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【完結済み】チートもハーレムも大嫌いだ。  作者: 多中とか
本章 異世界にて、惑う
28/65

第22話 聖樹の声を聞いた。

2/7分はここまで。

「さっき、ユージェは君に何を耳打ちしていたのかな」



 テスェドさんは、長老院の空間から出たところで僕に尋ねた。僕たちは今聖樹の幹に触れられる位置にいる。



「なに、って院長さんからの質問にどう答えればいいかわからない、っていうことですけど」



「ふむ。なにやらサンが動いていたから、彼女の能力が使われていたと思ったけれど」



「え、そうなんですか。全然気づかなかった。あいつあの場で能力を使ったってことは、質問に答えるのに都合のいい能力なのかな。あの後うまいこと答えていたから、落ち着く能力とか」



「なら、なぜ耳打ちしていた時に開花させていたのか気になるけどね。なんて言っていたか覚えているかな」



「うーん。文句の言い合いとしか。なにかいい答え方はあるか、とか、ごまかせとか。ごまかすにも、一発芸しろとか無茶なことを言ってきてましたけど、僕もそれにふざけて返したりして。緊張をほぐすには良い間でしたね」



「ほう。軽口の言い合いか。ふむ、わからんな」

 とテスェドさんは顎に手をやり、首をかしげる。



「ユージェから能力のことを聞いたことはなかったんですか」



「そうだね、あの子は何でも屋として村中でお客をたくさん持っていてね、その筋で有名な子だけれど、一切能力については明かしてないんだよね。何でも屋の仕事にも利用していない能力なのかもしれないね」



「なるほど」



 そうして、僕らはもう一度聖樹の中に入ることにした。長老院の空間へは、テスェドさんが何やらサンを結集させて、鍵を開場するように中に自己証明をしていたけれど、僕がお世話になっている空間は、フリーパスだった。

 エレベーターを昇り、寝床と木箱の群れだけがある、殺風景な部屋に戻ってきた。



 一日が長く感じた。長老院から出る時には星が空に瞬く時間になっていたのだった。

 朝はテスェドさんから戦争の歴史を聞き、少し休憩したら、メルセスさんに呼ばれて、河原でサンの技術訓練をしようとしたけれど、彼女と巫女のこと、テスェドさんのことで水面下で衝突し、別れる。そして、その後ユージェとその弟に出会い、それからクレーマーに巫女について糾弾されたかと思うと、テスェドさんがそれをとりなして、反対に村に巫女の実力と、流行り病には掛かっていない潔白を証明した。その後正式な表明を長老院にしてもらうために、院長に直談判しに行ったのだった。密度が濃かった。



 いや、転生してから薄いことなどなかった。今もまだ前途に不安を覚え、それでも巫女という手掛かり、と自分のサンの技術を向上させることを目下目標にして過ごす。そして村の常識を少しずつ民から聞いている。

 これからのことを考えると、目を瞑って歩くときのような不安を覚えるし、どこかにぶつかって転んでしまうのではないか、とか、方向を間違えて危うい方向に彷徨ってしまうのではないか、という懸念もある。



 巫女の職務を受けざるを得ない状況になったのだが、僕はこの状況において、ほとんど何もコントロールできる要素が無いことが不安なのだった。

僕ができることと言ったらサンの結集により、ルートビアを出すことのみ。ほかの能力、巫女として聖樹の声を聴くことや、聖草(せいそう)と心を通わすことを意識的にやる自信はない。



 いざとなったらできるのか。

 ふと考える。できなかったらどうしようか、と。



 今まで巫女のような能力を出していたけれど、実は本物の巫女は別にいて、僕はお役御免になり、騙していたことを咎められて、罰せられたり、最悪殺されたりするかもしれない。

