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〜 ミハエル視点 〜


***


 一人、イザベラの部屋から追い出された俺は執務室で盛大なため息を吐いた。

 最低限、今日中に必要な書類にだけ目を通してサインした。後は時間になったらイザベラを迎えに行くだけだ。


 椅子に浅く座ると足を投げだす。自然と上向く視線をそのままにして目を閉じると思い出すのはイザベラの笑顔。

 レオンでいた頃に見せていたイザベラの笑顔は荒む気持ちをすぐに穏やかにさせてくれる。

 自分を見下ろして微笑む笑顔。

 時にはしゃがみ込んで同じ視線になる笑顔。

 レオンは格好いいと言いながら満面の笑みで抱きついてくれたイザベラ。

 その時はその笑顔がこんなにも特別なものになるなんて思わなかった。

 犬の姿でいても俺は人間だった。その中途半端な思考のせいで変なプライドがあったのかもしれない。

 床に置いた皿で食えるかっ!ジャックはちゃんとテーブルに食事を並べてくれたぞ!

 そりゃそうだ。ジャックは中身が俺だと知っていたのだから。

 最初は、邸にも人間にも戻れない状況に自暴自棄になっていた。傷ついてボロボロになっていた俺を拾うなんて頭がおかしい女だと思った。

 そう思っていてもイザベラの側は居心地が良かった。


 あまりの空腹で拾われた日は無我夢中に食べたスープのような食事も、翌日には回復したプライドが邪魔をして顔を背けた。どうしても床で食べる事に慣れたくなかった。

 そんな俺を軽く叱ったイザベラ。

『食べないと死んじゃうよ!』そう言って数日後には痺れを切らして無理やり俺の口を開けて、素手で掴んだ肉を突っ込んできた。

 一度肉を食べてしまうと身体が欲した。イザベラが喜んで次の肉を口元に近付ける。それを食べる。そうしているうちに、毎回イザベラに食べさせてもらうようになった。

 まさかそれが体のいい口実になるとは。

 ふっと笑ってはレオンだった自分を思い出しては徐々に顔が熱くなる。

 人間には戻れない、そう思っていたから出来たのだが、今思えば恥以外の何物でもない。


 肉を摘まむイザベラの指先を舐めても、犬のように顔や手を舐めて愛情表現する事は皆無だった。

 だから"格好いい"なんて表現になるのだろう。

 他の者から犬扱いされる事を嫌ってイザベラの側にいただけ。そう思い込んでいた自分が恥ずかしくなったのだ。

 ベッドで寝たいなら足元で丸くなればゆっくり眠れるはずだ。わざわざ狭いイザベラの横に丸まって顎をイザベラの肩に置くなんて……。

 今なら分かる。

 イザベラの顔を見たくてわざわざそんな狭いところで寝ていたのだと。


(ミゲルネ邸にいた時に、本物の犬のように俺がイザベラの顔を舐めていたらどうなったんだろうか?唇を舐めていたら人間に戻っただろうか?)


 今更どうでもいい事を考えながらもイザベラの可愛い唇が目に浮かぶ。

 キスしたい。出来るなら毎日。出来るなら顔を見る度に。出来るなら深く陶酔するような口付けを。


 今の自分はイザベラに依存し過ぎている。

 ジャックの忠告に、自分でも客観的に見てそうだなと理解している。

 それでもイザベラを前にすると本能がイザベラを欲する。抱きしめて離したくない、いつも側にいたいと。

 自分でも重症だと思う。

 けれど恋愛とはそういうものだと聞く。だから止めるつもりは無い。

 婚約してるのだから寧ろもっと愛を深める方がいいとさえ思う。

 というか、手っ取り早くさっさと入籍したい。そうすれば誰にも邪魔をされない。邪魔をさせない。たとえ父上と言えど。



「ミハエル様っ!」


 聞こえた声はアルバートの声。

 しかも、騎士の鏡とも言われる男が廊下を走りながら俺の名を叫んだ。

 その慌てた声に瞬時に立ち上がって表情を引き締めた。

 バンッ!と勢いよく開いたドアには青ざめたアルバートの姿。


「イザベラ様がっ!!」


 その一言だけで十分だった。

 全速力でイザベラの部屋に走った。

 イザベラの部屋に飛び込んだ俺の目に映ったのは、床でぐったりと横になるイザベラの姿だった。


「ミ、ミハエル、様…」


 俺を見たジャックが放心したように呟いた。

 イザベラの傍らに膝立ちしたままのジャックの異様な雰囲気に慌ててイザベラの傍らに跪く。


「……イザベラ?」


 目の前のイザベラの違和感に自然と声を潜めた。頬を触れるとまだ温かいが反応が無い。


(まだ"温かい"だと!?!?)


