20 教会の住人
「ありがとう、みんなが来てくれたおかげで楽しく過ごせたよ」
「ううん、わたしもリンカ様とお話しできて楽しかったです。また来てお話ししてもいいですか…?」
「もちろん! 次はアルマの普段のお仕事の話とかお休みの日に何をしているのか聞きたいな」
「お休みの日は、ないよ?」
「え!? 魔王配下ってブラック!」
「はい、職場である魔王城は黒いですが…?」
「ブラック企業とか労働基準法の概念がそもそもないのか…」
長々と付き合ってもらったけれど彼らにもやることがあるだろうと、第一回家庭菜園会議はお開きになった。
アルマが扉を開け、ジョゼフィーヌが回収した食器を載せたワゴンを押してペコリと礼をして部屋から出て行く。
「お夕食は食堂でとるようにと。それまでは聖女の力を使わなければ自由に城内を散策してよいそうです」
「いいの?」
「はい。昨日から大量に魔力を消費しているので、しばらく体調の変化がないか見ているように魔王様から仰せつかっていました。アルマとジョゼフィーヌは知りません。そして僕の判断は『異常なし』です。異常なしならそう伝えるよう指示を受けています。ではこれにて失礼します」
「あ、ど、どうも」
ゼルマが出ていき部屋に一人になりぼーっとした。
まさかお昼を持ってきてからずっと観察されてたとは思わなかった。
あの子は細かいことに気がつきそうだし人選はピッタリだろう。アルマには和ませられてリラックスしたし、ジョゼフィーヌと接してうれしくて意識が向いていたから観察しやすい状況だったのではないだろうか。それをあえて作っていたのかと思うと頭いいなと感心した。
それにしても、そんな指示を出したとは気配りのできる魔王様だ。
とりあえず許可が出たから散歩しよう。
そう思いベッドから降りようとしたわたしの視界に黒いものが過ぎる。
顔を向けるとコウモリが何匹も窓の外を飛んでいた。昼間からコウモリなんて珍しいと目で追いかけると、居館の陰にある教会に向かっている。今やご飯のお知らせ用になっている鐘がある建物だ。寝ぐらにしているのだろうか? 行ったことがなかったのでどうせだから行ってみることにした。
城内を一階まで降りていきながら瘴気がなくなっていてどこの空気もすっきりしているのがわかった。
そして所々、廊下の窓際に昌石が置いてあり、魔王が有言実行してくれたのがわかった。また瘴気石を浄化して昌石を量産しておこう。
中庭を横切り目当ての教会にたどり着く。
「しつれいします…」
両開きの扉を片方引いてちょっとだけ開き、中の様子を見た。正面のステンドグラスから淡く光が差し込み、教会内はほどほどに明るかった。コウモリの姿は見えないけれど屋根裏にでもいるのだろうか。
それにしてもステンドグラスがとても綺麗だ。教会だしモチーフは神話なのだろうけれど遠くて描かれている内容は読み取れない。近くで見たくなり教会の中に足を踏み入れた。
両脇に並ぶ長椅子の間に伸びる通路を進みながら周りを見回して気づいた。教会内は意外にも掃除されていて埃がなく、蜘蛛の巣なんかもない。魔王の配下が教会で礼拝なんてしないだろうになぜこんなにいい状態に保たれているのだろう?
ステンドグラス前の祭壇へとたどり着き見上げた。
これはたぶん最高神が神様を生み出している世界創生の場面だろう。それはつまり創造神ゲオルギウス
が描かれているわけで、この魔王城にあるにはあまりに皮肉めいた取り合わせだった。気まずくて視線を下げた祭壇の向こうの床にあった物にわたしはギョッとした。
「棺《ひつぎ》…? なんでこんなところに」
それは西洋式の黒い棺だった。
よく昔のホラー映画なんかで出てくるーー
「ふふ、またお会いできましたね聖女様。お近づきの印にちょっと噛んで血を飲んでもいいかな?」
耳のすぐ横から色気のある美声が聞こえ鳥肌が立った。
ゆっくり横を向けばそこには見知った男がいた。
以前、魔王の配下としてわたしたちと戦った相手。
金髪の長髪をゆるくリボンで結び、背中を覆う燕尾色のマントの上に彩を与えている。その面は中性的な美しさで見る者を魅了し、そのくせ冷たそうな冬の湖を思い起こさせる水色の瞳を彼は細めた。
綺麗に笑んだその口元からは2本の長い牙がのぞいている。
彼は吸血鬼、ヴァンパイアだ。
その周囲をコウモリたちが飛んでいる。あのわたしが見たコウモリは彼の使い魔たちだったようだ。
「勝手に他人の部屋に入るなんていけない子だね。僕のベッドを見られてしまって少々恥ずかしいな」
この棺、ヴァンパイアのイメージの棺っぽいなとおもったら本物だったとは…!
