呪いの犯人?
ミハエル様が後ろ髪を引かれながらも部屋を出て行くと、早速ジャックに話を聞いてもらう。
「なるほど。確かにそういう意味では呪いの犯人は女性という説もあり得ますね。ですが断定する程の根拠もなければ、その話ですと犯人特定も難しくなります」
ですよね。
モテるミハエル様を慕う女性は多い。
これだと結局ふりだしのままと変わらない。
話をしながらジャックは側仕えに用意させたお茶を慣れた手つきでカップに注ぐ。テーブルに二人分のお茶を出すとジャックは正面に座った。
喉が渇いていた私はすぐにお茶を一口含んだ。
「あ……すみません。私はこのお茶はちょっと……」
「ああ、こちらこそすみません。私が間違えてしまいました」
ジャックは「失礼しました」と一声かけてから自分と私のカップを下げた。
ワゴンにある予備の新しいカップを用意すると、さっきとは別のティーポットからお茶を注いだ。
再びテーブルに入れ直したお茶を置かれる。
「すみませんありがとうございます」
「いえ、私もあのお茶は好みではないので気にしないで下さい」
ワゴンにはティーポットが2つあった。
一つは私の好みのお茶。もう一つはミハエル様の好みのお茶だ。
ミハエル様が一緒にいる時は常にこの二種類のお茶が用意されていた。
「イザベラ様がいらっしゃってから私も気楽に飲めるようになって感謝してるくらいですから」
私好みのお茶を一口飲んだジャックは珍しく自然な笑みを浮かべていた。
「感謝ですか?」
「ええ。私もミハエル様の飲む甘いお茶が苦手でしてね。イザベラ様が来る前までは喉が渇くと自分で厨房まで行っていたのですよ。
けれど今はこうしてのんびりとイザベラ様のお茶のご相伴にあずかってますからね」
「そうだったのですか? すみません。てっきり普段からお茶を二種類用意してるのかと思ってました」
まさか私の為だけにもう一つポットを用意していたとは知らなくて焦りだす。
「いえ、私は嬉しい限りですから。それにミハエル様がそう指示したのですから何ら問題はありませんよ。邸に来たイザベラ様が昏睡状態だった時に、目を覚ました貴方が自宅で寛ぐのと遜色ない様にと、カーラに細かく貴方の好み聞いて指示されたのですから」
茶請けのクッキーに手を伸ばしたジャックは本当に嬉しそうに事の成り行きまで教えてくれた。まさかそんな事してたとは知らなかった私はその気遣いが純粋に嬉しかった。
「……ここだけの話ですが、イザベラ様がいらしてからは私は厨房に行かなくなりました」
「?」
「喉が乾いたらこちらに様子を見に来るようにしましたから」
なるほど。どうりで、いつも気を利かせてお茶を頼んでくれると思ったら、ジャックが飲みたかっただけなのか。
「ちなみに、あのポット。ミハエル様しか飲まないのに中身はいつも満タンなんですよ。イザベラ様のは満タンでも私が空にしますけどね」
確かに。おかわりを頼んでいるジャックの姿がすぐに浮かんで思わず笑ってしまった。
「それならジャック様もポットを別に用意したらいいのに」
「いえ、以前ミハエル様にも言ってはみたのですが『文句があるなら自分で用意しろ』と言われてしまったので諦めました」
「そうだったんですか。今まで大変でしたね」
ミハエル様と執務をこなすジャックがそんな面倒な事をしてるとは知らなかった。
「いえ、以前はそんなことなかったのですよ。数年前にミハエル様があのお茶を気に入ってしまってからなので」
「そうだったんですね。甘党のミハエル様にピッタリなお茶ですもんね」
「そうですね。ああ、でもそのお茶ですが今後も手に入れるのか確認しておかないと……」
何か思い当たったのか、ジャックが考えるように顎に手をあてる。
「何か問題でも?」
「いえ、あのお茶は隣りの領地で収穫されてるもので……」
その口振りから、先日のモニカ嬢を思い浮かべた。確か、定期的に茶葉を持ってきていると聞いていたからだ。
「そういえば、あの後モニカ様は……」
ずっと気掛かりだったモニカ嬢。私が痛みで意識を失った後、モニカ嬢がどうなったのか気になっていたが聞くチャンスがなかった。
「……実は、イザベラ様が別邸に居られる時にアンデリス伯爵様がいらっしゃったのです。騒ぎがあったあの日、ミハエル様はモニカ嬢に激怒して追い出してしまったのでその詫びに来たようですが……。 ミハエル様は頑として令嬢をお許しになりませんでした。なので、今後この茶葉を仕入れ続けるのかどうか……」
自分の知らぬ間にそんな事になっていたとは。私とモニカ嬢の因縁がここまで影響してると知ると申し訳なくなった。
「すみません。元は私がこちらに滞在しているせいで……」
