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第16話 エルミス=メルキュリア


 余命一ヶ月。


 シングルベッドの上にポツン座る美少女は、残酷な運命を背負っていた。


 幼い時に大病を患ったその身体は、薬の力を借りなければ数日も生きられないほどに弱く、エルミスはその人生の全てを病院の治療室で過ごしていたらしい。


 学校に行くこともできず、友達もいない。


 きっと俺ならばとっくに諦めてしまっていただろうそんな絶望の中でも、彼女は必死に生きようとしていた。美容師になるという夢を抱き、それを叶えようと願ったのだ。

 

 そのための時間を……命を少しでも未来へ紡ごうと、高額な治療費を稼ぐために身を粉にして働いた両親が、終には生命保険に頼ったことを聞いた際には胸が締め付けられた。


「す、すみません。気分が落ちるような話して……、両親が亡くなったのはだいぶ前の話なんです。今はもう踏ん切りはついてるっていうか……」


 視線を落としていた彼女はフッと顔を上げると、無理やり表情を歪ませて笑みを作った。


「こんなことがあって……。初めて外の世界に出て、見るもの全部が新鮮で。ふふっ、テンセイさんと過ごしたのはたった一日でしたけど、凄く楽しかったなぁ。男の人とこんなに話したことなんてなかったし」


 あぁ……俺はバカだ。


 どこか世間知らずな雰囲気のあったエルミス。素性を聞いた際には口を閉じ、夕日に涙を流し、命を賭けることに躊躇ためらいいがない。そんな彼女のことを『変な子』だと思っていた俺は何一つわかっちゃいなかった。


 彼女の中の知識は実際の経験ではなく、テレビや本、ネットの動画等から得られたものだったのだ。異世界だとか関係ない。経験することの全てがエルミスにとっては初めての……。


「気持ち悪かったですよね、私」

「えっ?」


 金色の瞳に影が落ちる。


「憧れのために、テンセイさんを利用したというか」

「憧れ?」


「ドラマでしか見たことなかったキラキラした恋愛をしてみたいなぁなんて……。私、勝手にテンセイさんの恋人になったつもりで振舞ふるまってたんです」


 そんな彼女の言葉に、やけに好意的だったエルミスの行動がストンと腹に落ちる。

 

「あ、でも誰でも良かったわけじゃないですよ? テンセイさんとなら別にいいかなって思えたから……」


 もはや告白ともとれるような発言。それもこんな美少女から……普通ならば舞い上がってしまう内容でも、この状況では何をどう返すのが正解なのか分からなかった。


「えっと……いや、完全なMOBキャラの俺にそんな要素あったっけ?」


 受け止めるでもなく、茶化すでもなく、その場を繋ぐように質問で場を濁す。


「ふふふっ。恋愛ドラマばかり見て育った夢見がちな女の子を甘く見ないでください。色々と教えてくれて……、放置せずにずっとおんぶしてくれて……、夕日の見える草原で可愛いだなんて……、それに蝕魅エクリプスから体を張って守ってくれたし……。カッコよかったなぁ、あの時のテンセイさん。あんな優しくされたらイチコロですよ? 案外チョロいんですから女の子って」


 俯き呟いた彼女が再度顔を上げた瞬間。その表情は灯火がふっと消えてしまったかのように静かで、儚い微笑みに変わっていた。


「最後に男の人を好きになるって気持ちを知れて良かった」


 どんな顔をすればよいのか……。もはや何を言っても消えてしまいそうなその微笑みを前に、ただ立ち尽くすことしかできない俺。


 そうして生まれた沈黙を払うかのように、エルミスはふぅっと息を吐いた。


「って困りますよね……こんな死にかけの女に告白的なこと言われても」

「いや、そんな」


「ふふっ。こんなこと恥ずかしくて絶対言えないはずなのに、明日死ぬってなったら人間なんだってできるんですね」

「えっ、明日? さっき余命は一ヶ月って……」


「それは毎日投薬できている状態の話ですから。病院なんてないですし、ほぼ丸一日薬を打てていません。多分、夜明けまでは持たないんじゃないかな」


 それはあの時の笑顔だった。

 死を享受した……、諦めの。

 

