66 ミコ様
ほっと一息。
「なるほど、ミコ様か」
わたしは過去の幻視での邪神信仰者たちのやりとりをみんなに伝えた。
ミコ。
ミコといっても色々な意味にとれる。
巫女、神子、御子。
はたまた名前の可能性もある。
「敬っている様子からして連中の高位に位置している者なのは確かだろうね〜」
「そんな人物がいるとは初耳」
「ああ、これは重要な情報だ。この転移の魔法陣、そのミコなる者への手がかりとして慎重に調べる必要がある。城に持ち帰りツヴァイと俺とで魔力の流れを観測し居所を割り出す」
「では陛下は聖女様とともに一度城にお戻りください。オーランド王国の王都へは僕とゲーデで先行し、のちに転移でお迎えに上がります」
「え、わたしも…?」
「ああ、後を頼む」
「「はっ」」
わたしの意見を聞くことなくあれよあれよという間に肩に大きな手を置かれ視界がぶれた。
そして一瞬ののちに視界に入ったのは漆黒の城、常に曇天の薄暗い空、そしてかさついた土剥き出しの大地。
強制的に連れてこられたのは魔王城、その中庭だった。
なんだろう、出発したのは今朝だったのに数日ぶりに帰ったような懐かしさがある。それだけ濃い時間を過ごしたからかな。
後ろの遠い方から陶器が割れる音がしてびっくりして振り返ると、頭から大きな布を被ったメイドさんとフランス人形みたいな可愛い女の子が小刻みに震えながら立っていた。
しかし隣に立つ男が振り返ると我にかえり地面にべしゃりと潰れるような土下座をした。
城の数少ないわたしの知人のジョゼフィーヌとアルマだった。
「ぴゃっ、こここここれは陛下にリンカ様おかえりなさいませっ」
「おっおっおっおかえりなさいませっ」
「御苦労」
「た、ただいま…」
どうやらそのすぐ傍に割れた陶器製らしきジョウロの残骸がある様子からして、中庭の家庭菜園に水やりをしていたところにわたしたちが現れてびっくりして手から滑らせて割ったようだ。
驚かせて悪いことをしてしまった。
「ちょうどいい、こいつ用に入浴の準備をしろ。ここの片付けは他の者にさせる」
「「はっ はいぃぃぃぃっ」」
早足でこの場を去った二人はわたしのお風呂の準備に行ってくれた。イレギュラーな仕事を舞い込ませてごめんね。後で謝っておこう。
しかし二人とも魔王にビビりすぎではないだろうか。
長く仕えているのだろうに慣れないものなのかな。
『ブルース、中庭に掃除の人員を一人回せ』
『かしこまりました』
ん、今の魔王の念話の相手の渋い男性声、聞いたことある。もしかして前にサンドイッチ用意してくれた執事長!? 執事長の名前ブルースっていうの? 未だに会ったことない執事長の名前を間接的にさらっと知ったっていう…
「おかえりなさいませ陛下、リンカ様。お早いお戻りですが何かありましたか?」
今度はツヴァイがわたしたちの視界に入る様に正面に現れ胸に手を当て腰を折った。
「ああ、急遽予定外な収穫があってな」
「それはそちらの箱が?」
「そうだが少し待て。リンカ、お前は自室で休め。箱の件は俺とツヴァイでやっておく」
「え、でもわたしも様子を見たいし…」
「魔法陣を調べるのは地味な作業だ。見たところで面白くはないぞ。どうしても見たいなら入浴後にひと休みしてから執務室に顔を出せ。…鏡で自分の顔を見てみろ、顔色が悪い」
「あ…うん、わかった」
それで魔王は有無を言わさずわたしを城に連れ帰ったのか。ヴラドとゲーデも二つ返事だったということは見るからに体調が悪そうな顔色なのだろう。
疲労は感じているけれどまだいけると思っていた。
心配をかけたようだ。素直に休んでおこう。
「ありがとう。ちゃんと休むね」
「そうしろ。そのまま寝てしまってもいい。肉体的にも精神的にも疲れただろう」
魔王に自室に送ってもらい彼を見送った。
壁掛けの鏡があり覗き込むとこれは心配にもなるなという白さの顔色だった。
ため息を一つつくと、部屋の窓際に置いてある椅子とテーブルに腰掛けて入浴準備をしてくれるのを待った。
ぼんやりと外の景色を眺める。
ああ、そういえばあの鉱山跡にお花でも供えて来ればよかったな、なんてふと思い浮かんだ。
「リンカ様、ご入浴の準備が整いました」
「あ、ありがとうジョゼフィーヌ、アルマ」
浴室から出てきた二人にお礼をいいつつ、そこで中庭の家庭菜園を思い出す。
あの鉱山跡も浄化したのだし、花の種を蒔いたら育つだろうし、ぐるりと周囲を囲む花畑ができるといいかもしれない。切り花を供えるよりその方がいいなと入浴しながらつらつらと考えた。
湯船にしっかり浸かったことで体が温まり緊張がほぐれていく。
そしてまた物思いにふける。
転移で帰ってきて魔王城を見て、ほっとした。そしてそのことに自分で少し驚いた。そして感慨深かった。
わたしにとってここは、帰ってくる場所で、安心できる場所なんだな…
入浴を済ませてぽかぽか温まったまま寝巻きに着替えて寝台に潜り込んだ。髪は拭いたけれどまだ湿っている。けれど疲れは相当だったようで心地良い眠気に誘われて意識が遠のいた。
寝苦しくなり身を捩る。
四方八方から姿は見えなくても助けを求めている声がする。
けれど身動きできなくて浄化の力も使えなくて声も出せない。
何もできなくてもどかしくて胸が苦しい。
すると頭を撫でる手を感じた。
ゆっくり優しい手つきで髪の流れに沿ってそっと触れてくる。
「大丈夫だ」
髪に風を感じると頭がすっきりした。寝苦しさも同時になくなった。
そしてそのまま深く眠りに落ちていった。
そうして朝までぐっすり眠り、目を覚ましたわたしは寝台の中で身悶えた。
頭を撫でた手の主が誰なのか、そういうことをする可能性のある人物、思い浮かぶのは一人。
顔を合わせづらくてしばらく悶々としていたら無情にも鐘の音が朝食の時刻を知らせた。
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