第20話 クレームをつけられた。
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僕とユージェは、アコンの村の住居が集合している通りを歩いている。若い聖樹を背に、大きな聖樹の方へ向かっていた。高床式の家々は、背が高く、少し圧迫感を感じる。しかし、木材で作られているためか、丸みを帯びていて、コンクリートや金属の家が乱立していた前世の都会より長閑な印象だと思った。
僕たちは無言で歩いていた。僕の方は最後のユージェの突飛な行動にどうしていいかわからなくなっていたし、彼女は彼女で何やら考え事をしているみたいだった。たまにちらちらこちらを盗み見るような視線を投げてくるのが、また、僕を挙動不審にさせるのだった。
弟はどうしたって? ああ、あいつはお茶くみに行っている間に、流れで帰ることになったからよくわからん。もしかすると僕の分までお茶を用意しているかもしれないけど。その気遣いはまたあの家に行ったときにお茶と一緒にいただこうと思う。ごめん。
「おい」
とぼとぼ帰り道を歩いていると、突然声がかかる。だれか、とおもって声の方を向けば、見知らぬアコンの民がいた。
その男は陰険な雰囲気をまとったまま、僕の顔をじっと見ている。
「お前が巫女になるってやつか」
「え、ええ。そうらしいです」
「っち。弱気な奴が……」
なんなんだろうか。この人は。
男は中肉中背で、髪を刈り上げ、少ししわが目立つ顔立ちの、人間なら60代後半の年嵩に見えた。声の色に比べて、見た目が更けすぎている気がする。そこが違和感だった。
見た目ならば、アコンの民の年齢を推測するのは難しいが、テスェドさんよりはわずかに年下で、確実にジャコポより年上だろうと想像できた。千歳にはいかないまでも、それに近いくらいの年齢に見えた。
周囲を見れば、こちらを遠巻きにみる民たちが足を止めていた。
「なんで、先代の巫女がなくなられてすぐに、お前なんか、よそ者が巫女としてこの村に迎えられる必要があるんだ」
「……」
どうしてでしょう。僕も疑問です。
「おい、おまえ、巫女になるのを拒否しろ」
男は、それが目的で観衆の中、僕に声をかけて来たらしい。
僕はどう返していいかわからなかった。僕はなんども断ろうと考えていた。でも、それができていたら、そこまで悩んでいない。今でも悩んでいる。僕はまだ巫女について何も知らされていないし、できれば責任を負いたくない。そして、この村に何かを貢献できる自信もない。
とはいえ、断って、テスェドさんの庇護下という安全圏を放棄できるほど、行き先の当てもない。だから断れないのだが、その点でいえば、この男は僕に巫女を断ってどうしろというのだろうか。
「すみません、巫女を断ると、この村にいられないし、別の行く当てもないので、断れないんですが……」
「なにを被害者面で言ってやがる。早くこの村から出て行け。お前が来たから、先代様の巫女というものが汚されてしまう。巫女様がこんな頼りないなんてありえない」
僕にはどうしようもできない理屈だった。先代がどれほど偉大な方かわからないが、僕は立派な巫女職を全うして人々を導く、というようなことをできることはないだろうと思う。彼は、先代巫女に何か思い入れがあったんだろうか。
「ええと、あなたは先代の巫女様とどういうご関係なんですか」
「この村の民ってだけで、巫女様にはお世話になっていたんだ。なのに、亡くなられたらすぐ代役が出て来て、すぐ過去の人になるなんておかしいだろ」
「……そうですね。亡くなられた人がすぐに忘れ去られるのは悲しいことだと思います」
「だから、お前がすぐに巫女になるのはおかしいっつってんだ。はやく村から出て行け」
「……」
僕は動けずにいた。これほどまでに敵意をまっすぐぶつけられることは今までなかったことだった。彼の言いたいことは、実感としてはわかりにくいけれど、大切な方が亡くなられて、その後釜に、何もわからないガキがのうのうとついて権力を握っているように見えたら、虫の居所が悪い、というのはすこしだけ想像がつく。だからここまで彼が来たのもわかる。でも、僕はこの場で何を言い返し、どういう立場に立てばいいか、全然わからなかった。
なぜなら、僕はまだテスェドさんに巫女を受けると覚悟をもって受諾したわけではないのだ。テスェドさんが勝手に言いふらしたから、この男が来たとすると、これはテスェドさんのせいになる。僕が悪いわけではない。と頭では開き直るのだが、一方的に怒られる現状では萎縮が解けるわけではなかった。
「ねえ、ユキ、このよくわかんない難癖にどうするつもり」
横のユージェがしびれを切らしたのか、僕に耳打ちしてくる。彼女の目は機嫌の悪い色をしていた。
「こんなとこにいても、悪目立ちするだけよ。あんた、さっき私に誘拐されかけてたの忘れたわけじゃあないわよね。鳥頭なの」
「ちょ、言いたい放題いってくれちゃって。できるなら逃げたいよ。でもなんかこの人、今逃げたら村にいる間常に絡んできそうじゃん」
