座る場所はあるけども
この作品は、私自身の経験や記憶をもとに書いています。当時は言葉にできなかった思いを一つひとつたどりながら綴っていきます。
きっと世間で言われる、「めんどうくさいやつ」「かまってちゃん」「この人無理」と言われる主人公でしょう。
この作品を読んでくださった方の中に、かつて似たような気持でつらい思いをされた方がいらっしゃれば、「自分は大丈夫」「自分はこんな居場所がある」と思っていただけたら、私はうれしいです。
「どこでもどうぞ。空いているお席に座ってください」
優しい笑顔で声をかける社員には、悪意は微塵もない。
-ほんとうに、どこに座ってもいいのだろう-
-ほんとうに、どこに座っても問題ないのだろう-
きみ子は、既に半分以上埋まっている研修室を見渡し、
胸の鼓動が早まりだしたのを感じていた。
楽しそうに話しをている女子のグループばかりに目がいく。
同じ組織なのだろうか。同期の仲間?
何の話をしているのだろう。
今夜の飲み会の場所?それとも誰かの噂話?
「あ、おつかれさまです」
不意に声をかけられて、きみ子は立ち止まった。
視線を下に向けると、すでに着席している同期の崎田さんの笑顔があった。
「あ、おつかれさまです…」
きみ子は、更に高鳴り始めた心臓の音に冷や汗が出そうになった。
「席、もう前の方しか空いてないっすよ。」
そう言って、崎田さんは「じゃ!」と片手を軽く上げた。
「…うん、ありがとう」
きみ子は、内田さんの周りに座る人たちの視線が自分に向けられているかのような、
恥ずかしいのか、情けないのか、みっともないのか、名前をつけることのできない、
いつもの自分の感情に焦りながら、その場を離れた。
前方の席には、きみ子のように一人で参加したと思われる社員が、
ぽつぽつと、席と席の間隔を空けて座っており、きみ子もその間に静かに着席した。
持ってきたPCを開き左手で右手の指を握る。
とても嫌な感じの冷たさだ。
研修まであと5分。
周囲の席から聞こえる会話や笑い声が、どうしても気になってしまう。
うるさいからではない。
期待しているのだ。
「あれ?井田さんひとり?こっち来なよ」と、声が聞こえるのを。
ありもしない期待が胸いっぱいに苦く広がりながら、
きみ子はもう一つの心の中で妄想を始めていた。
本当は、自分のように独りで参加している女子を見つけて安心したい。
あわよくば、あ、独りですか?私も独りなんで、隣に座っていいですか?って、
声をかけてほしい。そしてそのまますごく仲良くなったりして、
来週の研修は、研修室に入る前に待ち合わせをして一緒に研修室に入って、
二人で席を探すのだ。
前方のドアが開き、講師役の社員が挨拶とともに姿を現した。
つづく




