呪いの原因
「……以上です」
ジャックがミハエル様の日常を簡単に伝え終えた。けれどこれといって何か特別な事はない。
「……では、先日の、私が不在した日は?」
ミハエル様の前から姿を消して別邸に籠もった日の事を聞いた。それも犬化する以前と代わり映えの無い一日だった。
先程からミハエル様に抱きしめられたままのわたしはそのまま無言で考える。
「……これだけで何かわかるのか?」
頭を撫でるミハエル様。そんな事にも気づかずにジッと大人しくミハエル様の腕の中で考え続けた。
「分かりません。けれど何か原因はあるはずです。今みたいに、ミハエル様は何日も人型で居続けたのに、私がいなくなったら犬化した……」
「……」
私の呟きに耳を傾けたミハエル様とジャックも考えこんで無言になる。
「前にジャックに聞いた時も…ミハエル様が最初に犬化した時も尻尾からだと聞きました。時間をかけて犬になったと。」
「……ああ。数ヶ月で完全に犬になった」
魔法なんて無いこの時代。
魔法ならば一発で犬の姿になるはずだ。
じわじわと犬化するなんてやっぱり魔法というよりは"呪い"なんだと思う。
魔法と呪いの差は何か?
いや、そもそも魔法なんてのもファンタジーなだけだし比較するのも変かな?
でも魔法ってお決まりだと魔法使いとか魔力を持ってないと使えないんだよね?
……じゃあ呪いは?
呪いは……やり方さえわかれば誰にでも出来そうなイメージなんだけど……。
やり方? あ、そうか。何かに念を込めるイメージだ。人形とか普通に使う物とか……。物?
「あの、誕生日の後に犬化したんですよね?それならその誕生日にプレゼントを貰ったのですか?」
「はい。私もそれが最初に気になって全てチェックしましたがこれといった物は見当たりません」
ジャックがすぐに答えてくれた。
「その時のプレゼントは今もあるのでしょうか?」
「……それが原因なのか?」
不安げな声が頭上から聞こえる。
「分かりません。けれど少し気になって……」
人形なんて大人のミハエル様が誕生日プレゼントに貰うはずない。人形でなく他の何か…
「そのミハエル様の誕生日にいた者は、邸の者以外は10人もおりませんでした。頂いたプレゼントは7つです。
ケーキ、菓子、茶葉、ネクタイ、カフス、ブローチ、馬」
記憶していたのか、スラスラと言葉に出すジャック。覚えてしまうほどに原因究明を模索していたことが伺える。
私は兄の誕生日の時を思い出してふと不思議に思った。
辺境伯ミハエル様にしては品数もだが、プレゼントも微妙だと思った。親しい関係の人から貰うプレゼントにしては特出して目立つ物は無い。
馬はご両親からかな?
実は甘い物好きのミハエル様だから、それを知っているならばケーキや菓子は頷けるが、甘い物が苦手な兄は子供の時に貰ったくらいだ。
甘いお菓子を食べるミハエル様はお茶もよく飲む。
食べ物が原因だとしたらそれは一過性な呪いのはずだ。とっくに消費して呪いも消えるはず。
一度体内に入ったものが消化されても効果だけ残るなんてことがあるならば完治はかなり難しいだろう。それに呪いが残っているなら一時といえど人間に戻るのも変だ。
ネクタイ、カフス、ブローチはありきたり過ぎる。本当に欲しい物だったのか、逆にあまりミハエル様の事を知らない人からなのか。
すっ、とミハエル様から身体を離れて服装をチェックする。
普段、あまり外に出ないミハエル様はキッチリとした服を着ていない。今もシャツにジャケットを羽織るだけでネクタイ、カフス、ブローチは着けていない。
「その時に貰ったプレゼントなら衣装部屋にあるよ。他は食べてしまったけどね」
離れた僅かな隙間を再び抱きしめて密着させるミハエル様。……改めて抱きしめられるとやっぱり気恥ずかしい。
「あ、馬は食べてないよ」
その言葉に、ぷっと吹き出してしまい一気に気が抜ける。
「分かってます。ミハエル様の誕生日……私もお祝いしたかったな……」
「イザベラ…」
抱きしめられた腕の中。無意識に頬を寄せて呟いた言葉に気を良くしたミハエル様がおでこにチュッとキスを落とす。
「イザベラ様。その時のプレゼントをお見せしましょうか?」
甘く漂い出す雰囲気を一刀両断するジャックの声。
「い、いえ、大丈夫です。ごめんなさい」
無自覚の自分の行動に慌てて思わずジャックに謝罪した。
どうにも、ミハエル様の腕の中は居心地が良過ぎる。気を抜くと自ら寄り添っていた自分の頬を軽く叩いた。
今は呪いの原因探し。
自らを戒めて再び原因を考えはじめる。
「イザベラ様、少し休憩にしましょうか?」
ジャックの気遣いに素直に頷いた。
気付けば3人のカップはとうに空になっていた。3人だけで話していた為、側仕えは部屋から退出している。
ジャックが席を立ち、呼び鈴を鳴らして側仕えを呼んでいる間も私は無言で考えた。
ミハエル様が貰ったプレゼント。
身につけるものなら肌見離さず持っていないと効果は無いよね?それとも家に置くだけで効果があるの?そんなに強い念なの?