「ああ、いま誤解を解きたいとか思っているわけ。そんな真面目に取り合ってたら、こういうのがつけあがるだけよ。逃げるなら逃げる、単純なことじゃない」
「っていっても」
「なにごちゃごちゃいいあってんだ! 早く村から出るか、巫女を拒絶するか言えよ」
男は待つのにも我慢ならないようだった。話の通じない高齢者というのはどこにでもいるものだ。
この男に対して、たしかにユージェの言う通り、まじめに何かを言い返すことは得策でないような気がする。そもそもこの人が要求することは、僕が村を出て病気になるなり、野生生物に食われて死ぬなりしろということだ。突っぱねる以外に通る道はそもそもない。
「ちょっとまってもらっていいですか」
「ああん、今すぐどっちか決めて言えって言ってんだろ」
「ああ……」
話の通じない人に迫られて、現実逃避し始めている自分に気づく。多分この人は、僕が何を言おうと、ここで都合のいいことを言ってくれる以外は受け付けないし、そのたびごとに怒声を投げつけてくるんだろう。
「ちょっとトイレ行きたいんですけど」
「うるせえ早く、決めて言えよ」
「お腹痛いんです」
「早く決めろ、そして言え」
「ここで漏らすしかない」
「早く言え」
「うんこ漏れる」
「はよ言え」
「うんこ」
「言え」
「う」
「言」
……。
無言で動こうとすると、男は近づいてきて、行く先に先回りする。周りの観客は、男と僕たちの位置関係を囲む円を維持しようと、連動して動いていた。
方向転換して別のトイレに行こうとすると、また男も別の方から回り込んでくる。
なんだこいつは、トイレキーパーか。
トイレキーパーってなんだ。
とにかくこいつはしつこかった。もう僕がウソでも、巫女をやらないとか、ここをでていくというほかないというようだった。
「わかりました」
「ちょっと待って」
僕が嘘でも彼の要求通りのことを言おうとすると、ユージェから止が入る。
「どうした」
「あいつのこと思い出したわ。随分老けているんで思い出すのに時間がかかったわね」
「え」
「あいつは、他人がした発言を、現実化させるように行動を強制させるって能力をもっているわ」
「は」
なんという、クレーマー無双能力。ねらって今回の事件起こしているやん。いや、クレーマーが狙って起こさないクレームはないけど。なんだこいつ、頭悪いことを頭良さげな力使ってやってきやがる。卑怯だぞ。
「もうにげるしかないじゃん」ぼそりと呟く
僕は、逃げ道を探すためにちらりと周囲を確認するが、観衆が壁を作っているため、男から確実に逃げる道をうまく見つけにくい状況にあり、決心がまだつかなかった。
僕が迷っていると、その場にまた別の声が響いた。
「ちょっと、道を開けてくれるかな」
その声の主は、僕とクレーマーが向かい合った場の横から、群衆をかき分けて現れた。
「ユキ、迎えに来たよ」
テスェドさんだった。
「まだ夜には早いけれど、君には話しておかなくてはいけないことがあったからね」
「それは……巫女についてですか」
「ふむ。まあそれしかないって感じかな。ごめんよ。昨夜君に押し付けるように、巫女役を受けるよう頼んだ翌日に、断りもせず周知させたことは、私の責任だ。嫌な気分にもなっただろう。改めてすまなかった」
テスェドさんは、普段二人で話していた時の雰囲気で、観衆の目線にも動じず、僕に語り掛ける。彼の介入で、場がいかに大人数の目にさらされ、人の視線が飛び交ていることを改めて自覚し、僕は今更ながらに緊張を感じるようになる。
「え、えっと。ぼ、僕としては、テスェドさん、に保護していただいている、み、身なので、頼まれたことを果たす、という意味では……恩返しはしていきたい、です。けれど、み、巫女、という職務がどのようなもので、ぼ、僕自身何ができるか教えていただいてないので……はっきり言うと、力不足だとおもうのですが」
しどろもどろだった。観衆の中、自分の意見を言うのはとても恥ずかしい。言葉を噛まないか、とか、口調がおかしくないか、というような些細なことに気を取られ、テスェドさんとの会話に集中が欠けてしまう感覚がしていた。
「そうだったね。僕はいつも君にとって重要な事柄を伝え忘れてしまう。重ねて申し訳なく思うよ」
と、彼は頭を下げ、謝ってから、再び僕に目線をくれた。
とそこへ、クレーマーが割り込んできた。
「話に聞いていれば、テスェドさんよ。そこの女を次代の巫女として受けれ入れたのはあなただそうじゃないか。先代の死から一週間もたっちゃいねえ。少し性急すぎるんじゃないですかねえ。それと、こんなちんちくりんが何をできるかも知らない。巫女の立場を悪くする前に止めさせた方がいいですよ」
「おや、騒ぎの中心にいたもう一人は、君だったのか」
どうやらテスェドさんは彼と顔見知りらしい。テスェドさんは彼の顔を確認するとわずかに目を細め、悲しそうな表情を作ったが、気を引き締めたのか、いつもの表情に戻った。
