2 それはまだ形のない感情(魔王サイド)
横槍か。気に食わん。
聖女と勇者をどこかしらに転移させて道化師は霧散して消えた。
視覚、聴覚等の五感や魔法を用いて制圧圏内を見るがどこにもひっかからない。
いつの頃から存在し、生者なのか死者なのか、人間なのか魔族なのか精霊なのか、誰も知らず、解明できず、正体不明。
それは時にこの自分の前にも姿を現す。
『ねぇ、キミは満足なのかもしれないけれど、2人は喜ぶかな?』
ーーー奴に問われた言葉が記憶と共に脳裏をよぎり、蓋をする。
相変わらず神出鬼没、思惑は判然とせず、動向が掴めないのは常。
だがひとつだけ分かるのはお気に入りを見つけたようだ。
玉座から愚か者どもを見下ろした。
勇者と聖女を転移させた人間の魔導士と神官は冷えきった床に蹲ったまま目覚める気配はない。
聖女のいい一撃が入ったからな。
思い出したら可笑しくなり声が漏れそうになってしまう。
魔導士の右手の指に嵌る石付きの指輪が目に止まった。
聖女の言葉に思い至りその指ごと指輪を手元に寄せた。
なるほど、たしかに位置特定の術が込められている。
位置特定の指輪は対にして作られる。
片方は位置情報の発信、もう片方は受信。
従わされた聖女には発信側を身につけさせ、主導権をもつ魔導士は受信側を身につけた。
逃げても位置は把握されすぐに連れ戻され、従属の術で罰を与え飼い殺し、か。
この魔王よりよほど悪どい手法だ。
まして聖女、崇め奉って後生大事に扱えばいいものを…あの様子では本当に人間側は愛想を尽かされたな。
耳障りな声に、鬱陶しさのあまり溜息が出た。
指を切った痛みで馬鹿がーーー魔導士の方が起きて喚き出した。
「ああああぁあ〜 指がっ オレの指がっ 痛い痛い痛い痛い!あの小娘にさっさと治させないとっ!クソがっ肝心な時に役立てよ奴隷のくせに「アイシクル」
首を刎ねようとしたところでゴミどもが氷漬けになり舌打ちが出た。
「この俺を差し置いて先に手を下すとはどういう了見だ、ツヴァイ」
「わたしは陛下のお耳汚しをする害虫を駆除したまでです。といっても殺してはおりませんよ。情報を洗いざらい喋らせてからです」
四天王のひとり、ツヴァイが白い長衣の裾をはためかせ、ゆったりと歩み寄ってきた。
「おやまあ、拷問できてご機嫌だね、ツヴァイ。よく会話する気が湧くね。ぼくはこんな汚らわしい連中と同じ部屋にいるのも不快だなぁ。すぐにでも外に捨ててしまいたい」
気だるげな空気を醸し自らの頬に手を当て、貴族然とした礼服を見事に着こなした金髪の美青年は視界に入れないよう努めている。
「ふははっ それをうっかり口にしたら魔物が腹を下しそうだ!」
快活に笑う長身の男は、猫科の大型肉食獣を連想させる野生味がある。
「…魔王様、さっきの女、まさか本当に人間を仲間に加える気じゃないよね」
柱に寄りかかり腕を組み、不機嫌さを隠さない物言いをする右目に眼帯の少年。
次々と暗がりから姿を現し、勇者一行に倒されたはずの四天王が揃った。
「お前たち、役者には向かないようだ」
「演者を人選したご本人が何をおっしゃいます。勘づかれたのは演者より台本の問題では? それはさておき勇者と聖女はなかなか手練れでした。まだ伸びるでしょう。他二人は小物です」
「そこに転がるゴミは腰が引けて聖女のお嬢さんより後ろで震えていたよ。醜いったらないね」
「…勇者が前衛で剣を振るい、聖女が後衛から回復と攻撃術魔法。…腹立たしいけれど、どちらも侮れなかった。その他は補助魔法や攻撃魔法を使ってはいたがあれは痛くも痒くもなかった」
「みな勇者と聖女は合格と。同感だ。して、まんまとおもちゃを取り上げられてしまったが、どうする王」
「…計画は変えない。各自役目に戻れ」
「「「「はっ」」」」
が、様子見をする必要があるかもしれんな。
掌の上の、先程手に入れた指輪を眺めながら魔力を練った。