自分のせいでミハエル様とアンデリス伯爵との付き合いに影響を及ぼしてるとなるとモニカ嬢に謝罪すべきか悩みだした。
「イザベラ様は悪くありません。被害者なのですから。……けれど、くれぐれもモニカ嬢には近付かないようご忠告致します」
自分が考えていた事を見抜かれた気がしてジャックを見つめた。
「まだあちらはイザベラ様の事を知らないようですが、どうやら探りを入れてるようです。伯爵も貴方に目通りしたいご様子でした。きっと何処の令嬢なのか知りたかったのでしょうね。けれどミハエル様が先手を打っているので見つけるのは困難でしょう」
そこまでミハエル様が私の事を考えてくれていたとは……。
嬉しい気持ちがある反面で、言いようのない複雑で嫌な気持ちが押し寄せていた。
「そんなタイミングで王城の夜会に呼ばれましたからね。これを機にイザベラ様は上層階級にも名を知られる事となりますから、アンデリス伯爵と言えどイザベラ様に下手に手出し出来ないでしょう」
ジャックの言葉に目を見張った。
強制された王城の夜会。まさかそんな風に自分の事を思ってパートナーに指名したとは考えてもいなかったから。
「……ありがとうございますジャック様。ご忠告通り、夜会ではモニカ様に近付かないよう気をつけます」
万が一、夜会でモニカ嬢と揉め事を起こすとなればミハエル様の顔に泥を塗る。それだけでなく我がミゲルネ子爵家の印象も悪くなる。
それだけは避けたくて最悪の状況を考えて絶対に近付かないようにしようと心に決めた。
「ええ。私もアルバートに話しておきます。モニカ嬢や伯爵をイザベラ様に近付けないようにと」
ミハエル様の立場的にも自分が騒ぎを起こしてはならない。
そう考えた時に頭に過ったのは、転生前の友達がハマっていたアニメだった。ストーリー冒頭の"悪女の断罪シーン"だった。
学園の卒業パーティーの時に一度そのシーンが頭を過ったけど何も起きなかった。でも今回は王城の夜会だ。舞台としては十分あり得る場だ。
そして自分が悪女の位置に立ってモニカ嬢に訴えられる絵が頭に浮かんだ。
モニカ嬢の立場から見れば私は悪女に見えるかもしれない。そう見えてもおかしくない。
そんな考えが頭に浮かぶと額に嫌な汗が出てきそうだった。
スッと立ち上がったジャックがポットを手にすると、空になりかけていたカップにお茶を足してくれた。
そのさり気ない気遣いに少しだけ気持ちが軽くなる。
(夜会当日はアルバート様が一緒にいてくださる。私は一人にはならないから大丈夫)
自分に言い聞かせて気持ちが少し落ち着くと、せめてダンスだけでもモニカ嬢に嫌味を言われない程度にしようと考えた。その為にもダンスの練習相手を頼めないかとジャックをチラ見した。
目の前のジャックはどこかおかしかった。一点を見つめたまま固まっていた。
ソファに座り自分で注ぎ足したお茶を手に持っているが、カップのお茶が揺らめくこともなく少し強張って見える表情でじっと見つめている。
「ジャック様?」
思わず声をかけたが反応が無い。
そんな姿のジャックに、何故か突然焦燥感に駆られた。
……何かひっかかる。
何が?
その何かが何なのか、とジャックを頭から足先まで一見した。
そして一点を見つめるジャックの視線を追う。その先にあるのはティーポット。
「ジャック様……以前は、ミハエル様はあのお茶を飲んでなかったのですよね?」
私の声が届いたのか、ジャックは手にしていたカップを置くと頭を抱えた。
「………ええ。イザベラ様。貴方も気付かれたのですね……」
「気付いた?それはどういうこと?」
「…………ミハエル様がそのお茶を好んで飲むようになったのは……モニカ嬢から誕生日プレゼントにとその茶葉を頂いてからです」
頭を抱えたまま、吐き出すように言葉を口にするジャック。
その言葉が一瞬で脳内を駆け回った。
まさか……ミハエル様に呪いをかけていたのはモニカ嬢?
その考えが、今までの出来事全てを肯定しているかのように感じた。
その肯定感が更に私を追い立てる。
(……どうして?! まさか、モニカ嬢は私の事を知っていたの?)
突然襲われた恐怖感に身体が震え出す。自分自身をキツく抱きしめてその震えを止めようとしたがうまくいかない。
「イザベラ様?! 大丈夫ですかっ?!イザベラ様っっ!!」
ジャックの焦る声が、まるで私を責め立てているように聞こえてくる。その声があの夢を呼び起こす。
次々と悪い予感が頭に浮かぶと、ショックのあまり身体の震えは治まるどころか呼吸すらままならなくなる。
息が苦しいーー
そう思った瞬間、私は意識を手放していた。




