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ラブ、或いはコメディ

「はい皇子さま、口を開けてください?」

 

 ……どうしてこうなった。

 

 「あーん、です」

 いやだからどうしてこうなったんだ!?


 とてつもなく真剣な瞳でおれの口へ向けて滑らかに削られた木の匙を差し出してくる銀髪にメイド服姿の少女の姿を前にして、おれはそう困惑した。


 「い、いやアナ、おれ一人で何とかするから……」

 「皇子さま?」

 ……優しく声をかけられている。


 その筈なのに、何か怖いものを背に感じて。


 「皇子さま、どうやってその手でご飯を食べるんですか」

 ぐうの音も出ない。


 下手に溶接された右手は轟火の剣の柄を握った形状のまま冷え固まっている。プラモデルの手かよと言ったが、まさにあれだ。隙間を縮めることすら出来ない。

 逆に隙間がほぼ無くせればそれで幼い子供みたいに、孤児院の年少組のように、匙を握って不格好に掬うことは出来ただろう。だがそれすら出来ないとなると……

 「そこはほら、溶け合わさった指と指の間に切れ目を入れて匙を差し込むとか……」


 「皇子さま」

 「……はい」

 「アイリスちゃんが、怒りますよ?」

 「……すみませんでした」

 おれは……おれは、無力だ……

 

 せめて左腕さえ動けば、と思うも、肘から先が今も骨肉ミンチを長手袋に入れたような状態ではいかんともし難く。

 

 助けてくれデュランダル!

 脳内で叫んでみるが、当然うんともすんとも言わない。いや、これで飛んで来られてもそれはそれで困る気がするのだが。

 

 万策尽きた。

 「なあアナ、おれが君を助けたのなんて全部打算なんだ。助けられる程度に困ってたから、少しでも自分の評判を上げたかっただけ」

 「良いんです皇子さま。

 わたしも、皇子さまに頼って欲しいって、とっても打算まみれです」

 ……いや、アナ強いな……

 

 「素直に言わせてくれ!恥ずかしいんだよ!?」

 「わたしだって、そうですけどっ」

 耳まで真っ赤にして、きゅっと目を瞑りながら両手で握った匙を突き出してくるメイド服の幼馴染。


 一緒に入ってきたレオンは冷ややか過ぎる目でもう帰って良いか?していて。

 アルヴィナは……と目線を向けるも

 「おとなしくして、シロノワール」

 駄目だ、白い足の何か美味しそうな名前のカラスと遊んで頼れそうにない。ってかカラス持ち込まれてるけど良いのか。

 

 「……アナスタシア」

 「な、何ですかアルヴィナちゃん」

 「後でボクもやる」

 ……おれの味方は0だった。父さん、帝祖、どちらでも良いから助けてくれ。

 

 お前真性異言の癖して完全童貞か?


 なんて、幻聴で言われた気がしてがっくりとおれは肩を落とす

 ……童貞。流石におれでもその言葉の意味は分かる。


 いや、基本的におれ……ゼノでない方って記憶はあんまり残ってないんだけど、基本的に苛めの標的に自らなってたって覚えがあるんだよな……。おれなら良いからって苛められた子を庇い、自分が標的になって耐えれば良い、と。

 今整理すると多分おれの死因って、真っ暗闇の体育倉庫に閉じ込められ 外から鍵閉められ、上の小窓から脱出しようとし足を踏み外したってところだろうしな。


 そんなおれにエッチな話があったか?あるわけ無いだろ、あったらその子まで苛められるぞ有り得ない。

 ……始水とはそういう関係じゃないし。


 というかだ、真性異言ってほぼ童貞だと思う。いや、女性に童貞は可笑しいんだが……

 

 あの謎の超兵器アガートラーム……あれ自体には何も出来ず、ユーゴが何とかカタパルトで消えたということは恐らくはまた出てくるだろう鋼の機神を知っていたユーゴ、四天王?とかおれを呼んできた少年も同様で、わたしは貴方の努力を知ってるよと露骨にモーションかけてくる桃色髪のリリーナもまた然り。あとはエッケハルトとおれもだが、恐らく基本全員がこの世界に近いゲームを知っているのだろう。


 何でおれの記憶の世界にこの世界を模したゲームがあったのか分からない。アガートラームなんておれは知らないがユーゴは知ってたっぽいし、おれが知らないしてんのうとかいうおれ……今考えれば魔神族に先祖返りして敵になった世界線のおれの事か?を知ってたっぽい少年も居る。

 おれの知識が何処まで正解か、そこは良く分からないな。おれの知識も、他の真性異言の知識も、信じすぎるのは良くない。

 

 そもそも、リリーナが二人居る時点で変だからな!