「でも、不思議と身体は辛くないんです。きっと最後にテンセイさんに良いところ見せようとしてるのかも。なんて……本当は見た目もこんなんじゃないですからね? 髪なんか全部抜けちゃってて、これもウィッグですし。見ます? 本当の私の……」


 そういって自分の髪に手をかけると、ぐっと力を入れてエルミスは引っ張った。



 が……。


 その髪は動かなかった。


 

「あ、あれ……?? 取れない……なんで? えっ? これじゃまるで本物の……?! へっ?! 嘘っ?!」


 もはや軽いパニック状態になっているエルミスを前に、俺は思わず息を飲んだ。


 まさか……。

 いや………。

 そんなことある?!


 必死に引っ張られるその淡い水色の解けたおさげを眺めていた俺は、一つの結論を導き出していた。何度か会話の中でも薄っすら感じていた違和感が確信へと変わる。


 今回の転移で俺の身体は完全に新しいものに作り変えられた。つまりは転生をしている。地球の皆に同様のことが起こっているのならばエルミスの身体もまた、別物に置き換わったはずである。


 それは彼女の命を蝕む細胞ごと、新しいものに……。


「エルミス、驚かずに聞いてくれ。恐らくなんだが ────」


 そう。地球滅亡という人類にとっての災悪は、結果として一人の少女の命を救っていたのだ。


 そんな奇跡を端的に説明すると、彼女はハッと目を見開いた。


「えぇ?!?! た、たしかにこの世界に来てから身体が楽だなって……、それじゃあ私は……」

「あぁ。多分死なないね」


 エルミスはぽかんと口を開けたまま、しばらく瞬きすらしなかった。


「……えっと」


 喉から零れたのは言葉とも言えないような音で。


「死なない……?」


 まるで自分のものではないかのように手のひらを見つめる彼女。そのままその手は、脈打つ鼓動を確認するかのように大きく膨らんだ胸を撫でた。


「うそ……」


 それは笑顔なのか、泣き顔なのか。唇は震え、ひくついた頬から一筋の涙がこぼれ落ちる。


「私……お父さん、お母さんの……無駄じゃなかったんだ。よかった……っ、よかったぁ!!」

「え、エルミスっ、ちょ?!」


 次の瞬間には、彼女は俺の胸に飛び込んで来ていた。柔らかい感触と一緒に、細い腕がぎゅっと背中へと回る。思考が止まりかけたが、それ以上に……。


「よかったぁ……うぅ……ぐすっ」

「ふっ。はは。ははは」


 胸の中で泣きじゃくる彼女を見て、俺は笑ってしまった。


 そりゃそうだろ? 普通気づくって、死にかけてた体が完治してるんだから。てか外見も変わってるんじゃないのか?! いったいどんだけ鈍感なんだよエルミスは。


 ぷっ、くくっ。やばすぎるって。ははは。


「テンセイさん、なんで笑って……あ」


 ふいに、エルミスの身体がぴたりと止まる。


 そのままゆっくりと顔を上げた彼女の表情は、涙でぐしゃぐしゃになったまま固まっており。その頬は目に見えて赤く、じわじわと耳まで染まっていく。


「え、えっと……その……」


 視線が泳ぎ、顔が逸れる。でも腕はまだ俺の背中に回ったままで、離れるタイミングを完全に見失っているようだった。


「エルミス?」

「ち、違っ……」


「違う?」

「違わない、ですけど……ちが、いや、あの……!」


 完全に混乱し、真っ赤な顔でしどろもどろになっている彼女。とうとう耐えきれなくなったのかばっと俺から飛び退くと、今度は自分の顔を両手で覆ってその場にしゃがみこんだ。