 自分の感覚に手が震え出す。

 その手をイザベラの胸元に触れるが求めていた反応が感じられない。

 イザベラの鼓動が感じられない。


「……ベラ? イザベラッ! イザベラッ!!」


 抱き起こそうとするといつもと違うイザベラの身体の重み。それを無視して強引に抱きしめてすぐ側にいるジャックを睨む。


「何をした。お前はイザベラの側で何をしていたんだ?!」

「……私は、何も…」


 険悪な雰囲気になりかけた時、アルバートが目の前に現れてイザベラの手をとって目を瞑った。

 アルバートの行動に俺とジャックが無言で固唾をのむ。


「……微かですがまだ脈はあります…」


 とりあえず一安心とは言えない表情のアルバートに俺の表情も険しくなる。


「医師は、既に呼びに行かせましたが……」


 ジャックが俯きながら口開いた。

 駆けつけた時といい、今といい、普段のジャックからは想像出来ないような姿にそれ以上問い詰める事が出来なかった。

 イザベラを抱きかかえ、ベッドへと運ぼうと立ち上がる。

 その時に微かに反応を感じた気がした俺はその場でイザベラを覗き込んだ。


「イザベラ?」


 微かに口元が動いたような気がした。

 すぐ横のソファに、イザベラを抱えたまま腰を下ろした。

 自身の膝の上にイザベラを下ろし肩を抱いたままでイザベラの頬を触れる。


「イザベラ、俺だよ。分かるか?」


 イザベラの手を取り、自分の頬にその手を触れさせる。


「……ベラ、少しだけでいいから目を覚ましてくれ」


 そう願いながらイザベラの唇を自分の口で塞いで空気を送り込む。

 俺は君の王子様だ。王子様のキスで君は目を覚ましてくれるのだろう?

 以前、イザベラが読んだ絵本だと言って語った物語を思い出しては願い続ける。


ピクッ


 触れていた頬が反応した。


「イザベラ?」


 けほっ。と実際には声が聞こえないが、確かにそう言うかのような反応が見えた。


「イザベラ、俺だよ。レオンだよ」


 意図せずそう呟いた。するとイザベラの口がゆっくり動いた。


「……ォン」

「イザベラ!」

「レオ……ミハエ…ル…さま」

「イザベラ! 良かった……イザベラ」


 そっと抱きしめてイザベラの手を握る。

 ピクッと動き出す反応に心底ホッと胸をなで下ろした。


「イザベラ、少しベッドで休んだほうがいい。今、医師も来るから」

「………ここ…で……このまま……ハエル、さまと…」


 頭をゆっくり動かして俺に甘えるイザベラの姿にようやく実感が沸く。


「分かった。誰かイザベラに掛けるものを持って来い。ジャック、このまま話を聞く」


 以前、こうして腕の中で甘えるように眠っていたイザベラを思い出して自然と口角が上がった。俺の了承を聞いたからか、見つめたイザベラも薄く微笑んでいた。


***


 今は俺の腕の中ですやすやと小さな寝息をたてるイザベラ。

 その姿を何度も目で確認し続けるジャックはいつもの姿に戻っていた。

 さっきまで顔面蒼白でいた男とは思えない程の強い口調で言いだした。


「私に一日下さい」


 近隣に住む医師がかけつけると、イザベラが倒れた様子をこと細かに語ったジャックは今後の事を考えて薬を所望した。再びイザベラが倒れる可能性があると踏んでいたようだった。

 血の巡りが良くなる薬。しばらくは飲み続けるようにと医師の手持ち分だけ貰った。後日薬を届けることを約束して医師が帰ると、茶を用意して来た側仕えにジャックは指示をした。

 俺の茶を下げさせて二度と用意しないようにと。

 その言葉を聞いて眉を顰めた。


「ジャック、どういうことだ? 俺の茶に何かあったのか?」


 俺の質問にジャックはイザベラが倒れる直前に話していた内容を語った。

 たかがお茶如きで?

 そう思いながらも、犬化しだした時期が重なり、俺しか飲まないお茶を不信に思うのは当然だと思った。


「イザベラ様は何か確信されたようでした」


 イザベラが何を確信したかは分からないが、そのせいでイザベラの様子がおかしくなったようだと言う。

 ならば二度と飲むつもりはない。

 それが呪いの原因でないにしてもイザベラが気に病むのならばもう要らない。


「分かった。もう二度と購入するな。邸に残ってる茶葉も全て処分しろ」


 甘くて気に入っていたがそれだけだ。茶葉なら他にも沢山種類がある。アンデリス伯爵領が良質な茶葉の産地といえど、もう二度と伯爵領の茶葉は要らない。

 他の種類も全て含めて伯爵領の原産の茶葉一切を購入しないように指示した。

 そしてジャックはその茶葉を調べたいと、その為に一日欲しいと願い出たのだ。

 茶葉の話をしながらも幾度となくイザベラの様子を気にかけるジャック。

 本人は気付いてないのだろう。それくらいに目の前で倒れたイザベラの姿がショックだったようだ。

 そんな俺の視線に気付いたのか、ジャックは気まずそうにそっぽ向いた。そして重々しく口を開く。


「自分でも呪いだなんて馬鹿げていると思ってますよ。 でも……まるで、見えない何かが、目の前でイザベラ様の首を締めているように見えたのです」


 見えない何か……。

 仮に見えたとしても目の前で人の首を締める光景など見たいとも思わない。

 腕の中のイザベラの細い首を見つめながら、この首に手をかけようとする者がいるのかと思うと怒りでおかしくなりそうだった。


「分かった。でも感情的になって深追いするなよ。それでお前に何かあったらイザベラが悲しむからな」

「………明日、早速向かいます」


 そんな話をしながら俺とジャックは安心しきって大人しく眠り続けるイザベラを無言で見つめた。


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