「でも一緒に使ってしまえば気にならないかな。どうだい今宵は僕と共に…」
「ひぃっ」
耳に吐息がかかりいかがわしい誘いまでされ、恥ずかしいやら恐ろしいやらで身動きができなくなってしまった。だ、だれか助けて…!
「この色情魔、聖女をたぶらかすな」
「ふふ、申し訳ありません陛下」
不機嫌そうな魔王が現れわたしを腕の中に引き寄せヴァンパイアから離した。救いの神がきた安堵から涙が浮かび崇めたくなった。
「あ、ありがとう…!」
「いや悪かったな。ここの注意喚起を忘れていた。ここはこの男の自室なのだが女にとって危険地帯だったのを忘れていた」
苦々しい顔で落ち度を不穏な言葉で謝罪された。
「改めましてごきげんよう聖女様。僕は魔王配下四天王が一人、ヴラドだよ」
にこりと笑顔を見せると、彼はわたしの右手をとって唇を寄せた。
「驚かしてしまって申し訳ない。つい女性を見ると口説きたくなってしまってね」
「は、はぁ?」
「おい、こいつに妙な手出しをするな。大事な協力者だと説明したはずだ」
「もちろん聞いておりましたとも。これは僕の吸血鬼としての性《さが》なのでご容赦ください」
とんでもなく迷惑な性である。
その後、ヴラドも参加した夕食会となった。
「聖女殿、体調は大丈夫か? そしてヴラドになにかされていないか?」
「うん、後半のはされてないとは言えないけど大丈夫」
「血を吸われたら眷属にされかねないので全力で回避してください」
「絶対回避します…!」
当のセクハラ吸血鬼はワイングラスに注がれた赤い液体を飲んでいる。中身は怖くて聞けない。赤ワインとかトマトジュースだと信じたい。
それにしてもなぜ教会を自室にしているのだろう。
教会と吸血鬼って敵対関係だろうにいごこち悪くないのだろうか?
思い切って当人に疑問をぶつけてみた。
「僕は吸血鬼の体質で夜活動して昼睡眠をとっているんだ。あそこは離れみたいなものだから昼間も居館の喧騒が届かなくて静かに眠れるので重宝しているのだよ。それに月の光に照らされるステンドグラスも綺麗で気に入っているんだ。教会であることは何も思い入れがないから別に構わないよ」
昼夜逆転生活をしているのか。さすが吸血鬼。
そして結構大雑把な性格? それに鐘の音はうるさくないのだろうか?
「僕にとって今の時間は朝食でね。聖女様がよろしければこの後月夜の中近くの湖畔までデートしませんか? あの場所は静かで水面に映る月を眺めながら男と女二人きりで過ごすにはとてもロマンチックでね」
「聖女殿はこれから就寝だ。貴様ひとりで行くが良い」
「そうやって二人きりになったところで襲って血を吸うのでしょう?」
「誘いにのるなよリンカ。こいつと二人きりになど絶対になるな。もし身の危険を感じたらに俺を呼べ。なんなら浄化していい」
またクセの強いやつが現れたな。
わたしにとってこの魔王城で一番危険な存在かもしれない。
ということで3人目の四天王の登場回でした。
お読みいただきありがとうございます!
おもしろかったと思っていただけたらぜひブックマークや評価をお願いします。
執筆のモチベーションが上がります!




