対立
物語はもう作者の手から離れています。
時給一年 13/19 秋 対立
「蓮、話って何?」
「いや、最近ちょっとおかしくてさ、聞いてほしいなって思って」
笑顔で頭を掻きながら言う。
「おかしいこと?何かあったの?」
前のめりに灯が聴いてくる。
「ムギが最近イケメンになってきて、惚れそう笑」
「蓮が惚気!?すごいじゃん!どうイケメンになってきてるの?」
「『蓮が嬉しいと僕も嬉しい』ってずっとそばに居てくれて、もー、ギュウってワシャワシャってやりたくて」
「いたたたた、私でやらないで笑」
「ははははは」
笑って一度咳払いをした後に
「ムギがイケメン!って思って声を意識的に聴いてたら最近、若干声が聞き取りづらくなってきてるんだ」
「へー、なんで?」
「分かんない。灯はそういうことない?」
「うーん、ないかなぁ」
「そうだよね、ちなみに灯って『願った能力』何だったっけ?」
「うん?私の願い?『おじいちゃんにもう一度会いたい』だよ」
「そうか、そうだったね。能力の設定ではどう書いたの?」
「どうして?」
「どうして?って、気になったから。」
「うーん。」
下顎に指を当てて斜め上を見ている。
「なんかいろいろ書いたけど『長すぎます』で何回か設定できなかったんだよね。通った時は何て書いたかな?」
「『長すぎます』で弾かれたんだ笑。むしろ何て書こうとしたの笑」
「『去年亡くなったおじいちゃんに最期言うためにもう一度会いたい』だったかな。言葉変えて何回やっても弾かれてたかな。」
あ……と何か思い出したように顔が上がる。
「AIがおすすめでいくつか候補出してくれてその中から選んだかな」
「そうなんだ、何を選んだの?」
「『死者の蘇生』だったかな?たしか。」
雷に打たれたかのような衝撃が蓮を打ち抜いた。
「あれこれ考えてみたけどそんな一言でスッキリするんだってびっくりだよね」
灯は笑っている。
「すごいよね」
「で?それがどうしたの?」
「いや、話を少し戻すけど、私はムギの声が少し聞き取りづらくなってきててね。灯はそういうことないかなって思って」
「うーん、さっきも言ったけどないかな。前の春にちゃんと言いたかったこと言ってきたし。たまに連絡するけど変わったこともないよ?」
「そっか、そうだよね。」
視線を斜め下に動かす。言うべきか止まるべきか悩んでしまう。能力の確認はできた。おそらく『黒』だ。灯自身にまったく自覚がない。それを灯本人にどう伝えていいものか。
「何か言いたそうな顔してるね。」
「そんな顔してた?」
「してたよ。というよりこっちの方が『本命』なんじゃない?なんか言葉選んでた感じもするし」
「あれ!?そんな気は無かったんだけどな」
蓮は座り直して
「灯、最近ムギの様子がおかしいの。」
「惚気で心配が出てきた?」
「ううん、そうじゃないの。春・夏と秋とでムギがちょっと変わってきてて」
「ふーん、どう変わってきてるの?」
「覚えてる?春夏はずっと澪の横に居たの。」
「うん、居たね」
「それが最近澪の近くに行こうとしなくなって」
「ムギちゃんイケメンだから蓮を悲しませないようにじゃない?」
「それが違うの。」
灯が首を傾げる。
「『匂いがぼやけている』っていって存在をうまく認識できてない感じがするの。」
「ムギちゃん花粉症とかあるの?秋は実り多くいろんな匂いが混ざってくるし、それこそ麦とか花粉飛んでる時期だろうから鼻利きにくくなるんじゃないかな?まずお医者さんだよ?」
「ムギが言うには『蓮と灯ちゃんはいつもと変わらないのに』って」
ちょっと沈黙。
「それで、蓮は何が言いたいの?」
「だから、まだ分からない仮説の状態なんだけど、澪の存在自体が消えかかってる可能性があると思って。私たちの能力でそんなことできなくて、可能性があるとしたら灯しか居ないと思って。」
「そうなんだ。」
ちょっと沈黙
「でもね、私の能力は『死者の蘇生』。澪は現実でも『生きている』から私の能力の対象にはならないよ。その仮説は残念だけど外れてるみたい。」
できるだけ感情的にならないように声を落としながら話しているのを感じる。
「そう、少し気になってたことなんだけど、灯は『澪の能力』知ってる?」
「ううん、知らないよ」
「もし仮に灯の能力から来るものだったら、『お互いの能力は干渉し合わない』から何の能力も持てないはずなの。私も澪の能力を知らない。灯も知らないなら——」
「蓮?いい?澪は、『生きてる』の。」
空気が一気にピリついた。これ以上近づいてこないでと強く拒否されているような。
「う、うん。でもね?」
「でも?でももなにもないよ?いい?澪は、『生きてる』の。だから、私の、能力の、対象には、なって、いないの。分かった?」