「うぅ……無理です……」

「いや、だから何が?!」

「だ、だって私、さっき、その……す、好きとか、そういう……」


 しぼんでいく語尾に合わせ、しゃがみこんだ彼女もまた小さくなっていく。


「もう明日には死ぬって思ってたから言えたのに……」

「お、おう」

「生きられるなら話が全然違うじゃないですかぁ……」


 消え入りそうな声でそう言って、エルミスはさらに顔をうずめた。首筋まで真っ赤である。そんな様子があまりにも可笑しくて、また笑いそうになるのを堪えていた俺に向けて、ぷいっと彼女の顔が上がった。


「や、やっぱり無しで!!」

「えぇ?」


「ひっ、ひっかかりましたねテンセイさん。そう、これはドッキリ!! ぜ、全部作り話だったんですよ!!」


 いや。人差し指ビシィッ……、じゃなくて。


 すっと起き上がりながら後ずさる彼女の目にもはや涙はなく、どこを見ているか分からないほどにぐるぐると瞳が回っていた。


「流石に無理がある気が……」

「じゃ、じゃぁ気のせい!! だってほら、私今まで恋とかしたことなかったですし、『好き』とかイキナリ分かるわけないじゃないですか!? あ、ありえないですよね、たった一日で……ねぇ?」


 いや、知らんがな。

 あんたが自分でチョロい言うたんでしょう。


 なんてツッコミを怪訝な表情に込めてみる……。が、それ以上の圧を込めてエルミスは眉間に皺を寄せていた。


 白い頬はぷっくりと膨らみ、その上で潤った瞳と共に体がぷるぷると震えている。


 無言のプレッシャー。


 その【可愛い】に押し切られるように、俺はたじたじと頷いてしまった。

 

「わ、わかったって。気のせいね、気のせい。まぁそういうこともあるかもな」

「で、ですよね!! さっきのはノーカンですからっ!! 忘れてください!!」


「はいはい、でもまぁ……良かったね」

「えっ?」


「美容師、目指せるじゃん。夢だったんでしょ?」

「た、たしかに。じゃ、じゃぁ……」


「ん?」

「お客さん第一号はテンセイさんにお願いしてもいいですか?」


 チョキチョキと指でつくったハサミを動かし、恥ずかしそうな表情を浮かべるエルミス。 


「いや……えっと、え」

「ふふっ。髪が伸びたら練習台になってくださいね」


 そういって浮かんだ彼女の笑顔にはさっきまでの儚さは欠片も残っていなかった。これから先の未来を本気で信じている顔だ。


 泣き腫らした目元も、まだ赤い頬も、恥ずかしそうに揺れる視線も、そのあまりにも可愛らしい表情は一瞬、言葉を忘れてしまうほどで。


「あ、あぁ……」


 …………。


 部屋に広がっていく沈黙。


「っと……そろそろ寝よっか?」

「そ、そうですね」


 なんて言ったはよいが、次のアクションの正解はなんだ?

 エルミスにベッドを譲り、やはり俺は床で寝る?


 いやまて。

 彼女はさっきまで寝ていたわけだし、もはや眠くないのではないか?


 ありえるよな……。

 ならば今度は俺がベッドを借りるべき?


 分からない。どうする……。ここは一旦、けんに回って縁に座る程度にしておくか?


 よし、それでいこう。

 

「…………」

「…………」


 ギィっと軋む音を立て、ベッドは大きく沈み込んだ。


 なぜ……?!


 俺とエルミスは同時に、並んでベッドへと座ってしまっていた。互いの間にあるのは手が触そうで触れない程度の隙間で……。


 告白紛いなことも起こり、心臓は口から飛び出すんじゃないかというほどに脈打っている。冷静な判断などできるはずもなければ、落ち着くために脳内で数えた〝1〟が素数なのかも分からないほどにバグった俺の頭は……、


 とんでもないことを言い放った。



「じ、じゃぁ一緒に寝る? 」



 投下したこの爆弾発言か、

 既に破裂寸前だった俺の心臓か、

 

 そのどちらかが爆発し、真っ白になった頭。


 それはそれは気が遠くなるほど、長い沈黙を挟み……。


 それはそれは気のせいかと思うほど、ごくわずかに……。


 エルミスはコクリと頷いた。



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