をキャロルに見せたかは不明だが、今現在王都は魔物に襲撃されている状態なのであろう。
秘密の地下牢では何が起こっているのか分からない。
(表に出て確認しなければ!)
そう思ったゼロスであったが、フェニキア王は彼の腕をつかんで離さない。
「はなせっ! おもてには、セフィロスがいるんだ!」
「ここを何処だと思っている。精鋭の軍と呪術師が居る。各々どの戦闘スタイルにも特化した人材だ。王都が落ちることはない」
「おれがいっているのは、おうとのことじゃない! セフィロスがぶじかどうかだ!」
ゼロスの言葉にフェニキア王が、「安心しろ。城の中だ」とだけ言って、アウロラの手首をつかみ上げた。「うぐっ!」っと大きな悲鳴があがる。骨の砕ける音がした。相当強い力で手首を握っているのであろう。
「アウロラ。妙な物を創りおって。一体何が目的だ」
「……違う。こんはずでは……」
普通の赤ん坊ならば、小さなケガでさえも命とりだ。しかし、彼女の骨のミシミシという音は、鳴り続けていた。まるで、素早い速さで再生しているかのように。
「何が違う。答えてみろ。化け物め!」
「――!」
キャロルが、骨の音がする方へ、手を伸ばす。アウロラの形をペタペタ触って確認すると、フェニキア王から取り上げて、頭を撫でた。その様は、「よしよし」と、彼女をあやしているいるかのようである。
「――……」
たかいたかーい。
ポカーンとするゼロスとフェニキア王であった。
「違う……私はなぜあやされている?」
アウロラがここで初めて、人の行動に反応を示した。相変わらず、「違う」と言っているが、これならなんとか話が出来そうだ。ゼロスはアウロラに、一番思っていた疑問をしてみた。
「したいなんて、たくさんあっただろ? どうしてハルバードをえらんだんだ?」
「……ハルバードは違う人だったから……」
「ちがうひと?」
「――?」
キャロルに揺られながら、アウロラは昔話を始める。その頃、王都の鐘が鳴り止んだ。静けさが地下牢に漂う。どうやら、襲撃は抑えられたようだ。人々の歓声が挙がっているのが聴こえた。
「あれは、私が国立呪術研究所で不老不死について研究していた時のこと……」
――数十年前の話――
先代の王に愛されて育った長男と、生まれつき右頬に痣の在る次男のハルバードが居た。三男は現在のフェニキア王である。長男のスコールは心優しくまっすぐ育ち、王都間で起こっていた貧困問題について、熱心に研究していた。
一方、ハルバードは、痣のせいで「醜い子」と呼ばれ、部屋にこもることが多くなる。そんな彼が十八の頃に頼ったのが、国立呪術研究所だ。幻術の研究室で、アウロラはハルバードと出逢う。
「滅多に外にお出にならないハルバード様がどうしてこのような場所に」
「アウロラ。この痣を消してくれ。でなければ、今ここで殺してくれ」
「そんな……!? 私目にさようなことは判断しかねます!」
「どうせ誰からも必要とされぬ身。私にはこの二択しかないのだ」
アウロラは困ってしまった。幻術を使って、痣を痣と見えなくする事は出来る。しかし、触れれば凹凸がハッキリとわかるほど、ハルバードの顔の痣はとても深かった。しかし、彼に目の前で死なれては、自分に何らかの罰が下るであろうことは想像に難くない。
「本当に、良いのですね」
「私が良いと言った。失敗して死んでも構わない。私をどうか助けてくれ」
「……わかりました」
結果を言うと、アウロラは成功させた。彼女から見ると、痣が無くなった彼の顔はアメジストの美しい瞳に陶器のような肌。彼女の心音が自然と脈打つ。
「これが、本当の私なのか……」
ハルバードは研究室の鏡を見ながら、頬を触った。凸凹していることを知ると、嫌そうな顔をしたが、見た目が変われば、周囲の反応も変わると思ったのだ。
「私にはこのような幻術しか使えませんが、満足頂けましたでしょうか」
「ああ、ありがとう! アウロラは私の太陽だ」
「よかったです」
にこやかに笑うハルバードは、何とも言えない気品を持ち合わせていた。アウロラは、その姿を見て密かに恋心が芽生えてしまう。それほどに彼の顔は魅力的であった。
アウロラは、王たちに痣を「完全に消した」と嘘をついて誤魔化すことにする。ハルバードにも、「決して痣には触らせぬように」と念を押した。
それが彼のためであると思ったからだ。
――ハルバードは、勇気が出たのか、人生で初めて婚約者を決める王都のティーパーティーに参加をする。
しかし……、
「――触るなっ!」
「きゃああああ‼‼‼‼」
ハルバードの近くに居た令嬢が、マグカップを落として彼から逃げていった。キスをしようとした際、痣のある頬に触れてしまったのだ。その日のティーパーティーは失敗に終わり、ドラコ家は恥をかくこととなった。
落ち込んでいるハルバードを一番気にかけていたのは、兄のスコールであった。
「ハルバード。大丈夫だ。お前は誰よりも美しい。それが本来の姿だ」
「美しい……? 本来の姿……?」
スコールの励ましであった言葉が、かえってハルバードの心をえぐる。煮えたぎる嫉妬心が芽生えてしまった。その日から彼は、王都に復讐することばかりを考えるようになったという――
「それで、我が軍に奇襲をかけ殺されたと。下らぬ理由だ」
「――!」
フェニキア王の声がする方に、キャロルは、抱いていたアウロラを見せつけるように差し出した。まぁなんとつぶらな瞳。キャロルの心のうちは分からないが、おそらく、怒っていることは何となく動きで分かる。
「アウロラ。おまえは、ハルバードのことがすきになったんだな。それで、よみがえってほしくて、したいを、かいしゅうしたのか?」
「違う……私が望んだのは……」
アウロラが赤ん坊の姿のまま涙ぐんでいた。何かを伝えたいようだ。彼女は、“不老不死の実験”について話し始めた。三人は、それぞれ耳を傾ける。その間キャロルは、アウロラを優しくゆらゆらと抱きしめていた。




