第39話 巫女の力をどうして僕は持たされたのだろう
2/14分はこれまで。
古い聖樹が倒されてから三週間ほど、村は再び敵襲に襲われた。今度は奇襲ではない。数にして100程度。村外を警備する者が伝えてきた。村には200人の戦えるものがいる。そう考えれば多い数ではなかった。
村外では既に戦端が開かれている。すでに警備していた者たちが敵兵を抑えている間、他の戦士団は各々向かう。彼らの瞳には、わずかな不安の緊張と功への興奮がない交ぜになっているのが見て取れた。
覚悟をした、というのに……僕は慄いている。
村の崩壊。その宣告も承知の上だが、実のところは、ただただ、戦いという非日常において村の中で民の鼓動が高なり、敵を倒すという気迫が、湯気のように立ち昇る雰囲気に気圧されている。
警備や、農作業、土木作業に従事していた民らが、瞬間、立ち振る舞いを鋭いものに替え、戦装束をまとったかのような威風堂々を見せつける。彼らは一人ずつ、バラバラではあるが、同じ目的に向かって動き出す。同じく村外の敵を駆逐せんとばかりに。もちろん、彼らの衣装は普段のままだ。普段のキトンのような布製のものだけだ。ただ、サンがそれらを鉄より硬い装備に仕立て上げるのだろう。
これが戦いを前にした気配。
張り詰めた空気は肌になじまない。
僕は、戦場を未だ見たことが無い。けれども、民の高揚感の切れ端を感じ取るだけで、緊張感に充てられて吐きそうだった。
不安が募る。心配性が過ぎると思うかもしれない。
でも、敵の兵力が貧弱に思われようが、村の崩壊というアルファリオの言葉は、どこまでも真実味を帯びて僕の中にある。
僕は、自分に、数刻前の自分が村の崩壊を止めることに尽力しろ、と期待していた。そのことに対して、無理そうだ、と思ってしまうことが、不安として精神を蝕んでいる。ひどく情けないことだが……。
無理だ。もう一度言うけれど。
僕一人、それも訓練もろくにしたことのない人間が、戦争に協力しようにも何もできるはずがない。
僕は、立ちすくんだまま、走る兵隊を見送ることしかできなかった。
「勝手に出歩くな」
アルファリオが背後に立っていた。
「あ、ああ。悪い」
「どうした。気分が悪いか」
「いや……戦いっていうのは怖いものなんだなって。バカみたいな話だけどさ」
「ふん……今まで平和しか経験ないものには、荷が勝ちすぎているか。テスェドが言っていたが、本当に、戦を経験したことが無いなんてな」
「戦どころか……喧嘩もろくにないよ」
「平和な故郷だったのだな。うらやましいことだ」
「……」
僕は顔を伏せて、深呼吸をする。目線は一点、彼の赤茶けた腕輪を見つめることだけだ。
「僕は何もできない……」
「ああ、それが普通だ。守られるべき巫女は、どっしりと構え、民を信じているだけでいい」
「それで村が終わってもか」
「終わることと、君の態度に何の関係がある」
「僕が頑張ることで、村を救えるかもしれない」
「思いあがるなよ。それはあり得ない」
「なんでだ! なぜ、助けられない!」
僕や長老院が滅ぶならば、確かに仕方ないと思う。自分のことは仕方なし、長生きした者らも、文句はないだろう。でも、やはり、子供のことを思うと……、そしてユージェやジャコポ、弟、……彼らのことが気がかりだった。
息が上がる。肩を怒らせ、関節が痛む。
「戦いというのは、拮抗する方が珍しい。策を敷いた戦いは、始まったら最後終わっている」
「うるせえ……! たのむよ……! 僕が無理なら、アルファリオがやってくれよ……」
「はあ……。俺だろうが、誰だろうが、無理なものは無理なんだ」
滑稽だな……。
その言葉に僕は、彼に詰め寄りかけていたのを止めた。自分の行動に恥ずかしさを覚えた。
「頭を冷やしているといい。そうすれば、戦争の経過もわかるし、自分にできること、できないこと、そして変えられない運命が実感できるだろう……」
彼は姿を消しながら語った。
