第38話 少し前の話。名を知らぬ少年とそのライバルについて2
2/14分はあと一話投稿します。
ユージェとの社会見学時の思い出はまだ、残っている。
この村の子供たちはどこに住んでいるんだろう。僕はふと疑問に思っていたのだ。
家族形態がある社会ならば、親と同居しているのが当たり前だが、この村に親子という概念は浸透していない。
強いて言えば、養育施設時代が、聖樹が親でありその庇護下にある子供、という関係として同居だといえ、そこから出たら、独り立ちということになるのだろう。
この村にたくさんある高床式住居には、どれくらいの人が、何人ずつ住んでいるのだろう。村の戦士団の人数が約200人というのを覚えている。では長老院や奥や成人前の人々を合わせたら何人ほどだろうか。そのうち、長老院を除く民が、村の平地に家を建てて暮らしている。もしかしたら家を持たない人もいるかもしれない。でも、浮浪者はこの村にはいない。だからこそ、自分の家ではなくとも、皆どこかの屋内で暮らしているのだった。
僕は村を散歩しているときに、見覚えのある子供にであった。
「あ、君は。アリを観察していた」
「あれ、おねえちゃん、また一人? 仕事しないの」
「巫女の仕事は何するか知らないんだよね」
「えー、けが直したりさ。前の巫女のおばあさんは擦りむいたとこ直してくれたのに」
「それはその方がそういう開花をしていたからだと思うけど。僕は前に見せた通り、飲み物を出すことしかできないからね」
そういって出したアルミ缶を彼に上げる。
「ふーん。うえ、何だこの匂い……。おねえちゃん返すよ」
「返すなよ……ったく、こんなにうまいのに」
この物静かな少年は、何やら仕事を探しているらしい。この村は仕事が無くて困った者にも、聖樹に奉納された税の上澄みが配当されるから、死ぬことはない。だが、この少年は、というよりここの民は働くことを求めている。それは何のためか。
「ふーん。住む場所を得るには、民たちの信用を得る必要がある。信用を得るには働くことが必要だって?」
「そうだよ。だからぼくから見ておねえちゃんの信用度は0さ」
「あーはいはい。僕は、でもね、聖樹に寝泊まりしているから信用の話はいらないかな」
「うわーでたよ。生まれつき恵まれている奴は言うことが違うねえ」
「尊敬してもいいのよ」
彼はこれから仕事を斡旋してくれる人と会う約束になっていた。
ついでに住む場所も。つまりは住み込みのアルバイトの面接に行くようなものだったのだ。
「他の子供たちはどうしているの?」
「あいつらは、ヴァンパが世話している」
「ヴァンパ? ああカラスと一緒にいた子か」
「あいつはサンが扱えるからね。もう大人と対等に仕事ができる。だからそれで得たサンと村の信用度を、仲間に分け与えているのさ。あとは、養うだけじゃなくて、あいつが仕事して知り合った大人の、お手伝いとしての就職口を斡旋もしているらしい」
「へえ。義理堅い奴なんだな」
「さあね」
顔をぷいっと明後日の方向に向けてしまった。
「君は彼らと一緒に住まわないのかい」
「干渉されるのは嫌いなんでね。それに、ヴァンパに就職先の選定をされるのも気に食わない。養われるにしても、対価として聖樹にお祈りして、彼へのサンの供給権と供給量を担保しなくてはいけない。それはぼくの中であいつに負けたことになるんだ」
「負け? 勝負でもしていたのか」
「んや、こっちの話。それよか早くいくぞ」
どうやら僕もその面接会場に行かなくてはいけないらしい。この子は僕が巫女として働いていないのを問題視していて、どこか正義感で僕に職を与えるきっかけを作ろうとしていた。おそらくこの村の民たちの習性ともいえるだろう、仕事をして信用されることが、村で生きる上で必須になっている。
「一応、その社会勉強としてユージェと行動しているんだけどな……」
まあいいか。数時間くらい暇つぶしても。ユージェもなんだか、忘れ物を取りに行っている以上に取り込んでいるらしいし。彼女と落ち合うまでの時間つぶしにはなるだろう。
そう思って、僕は男の子についていく。
たどり着いたのは一つの家。そこは一人の中年の男の住居だった。階段を上がり玄関から入ってすぐが居間となっており、左方奥に台所、右手には寝室があるようだった。ユージェの家と大体同じだった。僕たちは床に座り、主人を待った。
まあここから起こることは、それほどたいしたことではない。
少年の就職採用面接みたいなものだ。
僕たちは主人が帰ってきたのに合わせて、彼に挨拶をしようかと思ったら、なぜか主人の方が恐縮した様子になり、片膝をついて敬意を表したのだ。
すわこの少年が秘めたる力をもつものだったのだ! と物語の始まりに遭遇したような気持ちになったのだが、何のことはない、男が頭を下げたのは僕だった。
正確には僕の巫女という肩書だった。
あ、忘れてた。
そしてこの男はどうして知っている?