何やら彼の名前を言っていたが、僕はこの場の立ち位置をどうすればいいのか、どう返答すべきなのかグルグル思考していたせいで、男の名を聞き取れなかった。
「だから、先代の巫女様の跡目にこのガキが値しないって言ってんですよ」
「おやおや、そのようなことで文句を言っていたのか。まあ、先代様は素晴らしかったからねえ。熱烈なファンがいても仕方ないとは思っていたが。まあ君は最近の流行り病で助けてもらった恩もあるそうだしね」
「ああ? そうですよ。巫女様に救われてんです。巫女様の印象を悪くするような奴は見逃せねえよ」
「すごい忠義だよ。君は流行り病の印象のせいで助けてもらった後も、他の民たちから煙たげられ、村の外という現状危険な仕事を、擦り付けられるように引き受けている。そんな大変な君が、巫女様のことだけでここまで行動を起こしている」
「……。流行り病の罹患経験者は村の中心に来るなってんですか。テスェドさんまでそんなこと言われちゃあ、情けねえよ、この村のことが。俺は何のために巫女様に救ってもらったんだか、わかんねえよ」
彼の表情が初めて辛くゆがむのを僕は見た。陰鬱で思いつめた表情で言いがかりをつけてきた彼であったが、そこに迷いの感情が入り込むのを初めて見たのであった。
「早とちりしないでもらいたい。私は君のことを恐れてなどいない。むしろ、先代様の最後の活躍の生き証人だ。君には現状つらい思いをさせている。それについては、私がもっと村に影響力があれば、と思うと情けない思いだよ。私は君がこの場でユキにどういう注文を付けていたか、ここにいる民の一人に先ほど教えてもらったよ。君がだが、現状のつらさを少しも漏らさず、巫女様のことだけを考えている。素晴らしいことではないか」
テスェドさんは、わざと、観衆に聞こえるように、この男の詳細、気持ちの推測を朗読しているようだった。
彼は、クレーマーの男の立場を案じている。それは僕から見て間違いのないところだった。
「君は、このよそ者に巫女の立場を明け渡して、巫女の責務が全うできないこと、そして巫女のイメージが悪くなることを恐れているということだったね」
「ああ」
「それについては、聖樹が巫女を選ぶ基準を詳しく周知した方がよいだろうと思う。君に少し付き合ってもらうが、話を聞く気はあるかね。決して無駄にはならないはずだ」
「……少しだけなら。きいて納得いかなかったら、こいつが巫女になるのはごめんですからね」
「いいだろう」
テスェドさんは笑みを浮かべ、クレーマーの他、ここにいる監修や僕、ユージェに順番に視線を投げ、話始める雰囲気を作り上げた。
「まず、巫女を選ぶのは、聖樹だということを、忘れないでもらいたい。そして先代様は3000年と長寿だった。だから、今生きている民の中で、長老院を含め、巫女の継承に立ち会ったものはいない」
彼は、周囲を一瞥し、間を取ってから話を再開する。
「巫女は、聖樹によってえらばれる。しかしそれは、生きているものが選ばれるわけではない。聖樹によって巫女としての役割を負ったものが、生み出されるといっていい。その巫女という存在は、我々アコンの民の成人した姿で、ある日突然『生えてくる』のだ」
「は? じゃあ、こいつは最近生まれたばかりの赤子ってことかよ。見た目は成人しているくらいだろ。まあ年齢のことは置いておくとしても、俺が反対するしないにかかわらず、もう巫女としての生を背負っているのか」
「そういうことだ。悪いが、君の、巫女として責務を果たせるかどうか、という懸念は無意味なものにならざるを得ない。果たせるかどうかではなく、果たさなくてはいけないことだと、聖樹に課せられているからだ」
「ちょ、ちょっと。僕ってそんな重大な責任がすでにあるってことですか」
その話には、僕の方が慌てふためく番だった。
「いったい何をしなければならないんですか」
「焦るのもわかるけど、落ち着いて聞いてほしい。君というか、巫女として課せられているものは、聖樹と、アコンの民や動植物を繋ぐパイプ役になる、ということだけだよ」
「パイプ役っていうのは?」
「主なところといえば、まず民らの願いや声を聖樹に届けること、次に聖樹の声を聴き、それを言葉にして民に伝えること、そしてビレアの森にいる聖草を起点に、森の生物を管理すること、最後に聖樹の求める願いを、民や動植物に叶えてもらう際の意思疎通のサポートをする、ということだ」
「僕には聖樹の声なんて聞こえませんよ。今からそういう能力を鍛えようなんて無理ですって」
「おそらくまだ君は、聖樹の方からアプローチが来ていないだけだと思う。先代様も、ある日突然声が聞こえるようになったとおっしゃっていたから。焦る必要はない」
となだめるテスェドさんに、クレーマーが重ねる。
「っつってもよう。こいつが能力に目覚めなかったら、巫女じゃないってこともあるんじゃねえんですか」