僕の監視をするというのは違えない約束らしいので、これは擬態だろう……。いなくなるはずはない。姿形が消えたような擬態。もちろん僕の練度では察することのできない擬態。しかしながら、存在を明かしたうえで姿をくらますのは、おそらくテスェドさんやメルセスさんにも難しいのではなかろうか。二人に擬態され脅かされた時は、常に、僕が彼らの存在を知らない状態だったからだ。あるいはサンの使用を誤魔化す程度のもの……。推測に過ぎないが、村内でも圧倒的なレベルではなかろうか。
「ぐっ……」
動けない。僕はただ、ここに立っているだけの木偶の坊だ。
僕は若い聖樹の根元に、座り込んでいる。どうしても、動くことは出来ない。しかしながら、聖樹の中に籠って、知らんぷりをする冷静な判断力もない。つまりいくもいかないも判断できない哀れなガキだった。
我ながら嫌になる。立ち向かう勇気すらない。それならば他の人に任せて、さも見捨てたように安全地帯にいるんだ、と居直ることもできない。中途半端だ。
僕は心の表面では、敵を倒す、あるいは民や戦士団の役に立ち、巫女としての責務を果たせたと、そういう立ち回りをしたいと思っている。あれだけ巫女の役割に乗り気ではなかったのに、いざトラブルが発生して僕がそれに立ち向かう立場を押し付けられたなら、僕はその立場を果たそうとする。勝手に押し付けられたのだから、僕は知らんぞ、とふるまうことに、下品なものを感じて、僕はそういう振る舞いをする自分を許すことが出来ない。これは正義感とかかっこつけたいとか、そんなヒーローごっこするような明るい話ではないのだ。半ば強迫観念だ。巫女という空虚な評価をマイナスにしたくない、それでいて、できるなら誰かに評価されたい……できることなら、未来の自分自身に懐古の時に良く思われたいという……。
また一方で、心の奥底では、自分の無力さ、緊張感の高まった中での責任のを果たせるかどうかへの不安、そして命をかけたくないという保険。それらの生存本能がどくどくと、脈打つかのように僕をこの場に杭打って引き留めているのだ。これは言わずもがな、命が惜しいだけである。
結局僕の中では、表面の誠実心を、奥底の保険が引き留め、そして保険は聖樹の中に入れと訴えかけるものの、その行動には誠実心のプライドが待ったをかける。
そうして出来上がったのが、聖樹の根元で右往左往する僕だ。
ああ、この世には不可能という事実があり、僕は今、どうしようもない不可能という三文字に押しつぶされようとしている。
ああ、だれか僕を聖樹の中に避難させてくれ。
ああ、だれか僕を巫女の責務だと叱って戦場に引っ張り出してくれ。
そのどちらかでいい。僕を決定づけてくれないか。
「あんた、早く聖樹の中に引っ込んでなよ」
探したよ、といってミネさんが僕の首根っこをつかんで、聖樹の中に引き入れた。
彼女は僕を院長の部屋まで連れて行った。聖樹の中はいつもと変わらず皆が瞑想にふけっていた。彼らは、戦士団に村の攻防についてをすべて預けているのかもしれなかった。
僕にはできないことだ。
「あんた、つい先日顔色が良くなったと思ったら、また落ち込んでんの。忙しい顔色ね。染物だったら、色が定着する前に変化して、変色したまま定着してしまうわよ」
「……。そんなにおかしな色してます?」
「ある意味きれいな色ね。ペイルブルー」
「青ざめた人のことをきれいだなんて言う人は大変良い感性をしている」
「皮肉が言えるなら元気そうで何よりよ」
「……」
彼女は、すこしせっかちになっているようで、会話をそこそこで終わらせた。
「私は、戦士団に加勢にはいけないけれど、万一村に侵入してくるものに対して、奥の人員での迎撃に参加する予定になっているの。だからあなたを守っていることは出来ない」
「……はい」
「だから、ここで待っていなさい。あなたが心苦しそうにしているのは見てよくわかる。まだ居ついて数週間しかたっていないような村に、命をかけようとする姿勢は私は好きよ。でも、村の民をなめないでほしいわね」
「……。僕は巫女です。たとえ、僕自身が何もできなくとも」
「あなたにそれを押し付けたのは、運命の仕業よ。私でも院長でも、そしてあなた自身でもない」
「はい」
「だから、誰に恐れることも必要なく、あなたは逃げ出しても、目を瞑っても構わないのよ」
「ああ、はい」
僕は一番言われたいことを、言われているという自覚をした。こんなに希ったことはなかった。