ゆっくり呼吸を整えながら言ってくる。強く拒絶されているのを感じる。ここは引き下がる他なかった。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
「灯に対してなんて言おう」
「直球で言ってもだしな」
「策なしで家に行っても入れてくれないよ」
「だろうな。」
「ということは外で話すん?澪と灯常にセットだぜ?」
「そう、そこを何とか剥がして灯にだけ話に持っていく必要がある。」
「私、この前少し話したけど、『澪は生きてるの。私の能力の対象にはならないよ』ってかなり圧強めで返されたよ。同じように言っても同じじゃないかな?」
「朔、お前にしかできない仕事を頼みたい。」
「お!?俺にしかできないこと!いいねぇ、何でもやってやる」
「ん?今何でもやるって言ったよな?二言はないな?」
「おう!」
「とりあえず俺らは灯と話したい。お前がさっき言ったみたいに常に澪が隣にいるだろ?澪と灯に悟られないように2人を分断して欲しいんだ。」
「どうやって?」
「口実はなんでもいい。買い物を頼みたいとか誰かが呼んでたとか。ただ注意なのが、買い物だったら灯も一緒にいくって言い出しかねん。それを理由つけて澪にだけ行かせて欲しい。2人が離れたらそれでいい。」
「ほう?どれくらいの時間よ?」
「30分はほしい」
「無理だろ。絶対灯ついていくやん。それだったら家に押しかけた方がいいだろ」
「家はたぶん入れてくれないよ。話の内容を悟られるだろうから。」
「だからお前にしかできないことなんだ。俺と蓮は警戒されやすい。お前が『いつもの感じで』灯と澪を剥がしてくれ。」
「お願い、朔。私も下手に動くとその瞬間に灯は悟ると思うの。透が動くと何もなくても警戒しちゃうじゃない?ここは朔しかできないの!」
「そうか!?そう言われたら仕方ないな!」
透と蓮は目が合った。
『ふふ、バカとハサミは使いよう』
「内容は任せる!」
「おう!任された!」
2人を分断できたらなんとかなる。灯にどう伝えていくかを考えないと。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
いつもの集合場所。3人の人影があった。朔と透と蓮とムギ。いつも遅れてくるメンバーが先に集まっている。
「どうだ?2人、引き剥がせそうか?」
「いや、灯がどうやってもついていこうとするし俺と一緒にって言ってもイメージがつかねぇんだよな。とりあえず明日に買い物連れ出してみようと思ってるが。」
「明日が決行日か」
そんなことを話していると澪と灯が2人一緒に到着した。
「相変わらず仲よろしいことで」
「特に待ち合わせしてないんだけど一緒になるんよね」
蓮は視線を落とす。ムギが耳を動かして鼻をヒクヒクさせてぐるりと周りを見回す。そしてまた体勢を低くして蓮の足元で休み始めた。動こうとする素振りが見られない。
「ムギは今日も蓮のところがいいのかな?」
澪が言う。
蓮はしゃがんでムギに小さく聞いてみる。
「今日も匂いぼやけてる?」
「(ん?何のこと?)」
「前に澪の匂いがぼやけてるって」
「(うん、ぼやけてた)」
「今日は?」
「(今日?なんで?灯ちゃんの匂いはしたけど澪居る?)」
え?もうほとんど匂い感じられないってこと?
「蓮?ムギはなんか言ってる?」
「眠たいんだと」
呆然としている蓮の代わりに透が言う。ムギは目を閉じて蓮の足元で丸まっている。
「そういう日もあるよね。でもなんか寂しいぞ」
澪はムギのすぐ前まで行ってしゃがんでワシャワシャと撫でた。ムギが体を起こす。そしてほぼゼロ距離で澪を認識できたのか澪の隣について丸まって尻尾を振って休み始めた。
「(澪だ。今撫でてくれてるのは澪だよね?)」
蓮は声を出さないで頷く。
「(撫で方がいつもの蓮とは違うんだ、何となくぎこちなくて力加減がちょっと強くて『たまに』澪の匂いが混ざってる感じがする。)」
『たまに』が妙に耳についた。
ゼロ距離にいても匂いを認識できていない。
姿は見えているのに?
話もできているのに?
こんなに嬉しそうなのに?
大きく息を吐いて落ち着いてから蓮は言った。
「澪、ムギは嬉しいんだって」
「本当!?」
澪の声が一段階上がる。そして
「嬉しい時は嬉しいって言うんだよー。最近相手にされてなかったから寂しかったぞー」
ワシャワシャワシャワシャ
「澪が1番嬉しそうだな」
「そうかな?」
ちょっと恥ずかしくなったのか澪は立って鼻を擦る。そしてまたすぐにしゃがんでワシャワシャ撫でまわし始めた。
「そういえばさ、前に蓮が言ってた、私の匂いってまだぼやけてる?」
澪は何気なく聞いたんだろうがすごく刺すような視線を感じる。
「今はムギは何て言ってるかな?」
やめて!今これ以上私に負荷をかけないで!
