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16 魔王の名乗りと聖教会

お読みいただきありがとうございます!

 首謀者の特定はできないままではあるけどいつまでもここにいるわけには行かない。

 雲も出てきたため降られる前に聖教会本部に入ろうと一行は出発した。


 馬車組は相変わらず3台だけど、わたしの相乗りは護衛に収まったリュシオンと変更した。

 周りからはいきなり二人きりになって大丈夫かと心配されたが、わたしはむしろ二人きりになる時間が欲しかった。



「聞きたいことがあるんじゃないか?」



斜め向かいに座る男は長い足を組み、窓枠に左肘をつき顎を乗せた不遜な態度で促してきた。


 聞きたいことはそりゃああるに決まってる。

 聞いたら正直に答えてくれる気があるのだろうか。



「…あなた目の色変えられるの?」


「魔力を抑えたら元々の色が浮き彫りになっただけだ」



 なんだその仕組みは。

 以前見た紅い瞳は邪眼とかの厨二病が大好きなやつみたいなものなのか。わたしも大好きだ。

 目に手を当てて「目が疼く」とかやってみたい。

 しかしじゃあこの色は自前なのか。

 綺麗な色なのに邪眼で隠れてるのか、もったいない。



「なんでさっきは助けてくれたの?」



 その上なんで護衛なんて押し売りしたんだろ。



「お前に死なれては困るんだ。お前にはやってもらいたいことがあるからな」



 世界征服の片棒を担ぐとかか。

 いや、それはやる気ないだろうと以前に結論出したから別だろうけど。



「ここは聖教会本部だよ? あなた来て大丈夫なの?」


「問題ないな。むしろどういう反応するかバラしてみるのも面白いかもな」



 何言ってんだ魔王が来たなんて知ったらパニックになるわ!

 まったく、勇者と聖女崇めてるひとがいっぱいいるとこだから魔王にとっては危ないんじゃないかと思ったのにこの態度!



「まあそうむくれるな、なにか俺から仕出かす気はない。用があったからお前の護衛ついでに済まそうとしているだけだ」


「用って?」


「とあるものを確認するだけだ」


「…! …!」



 この辺りで外が騒がしくなったので話を中断して様子をうかがった。

 誰かが大声で話している…というか喧嘩してる。

 馬車は今ちょうど谷に掛かった石橋を渡り終わるところだ。

 渡り終えたら聖教会本部の敷地内に入る。

 こんなところで喧嘩するってある?

 馬車は前に進み続けているので大声が近づいてくる。



「…だから我々第二騎士隊がお迎えに上がればよかったのだ!!」


「貴様らより我々第一騎士隊の方が勇者猊下聖女猊下への信仰が厚いからお迎えする立場に選ばれたのだ!! 負け惜しみは見苦しいぞ!!」


「信仰が厚ければワイバーンなど一撃で打てるだろうが!! どこぞの馬の骨に見せ場を持っていかれおって恥を知れ!! 聖騎士隊の名折れだ!!」



 うんわかった。

 騎士隊の第一第二のプライドの戦いだ。


 橋を渡りきったその先、聖教会本部は敷地内の右手側に荘厳な大きい白い聖堂が建っていた。

 聖堂は高台にあり、左側はそこよりも低い土地になり坂になっている。

 低い土地は聖堂と向かいあう形で大小さまざまな三角屋根の建物が規則正しく並んでいる。

 おそらくはあれ一つ一つが各宗教の教会支部なのだろう。

 そして大きな聖堂は聖教会本部の中枢、わたしたちを招いた教皇と委員会がある本部棟前に馬車は止まった。


 外から扉が開けられリュシオンが先に降り、意外にも手を差し伸べて待ってくれている。

 おずおずと手を差しだすとしっかりと支えてくれわたしは地に足をつけた。

 すると目の前で聖騎士が胸に手を当て挨拶をしてきた。セリフは割愛。


 挨拶してくれたのは第二騎士隊隊長のマークさん。

 こちらも隊員ともども生粋の聖女崇拝者だそうだ。わたしたちを迎えに行けなかったことを大層悔しがっていた。

 

 ウィル、フェルと合流して階段を登ると聖堂の大扉が開かれわたしたちは全員中へ通された。

 聖堂の中にはずらっと神職の人たちが左右に並んで待っていた。

 ちなみに全員白を基調にしたローブを身につけている。

 そしてたしかストラとかストールとか呼ばれてる布や羽織りものの色が赤や青だったり被っている帽子の形が違っている。そういった装飾品で階級を表しているらしい。

 わたしたちはその真ん中を歩いて正面に立つ教皇の元へと辿り着いた。



「ようこそお越しくださいました。勇者ウィリアム様、聖女リンカ様。我々聖教会一同心より歓迎いたします」



 頭を下げ歓迎の言葉を告げたご老人はシワのある顔を綻ばせている。



「そちらはロンバルディ王国のフェルディナンド殿下ですな。そして騎士のみなさま。して、そちらは剣士の方は事前の情報はありませんでしたがどなたでしょうか?」



 教皇がフェルたちロンバルディ王国の一行の確認のあとリュシオンに目を向けた。



「リュシオン。冒険者で剣士だ」



 教皇の顔が驚愕の表情に変わった。

 神職のひとの中にも顔色を変え小さく悲鳴を上げるものまでいる。

 どういうことだろう。ただ名前を名乗っただけなのに。

 