「そうだね。能力に目覚めなかったら、ということだけれど、なかなかそれは考えにくいんじゃないかな。この子のことを擬態を見破る様に、見透かしてみなさいよ。この子の持つ、聖樹とのパスは、並一通りでは考えられない太さだ。現状は、何かしら彼女に聖樹とのつながりがあることは確かなんだ。そして、この子は数日前に生まれてきた、と自分で言っている。この子はその発言をしたときに、巫女であることは愚か、この村の情報をほとんど知らなかった。だから、この子は意図的に巫女を騙ることは不可能だ。こういった点から巫女でほぼ間違いないと、私は踏んでいるのだ」
「……そうかよ」
クレーマーの男は、反論する点を見つけられないのか、黙り込んで考え出した。
私はテスェドさんの言葉が切れたのを見計らって、純粋な疑問を投げかけた。
「先ほどの巫女の役割を聞いていると、なんだか聖樹が意志を持っているようですね」
彼は鷹揚な態度で答えてくれる。
「この村では聖樹には民を導く意志があると言い伝えられている。巫女はその顔となり、民たちに意志を示す存在だと、私は先代様にきいたよ」
「今言った話というのは、先代の巫女様から聞いた情報なんですか、それとも何か資料が残っているとか」
三千年生きた巫女以外には、記憶している民はいないだろう。その巫女も先日亡くなったばかり。巫女に聞いた話以外なら、紙の史料が残っていればいいのだが。
「うん。巫女に聞いた話だね。残念ながら、この村は紙や文字をいつからか使わなくなってしまったんだ。かつてはあったそうだけど、今はもう口伝えのことでしか情報は伝達されなくなってしまったよ」
「そうですか……」
僕はそれを聞いて残念だった。確かにこの村の民たちは長寿で、世代を超えて情報を伝達する必要は薄いのかもしれない。しかし、巫女の役割もそうだが、いざ長寿の人がなくなって、それが伝わっていなかったら、断絶してしまう情報がある。今回はテスェドさんがまとめていたから、手掛かりはあったが、しかしテスェドさん以外の方は、巫女のことなど、先代が素晴らしいという情報以上のものを持っていないのではないだろうか。少なくともこのクレーマーはそういう類だろう。
「みんな、改めて聞いてほしい」
テスェドさんは、目の前の男や僕だけでなく、この場にいる多くの民らに聞こえるよう、声量を増して声を形作る。
「この女の子は、私が先日身内として迎え入れた子だ。私は、彼女のことを巫女だと確信している。確かに、最近流行りの病が発生している中、森から来た彼女のことを、恐れるものもいるだろう。先代の巫女様を始め、我々の仲間は、病に侵され、傷つけられた。これは許しがたいことだ。でも、この件と、この子のことは別の問題だ。現状、あの病にかかっていない証拠としては、サンの能力を不自由なく使える、というものだ。この子はサンの能力に困っていない。今からそれを見せよう」
さあ、と僕の背中を叩き、能力の開花を促した。
「え? あ、はい」
僕はおずおずと、手を高く上げ、みなに見えるように、ルートビアを創出した。
こそこそとテスェドは耳打ちしてきた。
「メルセスを驚かせた奴、やってくれないかな」
「今日の話ですか」
すでに話が行っている。メルセスさんが彼に報告したのだろうか。喧嘩のことまで伝わっているのだろうか。
「そうだ。全力でやってほしい」
「わかりました」
僕は、芽吹いているサンのありったけを、ルートビアに変質させる。
僕を中心に、東西南北、四方に均等に、かなりの高度にルートビアを生み出す。もちろん人が真下にいないのを注意してだ。
鈍い音が、四つ。空中から、水の入ったアルミ缶が地面に落ちた音だ。
「おい、身体からかなり離れた位置に、同時にサンの開花を発現しやがったぞ。生まれたばかりってレベルじゃねえぞ」
そんな声が、観衆から漏れ聞こえた。観衆は、その能力の様子にざわめきを起こし、生まれて間もない赤子ではありえないサンの使用に、驚いていた。
「では、みなさん。彼女の生み出したこの容器をよく見てください」
テスェドさんはいつの間にやら、僕が生み出したルートビアを、僕の手から取り上げて手に持って、観衆に見せびらかしている。
「これは、この部分に力を入れて、爪を起こすと、蓋が空いて、飲み物が飲めるようになるのです」
僕にとってさも当然のことを、すごい発明として、大衆の前で堂々とさらされるのは、心臓につらいことだった。顔が赤くなる。この場から逃げたくなった。なぜプルタブを開けることを大げさに言うのだ、このおじいさんは。
「味はともかく、おもしろい飲み物ですよ」
味もうまいんだよ。くそが。
「さあ、四つ落ちている、この容器。近くにいる方は開けてみてはいかがですか」
その言葉を発端に、観衆の内何人かが、恐る恐る、落ちたアルミ缶を拾い上げ、あらゆる角度から、その物体について目を凝らして観察している様子があった。
「うわっ」
いち早く、プルタブの秘密に気付いた一人は、思い切り開けてみると、落下の衝撃のせいか、炭酸が噴き出すのだった。