よく分からない汗が出てくる。
……そうだ!
「ちょっと聞き取り辛くて、よく分からないや。ははははは」
なんとか誤魔化せたかな?
背中から無言で睨まれているのを感じる。言葉を交わしてないのに『この前の話、澪にも話したの?』と責められているような。視線が痛い。
「ふーん」
正面にはゆっくりとムギから蓮の方へ視線を向ける澪。
あの目だった。
澪は小さく何かを言って去っていった。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
蓮は私に何を隠しているんだろう?
それに感じる、
私はここに居るのに、居ない感じ。
ムギはちゃんと私を見ていた。尻尾も振っていた。なのに最初、私に気づかなかった。ゼロ距離になるまで。
蓮が前に言ってた。匂いがぼやけてるって。
もしかしたらあれは本当のことで、今日もそうで、だからムギは私を認識できなくて、蓮はそれを直接言わないように「よく分からないや」なんて言って笑った?
何でそれを言えないんだろう?蓮は何を知っているんだろう?何で訊いても答えてくれないんだろう?
「ごめん、ちょっと1人で考えたいから帰る」
誰に向けて言ったかわからないくらい小さな声だった。私は返事を聞かずに歩き出していた。
◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇
澪が静かにフラフラと帰路についた。
いつもの場所には灯、蓮、透、朔、ムギが残された。
澪の姿が見えなくなってから最初に口を開いたのは灯だった。
「ちょっとどういうこと!?蓮!澪に何か話したの!?」
「うん。」
小さく返事をして続けた。
「誤解してほしくないのは、前に灯と話したことは澪には話してない。ムギが何と言っているのかを訊かれたからそれを答えただけ。」
「『匂いがぼやけているのは』とか言ってたのはムギが言ったことを澪が聴きたいと言ったから。蓮から聴いたけどお前に対して言った推測の話はまったくしてねえってよ」
透が入ってきた。
「蓮の推測は残念ながら外れよ。澪は現実世界でも『生きている』。私もご両親も意識が戻るのをずっと待ってる。」
「そうだよな。学校から真っ先に向かってる場所だ。お前が澪を大事に思っているし帰りを信じているのはここにいるみんなが痛いほど知っている。」
「だったら!……だったら、どうして?」
「透が言ってたぞ?肉体はもう俺らでは助けることが出来ないかもしれない。が、せめて気持ちだけでも——」
「バカ!」
朔が地雷原を裸足で疾走していく。
「せめて何?あんたが何を知ってるの?」
静かに灯が言う。小さな独り言のような感情の入っていない声。
「前に聴いた灯の能力『死者の蘇生』だったよね?ムギの反応はさっきの通り。ほとんど澪を認識できていないの。私もムギのいうことが分かりにくくなってる。力が弱まってきてるってことだと思う。だから——」
「だから?だから何?前にも言ったよね!?澪は『生きてる』の。私の能力が『死者の蘇生』だったとしても対象にならないわ!それに私の能力での蘇生したって証拠もないじゃない!!」
灯の声が徐々に大きくなっていく。
「それはムギの反応で分かるだろ?」
「いろんな匂いが混じるから分かりにくくなってるだけでしょ!?澪は、『生きてる』んだから!!」
「こっちも確証がないことなんだけどな、ゲームの性能や処理の問題、バグの可能性だってある。実際は生きているが、ゲームとして死亡扱いされてお前の能力の対象になってしまった可能性もゼロではないと思っている。ゼロではないが、同時にほぼないとも思っている。」
「いい!?澪は『生きてる』の!バグかなんかは知らないけど!澪は、『生きてる』んだから!変な推測で変なこと言わないでくれる!?」
灯の声がまた一段と大きくなって睨む眼力もより強くなっている。
「そんな威嚇するなよ。怖ぇから。」
牙剥き出しの灯に対して朔の能天気が浮いている。
「前も聞いたことだけど、灯は【澪の能力】知ってる?」
「前も言ったよね!?私は知らないって!」
「灯。お前の気持ち間違ってないと思うぞ?澪の意識が戻って一緒に買い物して遊んで。でもこれ、お前だけの気持ちになってないか?」
「あんたに何が分かるの!?」
透に飛びかかろうとする灯を朔が羽交締めにする。普段の灯からとは想像し難い力で拘束を解こうとする。
「離しなさいよ!」
「お前、自分のじいさんに能力を使ったんだよな?」
「そうよ!」
「どうやって使ったか、分かる?」
「知らないわ。使おうと思って使ったり解除したりすることじゃない!だからそんなの!」
「だったら、その力が澪に使われてないって言い切るのも難しいんじゃない?使った実感みたいなのがないんだよね?」
蓮が言うが
「さっきから何度も言ってるでしょ!?澪は『生きてる』の!そもそも対象にならないんだから!」
と返して少し暴れたが脱力した。
「もういい!離して。」
と吐いて灯も帰っていった。
読んでいただきありがとうございました。
次回、「望んだ『全部』」もよければご覧ください。