「でも」
でも、だ。僕が願っていた状況を、現実にしてみると、僕はひどく落ち着いてくることを自覚し、願っていた時ほどに、それが幸せなことでないことがわかる。その選択肢、つまりは僕が立ち向かうのも逃げるのも、判断しないでよい、という局面は、僕に反骨の精神を植え付けてしまうのを少しずつ自覚している。
僕は、無理だ、という判断をしていたにもかかわらず、頑張らなくていい、という言葉一つに、ふざけるな、という気持ちさえもわいてくる。
先ほど、あれほど、決めてほしいといっていたのに、いざ決めてくれるようになると、その決定が随分色あせて見えてくるものだ。多分、僕の顔色よりも色あせている、ペイルブルー……。
「僕は、やはり、見なければ気が済みません。僕には戦う力も、誰かを癒す力もない。でも、目を瞑って、逃げるという力もまたないんです。僕がここに来て、巫女を任されたのは、偶然かもしれないけれど、その偶然には、僕が意味を付けます。ミネさん、あなたに守ってもらう必要はありません。僕は逃げないけれど、死にもしません」
「その宣言には何の根拠があって言っているの。死なない、という保証はどこにもないのよ。見届けようなんて、野次馬根性はやめて、安静にしていなさい」
「保証はないけれど、僕を生かそうという力は働いている」
主にアルファリオが。
人任せだろうが、何だろうが、仕方ない。
「減らず口をいつまでも叩いてないで、現実を見なさい」
「ああ、……この村が滅ぶ、らしいというのを聞いたら、ミネさん、あなたはどうする?」
「なによそれ、ふざけたこと抜かしてんじゃないわよ! 村を守るために戦士団は戦っている、わたしもその手伝いをしに行くために、あんたには留守番を頼んでんのよ!」
「……」
「もしかして……、聞いたの? 聖樹の声を……!」
今度は彼女の顔が色あせる番だった。
「そして、あんたは、村が滅びてもどうにか生きのびるということを知った。だから、死なないという運命を知っている……!」
なんだかわからないけれど、誤解が生まれたようだった……。
「ああ……、知らせなくては……新たな預言が……」
彼女は慌てふためき聖樹のエレベーターを降りて行った。
僕は彼女に声をかけようとして、何を言っていいか逡巡しているうちに、姿を見失った。
声は出せなかった。
僕はこう思う。なんて恐ろしいことだ、と。
僕の言葉には、分不相応の説得力が生まれていることを悟ったのだ。
僕はこれから、この村に置いて、聖樹を信ずる者に対して、不用意に言葉を発せなくなったのを悟った。
愕然とする。これは、……。
もし、この語りを聞いている誰かが、誰もが自分の言葉を何かしらの根拠を解釈して、信じてくれるように、絶対になったとわかったら、どう思うか。
喜ぶか、戸惑うか、逃げ出したくなるか。
いや自分の声からは逃げられない。
もう一度言おう、僕の声に絶対的な説得力が出て来ている……。
もしこのように……、言葉に説得力を必要以上に持たされてしまうことがあるとしたら……。
声が相手を絶対に説得できる場合、喧嘩で負けない、人におごってもらえる、値段を負けてくれる、その他多くの、交渉に絶対に勝つことができる。いや勝ち負けを決められるというべきか。
そして皆は彼の言葉を重く見、彼の要求をみな唯々諾々と聞いてくれるのだ。人によっては好意的に、またある人は、恐れおののいて。
最後……他人は彼の言葉に、彼じゃない何か恐れ多い評価を下す。
これは、声に無条件で説得力が付くという仮定の場合だ。
そうして、彼の言葉は独り歩きしていき、結果的に彼は崇められることになるのだ。
それに対して、現実。
この村では、僕は最初に崇められる立場の補佐的役割に立っていて、その役割が尊敬されている。論理が逆だ。
だから、声を崇拝されることになる。
事実、僕には声が絶対に説得力を持つような力はないけれど、この立場を保持する以上、それに似た効力を持つことになった。
そうして、僕は、この効力において持つ感想は、やめてほしいというものだった。
普通は喜ぶ? いうことを皆が聞いてくれる、メリットしかない? 本当にそう思うか?