 この村で罪を犯すと、殺されることはあるのだろうか。

まあ、別に僕が強いて巫女を騙ったつもりはない。けれど、村の中で巫女としての僕の存在が大きく認知されるならば僕の意志は二の次になるだろう。



 はあ。あとからやっぱ巫女じゃなかったとはならないでくれ、ここまで来たのならば。

僕は考えに耽って気が重くなっていたのか、何やらどっと疲労が出た感じがする。朝ごはん以外全然食べ物を食べていないのに、食欲がわかず、内臓が重く気持ち悪い違和感があった。



「夕食はどうする」

 とテスェドさんが気を使って聞いてくれたが、僕がそれに対して、食欲が無いです、と答えた。



「そうか。疲れたのなら、寝てしまった方がいいな」



 そうします、と声にならない声で返事をして、僕はふらふら寝床に横たわった。

 眠りはすぐにやってきた。





 ――白い空間に迷い込む。

 ここは慣れない。何度も来たような気がするけど、意識上では一度だけしか来たことが無いはずの場所だった。その一度がひどく不愉快な記憶としてこびりついている気がする場所だ。



「おー、調子どうだい~」



 ゆらゆらと半透明の物体が声をかけて来ていた。



「ところてんがよお。謝ることがあるんじゃねえのかよ」



 ところてんはどこに口があるのかわからないのに、声をだす謎の構造をしている。



「なにが。ああ、それとお気に召してくれたかな、新しい身体は。前世の運動不足のものよりだいぶ良いだろう」



「それだよ!なんで女になってんだよ。注文してねえよ。ルートビアが飲みたいのと、運命の人としか結ばれないとかいうものしかくれてねえだろ」



「あと、もうひとつ運命の人と出会えない可能性が無くなる特典もね」



「わかったわかった。それは良くわからんけどわかったよ。でなんで? 女にしたんだ」



「面白そうだったから」



「ふざけんな!」



 僕は思い切り拳を振り上げ、殴ろうとした。けれど空気を揺らすだけで当たることはなかった。



「ああ、ここはね、君と僕の存在の一部がギリギリ周波数を同じにできる場所なんだ。だから君は僕の声とうっすらとした気配しか感じ取れない。触ることは無理だよ」



「くそ……っ」



「それに、生きかえってるんだから、多少の誤差があっても感謝するものじゃないの」



「誰が生き返らせろって言ったよ」



「いってないね。じゃあ死ぬかい」



「ああ、いいよ。僕は特にこの世界でやりたいこともない。運命の人と出会える、とかいう話も、うさん臭くてかなわない。もう死んだんだ。出会えなかったのは悲しいけれど、それが僕の運命だったっと受け入れるさ」



「じゃあ、今関わっているテスェドが死ぬことになっても、メルセスが悲しんでも、ジャコポが自棄になっても、ユージェと弟が行き場を無くしても、気にしないのかな」



「……僕の存在が、何だってんだよ」



「きみの存在が、じゃないよ。君が受け持った巫女の職業さ。巫女がいなくなると、少なからず影響が出る。死んだらまた生えてくる、って楽観視していないかい」



「楽観視も何も、その通りだろ。巫女が大事で僕が大事じゃないんなら、僕がやらなくても、他にやりたい人がいれば任せるのが最適だろう」



「その代わりの人にも君と同じ思いをさせるのかい」



「……確かに、僕と同じ価値観の人はつらく考えるかもしれない。けど、お前は最初に言っていただろう。死んでここに来る人はチートやハーレムを求めるって。だから、僕と同じ価値観で苦しむ人もいれば、転生を楽しむやつもいるはずだろう。僕が巫女を拒否するのが許されるならば、僕と同じ価値観の奴も同じく拒否するはずだ。それを繰り返して、やる気のあるやつに当たれば、そいつが巫女を全うすればよいだろう」



「たしかに、それはいい考えだろうね」



「だろ。それに、僕は死を選ぶが、同じ価値観の奴でも、生きることを選び、責任を克服するかもしれない。世の中には自分が苦労することを、苦労しない人だっている。適任じゃないのが頑張っても仕方ない」