強い念なら、ミハエル様だけに影響が出るのはおかしい。衣装部屋に出入りするのは側仕え達のが多いはずだ。
それともミハエル様だけに影響する呪いなの? ミハエル様を犬にする呪い。
…………なんで犬なんだろう?
そうだ。そもそも何で犬にさせたいのか?
犬になったミハエル様を見たかったのかな?
レオンはめっちゃイケメン犬だったもんね。
いや、犬にさせるくらいだからミハエル様に敵意ある人なのかも……。でも敵意あるなら、人に戻す方法をキスにはしないよね。
……戻す方法がキス。
「キス……」
ちゅっ
不意にミハエル様にキスされて自分の失言に慌てふためいた。
「あ、いや、待っ」
「イヤ? ……嫌だったか?」
シュンと見えない筈の犬耳が垂れたような、寂しそうな目をして訴える。
「違っ、じゃなくて……」
そうだ。キスしたら戻る、と最初から分かっているのなら、もしかしたら呪った人は女性なのかもしれない。
突然のキスに困惑しても、そう考えてしまうと目の前のミハエル様を見つめる。
(ミハエル様とキスしたいと思う女性なんて星の数ほどいるよね……)
過去にミハエル様に振られた女性とかいっぱいいそうだし、本当に女性だとしたら犯人を絞るのは難しいと思った。
「イザベラ?」
それでも、もしかしたらと思うとミハエル様には何も言えなかった。
キスされたのは嫌じゃ無い。でもそんなこと言えない私はミハエル様に抱きついた。
「あの、ミハエル様、お願いがあります」
「何だい?」
「……少しだけ、ジャック様と二人だけにしてもらえませんか?」
「………どうして? 俺がいたら邪魔か?」
「邪魔に決まってるでしょう。俺がいても平気でキスするような男がずっと身体に引っ付いてるんですから」
タイミングよく話を聞いてたジャックが割り込んでくれた。けど、キスされたところを見られたと知って顔から火が出そうになる。
「それは仕方ないだろう。イザベラがキ」
「キャーーっ!違いますっ!聞き間違いですっ!」
思わず、嘘ついた。
「聞き間違い? そうか……すまないイザ」
「いえ!ミハエル様なら平気ですからっ!ただやっぱり人がいると恥ずかしくて!」
そしてなんかめっちゃハキハキと声を出す自分を制御出来なくなってる自分がいる。
「ミハエル様。いい加減に気付いて下さい!
イザベラ様が真っ赤な顔をしてるでしょ?これ以上貴方が側にいたら顔が赤いだけではなくなりますよ。また寝込んでしまったらどうするんですか!
貴方も少し外で頭を冷やしてきてください!」
「………そうか。分かった。
でも、夕食の時間には迎えに来るからな」
渋々折れるミハエル様に申し訳なくて精一杯の笑顔を見せる。
「はい。待ってますね」