「なにごとだ! 攻撃じゃないのか。爆弾か」
そんな悲鳴が聞こえる。
隣にいるテスェドさんを見上げると、眉がゆがみ、やや焦ったようにこちらを見て、どういうことだという視線がなげられた。
ああ、メルセスさんは、負け惜しみに、驚かせた細部の情報をテスェドさんに言わなかったんだな。
「あの、すみません。この飲み物は、炭酸飲料といいまして、衝撃を与えると、容器に閉じ込められた飲み物が、蓋を開いたときに泡を吹くようにできているんですよ。決して危ないものじゃありません。このあわあわが、口の中ではじけてとてもおいしいんですよ。ほかの方は蓋を開けるのは、少し待ってからにしてください」
僕は、緊張して揺らぐ声と口調で、必死に弁明した。彼らは怪訝そうな顔をしたが、能力を使用した本人が、両手をあげて降参のポーズで、必死で説明するしぐさに、なにか無害なものを感じ取ってくれたのか、僕を凶悪な能力者扱いするのをやめ、空気が弛緩した。
「少しトラブルがあったが、まだ開けていない者らは一分ほど時間を取ってから蓋を開け、味を楽しんでほしい」とテスェドが、気を取り直して観衆の興味を能力に引き戻す。
民の一人が飲み物に口をつける。
「うえ、なんか変な味がするぞ」
おい、なんだその文句は。ぶん殴られてえのか。
「のんでみろよ」
「え、別に悪くないじゃない」
「うっそだろ。この匂いはきついだろ」
「私にも飲ませてよ」
「僕にも」
と、数名が味見をしだした。
他方、炭酸が落ち着くのを待っていた三名も、プルタブを開け、飲み始める。
6,7割が不評で、2割には悪くない、残る1割が大絶賛、という大まかな反響だった。
「楽しんでもらえたようだな。その飲み物はこの巫女候補が、前世で好んでいた飲み物だそうだ。巫女というのは、成人した姿で生えてくる、といったが、彼女らは前世の記憶を持っている。先代巫女も前世の記憶を頼りに、我々を導いてくださったと教えてくれた」
そのテスェドさんの言葉に、観衆は少なからず驚いていたようだった。巫女が前世の記憶を持った生まれ変わり、という事実はそれほど広まっていないことだったのだろう。先代の巫女はそれほど長寿でありながら、前世があると打ち明けることは多くなかったのはなぜなのだろうか。単なるプライバシー的な方針だろうか。
そう思うと、僕のプライバシーは一つ犯されてしまったわけだが、まあ、記憶が赤子より多い、という秘密が他人に伝わった程度、どうってことないだろう。というか、大人な身体していて、実年齢、精神年齢ともに赤ん坊じゃ他人から見てひどいと思うから、精神年齢をあげるという意味でも、前世の記憶がある方が、これから僕と接する人々にとっていいんじゃないか。しらないけれど。
「ここに、彼女が病とは無関係で、彼女自身病を患っていないことがみんなに伝わったと思う」
その一声に僕は思考の渦から、引き上げられた。
「彼女は、アコンの民となって、日が浅い。先代様のように人の上に立ち、巫女として多くの者を導くことを、今すぐにはできないだろう。しかし、彼女もまた、前世の記憶を持ち、すでにサンの能力を開花していて、すぐに聖樹の御言葉も聞き取れるようになることだろう」
テスェドは大きく手を広げて演説を開始していた。僕は隣で縮こまったままだ。
「いわば、彼女は生まれたばかりの若葉だ。我々が、その新芽に水をやり、土壌を耕し、輝かんばかりの陽で、伸びていく方向を照らし導かねばならない。先代の成熟した老樹のような安心感とはまた異なる、青いけれど、未来のある若葉だ。活力と、未来への展望を彼女は私たちに与えてくれるだろう。彼女がまっすぐ育つためにも、どうか、みな、協力して彼女を助けてはくれないだろうか」
彼の言葉を、民衆は真剣に聞いていた。ヤジを飛ばすものはいなかった。
そして、視線は僕の方へ移ってくる。
「ほら、一言だけ、お願いできるかな」
「えっと、何を」
「自己紹介してほしい。みんな知らない人より、知っている人の方が仲良くできると思うんだ」
「仲良く……」
よくわからないけれど、テスェドさんは、僕を村のみんなに認知してもらいたいようだった。仲良くはわからない。でも、よそ者として排斥されそうになるよりか、末席でもいいから、ここにいていい、と認められるならば、それは少しうれしいだろうなと思うのだった。
「僕は糸田祐樹。交通事故で死んだと思ったら、急にビレアの森にいて、動物に襲われたところを大きな植物に助けてもらった。そうしてここまで送ってもらったんだ」
僕にできる最大の自己紹介だ。何のことかわからない、って人もいるだろう。でも、僕も大勢の前で誰にどのようなことを自己紹介すればいいかわからないのだ。