「じゃあ、根本的な問題を話すけど、今回、君が巫女の役割を全うしなくては、困る人物が出てくるんだ」



「なんだよ。巫女が大事なら僕じゃなくても何日か待てば代役が生えてくるんだろ」



「そうだ。しかし、何日、というわけにはいかない。先代の巫女が無くなってから、君が村に受け入れられるまで一月弱かかっている。これは、巫女不在のインターバルが発生するってことだ」



「そのインターバルが何だってんだ。テスェドさんたちは少なくとも1000年は生きるんだぞ」



「そうだね。1500年という寿命の中では、一か月なんて、人間にとっての一日よりも短いな」



「なら、いいだろう」



「でも、だめなんだな。だって、この村には、あと数日で隣国の兵隊が攻めてくるから」



「は、隣国の兵隊って。戦争ってことか」



「戦争って程大規模ではないけれど」



「……なら、村の戦士団が多少疲弊しようと返り討ちにしてくれる」



「どうかな。ここ数百年は戦争が無かった。数百年前に一国滅ぼした悪名が轟いていたからね。でもね。数百年で隣の国は、かつての乱立時代を抜けて、牽制し合う大国がいくつか築かれているんだ。その技術力も過去の比じゃないよ」



「さっき戦争って規模じゃないって言ったな。それはどういう意味だ」



「ああ、それはね。アコンの民の恐怖は、実感としては風化したけれど、おとぎ話としてはいまだ健在なんだ。だから隣国の長らは、国民感情をあおらないためにもビレアの森に手出しをしようとは思っていない。でも、隣国は最近、ビレアの森の北東側、隣国から見て北西の平野に、巨大なアリ型生物が発生して、それを駆除しようと躍起になっている」



「巨大なアリ型生物?」



「簡単に言えば、聖草(せいそう)などのビレアの森にいる生物のように、異常発達した生物だ。アリとはいえ、今の君の身長くらいあるかもね」



 僕の身長って、具体的に測ったことが無いからわからないけれど、女子供の平均身長くらいあると考えていいのか。怖。



「は……、ビレアの森以外にも、サンっていうのは充満しているのか? 隣国は普通の人間の国だって聞いたぞ。」



「サンが存在するのは、聖樹の周り……ビレアの森だけだよ。巨大なアリ型生物は、確かにサンによって強化されたアリからできた生命体だ。彼らは森の出身だ」



「それは、つまり……」



「もともとビレアの森に生息していたアリの一種が、どういうわけか縄張りを変えて、北上したのさ。ビレアの森を出ると、サンの存在はほとんどなくなる。だから君の前世の感覚からして異常な発達をしている生命体はいないんだよ。でも、サンに強化された生命体は別だ。それらが普通の環境で猛威を振るえば、生態系を脅かし、天敵はいないから、数を増やしすぎる。それに危機感を持った隣国はここ数十年間アリと戦い続けていたわけだ」



「それは、数十年単位だって話なのか。だれもそんな話はしていなかった」



「まあ、そうだろうね。他国の問題なんてそれほど関心が無いのが普通さ。それにアコンの村は閉ざされた社会だ。若者を含め、何人かがたまに村を抜け出して隣国を観光してくるけれど、観光程度でその国の構造や社会問題が理解できるわけもない。少なからず文化的な影響を受けるのはあるだろうけどね」

影響のありかは、ジャコポが話してくれたことだろう。長老院への反発と聖樹進行への疑念だ。



「そうして、そのアリを駆除する兵器が、ついに隣国で完成したわけだ。もう北にはアリはほぼ生き残っちゃいないんじゃないかな」



「それは、隣国にとって良かったのでは」



「そうだね。隣国にとっては。でも、君たちには別のことだ。だって、アリの出現場所はビレアの森なんだから。人間は問題の原因を突き止めれば、それを根絶やしにしようとするだろう。アリが再びビレアの森の北側にある平原を占拠しないとも限らない。ならば、その種族ごと叩いておこうと、ビレアの森で殺虫作業を始めるだろうね」