「テスェドさんにお聞きしました。村でそれなりに顔が広い者なら耳に入ってしまうものですよ」
と男は顔を伏せたまま言う。
隣で少年が固まっていた。
「あの頭をあげてください」
僕はひどく困惑して彼にどうにか普通に接してもらうようにした。ああ、乾燥やのおばちゃんは普通だったのに。かしこまられてもなあ。あ、でも最初なんか緊張した風だったっけ?
「それで巫女様はうちに何の御用で」
「あーそれは……」
と口ごもり、僕は固まった男の子に目線をやる。
「この子の仕事先を斡旋してほしくてですね」
「ふむ。巫女様はこの村のことをまだあまりご存じないようですね」
「あ、敬語はやめてください」
じつはこの男それなりに年嵩があって精悍な顔立ちをしており、仕事ができるといわれそうな風貌だった。そのような大人にかしこまられるのは居心地が悪かった。僕の力でもないのに。
「ふむ。それならば遠慮なく。この村では、成人の儀を迎えなければ働けないことを知らなかったかな」
こちらの意を汲んで、砕けて接するようすぐに対応を変えられるところも、経験値が違う、と思わせる振る舞いだった。
「あー……」
そういえばユージェの弟が働かない言い訳に言っていたような。事実だったのか。
「ぼくは! 金をかせぎたいんです! できれば! 村で居場所を作りたい!」
一際強い声が聞こえた。圧倒されていた少年が、声を出すにはそれくらいの勢いが必要だったのかもしれなかった。
「……それは、どうしてかな」
主人はじっと少年を見つめる。
「……」
「黙っていちゃあわからない。仕事は意志疎通が基本だ。たとえ私が無理だといえど、君はやらせてほしいといっているんだ、その気概を見せてくれないか」
「ぼくは、誰の世話にもなりたくない……。いや、仕事をさせてくれ、と言いに来たんだから、それはおかしな話だ。でも、ちがう。ぼくはいまのままでは、負けたくない奴の世話になって生きていく羽目になる。それは嫌だ」
「負けたくない奴の世話? いまの生活では誰かに借りがあるのかい?」
「ああ。ヴァンパのやつが、縄張りを張っている。あいつはお節介な奴だ。子供のくせにサンを使いこなしている。そのことを誇りにしているのか、ぼくや周りの奴の食い扶持もあいつが自分で稼ごうとしてくるんだ。それが嫌だ。ぼくはあいつに負けたくない」
「ほお。それは、私に言う前にヴァンパに言うべきではないのかな。それに、若い時は力を持ったら、いいようにも悪いようにも使いたくなるものだ。悪ぶって発散しないだけ、そのヴァンパって子は正義感に溢れていて、将来有望だな」
「うるせええ。あいつが将来有望だろうがなんだろうが、ぼくはあいつが、ぼくを養ってやることが当然だという振る舞いがとにかく嫌なんだ。でも、ぼくは今すぐにサンを使うことは出来ない……。勝てないから、養う必要がないことを証明する必要がある」
「そこまで彼は君の話を聞いてくれないのかね。その心情を吐露したのかい」
「……」
「はあ。まあ負けたくないっていう相手に腹の底を見せろなんて、蕾の君に……というかサンを得ていても酷な話か。これは私が無理を吹っ掛けたな。すまんすまん」
「……」
「だが、仕事は、きみには無理だ」
「なんで……!」
「仕事にサンを、特に、それぞれの開花の特性を生かしてもらうからだ。サンも扱えないようじゃ、ついて来れん」
「なんでもいい……! 雑用係でいいから……!」
「たまに来るんだ。君みたいな子が。基本的にすでにある仕事は大人の、サンを前提とした効率でなされることが前提となっている。そこに君みたいな子が入ってみろ、邪魔にしかならん。だからいつも君のような子が来ても許可できないことになっているんだ」
「く……」
「やるとしたら、自分で交渉して、商売を始めるくらいだな。わかっていると思うが、成人の儀を経ないものは働けないといったが、それはサンの素養が欠けたものは足手まといになるから雇われないという意味だ。サンが関わらない仕事でいうならば、雑用係がいいところだろう。それなら交渉次第で受け入れてくれる場所はあるだろう。奥に所属する民の中で、個人で仕事をしている人に頼み込む、とかな。なぜわざわざ戦士団の、私の所へ来た」