「お、おお…まさかお会いできるとは…よくぞお越しくださいました」



 教皇はうやうやしい態度でリュシオンに歓迎の意を示したがリュシオンは冷めた目でそっぽをむいてしまった。



 疑問が大きい対面だったけど話はこれまでというようにこの場はお開きになった。

 この後、わたしたちは大会議室に移動し委員会に参加した。


 

 会議は紛糾した、となるかと思っていたけどまったくそうはならなかった。

 危惧していた聖教会による囲い込みや追及などはされず、報告していたエルグラン王からの仕打ちの確認と今後の意向を聞かれただけ。

 そして普通に心配とエルグラン王からの仕打ちに謝られた。

 みんなの意見を要約すれば「気づかず助けられなくてごめんなさい」と。

 そしてワイバーンの件の疑惑を報告するとみんな真剣に聞き入って「必ず首謀者を探し出す」と誓ってくれた。

 こうしてわたしとウィルは「ロンバルディ王国で保護を公式に聖教会が認める」とあっさり認可された。



「勇者と聖女の意志最優先てことで丸く収まってよかったなー。めちゃくちゃ揉める覚悟してたからあの胃の痛い日々はなんだったのかと思ったわ」


「お疲れ様、フェルディナンド。これからもお世話になるよ」


「フェルくん意外と気遣いやさんだもんね。あとで胃に効く魔法かけとくね、ありがとう」


「ははっ どういたしまして」



 外はすっかり暗くなりわたしたちはこの聖教会で今日は泊まることにした。

 どのみち数日は滞在するつもりだった。

 聖教会本部に行くことになってどうせだからここで情報を集めようと思っていた。

 前に魔王から聞かされた「勇者も聖女も魔王もいなかった頃の世界」。

 そこのあたりに帰る手がかりがあると言っていたから。

 でも、いま目の前にその情報をもたらした本人がいる。


 わたしはみんなで集まり夕食をとり、それぞれ部屋に引き上げるタイミングで魔王ことリュシオンの腕を掴んだ。



「部屋に来て」


「ちょっ リンカちゃん、そんな謎な男を部屋に入れるなんてお兄さん見過ごせないからねっ」


「リンカ…」



 ウィルとフェルに目撃されてしまいなにやら誤解されているようだけどそれに構ってはいられない。



「いいから来て!」


「そう急ぐな、わかったから」



 引き止める二人を振り切ってわたしに割り当てられた部屋へと彼を引き込んだ。

 さきに部屋に来て荷解きを済ませてくれていたわたし付き侍女のアンナさんは驚いていたがわたしが無理を言って部屋を出てもらった。

 そうしてようやく二人きりになれた。



「部屋に男と二人きりになるのは警戒心が足りないぞ」


「からかわないでくれます?」


「注意してやっているんだ。揶揄ってると思われるのは俺としては心外だ。もっと自分を守れ」


 なんだその保護者のような態度は。

 そんなに護衛役になり切る必要ないだろうに。



「それはそうと要件はなんだ」



 わたしの顔を見てため息を吐きながらさっさと聞くなら聞けと促してきた。

 なら遠慮なく聞こう。



「あの教皇様のあなたへの態度は何? あなた有名は有名だけど名前聞いて歓迎なんてどういうことなの? あなたの名前知れ渡ってるの? わたしも勇者も知らなかったよ?」


「あれか。向こうが知っていても不思議ではない。知っているとしても教皇や一部上層部だけだろうが古い文献でも目にしたんだろう」


「古い文献? 古いってどれくらい?」


「1000年もさかのぼれば見つかるだろう」


「1000年!?」



 古すぎる。

 まさかこの魔王、1000年は生きてるのか。

 ん? あれ、そうなら、まさか。



「200年前の聖女アスカの時の魔王って…」


「ああ、調べられたのか。よく気づいたな。それは俺だ」


「だってでも剣で貫かれて、魔法で消滅したって…」




『最後は勇者の剣に胸を貫かれついに倒した。

 亡骸は聖女がありったけの神聖魔法を放ち消滅した』



『魔王を倒した際に自分たちは全力を出し尽くして限界だったが、魔王は瀕死という感じには見えなかったにもかかわらず勇者の剣に貫かれた』



『聖女アスカと共に戦った勇者アレクサンダーが妙なことを後に息子の一人に語っていた』

『妙なこと?』

『魔王が笑ったって。剣を胸に突き刺した時に』

『笑った?』

『その顔が忘れられないって一度だけ酒を飲んでいるとき話したって』



『魔王は黒髪に紅い目』



 日記の記述やウィルたちとした会話が頭の中に溢れた。



「俺は死なない。何度勇者に剣で貫かれ、聖女に魔法で消滅されても、何度でも蘇る。1000年前からずっと変わらずにな」



 そういって魔王は諦観を感じさせる目をして笑った。

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