「……それで、アコンの民にはどんな被害が来るんだってんだ。隣国はアコンの民を恐れているんだろう。アリは憎いだろうが、恐怖の対象まで刺激しようと思わないだろうに」



「いっただろう。アコンの民の恐怖は、おとぎ話として存在するけれど、実体としては風化しているって。だって、考えても見てみなよ。死んだ何世代も前の祖先が話していた怖い話だ。それも、戦争後に記憶を消され、追い返された兵たちの持ち帰った話。尾ひれがついて恐怖が誇張されていたとはいえ、昔話で、敵のリアルな痕跡ももうほとんど隣国の若者には伝わっていない。それに、若者がたびたび隣国に忍び観光している。そこで姿を見られても、アコンの民の身体的特徴によって恐怖が作用されるわけでもない。だからこそ観光ができているのだが。逆を返せば、噂話程度の恐怖感情は、アリ退治という名目で、侵入した兵隊がアコンの民と遭遇しても、戦意喪失には至らないんだ。かえって、武器が新調されていて、それを実践体験していないアコンの民の方が不利かもしれないぞ」



「……」



 言われているうちに、不安が募ってきた。隣国の技術レベルがどれくらい上がったかわからないけれど、数百年前でさえ、聖樹が危うく枯れかけている。あの時は人数で攻めてきたからということもあったが、謎の焼夷弾という技術力が決め手だったと思う。あの焼夷弾以上に、厄介なものが整備されているだろう。サンによって強化された昆虫を駆除できるほどの戦力があるのだ。技術力がないと思いこむ方がおかしい。たとえ戦争という人数が投入されなくとも、アコンの民たちに被害が出ることを、心配せざるを得なかった。



 「君は、もうわかっているだろう。心配なんだ。もう君は、心情的に死ぬことができない。今君が死んだら村に迫る危機に備えよと喚起することすらできない。彼らに迫る危機を、君がたとえ何もできなくとも、知らせるだけで何かが変わるかもしれないんだ。だから君は目を覚まして死ぬようなことはしないだろう」



 見透かされるのが嫌だった。気分が悪い。

 確かに、このところ店の話を聞いて、自分一人だけ死んで責任を押し付けるという意識が無くなっていることに気づいた。別に死んでしまっても、自分には関係ないことだろうと思うには思うんだ。けれど、この危機を知らせることくらいしてから、危機を克服することを見届けてから死んでもいいかな、と決断を先送りにしようとする自分がいるのだった。



 「じゃあ、君は今戻って、私の話を、聖樹の声として伝えること。あ、でも、この空間で話したことの十分の一くらいしか記憶に残らないって先代巫女も言っていたからね。がんばって思い出すんだよ」



「ちょ、これって、聖樹の声を聴くって奴かよ。お前が聖樹の本体か?」



「いや、私は聖樹の本体なんて代物ではないよ。聖樹に本体なんてないからね。まあいいや。覚えておくんだよ。初めて来たときは特別だったからここでの記憶を覚えていたんだろうけど、二回目はそうはいかないから」



 初めては特別とか、二回目はそうはいかない、とか何の話だろうか。



「あと、最後にこれは聖樹の声とは関係ないんだけどちょっとだけ。君は、アコンの村における、生と死について、これから知ることになる。それを知ったうえで、友人の命とその誇りを天秤にかけることになる。君の選択が、歩みが、どちらかを手折り、どちらかを踏みにじる。……じゃあ、またね」



「ちょっと……まて……」



 そういった声を遠くで聞いて、僕の視界と聴覚は、周波数の合わないラジオに流れる砂嵐に包まれて身動きが取れなくなっていくのだった。





 目を覚ました僕は寒気を覚えていた。脳に残る、ざらついた違和感。それを覆い隠すような熱っぽさと、平衡感覚の消失。グラグラと視界が揺れるようで、立ち上がろうとした身体は、アクセルの踏み違えた車のように急発進急停車する勢いで、立ち上がりかけてはすぐに足をもつらせて、立つことが不可能という事実ともに床に転げ落ちた。