声を聴いて、みながそれに従う。変なことを言っても、ミネさんのように理屈をつけて(この村では聖樹にかこつけて)納得してしまう。
この声を持っていれば、カラスを白いといって、みなが納得してくれるし、世界は神が七日間で作ったというのを、科学的にも信じてくれる……かもしれない。
いうこと為すこと、混ぜ返されることなく、意見されることもなく、肯定され続ける。
社会生活においても、買い物ではより安くものを買え、物を売れば高く売れる。
人は自分に意見することはなく、こちらの意見は無条件で通る。
どれほど都合の良い生き方ができるだろう。
ただ……、嘘を真実にするということは、嘘を付けなくなることである。
自分の意図で冗談が言えなくなる。
言葉に裏が含められなくなる……いや、聞き手にとって、裏しかなくなるのだ。
みな声に、狂信的な『本当の』意味を探して、勝手に解釈していく。
そうして、僕は僕の述べたいことを、他人に伝えられなくなっていく。
僕の、根源にして、率直な感情を乗せた言葉。それは、他者の僕に対する狂った『信頼』のフィルターに曲げられて、僕にとってなんとつまらない『真実』になり下がるのだ。
と、そこまで考えこんで、僕は巫女について改めて知っておかないといけないのだと思った。巫女の尊敬され具合。先代巫女の尊敬度は、とある男が命を懸けてまでその誇りを守りたいと思われるほどだった。
それは、先代個人の資質の問題か。それとも巫女に付きまとうオプションか。
そもそも、先代ってどういう人柄だったんだろう。
長寿の間、ずっと村の民を癒してきたから、慕われたのだろうけれど。
もし、先代が、長い間『聖樹の声』を聴いたという体で、説得力を利用するとか、そういったことに溺れなかったのなら、どうやって生きてきたのか気になる。
もし溺れたことがあるのなら、彼女はどうやってそれをのりきり、信頼を崩さずに来たのだろう。一度落ちた信頼は取り戻すのは難しいと聞く……。や、説得力を利用し続ければ、崩れることはないのか……? だが、この村において聖樹を信じることが、巫女の説得力のキーとなっているのであり、テスェドさんやアルファリオのような、聖樹を信奉していないものにとっては、説得力足り得ないのだった。その点において、テスェドさんは先代のことを、褒めてはいれども、けなすことはなかった。判断材料としては不足ではあるけれど、先代は巫女の説得力に感けていなかったのではなかろうか。
改めて巫女について述べよう。
巫女に任された役割は、聖樹と民のパイプ役になることだ。
巫女は、聖樹に民草の声を届け、そして聖樹からの声や支持を、民にわかる様に伝達するサポートをする。そして民以外の聖草を始めとした動物らにお願いをする。
これが巫女の根幹としての役割だった。
医療は先代の開花独特なものだった。
僕の能力は缶ジュースを出すこと。ただそれのみ。
僕が仮にここに居ついても、長生きしたとして1000年ほど。その間缶ジュースを出して上げ続けるのだろうか。
サンの総量が上がって、民全員に一挙にジュースを出せるようになったとして、それがどうだというのだろうか。
僕は、一応言っておくけれど、癒す能力がうらやましいとか、自分の開花がへぼだとけなす気は一切ない。事実を言っているだけだ。民が喜ぶか、尊敬に値する役割を果たせるか否か。
おそらく、僕は無理だ。そして、居つこうとも思っていないけれど、巫女として民に尊敬され続けるのは無理だと思う。
声の説得力を悟って思ったのは、以下のことだったのだ。こう思うのも何度目だろうか。
僕には荷が重い。
そして、荷が重くなるのは、以下のような要因が、僕の脳裏について回るからだと知っている。
自分がいい加減なことをいうだけで、他人がついてくる状況に置かれても、僕はいつ他人が僕のいい加減さに気づいて、見捨てられるかわからないという不安。
たとえ、絶対に説得力が覆らない、不安はない、という状況になったとしても、自分がいい加減なことをいって不当に高い評価を得ているという、古狡さが醜く、自分にとって理想の振る舞いじゃない、という自己嫌悪。
僕は、僕の思考を制御出来たためしがない。




