18 邪神と初代勇者の伝説
この世界の核心に触れるお話となっています。
「ここから先は良いと言うまで会話はお控えください。敵に位置を気づかれてしまう恐れがあります」
断りを入れまずはミハイルさん率いる聖騎士たちがスイスイ入っていく。
なんともおかしな光景に目をぱちぱちと瞬きしてみるけど変わらない光景に見間違えではないことを納得した。
隠し通路を使った脱出はこの部屋にいたものたちだけですることにした。
ロンバルディ王国からきた全員が動けばば敵にすぐ動きがバレてしまう。
残ったみんなにはわたしたちを出口まで案内してから戻り教皇と聖騎士たちから説明するとのこと。
危害が加わらないように身辺を守り、必ず無事にロンバルディ王国に返すと言質をもらった。
教皇、ウィル、フェルが入って行き、自分の番になったけれど宗教画を蹴るような入り方に罪悪感が湧く。
まあ、さっきからバンバン宗教人が足突っ込んでいますけど。
すぐ後ろのリュシオンは全く気にしなさそう、と思ったけど幻影の油絵をじっと見つめていた。
見られていることに気付いて「早く入れ」と言うように顎をしゃくって急かしてきたのでわたしも油絵の幻影に恐る恐る踏み入りその先の通路へ足をつけた。
通路は壁に沿って一人分が立って歩けるように作られていた。
一行は縦一列に並び先導する前の人について狭い隠し通路を進んで行く。
歩き出してすぐフェルが顔だけこちらを向いて小声で話しかけてきた。
「リンカちゃん、この先でなにか問題が起きたらリンカちゃん自身のことを最優先で行動するんだよ。いざとなったらみんなを置いて逃げたっていい」
不吉なことを言うフェルに驚いた顔を返してしまう。
フラグを立てたのではないだろうか。やめてほしい。
「ここに来てから問題ばっかり起きてるからね。もしもの心構えをしないと。おれでも、ウィルでも、胡散臭い後ろのヤツだっていい、頼るんだよ? 最悪な展開はリンカちゃんとウィルが死んじゃうことだ。それは絶対駄目だ。二人が聖女と勇者ってのはあるけど…友達だから、嫌だ」
友達だと思ってくれてたんだ。
純粋にわたしとウィルを大事だって言ってくれてる。嬉しい。
「ありがとうフェルくん。さっきも教皇様にわたしたちのために怒ってくれたよね。ありがとう」
「友達のために怒るのは当然でしょ?」
フェルはおどけてから前を向いて話はこれまでとばかりにだんまりした。
その前にいるウィルに「ありがとう」と言われ二の腕をひっぱたいている。
彼の赤い髪からのぞく耳が夕陽のように染まっていた。
通路は途中から階段になり延々と下って行く道になった。
そのうち逆に上る道になったら嫌だなと思いながら体感で5分程下りつづけると階段が終わり真っ暗な空間に出た。
「ここは聖教会本部の地下にある洞窟を整備した隠し通路の最深部です。ここを通り抜けると山脈から抜けロンバルディ王国方面に出られます。それから会話ももうしていただいて結構です」
教皇がそう告げるとみんな少し肩の力を抜いた。
「うちの国にそんな出口あったのか…」とフェルが遠い目をしていた。
まさか先方の国にアポ無しで勝手に出入口を作っていたのだろうか。
外交問題にならないといいけど。
聖騎士やロンバルディの騎士たちが魔法で灯りとなる球、「ライト」を作り周囲が照らされる。
教皇の声の響きから広い空間なのだろうとは思っていたけれど、この地下洞窟は横も高さもあり体育館が丸々入りそうな通路がずっと先まで続いているようだ。
道の終わりが見えない。
「では、先程の続きをお願いします」
「はい。ではまずはなにも質問はせず、わたしの話を最後まで聞いてください。この世界の神話からお話させていただきます」
ウィルが促し教皇は歩きながらみんなに聞こえるだろうよく通る声で古い話を始めた。
「かつてこの世界は『創造神ゲオルギウス』がお造りなさいました。『創造神ゲオルギウス』は空と大地を造り、動植物を造り、この世界を生命に満ち溢れた場所にしました」
創造神はアウレリアでは?
