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15 魔王、聖女の護衛に志願する

お読みいただきありがとうございます!

書き上げたらちょくちょく上げていきます。

 アメジストの瞳とはよくいったものだ。

 その男は髪色も声も魔王と同じで黒い服までも色が同じだったが、瞳の色はアメジストのような美しい紫色だった。

 男は剣についたものを振り払うと腰の鞘に納めてフェルに支えられながら立っているわたしに近寄った。

 そして男はわたしの右手の指先を自らの右手でうやうやしく持ち上げた。



「聖女様、お近づきの印に」



 そしてわたしの手の甲に口づけを落とした。

 わたしは手の甲に口づけという人生初の体験に雷に打たれたような衝撃を受け言葉もなくその男を呆然と見つめっていた。



「きっ貴様何者だ!! 聖女様に断りもなくお手を触れるなど恐れ多いくてわたしもまだできていないことを!!」



 ミハイルさんとその同志たちが嫉妬に燃え責め立てるがわたしにはこの時耳の右から左に抜けていくのみである。



「リンカちゃん! 気をしっかり! おいコラてめぇなにしてくれて…っつうかさっさとリンカちゃんの手を離せ!!」



 フェルが男の手を振り払おうと手を相手の体を押そうとしたが男が軽く避け、右手をすっと引かれわたしはフェルの元からこの男の腕の中へと抱え込まれた。

 ダンスを踊っているかのような滑らかな動きにみな視線がつい追ってしまい傍観者になる中、わたしは急に男性と体が密着した体勢に顔に熱が集まった。

 すると男がわたしだけに聞こえるように囁いた。



「また会ったな、聖女リンカ。あのあと引いた風邪は治ったようだな」



 !!

 やっぱりこの男は、魔王!?

 そしてバルコニーのあと風邪で寝込んだのをなんで知ってるの?



「騒ぐな。そしてこれから俺のする発言を受け入れろ。わかったな」



 え?



「お前たちはそれでも聖女の護衛か? ワイバーンに後れをとって聖女を危険にさらして情けない」



 周りに聞こえるよう先ほどよりも大きな声で発言したがそれはバッサリと斬り棄てる暴言だった。

 しかし痛いところを突かれたようで聖騎士たちは堂々と言い返せず顔を顰めている。

 そこにミハイルさんとウィルが顔を出した。



「確かに我々の未熟さから聖女様を危険に晒してしまった。それは認めよう。そしてワイバーン討伐に加勢してもらったこと、感謝する。して君は何者かね。ここにはなにをしに参られた?」



 ミハイルさんが口を開きこの怪しげな男に質問というには厳しさを多分に含んだ問いかけをした。



「俺は冒険者だ。通りすがりのな。たまたまワイバーンと戦っている集団に気づいて加勢に向かえば聖女様一行だっただけだ」


「通りすがり? こんな場所でか?」


「俺は冒険者だが、世界各国の凶悪な魔物を狩る依頼をこなしている。山脈を抜けた先は魔王の支配下、そこで存分に腕を磨こうと思って向かっていた」

 

「そ、そうか、世の中には恐ろしい冒険者がいるものだな」



 魔王が冒険者で魔王の支配下でなにするって?

 嘘で塗り固められたプロフィールじゃないの。



「それはそうと、そろそろ彼女の手を離してくれるかい? 彼女は聖女だ、そのように戯れのように振り回したりせず大事に扱ってもらいたい」



 男は目を勇者に合わせ問いかけた。



「俺は聖女様を大事に扱うとも。傷一つ付けず何ものからも守ってみせよう、護衛として」


「護衛だって? 君を聖女の護衛として雇えと言っているのか?」


「なにをいうか! 聖女様の護衛を一介の冒険者になど任せられるか!」


「聖女を十分に護れていなかったくせによく吠える」


「今回はたまたまワイバーンが厄介だっただけだ!」


「それだよ、おかしいんだよね」



 男と聖騎士たちが言い争いになりかけたが横合いから待ったがかかった。

 フェルディナンドはいつもの軽薄な雰囲気は形を潜め、真剣な顔をしていた。



「あのワイバーンは偶然で片付けるにはおかしい。このあたりはワイバーンは居ないはずだ。そうだろう聖騎士隊長?」


「はい、居ないはずです。毎日聖騎士団で付近を見回っていますがワイバーンがいたという報告は過去にも無かったはずです」


「じゃあワイバーンはどっから来たのかね」


「人の手で持ち込まれたっていうのか、フェルディナンド」


「あくまで推測、だけどな。それにアレ、リンカちゃん狙ってただろ。見つけた途端態度をガラリと変えやがった。あれは狙うよう何者かの指示があったんじゃないか?」



 みんなが目の色を変え警戒レベルを上げた。



「催眠の魔法がありましたな。魔物の死体に魔法の残滓がないか調べましょう。それからこの周辺にも人がいた痕跡や魔法を使った痕跡がないか調べたいと思いますのでお時間をいただきたく」


