62 蠱毒からの解放を望む聖女
残酷な表現があります。ご注意下さい。
「最凶の魔物? どういうことだ?」
わたしは過去の幻視の内容をありのままみんなに伝えた。
「悪魔の所業か、まさにだな。仮にもかつては聖職者の側だった勢力が堕ちに落ちたものだ。反吐が出る」
「悪趣味過ぎるね。ないね、ない」
「…屑どもが」
みんな冷たい瞳をして三者三様に吐き捨て不快感をあらわにした。
「だいたい蠱毒など眉唾物だ。生き残った一匹が最凶だなど大昔の呪術の伝承であり、まるで根拠がない」
「そうなの?」
「そうだよ。今では廃れた時代錯誤もいい呪術だよ。まったく、連中は大昔を引き摺ったままのようだね。むしろ蠱毒をリンカちゃんが知ってることが驚きだ。向こうの世界では有名なのかい?」
「二次元の世界ではそれなりにかな…」
「にじげん? 何、リンカちゃんの世界には更に別の世界があるのかい?」
「そこのところを詳しく言う出すととっても長くなるからやめて話を戻そう?」
オタク気質に火をつけられる前に話を打ち切りさっきの話の続きをすることにする。
「…実験をしていた邪神信仰者たちはあくまでも実験結果が知りたかったみたいで、被験者の気持ちは一切気にしてなかったよ」
「お前が視たオーガ化した者への物言いからしてそうだろうな」
「…どれだけの人間を魔物に変えて、その蠱毒の贄にしたのかね」
わたしたちは近くなった穴の底の瘴気を見やった。
「底に降りるのか?」
ゲーデが魔王、ではなくわたしの方を見て聞いてきた。彼がわたしに直接、自分から話しかけてきたのははじめてだ。驚いて動揺したけれど、ここはしっかりと答えなければ。
「うん、降りるよ。降りてきちんと見る」
「魔物がいたら、どうする?」
「戦うよ。そして浄化する。それがわたしにできる、唯一助けられる手段だから」
「元人間相手でも戦えるのか?」
「戦えるよ」
「戦いの中、また過去を幻視するかもしれない。動けなくなったらどうする?」
「それは…」
「俺が守る。問題ない」
魔王が守護役を買って出てくれた。ありがたい。
「ふふふ、いざとなったら僕も守るから安心してねリンカちゃん! ゲーデ!」
「…別に、心配はしていない。ただただオレは前衛として戦うだけだ」
プイッと踵を返してゲーデは先に歩き出す。
…今のやりとりは、これはどうとらえればいいのかな。
「ふふ、照れちゃったかな。リンカちゃんを気にして話しかけたのが僕に気づかれてて恥ずかしかったみたいだ」
「やっぱりゲーデ、わたしを心配してくれたの?」
「うん、ちょっと気になってきたみたい。いい傾向だよ」
「お前の行いを見て、信用し始めているのだろう」
「そんなに良い行いをしていないけれど…」
「自覚はないか。自分の言動は他者からどう見えているかは分かりづらいものだから仕方ないか」
魔王がわたしの背中を優しく押して促したのでゲーデの後を追って二人並んで歩き出した。その後ろをヴラドが軽い足取りでついてくる。
「穴の底は近い。なので全員で飛び降りる。飛んだら俺が風を起こして瘴気を動かし各々確認して着地しろ。何がいるかわからん以上、後は降りてから作戦を伝える」
「「御意」」
「はい。わっ…」
魔王がわたしの腰に左腕を回して体に密着させた。
飛び降りるためにわたしを抱えてくれたのはわかるのだけれど、体の密着具合が強く広い範囲なので心拍数が上がりこんな時だというのに顔が熱くなる。「不謹慎だ」と深呼吸をして自分を落ち着かせようと努める。
「では行くぞ」
「「はっ」」
ひらりとわたしを抱えて魔王は穴へと飛び込んだ。急激な落下に怖さで胃がキュッとなった。
つい魔王の体にしがみついてしまっていたのだけれど、それどころではなかったわたしは気づいていなかった。
魔王がわたしが怖くてしがみついているのに気づきわたしの腰に回す手に力を込めたのも気づかなかった。
「ウインド」
無詠唱で魔法が使える魔王がみんなへの合図がわりに唱えると強風が吹き下に溜まっている瘴気を動かす。瘴気は揺らめいたものの地面はまだ見えない。わたしの予想よりも瘴気の層は厚いようだ。
わたしたちは瘴気の層に突っ込んだ。視界が黒い靄ばかりで閉塞感が強い。そして上の方の瘴気はまだ薄かったようで、下にいくにつれて濃くなり腕に鳥肌が立った。そしてある一点に特異な瘴気の濃さを感じた。そしてそこにいるモノから心臓に痛いほどの衝撃があった。
「なにかいるな。皆、気を引き締めろ!」
「「はっ」」
"ここから出して"
"こわいこわいこわいこわいこわいこわい"
"おかアさん、おかぁサン"
"やめろ!! やめてくれ!!"
"わあぁああぁあああぁぁぁ"
何十何百かわからないほどの声が聞こえた。
これは犠牲になったみんなの…
わたしはさらに魔王に無意識にしがみついた。
そして恐怖から震えていたようだ。
頭を優しく大きな手に撫でられ、はっと意識を取り戻す。
仰ぎ見れば瘴気の影響からか紅い瞳になった魔王が優しくわたしを見下ろしていた。
「まどか、助けるんだろう?」
不意打ちの真名、本当の名前呼びに全身の血液が逆流したように駆け巡った。
そうだ、しっかりしなければ助けられるものも助けられない。
体の震えは止まり、意識も声に持っていかれないように気をしっかりもち、杖を強く握った。わたしは大きくうなずき答えた。
「うん、助ける。絶対に」
あの声の人たちを解放する。
声は下にいるモノから聞こえた。
あれを倒せば助けられると聖女としての本能が確信している。
「着地用意!」
「「はっ」」
底にいたモノと同じ大地にわたしたちは無事降りた。目の前にはこの瘴気溜まり最凶の魔物が一体のみいた。
全身を漆黒の鎧に身を包み、本来眼球があるべきところは爛れたような跡のある虚が開き、そこからは瘴気を垂れ流している。瘴気は大きな顎からも漏れ出し、それは一時も止まる様子がない。
その醜悪な姿の魔物は大きく太い尾を地面に激しく叩きつけ怒りをあらわにしている。敵がきた、自分の存在を消そうとする次なる刺客がきたとわかっているようだ。
「蠱毒の話、信憑性はあったか」
その蠱毒の贄の集大成の魔物は大きな口を開き咆哮を上げた。
「カースドラゴン。瘴気を餌とし、成長する、突然変異種の最凶最悪の竜だ」
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