21 噂
四天王3人目が登場しました。
「それはそうと、ちょっと面白い話を耳にしたんだ。エルグラン王国で」
「エルグラン王国?」
わたしにとって因縁のあるあの国の名前が急に出てドキッとしてしまう。
でもこの魔王城は大陸の北端、エルグラン王国は南端でかなり離れているけれど、そこまでヴラドは自身で行ってきたのだろうか。
「ああ、聖女様はまだ知らないのかな? 僕は魔王の配下の中で諜報担当なんだ。各国に眷属の吸血鬼や僕本人が人間のフリをして潜って、あの手この手でチョチョイっと情報を手に入れているんだよ。こんな風に」
ヴラドは椅子から立ち上がった。
彼の姿がどこからかやってきたコウモリに覆われて見えなくなる。
そしてコウモリが一斉に飛び立つと、ダークブラウンの長髪をなびかせ谷間がのぞく赤いドレス姿のどこからどうみても妖艶な美女が立っていた。そしてこちらに向かってテーブルを迂回しながら歩いてくる。艶やかな紅をのせた唇を開くと甘い女声で言葉を紡ぐ。
「わたしの手にかかれば」
再びコウモリに覆われて、今度はシルクハットを被りタキシードに杖をついて歩く老紳士がしわがれた声を発する。
「老若男女」
再びコウモリに覆われて、姿を現したのは所々破れやほつれのある服を着ている幼い男の子。旅の途中に見た下町の子どもの雰囲気がこういう格好だった。
「自由自在に姿を変えられる。さらに」
またコウモリに覆われて、見せた姿は金髪に碧眼の当代勇者、ウィリアム。わたしは見知った人の姿に驚いて思わず椅子から立ち上がった。
「対象の記憶を盗み見て、ほらこんな風に知人の姿をとることもできる」
吸血鬼は変身能力があるとも聞いたことはあったけれど声も姿も別人になりきってしまった。そして3メートルも離れていない偽のウィルの表情は見知った爽やかな笑顔そのままで再現度はかなり高い。
そのウィルの姿をとった吸血鬼ヴラドはすぐ近くまでやってくるとわたしの腰に手を伸ばし、自らに引き寄せた。至近距離でウィルの顔に見つめることになり、その爽やかなイケメン顔ぶりに目が眩んだ。
なんだか動悸もしてきて落ち着かず目が離せない。
「リンカ、会いたかった。愛しい人」
あ、ウィルはこんな歯の浮くことわたしに言うわけないわ似ても似つかない別人だわ。
冷静になるのと同時に魔王がわたしたちの間に割って入り偽ウィルことヴラドを引き剥がした。
「面白い話とは何だ?」
偽ウィルは目を見張ると楽しげな笑みを浮かべた。
「ふふ、それはね、エルグラン王国の市井でまことしやかに囁かれている噂だよ」
「それはどのような?」
ツヴァイが促すと偽ウィルの口端がさらに上がり、実に楽しげに告げた。
「勇者と聖女の死亡説」
「え?」
「勇者一行が魔王城に向かったまま便りもなく音沙汰がない。全滅したのではないか、という噂だよ」
「ええっ?」
「しかもしかも、噂の出どころは王城からで、近く公式発表されるのではないかと噂されているんだ」
「はっ!?」
ウィルとわたしの死亡説!? なんで!?
「ふむ、お前が身につけていた位置特定の指輪は俺が預かっているからほとんどこの城にある状態だ。エルグラン王も指輪の位置特定ができているか?」
「あ、王がスペアを持ってるって言ってたからわかるのかもしれない」
「次に、捕らえた神官と魔導士から聞き出した内容によると、定期的にエルグラン王に連絡をとっていたようだが、捕らえてからはできていない。連絡がないということは死んだと考えていても不思議ではない」
「うん…」
「最後に、勇者はエルグラン王に無事の連絡を入れてもいなければ、ロンバルディ王国や聖教会経由で生存を発表もしていない」
「そう、だね…」
「総合的に判断して、『魔王城で魔王と戦ったが全滅し指輪だけが残された』となったのではないか?」
「ありえるかも…」
そうか、何も事情を知らなければそう判断するのもいりえるか。でもこれだからといって対処って何かするべきなんだろうか。ウィルやわたしになにか問題が降りかかるのだろうか。
「これは僕が思うに、勇者ウィリアム君が死んだなら、現エルグラン王は王位が完全に手に入る。と喜び勇んでろくに確認しないまま早く発表したがっているんじゃないかな」
ああそうか、王位継承の問題が関わってくるのか。
死亡を発表されたならウィルどうするんだろ。
そしてヴラドはいいかげんウィルの姿を解いてほしい。じとっと見ているとニコッと笑い返された。察していないのか、察していてあえてそのままでいるのか掴めない。
「これは、勇者にとって打って出る時なのでは?」
「え? どうして?」
ツヴァイの意見が疑問で聞き返す。
「勇者死亡を発表し世間が悲嘆に暮れている時に、実は生きていたことがわかる。とても劇的な展開で人々は惹きつけられ盛り上がります。ベタでありがちな脚本ではありますが、ベタは人心を掴みます」
うん、ベタな展開ってわかっちゃいるけど盛り上がるよね。
「自らの生存を発表し人々を惹きつけたタイミングで、エルグラン王の非道をつまびらかにし世間を味方にするのです。そうすれば勇者を亡き者にしようとした悪き王と、正義がある勇者であり次期国王である王子。世論が味方し政権交代が一気に進むかもしれません。これが成功すれば、エルグラン王ウィリアムの誕生です」
「ウィルがエルグラン王に? …それいい!」
確かにそうなったらあの国は警戒する必要なくなるし、むしろ国王の権力で国ごと協力関係になれそう。そうしたらすごく心強いし頼りになるけど…
「でも、そんなにうまくいくかな。世間が信じるかな? 勇者暗殺計画なんて無茶苦茶な話だよ?」
「聖教会とロンバルディ王国がバックにつきますから真実味があると思います。エルグラン王から抗議されても勇者の味方となるでしょう」
確かに聖教会とロンバルディ王国がウィルを支持したら世間は信じそう。でもそれだけだと厳しかも。
「証拠を出せって言われたら? 証拠はわたしたちは掴めてない。ウィル暗殺の計画はわたしの証言しかないから弱いんじゃない?」
物的証拠がないから水かけ論になってしまって、決着がつかないんじゃないかな。
「他にも証人がいるだろう、牢屋に2人も」
「あっ」
そうか、あの2人は国王側の実行者だし証言があれば信憑性がある。ただ、自分に不利になることしゃべるとは思えない。
「真名を吐かせてあるのでなんでも言うことを聞くようになっていますから、簡単に証言してくれますよ。物的証拠になりそうなものも素直に差し出すでしょう」
それどうやって真名聞き出したかを聞いたらいけないやつでは…
「真名を書き出した書と共に勇者に送りつけてやれば有効活用するのではないか? リンカ、お前も一筆書いて添えろ。勇者がこちらの提案を信用するだろう」
魔王一派の黒い部分を垣間見た気がした。
わたしは死亡説の件からのいきさつを便箋にしたため、魔王に渡した。魔王の書とわたしの便箋を同封した手紙を封蝋して準備するそうだ。
その日の夜、牢屋の2人を手紙と一緒にロンバルディ王国にいるウィルに送りつけたらしい。わたしにとって嫌な相手に対面させたくないと同席は断られた。正直会いたくない連中だったから助かった。
でも就寝前の夜遅い時間に送りつけられてウィルにもロンバルディ王宮にも大変迷惑になったに違いない。次に手紙を書くときに謝っておこう。
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