「ああ、よろしく頼む」



 ウィルに許可を求めたミハイルさんが周りに指示を出し聖騎士たちは各々担当別にほうほうに散っていった。



「襲われるのが今回だけとは限らない。2回、3回とあってもおかしくない」


 わたしの内心を見透かすように紫色の瞳が見下ろしてくる。



「どうだ、凄腕の護衛がいるだろう?」



 全てを見透かしていたらしき黒衣の男はわたしに視線を向けて来た。



「護衛をお願いします…」



 頭痛を覚えながらしぶしぶ男の要望を受け入れると男は機嫌良さげに口端を上げた。



「リュシオンだ。これから世話になる」

 






 魔法の痕跡は見つからず偶然か、人為的か真相は分からなかった。

 しかし、リュシオンと名乗った黒衣の男は人為的だと断言した。



「ワイバーンは上空に突然現れた。あれが偶然であるものか。確実に魔法によるものだ」


「現れる瞬間を見たのか? よくタイミングよくその辺り見てたな」


「君は魔法も詳しいのか?」


「魔法も多少は、だが俺はあくまで剣士だ」



 おかしな状況がいま目の前で繰り広げられている。

 馬車の周りに休憩場所を設けられ、ミハイルさん、フェル、ウィル、わたし、魔王ことリュシオンの並びで輪を作り話し合いが始まった。


 このリュシオンと名乗った黒衣の男、まず間違いなく魔王だと思うのだけど本人はあくまで冒険者で護衛として同行するつもりらしい。

 わたしが「雇う」と言ったがウィルとフェルには「信用できる相手かわからないから考え直すか保留にするように」と苦言を呈され押し問答のすえ「信用より殺されないために即物的な強さが急務!」と無理矢理押し切った。

 お金で安全が買えるなら買うべきなのだ。

 この男がお金欲しさにわたしに雇らせたとはとうてい思えず、別に思惑があるのだろうけど。


 その魔王ことリュシオンとやらはわたしがこの状況に戸惑っているのを面白がっているようで時々アメジスト色の目を細めて眺めている。

 しかし不思議なのはその瞳の色だ。

 わたしが以前2回会った時は血のように紅い瞳だった。

 一度目は魔王城、二度目はダライアスのバルコニー。

 遠目にも爛々と輝いていたのに目の前の紫色は輝いてなどいない。

 あの息もできないほどの重厚な魔力もなりを顰め人間の許容内の魔力を感じる。

 そしてもっとも戸惑うのがこの、顔。

 まるで絵師の描いたかのような完璧な美形だった。

 目元は切れ長ながら色気があり、アメジストの瞳がそれに魔性の美しさを与えている。まつ毛も長い。

 眉毛も眉尻が上がり形がいい。

 鼻筋はすっと通っていて唇は程良く膨らんでいる。

 顎のラインも程良く骨張って男らしい。

 そして頭が小さい。

 まちがいなく八頭身ある。

 足も長く背も高い。完璧だ。

 まさか魔王がこれほどの美形だとは想像していなかった。



「この襲撃、意図は聖女であるリンカの抹殺だろうか」


「なら魔王側の仕業ってことか? 魔王はまだ生きてるんだろ? リンカちゃんを倒したら一番得なのはあちらさんだろ」


「え、ちょっと待って、魔王は違うよ!」



 首謀者に魔王を挙げられて思わず庇ってしまいみんなの視線が集まる。

 当の本人が助けてくれたのだから彼が首謀者だとは思っていないし思いたくなかった。

 助けに入ってくれなかったらわたしは死んでたかもしれない。

 彼は命の恩人だ。

 恩人が責められるのは嫌だった。

 右手側からの視線を感じるがとても見られない。



「理由は自分でもはっきりわからないけど魔王はきっとこういう不意打ちみたいなやり方しないと思う。もしわたしを殺すなら自分で直接やるんじゃないかな」


「なぜ、そう思うんだい」


「なんとなく…アイツは筋の通らないことしないと思う」


「…魔王を信用しているのかい、リンカ」



 ウィルが不可解そうに「どうして」と問いかけてくるがそれはうまく説明できる感情じゃない。

 ただろくでなし達にしばらく関わったせいか少しは人を見る目は養われたように思う。


 相手が信用できるかできないかは言葉の重みでなんとなくわかる。


 誰かを信じるのは怖いし難しいけど、そういうのを飛び越えて信じてしまえる相手もいると思う。



「わたしはこの首謀者は魔王じゃない別のだれかだと思う」



 きっぱりいうと場がなんともいえない空気となった。

 フェルが一つわざと咳をしてわたしの意見に便乗してくる。



「別のだれかか、どんな可能性があるかみんな意見を言ってくれ」


「…魔法が使われたとみるならば神官や魔導士が怪しいでしょうか。聖騎士のわたしには疑うのは心苦しいですが、ここは聖教会本部が近く敷地内には各宗教の教会支部が建ち並んでおります。その建物内には相当数の各宗教からの神官が詰めておりますから…」



 木を隠すなら森の中、か。



「隠れるならうってつけ。いるかもしれんな」


「…そうだね」


「その中に関わったやつがいるかもしれない、てか。しかしだとしたらおれたち、敵かもしれんやつらの住処がある聖教会本部に乗り込まなきゃいけないのか。どーしたもんかね、これ」



 わたしたちは谷に掛かった橋の向こう、霧に包まれて視界が不透明ながらもすぐそこにある聖教会本部を見遣った。



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