ゲオルギウスという神様は初めて聞いた。
「何億何万何千年と時が過ぎ、多種多様な神々も生まれます。そのうちに高い知性を持つ生物、人間が生まれ神々を祀るようになり、神々は信仰されることにより力を増しました。神々が力を増すことで世界はさらに自然は豊かになり、人間も豊かになり、文明を発達させ神々から力を借り魔法を使い、あるいは人間自身の力で魔法を生み出す術を手に入れました」
この世界の人類の歴史か。
神様との繋がりで文明を発展させていったみたいだ。
「そんな豊かな世界で人々は争いいくつもの国ができ消え吸収されまた新たな国ができました。何百年も何千年もそれが繰り返されその度に大地は血にまみれ人々は怨嗟を吐き、憎しみの感情により瘴気がたくさん生まれました」
人の欲には際限がないという。
いつの時代でも違う世界でも争ってばかりなのか。
「『創造神ゲオルギウス』は世界のあらゆる生と死、誕生と終わりを司るため瘴気に終わりを与えることで消していました。しかし消しても消しても新たに瘴気が生まれます。『創造神ゲオルギウス』は疲れ果ててしまいました。そんな時、今から1000年前、『創造神ゲオルギウス』はひとりの人間の娘に出会います。その娘はかの神に捧げられた生贄でした。疲れ果てていた『ゲオルギウス』は娘の愛情深く清らかな人柄と献身的に尽くす姿勢に癒されました。そしてその娘を『ゲオルギウス』は愛し、娘も『ゲオルギウス』を愛し二人は神と人でありながら夫婦となりました」
種を超えた神様と人間の純愛。
「しかし、悲劇が起きます。妻となった娘は人間によって殺されてしまったのです」
聞き入っていたみんなが息を呑んだ。
「『創造神ゲオルギウス』は嘆き悲しみ、犯人を憎みました。犯人を手にかけました。しかし憎しみは消えません。娘を失った悲しみも消えません。『ゲオルギウス』は人間を憎み憎み憎み、壊れ、狂い、堕ちた神、邪神となりました。そして人間も他の動物も自然も全てを壊し始めました」
仲の良い夫婦だったに違いない。
お嫁さんをとてもとても愛していたんだろう。
そんな世界を作った神様が狂って邪神に…
そんなの止められない。
誰も太刀打ちできない。
「ゲオルギウスが狂い邪神となり、瘴気は消せるものがいなくなりました。世界には瘴気があふれ邪神の殺戮によってさらに瘴気は膨れ上がります。他の神々がなんとかしようと手を尽くしました。ある者はやめるよう説得しますが言葉はもはや届かず、ある者は邪神と戦いますが敗れ、ある者は瘴気を封印しますが焼石に水。邪神を誰も止められない。世界は滅ぶとみな絶望しました。しかし、立ち上がった人間がいました。のちに初代勇者と呼ばれるアーサーという若者です」
初代勇者、ウィルのご先祖様。
そんな相手にどう立ち向かったの?
恐ろしくはなかったの?
とても勝てる見込みのない絶望的な力の差がある相手なのに。
「彼は異世界の創造神の力を借りました。異世界の創造神はアーサーに一柱の『女神』と『聖女』を授けます。その『女神エールヒルデ』は光の魔法の力をアーサーに与えました。『聖女』は異世界の創造神の力を授けられた人間の娘であり瘴気に終わりを与えて消すことができました。アーサーと聖女はその光の力で魔物を倒し瘴気も消していきました。そして賛同した仲間たちと共に邪神と戦います」
異世界とは地球のことだろう。
地球の神様がウィルのご先祖様に手を貸したのか。
ウィルのご先祖様はどんな人だったのだろう。
彼と同じく真面目でまっすぐで正義感に溢れていたのかな。
「しかし邪神はあまりに強く倒しきれません。このままでは異世界の神にまで力を借りたというのに負けてしまう。絶望感がアーサーたちを襲います。そんな中で仲間の一人、アーサーの親友の魔法剣士リュシオンが提案します。『自分に邪神を封印して自分ごと邪神を殺せ』と」
息を呑んだ。
アーサーの親友、リュシオン。
「反対するアーサーを振り切りリュシオンが自らの体に邪神を封印しました。アーサーは涙を堪えリュシオンごと邪神を剣で貫きます。聖女も魔法をリュシオンに放ちます。しかしそれでも完全に邪神を倒せません。すると『女神エールヒルデ』が全ての力を使いリュシオンごと邪神の封印を決意します。
懸命に世界のために戦っていたアーサーたちを愛した『女神エールヒルデ』は喜んで封印に力を使い果たしお隠れになりました。こうしてリュシオンと『女神エールヒルデ』により世界は救われました。アーサーは聖女と婚姻しエルグラン王国を建国しました。そして光の魔法を子孫に伝えていったのです。これが1000年前の邪神の正体とそれにまつわる戦いの顛末です」
全員がいつの間にやら足を止めてひとりの男を見ていた。
「リュシオン様は黒髪にアメジストのような紫色の瞳の凄腕の魔法剣士だったそうです」
教皇の付け足された容貌にぴったり当てはまる男、リュシオンは冷静に周囲の視線を受け止めていた。
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