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54 好きな物を着て好きに話そう

場所は港町の商店街の外れにある店舗。

ここは冒険者や傭兵などの戦う職業の人向きの服飾品を扱っている店だそうだ。

通り沿いを歩きながら目に入ったこの店にわたしたちは入り今に至る。



「いや、服は間に合っているから…」

「今の服も替えが必要だろう? あって困ることはない」



服屋でわざわざ新しいのを買わなくても問題ないと主張するわたしと譲らない魔王ことリュシオンの間で押し問答があったものの押し切られた。

わたしがパンツスタイルが好きだといったので気を回してくれたのだろう。部屋に用意されていたスカートやワンピースを身につけていなかったのもあり、好みの服を選ばせることにしたようだ。



「ふふふ、僕の贈った服を着ていることが面白くないのだろうね」



ヴラドが含み笑いで、服を選ぶわたしと、選んだ服を預かり腕に抱えるリュシオンを見ながらなにやら楽しげにしている。

自分の用意した服は着なくて他の人が用意した服を着ているのが面白くない? そんな些細なことをこの男が気にするかな?



「ほら、男が女に服を贈るのは脱がせたいからと昔からーー」

「黙れ」



また色ボケ吸血鬼がいやらしい事を言っているようだけれどこれセクハラだよね。上司に言い付けて処分してもらう案件だ。上司こと魔王の前で声高に、しかも上司を巻き込んでの発言とは肝が座っている。

ヴラドと並んで店内で待っていたゲーデは道端の石ころを見るような冷めた眼差しを彼に向けていた。可愛がってる同僚に呆れられてるよヴラド。



「これ試着したいんだけど……試着室ってもしかしてないの?」



店内を見回してみてもよくあるカーテン付きの小さな個室がない。

心持ち小声で魔王に尋ねた。

あまり世間の常識からズレた発言をして悪目立ちすると目をつけられ面倒事が寄ってきそうだ。だから近くにいる店員のおじさんに聞こえないようにコソコソする。



「試着は店ではできない。鏡で体に当てて大きさを確認しろ」



どうもこちらの世界では試着室は一般的ではないらしい。あるのは上流階級向けの高級店くらいのものらしい。



「以前に勇者くんたち一行と旅をしていた時にこういうお店で買う機会はなかったの? 半年は一緒に行動したのだしローブはともかく中に着る服は買い替えが必要でしょう?」



ヴラドが不思議そうに問いかけてきた。

その問いかけにあの旅に思いを馳せた。



「お金の管理は一行の神官がしていて、日用品や食料とウィルや本人たちの服や装飾品は買っていたけれど、わたしの服は買ってもらえなかったよ。ほら、わたし従属の術で奴隷状態で人権なかったから。だから服のほつれとかは自分でなんとか裁縫道具使って直して使ってたんだ」



場がしんっとした。

あ、これはやってしまったかな…



「リンカ、聞いていなかったがお前は勇者一行でどういう扱いを受けていたんだ?」



リュシオンが重苦しい低い声で問いかけてきた。



「ねえ、リンカちゃん? 食事は? 食事はきちんといただいていたの?」



そこにヴラドが焦ったように食事事情について言及してきた。



「食事は全員で一つのテーブルについた時と野宿の時はみんなと同じものだったよ。部屋で別々に取るときはパン一つとスープがつけばいい方だったかな」

「若い女の子に何という仕打ちを!」

「連中、指一本と言わずもっと痛めつけるべきだったな」



二人が眉を吊り上げている。腹を立ててくれているようだ。

なおわたしの分を削った費用はあいつらの懐に入っている。堂々とわたしにニヤニヤしながら酒代に消えたとか夜の店で使ったとか言ってた。あれこれもセクハラ認定していいかな? 微々たるものだろうけれどあいつらお金にがめつくて、そのくせ自費はビタ一文出さないケチだった。



「ねえ、睡眠はちゃんととれてた? 固くて狭くて寝て起きたら体があちこち痛いなんていうベッドの部屋なんか割り当てられなかった?」



ヴラドが眉を吊り上げた顔のまま素早く距離を詰めてきた。急な接近に引き気味でいると、リュシオンがわたしの前に身を乗り出し彼の突進を妨げてくれた。



「ええと、宿の部屋はみんなと同じグレードだったよ。ただ野宿の時はきつかったなぁ。夜の寝ずの番をウィルとわたしと神官と魔導士で二時間ずつ交代で回してたんだけど、神官も魔導士も自分たちの受け持ちの時間をわたしに押し付けてきてね。おかげでわたしは見張りを合計六時間する羽目になって翌日眠くて眠くて辛かったよ」

「睡眠不足は綺麗なお肌には禁物なのに! まして女の子になんという仕打ち! 男の風上にも置けない! いいや、魔王城でリンカちゃんを盾にして戦っていた時点で知っていたけれどね!」

「勇者のヤツは気づいていなかったのか? いや気づいていなかったのだろう。そのお前への扱いに気づいていなかった馬鹿には、制裁が必要だな…」



体温と血圧が上がっていそうな怒り心頭のヴラドに静かに怒りを溜め込んで後で一気に放出しそうなリュシオン。怒り方にも性格が出るんだなぁと思いながら、二人が怒ってくれたことがうれしかった。



「リンカ、他にされた理不尽な扱いはなんだ?」

「リンカちゃん、他に何されたの!?」

「そうだなぁ、他につらかったのは、話せなかったことかな」



二人がぴたりと口をつぐんだ。



「あいつらの許可がないとなにも話せなくて。しかも指定された言葉しか出せなかったんだよね。自分の意見や想いを口にできなかったのが一番つらかった」

「それほどまでに制限を受けていたのか…」

「それは確かに奴隷のような扱いだね…」

「ああ、人権がない。飼い殺しだ」



しんみりとした空気になってしまったけれどわたしは心のままに笑顔で二人に言った。



「だから今は自分の意見を言えて、みんなと話ができて毎日楽しいよ」


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