どうやら話を聞いていると、この主人は、戦士団に関連した仕事を取り仕切っている人物らしい。この少年は、戦士団に関連した仕事をしなくてはならない理由があった。
「まさか、ヴァンパへの競争心などという下らんことを言ってくれるな。まあ蕾ならさもありなん、だが、子供っぽいからこそ、そんな理由では、ますます手伝うことは出来なくなるぞ」
「……」
無言だった。表情は曇っている。口を開きかけ、閉じる。伏し目がちで、先ほどまでの気丈さはもう引き出せないようだった。
図星だったのだろう。
「ふ……。まあ仕方ないな。ここに来た勇気は買ってやる。数十年後、成人の儀を通過して、門をたたくんだな」
僕は彼を見て、何か慰めの言葉をかけたと思う。その後は、しょんぼりと肩を落とす少年と共に家を出た。主人をちらと振り返ると、僕の方に一礼していた。僕も形だけ会釈して家を出た。
僕たちは特に話をすることはなく、とぼとぼと歩いていた。彼は僕に対して、「仕事を斡旋するつもりだったのに、巫女って嘘じゃなかったんだな」と乾いた笑いを浮かべながら、強がっていた。
僕は彼の気持ちと、何かに対しての焦燥を、うまく把握できないから、どう声をかけるべきかわからなくて、愛想笑いばかりしているのだった。
僕らが古い方の聖樹に戻ってきたとき、ユージェがそこで待っていた。
「ちょっと!! 忘れ物とってくるって言ってじゃない! どこほっつき歩いてたの」
「いやー、ちょっとこの子と一緒に散歩してた」
「そういう時は連絡してよ」
「すみません」
「で、その子は?」
「あれ、そういえば君どこの誰だっけ」
「今聞くなよ!」
とユージェがツッコミして、少年はぶすっとしている。
「ああん? なんだか冴えないガキだな」
「ちょっとへこむことがあってな」
「ふうん。で、この子はどうするんだ? ちゃんと帰して来いよな。 あたしらは仕事が待ってんだぞ」
「え? 巫女の姉ちゃん、仕事すんの」
少年は仕事という言葉に反応する。
「ああ……まあ、彼女の手伝いなんだけど」
「どんな、どんなことをするんだ!?」
身を乗り出すように聞いてくる。
「何でも屋よ。なんでも。雑用さ」
彼女が替わって答えた。
「手伝わせてくれないか」
「おい、戦士団の仕事がしたかったんじゃないのか」
「それはそれ。まず仕事ができるなら、小さなとこからでもやってやる」
「最初からそれを考えろよ」いきなりあんな面接に行くな。
「小さなことで悪かったわね。あたしゃあんたの時くらいからこの仕事で生計を立ててんのよ」
「え、そんなすごい……、え、ぼくと同じ年齢くらいから……。もしかしてなんでも屋のユージェさん?」
「なんでも屋って最初から言っているじゃない。というかなんで名前……」
「ぼくくらいの年から自立したいと思って調べれば、あなたの名前は聞くよ! 多くの民が成人の儀まで誰か特定の個人に保護されて過ごすのに、それを跳ね返して複数の大人たちと交渉して世渡りした女性だって。あの、先代の巫女様が唯一尊敬していたという、夭折の天才エロデ様の生き写しだって」
「そんなそんな……。エロデ様は言い過ぎよ……。意外と名前が通ってたのね。恥ずかしいわね」
うれしそうである。エロデって誰のことだろう。僕はその時、名前を覚えることは出来なかった。単語は海馬から抜けていく。
「だから、何でも屋の仕事をどのようにしてきたのか、その秘密を教えてほしい。いやアドバイスをください!」
「ふうん……」
「手伝いだって何でもします!」
「まあ、あたしの手伝いをさせるのはいいけど、今は駄目ね」
「え、どうしてですか」
「こいつに、巫女の社会勉強としてこの村のことを教えるのが仕事だから。そのあとならお前に、労働を対価に労働の仕方を教えてやるよ」
「やった……! すこしでも自立に近づけるならありがたい!」
「じゃあ、時期になったら、あたしの方から連絡してやんよ」
そういって二人は互いの住所を教え合った。
彼は、戦士団という理想の就職先とはいかないものの、将来の夢への一歩を踏み出すきっかけを得たのであった。彼の目標としてはおそらくヴァンパという過保護な友人からの自立と、これは勝手な予測だが、彼と対等になりたいのではないかと僕は彼を見ていて思う。彼はヴァンパのことを嫌っている様子はない。けれど、彼に世話になり続けるのは嫌だという。負けたくない、という一心。でも勝てないと素直に口に出せる勝利へのこだわりのなさ。それは、競争心というより、ヴァンパに同格だと認めさせたいという想いのようなものを、僕は感じていた。