声を出して、挨拶する。それも笑顔で。これだけで人は、何もしていない人よりも、距離が近くなるのだと、昔誰かに言われた。そこには何の根拠もなかったけれどある一つの感覚を僕は思い出した。僕は他人に声をかけることは苦手だから、他人から声をかけてもらえるのはすごくうれしいということだ。だから、勇気を出して挨拶してくれる人はありがたいことなのだ。多分、僕もいまこの挨拶をして、挨拶をしてもいい人なんだと、接点を持っても、怒られない人物なんだとわかってもらえたのではないか。特にテスェドさんの権力において、許されたのではないかと思う。そうあってほしい。
その演説を終えて、僕とテスェドさんは古い方の聖樹に帰ることにした。帰る前に、名も知らない大勢のアコンの民と近づいて会話をした。正しくはテスェドさんがする会話を聞いているのだった。僕は愛想笑いして、あいづちを打つだけだ。
それを五分~十分もしたところで、日も暮れてきて、みんな帰路についていった。最初のクレーマーも気づけばいなかった。残ったのは、僕とテスェドさんと、そしてユージェの三人だった。そういえば、彼女は途中から何も話さず、気配を消していた。
その彼女も、今は僕の横に立ち、気配を消すのをやめた。
「テスェドさん、ずいぶん大立ち回りじゃないの」
「おや、柄じゃなかったかな」
「そうですね。これから何をたくらんでいるのでしょう」
「企むとは物騒だな、お嬢さん。私はただ、巫女の引継ぎをうまくいかせたかったのと、ユキが病の原因を持っているという偏見を解消したかった、その二つを同時に解消できそうだったから、この場を借りただけだよ」
「それは心優しいことですね」
なぜだか、二人の間に大きな壁が見えた。彼らは何を争っているのだろうか。
「ユキは、どうだい。巫女の責務を聞いて、嫌になったかい」
唐突に僕に話を振ってくる。
「いえ、……ただ、具体的に、いつどこで何をすべきなのか僕には判然としなかったので……」
「そうだったね。具体的に君にどうしてほしい、ということは、言っていなかったね」
「巫女は、ずっとこの村に住み続けなくちゃいけないんですか」
「ずっと、というのが、生まれてから死ぬまで、ということ言いたいのなら、そうではない。村を一歩も出てはいけないということはないよ」
「はあ。少し安心しました」
「さすがに、権力があって村で重用される立場だ。がんじがらめにして籠の鳥のようにはしておけないよ。先代も、3000年の寿命とはいえ、1500年くらいは村にいなかったんじゃないか。そうおっしゃっていたのを聞いた記憶があるよ」
「え、半分もですか」
「まあ、1500年ずっと村から出ていたというわけではないよ。断続的に。巫女として頼りにされることで、聖草や森の生物らの管理というものを、言っただろう。それは、成人の儀などの節目の行事で力をふるう、という責務のことを言っているんだ」
「では、成人の儀などの行事が無い時は、村にいなくてもよいと」
「簡単に言えば、そうだね。先代が言うところによれば、村で行事の時期になると長老院で聖樹に供え事をし、それが、旅に出ている巫女のもとに、パスを通して伝わるらしいんだ。その反応を合図に巫女は帰省していたらしい。もちろん何らかの事故で、どうしても帰れないということもあったらしいけど。そのときは反対に巫女の方から聖樹に言葉を祈り、それが聖樹の幹に浮き上がる、という方法で長老院に情報を伝えていたらしい。巫女が帰れない時は、行事が先送りになるということも多かったそうだよ」
「なんか、巫女一人のために、村中の予定が左右されちゃうんですね」
「まあ、彼女以外にできない力をもっているのだから、仕方ないよ。その分巫女は常に聖樹とつながっている。旅先でも、責務をどこかに意識させられる。そういう堅苦しさが嫌な人にとっては、大変だろうね」
「……どうなんでしょうかね」
僕は、常に責任を思い出させられる立場に立って、やっていけるだろうか。あまり自信がなかった。
「ユキは、巫女が避けられない運命だと知って、つらくないの」
とユージェが、真剣な目で見て来ていた。
運命がつらい、ね。どうだろう。
「そうだね……」
僕は悩んだ。まだ責任の重さがどれほどかもわかっていないことに、何にも言いようがなかった。
その理由としては、僕が先代の仕事ぶりを見ていないということが一つと、数十年に一度の成人の儀で、森の生物らを管理するという責務を、能力的にこなせるかどうか、難しいかどうか、実感できていないということがもう一つであった。
大学生の時分には、アルバイトをしたこともある。あれは、単なる日雇いの荷物の運搬作業だった。それには、現場リーダーの指示に従い、二人一組で、会場の設営に必要な鉄骨やテントの部品などを運ぶだけでよかった。少し重いのと、日照りが強いのさえ我慢すれば、数時間で数千円の小遣いがもらえるのだ。そこでは判断する立場でも、管理する立場でもないから、責任は発生しない。僕は言われたことをやるだけのロボットだった。
しかし、今度の巫女という職業はなんだ。自分で判断し、管理するという責任が発生する立場である。僕は、まだそういった重い立場に立ったことが無い。
そうであるから、その重さを引き受けて生きていく疲労や苦痛を、想像できないのである。