 足腰に力が入らずに、ふらふらすると自覚して、青ざめる。僕は、やはり流行り病の患者なのではないかと。しかし、関節の痛みや、吐き気、神経痛という症状は出ていない。そう思い、心を落ち着けようとする。



別のことを考えようとした。



 そう、僕は夢で何かを見た。きっかけは、ところてんという語感。あのばかにしたような存在は、僕に不快感を催させ、その不快感が、僕に夢の内容を思い出すことを強制していた。



「……隣の国……アリ退治……攻めてくる」



 頭痛がする。頭の中が溶けているかのように熱を持ち、思考がまとまらない。風邪をひいたといえばそれまでなのだろうが、最近風邪をひいたことが無かったから、つらさを忘れていた。

 僕は仰向けの体勢から、かろうじて上半身を起こすことができたが、そこから日本の足で立ち上がることは難しそうだった。両足に力が入れづらいこと、立ち続ける平行感覚が無いこと、そしてなにより身体が怠く、立ちたくないことが理由だった。



 僕は広い部屋をぼーっと眺めていた。おもえばこの部屋は、外の環境よりわずかに涼しく、湿気が抑えられている。そのわずかな差が過ごしやすさを演出していた。もし僕が外でこの体調であったら、今の体感よりもつらいのだろうと思う。



「なんだか胃が重いというかごろごろしているな」



 風邪っぽさの他に、内臓が披露している感覚があった。変なものでも食べただろうか。そういえば、昔長い間旅行した時、居場所が変わったことでストレスがかかっていたのか、胃炎を起こして数日間物が喉を通らないことがあった。その時の感覚と大分似ている。

 これは、胃炎だろう。



「おはよう」



 テスェドさんは、いつも通り、ご飯をもって上がってきた。

 彼は、僕の様子を見ると、表情を曇らせた。料理を床に置くと、



「どこか悪いのかい」



「少し風邪気味なのと、たぶん胃が弱っています」



「そうか。食欲はあるかね」



「固形物は、食べられそうにないです」



「じゃあ、ミルクだけにしておくかな。昼以降は、薄めのスープを作ってくることにするよ」



「すみません」



「ほら、これを飲んで横になっていなさい」



 彼は僕にココナッツミルクのような白い飲み物の入った容器を渡すと、寝床のそばに胡坐をかいた。

 ミルクを飲む。いつもより味が濃かった。飲み込みにくい感覚があったけど、無理して一口ずつ飲み込み、そして飲み干した。



「ほら。それはもらうから、早く寝なさい」



 コップを僕から取り上げた彼は、僕の肩を押して、寝床に横にならせた。なぜだかいつもよりふかふかした感触に、温かみを覚えた。



「それよりも、眠っていたら、アリ退治をする隣国の部隊が、ここに攻めてくるって……」



「おや、聖樹の声を聴いたのか。……なら、風邪のような症状が出ても不思議ではないのか」



 聖樹の声? あれは、聖樹がしゃっべていたのだっけか。思い出せない。



「聖樹の声を聴くと、風邪になるんですか」



「ああ正確には風ではないけれど、最初の内はサンや精神力を大きく疲弊して体力を奪われた状態になると、先代巫女が昔話をしていたよ」



 なんで声を聴いただけでこんな状態になるのだろうか。こちらに思い出しづらいメッセージを送るだけで、僕のサンと精神力と体力を代償にしているのか。燃費が悪すぎる。



「だが、なぜアリ退治なのだろう。隣国は確かに巨大なアリに困っているそうだが……、もうアリを対処できる秘策が完成したというのか」



 テスェドさんは独り言のように呟いていた。



「アリって何のことですか」



「ああ、そうだった。説明しなくてはね。でも今は、体を休めるのが先だ」



 彼は優しく微笑み、僕が目を眠るのを待っているようだった。

 僕は、彼を見て、笑顔を返され、眠るしかないなと思った。おそらくもう質問には答えてくれないだろう。



 あきらめて、目を瞑る。二度寝は気持ちがいい。思考は空回りすることなく、僕を眠りの糸で絡めとり、身体はスイッチが切れた車のように、ぴくりとも動かなくなっていた。





 

