36 あなたを信頼している
「気分転換にでもなればと連れてきたというのにこれでは本末転倒だな」
治癒術を終えた魔王はため息混じりにここに連れてきた理由を話した。
「気分転換?」
「お前にずっと城に篭る生活を強いていたのでな、外の空気に触れたいだろうとここへ連れ出したというわけだ。結果はこの有様、俺の落ち度だな」
「いや、あなたは悪くないでしょう? これはわたしが勝手にやったから自業自得で…」
「しかしそもそもはお前に日々瘴気の浄化をさせているためここでも手段を得られないか知覚しようとしたのが理由だろう」
「それはそうだけど…」
どうも聞いていると、魔王はわたしを城にばかりいさせる生活をさせている事を申し訳なく思っているようだ。
どうしたのだろう。
わたしが協力しているのを歓迎していたようなのに。
「…すまん、これは己の不甲斐なさへの苛つきだ」
「え?」
不甲斐ないところがあっただろうか?
まさかわたしが頭痛になったこと?
「お前はよく協力してくれている。元来無関係であり巻き込まれた立場だというのに精力的に瘴気を浄化してくれている。感謝している」
そう思っていたのか。
この世界の大多数の人たちは聖女は世界のために力を使うのが当たり前と考えている。
でも魔王はわたし側に立って気持ちを汲んでくれているようだ。それがとても嬉しい。
「だからその分、居心地よく過ごさせてやりたい。そう思い衣食住は当然として、息抜きにとここに連れて来たというのに、お前の予想以上の真面目さにまんまと出し抜かれてしまった。己の間抜けさを情けなく思う」
もしかして、落ち込んでいる?
あの、魔王が。魔法も剣も天才の、邪神を封じ込めた世界最強とも思える古の真の英雄が。
魔王は魔王でわたしが協力している代わりにあれこれと気を配っていたようだ。
なにせわたしは人間側からの理不尽な扱いに愛想を尽かして聖女業をたたんで、帰る宣言をしたこともある。気分を損ねさせたら協力関係が破綻するかもしれないとも考えたのだろう。
これはわたしの初対面の態度が問題だったなと反省した。もうちょっとやりようがあった。
しかしいつも尊大でどっしりと構えた態度だったから、大事にされているとは思っていたけれどわたしみたいな小娘一人にそれほど気を遣っているとは思っていなかった。
なんだ、このひとでも人間関係であれこれ試行錯誤して悩ましい思いをするのか。
そう思ったら、すっと肩の力が抜けた。
それではじめて気づいたけれど、わたしもまた気を張っていたようだ。
周りは自分より圧倒的に強い魔族でその気になれば一捻り、かつて戦った相手ばかりでよく知らない。
一番接点があった魔王だってたいして知らない。
協力関係を結んだのは本心からだろう。
でも上辺の肩書きや神話の情報は知っていても、性格や何を思っているかはよくわからず探り探り。
いい子に見られようと、好感をもたれようと、わたしは無意識にがんばりすぎていたのかもしれない。
魔王はたびたび考えや思いを口にしてはいてくれたけれど、ここでまた本音を明かしてくれたことで、心の壁がすこし取り払われた気がする。
「ふふっ」
「おい、俺を笑ってるのか?」
ふてくされた顔で不服そうな声を上げる彼を見て、なんだかかわいげがあるなと思う。
1000年生きてるくせに子どもっぽい態度だ。
気を遣って失敗して落ち込んで、ふてくされて、そういう感情が見えて前よりもずっと親近感がわく。
「わたしたちお互いに気を遣いすぎてたのかもね」
「わたしたち? お前…」
魔王にもわたしの考えがわかったようだ。
まじまじとわたしを見た後に、ため息をまた一つついた。
「お前の世界での流儀はしらん。だからこちら流でいく」
なんのことだろう?
「以前名乗った"リュシオン"は偽名だ」
真名とは本名のことだ。
普段名乗っているのは誰もが偽名。
この世界では真名は命同然の意味をもつ。
真名を知られてしまえば呪い殺されたり、洗脳も簡単にできる。
わたしのように従属の術なんていう人権のない状態にされても反抗できなくなる。
「"シオン"。それが俺の真名だ」
だからこの世界では真名は名付けた親なり保護者なり以外には、伴侶、親友、などの本当に信用信頼している相手にしか教えない。
教えるということは『命を預けるほど、あなたを信頼している』というとても重い意味を持つ。
"命を預けるほど、あなたを信頼している"
胸が熱くなった。
「ーーーわたしは、"まどか"。一ノ瀬 円」
わたしたちは心からの笑顔をかわした。
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