「正直なところ、責任を負うのは嫌だ。代わってくれるなら代わってほしい。なんなら、さっき文句言ってきた男に、あんたの言う通り僕は巫女に足る存在じゃないから、代わってくれ、言いたいくらいだよ」
「ずいぶん素直ね」
「あはは、嘘を言っても仕方ないと思っただけ。ユージェは、そういえば弟を養うために仕事しているんでしょ。つらくはないの。人生の後輩の僕に教えてよ」
「別に弟を養うためじゃないわよ。自分自身が村で楽しく生きるために、仕事して、ついでにあいつにもちょっとくらいご飯を分けてやってもいいかなーって思ってるだけよ」
「はいはい。で、大変?」
「そうね。あたしは、仕事は、ただこなしているだけって感じよ。別に巫女みたいに、村中の期待を集めている仕事、なんて大層なものでもないから。あたしにお鉢が回ってきたから、取り合えず、それをやってるだけ。それで衣食住を得られるなら安いもんよ」
「へえ。具体的にどんな仕事なの」
「……何でも屋よ。村の『奥』の仕事。料理や裁縫、環境保全なんて奥のメインの仕事からはあぶれちゃったから、その補佐とか、民たちの困りごとが合ったらその都度話を聞いてそれを解消していくって感じよ」
料理、裁縫、環境保全? 奥の仕事の有名なところらしいが、環境保全ってのはいまいちわかりづらい、と思った。
「メインじゃないって言っても、きちんと民の助けになって生活できているんだから、すごいことなんでしょ。仕事ができたら、お金をもらうの」
「どうだかね。お金をもらうってのは、人間チックだけど、そうねえ、この村では基本的に物々交換や物に相応するお返しをして物を手に入れるんだけど、みんな週に一回は自前の商品を、聖樹のために何割か捧げるのね。あたしなら、労働を捧げる。野菜を作っている人は、野菜を。衣類を縫っている人は、衣類を、って感じで。そうして捧げられたものたちは、聖樹がサンや栄養として吸収できるものは吸収し、そうでないものや余ったものは、村の民らに均等に配布されるんだ。だから、稼ぎが薄い時でも、最低限村の中で皆が働いた成果を少しずつ享受できるようになっている」
へえ、仕組みがきっちり成立しているんだな。
「でも、そうやって聖樹にささげる量に偏りが出ると、不満がたまる。みんな作っているものや売りにしている商品が異なるから、季節や、体調などによって聖樹への供物の偏りは、仕方ないことなんだ。そういう時は、供物を多く捧げた民に、優先的に聖樹へ願いを捧げる権利を与えるか、所属している長老院・戦士団・奥いずれかにある義務の部分的免除がされることがある」
「へえ」
「感心してるばあいでもないけどね。あんた、巫女として、聖樹へ民の願いを捧げるパイプにならなくちゃいけないからね」
「あー」
こういうことを聞くとプレッシャーに思う。うまくできないと、とか。これが責任という重さの一端なんだろうな。
「テスェドさんは、どんな仕事をなさっているんですか」
「え、あんたまだ知らなかったの」
「うん、気が付くとテスェドさんが仕事に出ていて、時間がたつとふらっと帰ってきて、疲れた風でもないから。聞くタイミングを逃してた」
「ふうん。で、なんでテスェドさんも説明しないんですか」
「まあ、おじさんの日常なんて聞いてもつまらないだろうからね。女の子の日常のほうがきらびやかでいいだろう」
「女の子……ね」といったのはユージェ。僕をガン見してくる。
「なに?」
「いや、なんでもないわ」
「で、テスェドさんは、どんな仕事を?」
「私の仕事は、基本的にはパトロールだね。これでも戦士団でトップクラスの腕っぷしを持っているんだ。だから、喧嘩していたり、今日みたいになんらかの騒ぎが起きていたりしたとき、それを鎮静化する役目を負っている」
「まあ、メルセスさんの方が強いんですけどね」とユージェが茶々を入れる。
「おいおい、ばらさないでくれよ。ちょっとは気にしているんだから」
「メルセスさんがこんなお年寄りに負けるわけないじゃないですか」
「お年寄りとは心外だなあ」
とさっきまでの壁がウソのように和やかさを感じる。
「でも、成人の儀を通過して、入ることのできる戦士団のトップクラスですか。ちょっと想像つかないですね。それなのに、テスェドさんより強いメルセスさんって、一体」
「だから、君に特訓を頼んでいるんだけどね。今朝昔の戦争の話をしたろう。あれ以来、この村は戦から距離を置いているということも。戦争経験者と未経験者の間に大きな戦力差が生じている。それは実戦経験の量からくるものだから仕方ないといえる」
テスェドさんは少し寂しそうに、でもどこか気の抜けた笑みを浮かべる。
「かつては中堅だった私も、今ではリーダー格になった。当時の年長者は寿命でなくなってしまった方が多いからね。この村の民の寿命は個人によってばらばらだと思っておいてほしい。大体1000~1500歳ほどだ。先代巫女がどれほど規格外だったかわかるだろう」