 目を覚ますと、大きな影が見えた。僕を見下ろしているようだった。

 それは、口を開けては何かを話しているようだったが、音が聞こえなかった。



「おっと、能力を切り忘れてた。起きたかい。調子はどう」



「あ……、ジャコポ」



「おはよう」



 二日ぶりに見た顔だった。大きな男だ。僕は状態を起こすことなく、彼を見上げる。

 身体を包むふわふわした感覚はまだぬぐえない。しかし、襲っていた頭痛は、気だるげな疲労に置き換えられて、思考が鈍いだけに収まっていた。



「まだ起きられなそう」



「巫女の力を使ったんだろう。聖樹の声を聴いたとか」



「そうらしいね……。全然覚えてないや。でもテスェドさんにさっき伝えたんだよね」



「うん。アリ退治に動いていた隣国の兵隊がここに来る可能性があるとか」



「そうなんだっけ。まあ、いいや。アリ退治って、ジャコポは知っていたの」



「いや、全然。テスェドさんによれば、この森の北東にある、平野に縄張りを持ったアリがいて、それに苦慮した人間が、アリを退治しようとしていたんだって。これがここ数十年の話だったみたい」



「へえ……」



 僕は、ジャコポの言葉を理解するのにとても苦労した。いつものようにはいかない。

 ジャコポは、僕が本調子じゃないのを見て、苦笑して説明を止めた。



「そういえば、ジャコポは、あれから、罰は受けなかったの」



「受けたよ。でも聖樹への奉納品を二倍にするってだけだった。まあ、昨日にはもう君が巫女という責務を受けるとテスェドさんが発布したし、その後、今日になれば長老院がそれを保証するという声明を出したところだ。君に接触する罰はもうないし、私が接触した時は確かに、罰が発生する時期ではあったが、うまいことテスェドさんがとりなしてくれて、減刑されたというわけさ」



「でも、仕事量が増えて大変じゃない? そういえば何の仕事していたんだい」



「ああ、言ってなかったっけか。私は運び屋だよ。がたいがいいから、物を運ぶのに重宝されるんだ」



 力こぶを作った彼は、二倍量を運んでたらすごい筋肉痛になっちゃった、と苦笑した。



「へえ、じゃあ、僕と初めて会ったとき、聖樹のてっぺん近くの物置にいたのも」



「ああ、あそこは風通しがよく、温度が低く湿気も少ないから、いい保存室なんだよ。村でとれた魚や肉、たまに芋類などの食料を乾燥させる。狭いから少ししか置いておけないんだけどね。その分。長老院の立場としては質のいいものを聖樹に奉納するという名目で、貸し出しているんだ。」



「へえ。聖樹の内部空間だと完全に外部と遮断されていると思ってだけど」



「てっぺんだけは、どういうわけか外部とつながっている。むしろ、てっぺんのあの一部屋だけは、聖樹の内部空間ではないということかな。だから、あの場所は、この長老院とは無関係の君の生活している方の空間と、長老院の内部空間、どちらからもエレベーターでたどり着けるんだ。長老院の方で頼まれていたものをそこで偶然君と出会ったんだよ」



 なるほど。



「見舞いだと思って、食べやすそうな果物を持ってきた。木台に置いてあるから、後で食べてくれ」



 ジャコポは、そういって、僕を眺めているようだった。



「悪いな」



「巫女の責務については私はわからないけれど、いろいろと大変なことがあるだろう。慣れないことばかりだと思う。私はこの前君に話を聞いてもらったから、今度は君が話したくなったら、私に話せばいいよ」