僕らはここで別れ、僕とユージェは以前語った、4日間の何でも屋の業務に戻った。彼はここからどういう一生を送ることになるだろうか……。
と、ここまで空想したところで、アルファリオの言葉が反芻されるのだ。
『この村が終わりを迎えるからだ』
おわり……。僕は、なぜそれを重く受け取らなかったのだろう。
それを初めて聞いたとき、僕は白昼夢が落ち着く方向に移行し、テスェドさんの死に涙することにより気が高ぶっていた。けれど、その高ぶりをアルファリオとの再会がうやむやにし、僕の興味は彼と彼の心配するメルセスさんに移っていた。仲直りは出来る気がしないが。
だから、僕が帰属意識のなかった村が滅ぶといわれても、そういうものか、としかその時は思わずスルーした。本当に鈍いことだと思う。しかし、そのことより、アルファリオが実はテスェドさんや僕に対立する存在ではなく、僕を見守ってくれているということを聞いて、あれだけ嫌な奴だという印象を持っていたにもかかわらず、一人じゃなくなったという安心感の方が勝った。だから僕の心は平静だったのだ。
でも、この村には、僕以上にこの世界に長い生を受け、幼い蕾たちがたくさんいる。
彼らの一生は長い。千年ほど。その期間に価値があると信ずるものにとって、それを奪われるというのは、恐ろしいことだ。僕自身は、これからを生きていくということに価値をそれほど見出していない(と夢から流入してきた価値観も合わせて考える)からこそ、僕は村が滅びるのも仕方ないと思い、あきらめていた。
けれど、僕以外の彼らの生活に触れた時に、諦めろ、と決して言えないと自覚するのだった。僕は他人に対して、何か干渉をしたいとは思わないけれど、僕自身が何かを邪魔されることひどく嫌なことだと思う。だから、もし、僕にとてつもなく生きがいとやる気があった状態を想像すれば、そういう状況において、環境が破壊され、生きていく舞台が、誰かのせいで損なわれてしまうのは、腸が煮えくり返るような、我慢できないものがあると思うのだ。まあ今更至極当然の話だ。
この世界に来た当初は、彼女を作るため男に戻るという目的でがあったのだが、白昼夢によって、僕は彼女がいた過去と、その面倒くささをインプットされた。面倒だということを意識させられてから、特に動く気力がなくなっていたのだった。前世では映画を見に行くとか、ゲームをするとか、楽しみは人並みにあったけれど、今思えば暇つぶし以上の価値を僕は本当に感じていたかどうか分からない。前世でさえその有様だった。あまつさえ、右も左も分からない異世界に放り出されたならば、僕の前には死に物狂いで生きていくという選択肢と無気力に流されるという選択肢が現れた上で、僕は後者を選び、流れに身を任せたうえで野垂れ死ぬかもしれないな、という諦念があった。それは慕っていたテスェドさんの死が僕にショックを与えているせいだという可能性もあると思う。我ながら軟弱な感性だ。たった一人いなくなるだけで、これほど心細くなるなんてな……。
村の終わりを見届けて共に死んでしまっても文句はないなと思うほどに弱気な側面を自覚するのだった。だが、強いて言えば、死にたいとも思っていない。死ぬことが怖いわけではない。ただ生きることが面倒くさい。そんな倦怠に襲われている。もしかすると、思考を奪う夢のような白昼夢は、その倦怠が姿を変えて僕を襲っているかのような、害意ある事象なのかもしれなかった。
だが、そこに風穴を開けたのが、同情心だ。
僕はどうでもよかったけれど、でも、僕以外の、夢を持った者が、夢を阻害されるのはかわいそうだ、と思う。
ああ、村を滅ぼさせてはいけない。その思いが胸を打つ。
僕は目を覚ます。ここは若い聖樹の一室。
ただならぬ気配が若い聖樹を襲っていた。
部屋の片隅で院長は立ち上がった。珍しく瞑想を止めた。
「敵襲か」
ついに、殺虫部隊の第二波がやってきたのだった。
修正。
少年の一人称 僕 → ぼく
ユキへの呼称 お姉ちゃん → おねえちゃん
不統一だったので統一しました。