「そういえば、かつての戦士団長さんはご存命なんですか」
「彼は、長老院のトップをやっているよ」
そういったテスェドさんの表情が一瞬白けたように真顔になったのは、気のせいか。悪いことを聞いたかと身構えてしまった。
「ああ、ごめん少し変な空気にさせたかな。彼とは少し前に喧嘩してね。喧嘩別れしたきりなんだ」
「なにが、喧嘩だよ。私がまだガキの頃だろ。村でちょっとした事件だったろう。かつての戦士団長と聖樹を延命させた英雄の決闘だって」
どのくらい前だろうか。200~400年前くらいかな、とあたりをつける。
「英雄はよしてくれ。あれはモンデリゴだけのものだ」
「村のやつらはだれもそうは思っちゃいないよ。だからあんたを長老院に入れようという声が大きいんじゃない」
「そうなのかな……」
テスェドさんはうつむく。
場が一瞬、静寂に支配される。
「その決闘は、どうなったんですか」
僕は、聞いていいのかわからない中、恐る恐る尋ねた。
「あれは、痛み分けだったかな。向こうは私が勝ったと思ってるそうだが。私もギリギリのところでね」
「村では、あれで村の時期長がテスェドさんになるだろうって、流れができたんじゃないの。だから勝利者はテスェドさんだって多くが言っているよ」
「傍から見たものと、当事者の感想は違うんだよ」
「へえそうなの。何が起きたのか聞いても?」
「ここではだめだ。気が乗らないっていうのもあるが、風向きが聖樹の方を向いている。だから、旧戦士団長、つまりは現長老院長に聴かれるだろう。彼は自分の評価を知り合いにされることを嫌うんだ」
「え、風向き? 聞かれるってことは戦士団長って村を監視する術を持っているんですか」と聞くのは僕。
「いや、違うよ。彼は、聴力にかかわる能力を開花している。それも、風を媒介にする能力。誰かの出した声や音を、風を頼りに聴きとってしまうんだ。君には伝えていなかったが、長老院に属するものは、聖樹で生活している。だから、聖樹付近で、特に風が吹いている時は、彼の耳に入っていると考えた方がいい」
「風が関係するなんて、初耳だけどね。そんな秘密、今漏らして大丈夫だったの」とユージェ。
「そうだね。彼は風については言ってなくて、異常な地獄耳と自称していたっけ。今は、私が小細工をしているから、大丈夫。五分くらいならね」
だから、長話は無理なんだけど、とテスェドさんは苦笑した。
「ふうん。なんだかその小細工ってのも、言いたくないのかしらね。まあいいわ」
ユージェは、聞きたいことをあきらめるように、言葉を飲み込んだ。
「あの、聖樹って、長老院の方々がいるって言ってましたけど、僕はまだその方々を見たことないんですけど」
ユージェの家でも言われたこと。僕は数日聖樹で生活したけれど、偉そうな人びとを全く見たことが無かった。
「ああ、それはね、君が入って生活できる空間、聖樹の作り上げる異空間が、長老院の空間とは異なっているんだ。聖樹の内部に位置しているのは一緒なのだが、ひとつの茎からバナナが複数房をつけているように、君の生活する内部空間と長老院が拠点にする内部空間は、聖樹という茎は一緒でも、房が異なってそれぞれが独立して存在しているんだ」
うーん、こういうことかな、例えば、オンラインゲームでキャラクターを作る時は、遊ぶサーバーを一つ決める。すると同じサーバーを選んだもの同士ではあうことひとつのワールドのとあるマップを使いたいとき、そのマップが他人に占領されていたら、そのサーバーでは占領されているということだから別のサーバーを利用して目当てのマップを使うって感じ。聖樹の作り上げる空間でも、僕のいるサーバーと長老院のいるサーバーが異なっているということか。
「なんとなくですが、僕のいる空間と、長老院のいる空間が表裏一体に存在して互いに干渉していない、ってところまで理解できました」
「お、すごいね、普通はこんがらがりそうなのに」
「前世に同じようなケースを見たことがありまして」
「君の前世は聖樹と同じものが存在していたのかい。すごい種族に生きていたんだな」
いえ、リアルではなく、ゲームの話です。
「まあ、そんなところですね」
僕は面倒くさくなって諦めた。
「で、聖樹には本当に長老院の方々が住んでいるわけですか」
「そうだね」
「今更ですけど、挨拶に行った方がいいんじゃないんですか」
おうちの空間を何割か使わせてもらってるわけだし。
「うーん。じゃあ、君が正式に巫女としてここに滞在できるという証明をしてほしいっていうお願いをするために、顔を出しに行こう」
この村の方針を決めているのは、長老院だったから、やはりそういう証明をしてくれるなら、長老院に頼むことになるのだろう。
そうして、僕とテスェドとユージェが長老院の本拠地のある、聖樹の異空間へ赴くこととなった。なぜユージェもついて来たかといえば、長老院のある場所なんてあまり行く機会が無い、と珍しがって行きたがったからだった。テスェドさんは、それに対して拒否しなかった。