「ありがとう」



 別に、僕は彼に恩を売るつもりに話を聞いていたつもりはなかったんだけど、彼の気持ちは純粋にうれしく思えた。



「今は全然話せないから、また元気になったら、話を聞いてもらうよ。仕事頑張って」



「ああ、ありがとう。お大事にな」



 そういって、彼はエレベーターを昇って行った。大きな木箱を担いでいるのだった。

 彼の背中を見た後、僕は木台にある果物を食べようかと思いながら、気づけば意識を失っていた。






 そこからの二日間は寝たり起きたりを繰り返した。途中から寝すぎで眠りに落ちることが無くなっていった。眠りの神は、何度も僕を夢という安寧の地にいざなうことに飽きてしまったんだろうと思う。

 それでも神は、僕を運のよい方に転がしたのだろう。この二日間は悩みも忘れ、穏やかな睡眠事情だった。ジャコポが残していった白っぽい果肉の果物は、ほどほどに冷たく、洋ナシのような風味が口に広がり、少し薄味でのったりとした後味だった。全体的に大味な気もしたけれど、控えめな甘さと水分の多さによって僕の胃は癒されたのだった。



 ジャコポの他に、テスェドさんを始め、知り合いのすべてが来た。僕のしっている顔ぶれ。ユージェは、院長の隣で祈りを捧げる恐怖を愚痴っていったし、二度目には弟を連れてきて、弱った僕を爆笑して帰っていきやがった。メルセスさんも顔を出したが、彼女はただ謝るばかりで、僕はどう反応すればわからず、困惑してしまい、その感情を読まれたと思うと、わずかに申し訳なさを思ってしまい、たぶん彼女を困らせる結果となった。やはり彼女とはまだ折り合いが悪い。別に攻撃的なけんかというわけではないのだけれど。



 目の腐った男もやってきた。テスェドさんを悪く言ったのはいただけないけれど、彼は以外にも、飲み物と水差しに良い香りの花を添えたものを置いていった。会話は特にしていない。悔しいけれど、そのラベンダーのような香りは、僕にとっては心地よく、安らかな気持ちをもたらした。

 二日目の夕、大分身体が楽になったところで、ジャコポの再訪があった。彼と共に、テスェドさんも来た。



 二人のもたらした情報は、僕に衝撃を走らせるに十分だった。

 この二日間、僕は惰眠をむさぼっていたが、その情報を聞いて少し自分を戒めたくなる。

 そのニュースはアリの駆除部隊の先遣隊が現れたというモノだった。

 この村に隣国のアリ駆除部隊の先遣隊が接近し、その一部を捕虜とした事実を僕は知った。

そしてまた、巫女として村の人々に挨拶せよということも知らされた。

 それは、巫女の職務として、聖樹の声をテスェドさんに伝えたことで準備が整ったうえで、敵を補足できたことを評価されたがゆえに、僕が巫女の振る舞いで、アコンの民を鼓舞することを、求められていると、長老院から達しがあった。



 巫女の装いで、民の前に立つ。

 それは、巫女職を継承するうえで、必要なことらしい。らしいというのは、長老院でも言い伝えとして残っているだけで、先代巫女の継承儀式を経験したものはもう生きていないからである。

 僕は、できることがあるなら、努力しようと思っていた。しかし、そこには落とし穴がある。



 ここで一つ、小話を挟むとするならば、先代巫女の前世はいいとこのお嬢様のような存在だったらしい、とテスェドさんに漏らされた。男から女に変わったのは僕が特異なだけだったようだ。

 つまり、村の巫女のイメージは、先代巫女の様子であり、巫女として鼓舞するのは、巫女として堂々たるものを要求されるということだった。



 従って僕は、女性的振る舞いを身につけなければならないのだ。

 




「――再び、というのが正確かどうかわからない……(後略)」

         ⬇︎

「――白い空間に迷い込む。

 ここは慣れない。……(後略)」


↑ 文意が曖昧だったため差し替えました。すみません。2/7

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