第十一章•下弦の月夜㊀
王が、長い独り語りを結んだときーー気が付けば、大きな窓には紫のカーテンが引かれ、部屋にいくつもあるランプには、あたたかな光が灯されていた。
日暮れと共に、隅に控えていたハスギが、気配と音をほとんど立てず、広い部屋を整えたのだった。
5人の少女たちはみなーー(常は鋭敏な青でさえも)ーーこのときばかりは、その変化に気が付かぬほど、〈王国の真の歴史書〉といえる、王の語る話に、引き込まれていたのだった。
すべてを聞き終えても、誰も口にする言葉が見つからず、深重な沈黙の後、みな黙したまま、部屋を出た。
外で見張りについていたサザが、「こちらへどうぞ」ーーと、王の部屋と並んである、妃の部屋に、〈5の守護神〉を案内した。
第二側近が、華麗な両開きの扉を開けると、暗く疲れの滲んだ5人の顔に、驚きと光とが、広がるのだった。
「めっちゃいい部屋!」
渦が叫ぶと、広々とした部屋のなかを駆けていく!
紅は思わず、しーっ!……と、口に指を当て、不安そうに後ろの扉を振り返った。
ナリ花王から、最後に言われたことーーー
ーーー『明日の朝、王広間にて、〈5の守護神さま〉に、王国のものたちとお会いしていただきたく思っております。 つきましては、そのときまで、誠に罪深きことでございますが、わたくしどもの願いーーこうして秘密裏に、事をお運びしていますこと、なにとぞお許しいただきたく、お願い申し上げます』ーーー
王の言葉がこだましーーそわそわと、落ち着かぬ紅に、扉を閉めたサザが口を開く。
「ご安心ください。 明日の朝まで、ホールにはわたくし、ハスギ、センセ、ユーツが、交代で見張りにつきます」
「遠くにいてもわかるぐらいの声だから、下手したら気づかれるかもね」
いとも平然と、青が言う。
その言葉に、嫌でも脳裏へ浮かんだすがたがあるのだろう、第二側近の顔が、強張るのだった。
そんな心配をよそに、部屋の奥から、再び興奮した渦の声が響くーー
「ちょっとみんな! 突っ立ってないで、早くこっちきて! このソファーすごいよ! ふっかふかなんだから!」
今度は紅に加え、おどおどとした宿と渦も、そろってしーっ!……と、口に指を当てるのだった。
広く真っすぐに伸びた部屋の一番奥ーー淡い紫のカーテンが引かれた、大きく横長い窓の下に、全員が座ってもまだ余裕のありそうな、それは春の陽だまりを思わせる、あたたかく柔らかな黄色のソファーが、あるのだった。
仲間たちの呆れ、怯えたような視線の先ーーちっとも気にする様子のない渦が、まるで幼子のするように、座ったまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「この部屋って、亡くなったララン王妃の部屋だったんですよね」
青が聞く。
「はい、さようでございます。 王妃さまにより、好まれるお色やお品、家具類のちがいなど、お部屋のすがたは変わりますが、こちらのお部屋は、ララン王妃さまのときのままでございます」
「センス、良かったんですね」
青のつぶやきにーー紅の開かれた目が向く……。
「なに」
「……いや……べつに……」
「言いたいことがあるなら、はっきり言えば」
ぴりぴりとした間が、あくのだった。
「……褒めること、あるんだって……」
「なにそれ」
青が苦笑する。ーーはじめて見る、覆っていた冷たい膜がとれた、いかにも少女らしい表情に、紅は幻を見たのではないかと、目をパチパチとさせるのだった。近くにいた宿と鼓も、同じく驚きの目に見合い、見つめていた。
そんな世にも珍しい場面が生まれるほど、ナリ花王の母親である、ララン王妃の部屋は、その生前の人となりを表すかのように、それは素敵な空間であった。
部屋に入り、なんといっても目を惹きつけたのは、たくさんの植物たちーーみな気持ちよさそうに、のびのびと生き生きと飾られーー長く広い部屋の中央には、大きな円形の木の机と、その周りをまるで花びらのように飾る、なんとも可愛らしい六脚の椅子たちとがあった。
室内でありながら、豊かな緑の存在と、深みのある木の家具類ーー金色に統一された穏やかなランプたちに、部屋のそこここに見られる、おそらくは王妃が集めていたであろう、繊細に美しいガラス製の小物たちのすがたとが、高い気品のなかにも、どこかあたたかく、澄んだ心地よい空間をつくりだしていた。
「……山璃さんっ」
鼓の慌てた声がして、紅が目を向けるーーいつのまにか、しゃがみ込んでいた宿が、ぱっと立ち上がるのだった。
その少女のそばには、大人が四人がかりでやっと運べそうな、立派な鉢ーー高い天井近くまで、艶やかな枝葉を茂らせた木が、あるのだった。
瞬間的な驚きが過ぎ去り、瞳の輝きがよみがえった宿が、みなに見せるように、握っていた右手を開くーー細い指のあとを残して、固まった土が、小さな掌にのっていた。
「見てください! すごくいい土です! こうして固まるのに、指で触れればほらっ! ホロホロと崩れる! お世話をしっかりしないと、こんな良い土にはならないんです!」
紅と鼓は、呆気にとられただ見つめる。
青はうんざりした記憶がよみがえる目に、小さく息を吐くのだった。
そのなかで、王の第二側近だけが、嬉しさを滲ませた、晴れやかな表情をしていた。
「ララン王妃さま亡き後、今日に至りますまで、ハスギとわたくしとで、お部屋の維持管理を、させていただいておりました」
青がすっと足を進め、壁にそって据えられた、横長い形の木の棚の上を、白い指で擦る。
「たしかに、埃がない」
低いつぶやきに、部屋のなかを見回していた鼓が、こくこくと、頷くのだった……。
「二十5年……」
頭のなかで導き出した数字に、紅ははっと息をのむ……。
「すごいですね……」
驚きと、感動の入り交じった表情に、宿が漏らし、掌にある土を見つめた……。
「次の王妃さまを迎えますときまで、我々の一つの使命として、続けさせていただきます所存です」
「このまま結婚しない……」
青の冷ややかな声を、渦の叫び声がかき消したーー
「ちょっとっ! 早くきてきてっ!」
再びしっー!……と、繰り返されたみなの視線が、部屋の奥へ向くーーすると、ソファーから離れた渦のすがたが、紅たちからみて右側の壁にあった扉を、開けていたのだった。
「また勝手に……」
鼓が、引き攣った顔と声に言う……。
遠くから見ても、その金色の髪色のように、満面の笑みを輝かせた少女が、大きく手招きして、うきうきと中へ消えるーー
「すごーい!……」
興奮した歓声が、くぐもり響いてくるのだった。