 

 意を決して、ぱくりと匙を咥える。


 ……いや、これ割とキツいな……ぷるぷると小刻みに震える匙を咥えたままだと、正面から整った少女の顔を見ることになるわけで。


 うーん、下手に可愛すぎて見てられない。目が潰れる。

 エッケハルトとかなら多分鼻から血を吹くな。

 

 意識を強く持て。おれは第七皇子で、忌み子で、この子の保護者代わりだ。

 そう自分に言い聞かせ続けないと下手したら惚れそう。面食いかおれは。

 

 にしても、水のように流れるアナの銀髪ってホントに綺麗だよな、おれのと違って。

 

 いや、何考えてんだろうなおれ。

 

 匙から口を離し、おれは恥ずかしさからそっぽを向く。

 「あ、あのっ!

 ……う、薄すぎたり、しませんか?」

 透き通る泉のような大きな瞳を潤ませ、少女はベッドの上に上体を起こしたおれを見上げる。


 ……だからその上目遣いを止めてくれ、おれに効く。


 ただでさえ、結婚とかアステールに話を出されて、無関係だと切り捨て続けて考えなくしていた事を意識しかけているんだ。

 落ち着くまで、変に彼女等を意識してしまいかねない。

 そう思っておれは……

 

 ってバカかよ、まずは質問に答えないと。


 と、おれは反省するも……味なんて感じない。

 というか焦げ臭い。麦に近い穀物の粥が焦げ臭いとはこれ如何に……って、おれの体内もちょっと焼けてて、だからけほけほと咳をするだけで口から煤出てくる訳だ。そのせいだな、アナは悪くない。

 

 ヤバいな。緊張のせいか、それともそれとは無関係か、どちらか分からないが味がしない。

 「え、えっと……皇子さま、濃い味だと食べられないんじゃないかって、薄く味付けしたんですけど、変な顔で……

 全然、美味しくないんじゃないかと思ったら……」

 「い、いやごめん。食べやすいよ、アナ」

 「……問題ない味」

 ひょい、と銀髪の少女の手から匙を取り、横に置かれた器から一匙掬った粥を自分の口に入れ、黒髪の少女が頷く。

 そして、はい、と匙がぴかぴかになるまでしっかり綺麗に舐め取って、アルヴィナはその匙を返した。

 

 ……いや、アルヴィナ?余計に食べにくいわけだが……


 そんな事を思うおれを他所に、少女の肩に止まるカラスが鳴いた。

 ……いや、カラスかは知らないが、少なくとも黒い鳥が

 

 カラス、かぁ……

 いや、ゲーム的にはあんまり良い印象無いというかなぁ……

 

 様々な七大天の意匠を持つのが魔神族だが、それとは別に個別に特異な意匠も持つ。

 そして上位……四天王等の魔神族はその意匠の化け物に変化する第二形態とかあるんだよな。

 例えば原作のおれと因縁のあるカラドリウスの名を持つ鳥魔神は鷲だか鷹だかの姿に変わるし、露出の多い人魚な女四天王は魚の尻尾生やした巨大蝙蝠になるし、四天王1の武神を名乗る4本腕の魔神は巨大な6本足のライオンになるし、四天王の頭脳を名乗るフードの少女はムキムキのゴリラに変わる。

 因にだが、当然ながら頭脳派なゴリラが四天王にて最強である。賢人の頭脳とパワーを併せ持つゴリラが弱いわけがない。いや、バグでゴリラ形態スキップすると最弱なんだけどな。逆に、精神状態異常を得意とする方の女魔神な四天王(コウモリ)って滅茶苦茶弱いんだよな。何たって、第一形態は【鮮血の気迫】で魅了弾き続ければ雑魚で、第二形態は雷弱点。レベル上げたゼノ(おれ)単騎で勝てるレベルだ。

 

 そんな魔神族の中でも、トラウマになるというか印象が強いのが……烏の魔神だ。

 まあ正確には一番ヤバいのは烏姿の第二形態を倒して終わりだと思ったら発現するペットのドラゴンと融合(フュージョン)した六枚羽根の第三形態なんだが……。

 いや、第三形態あんの!?って絶望したな初見。というか、ルートヒーローのHPギリギリで第二形態倒したからそのまま恋仲になった攻略対象がさくっと殺されてリセットしたというか……

 

 即ち、黒羽根の魔神王。テネーブル・ブランシュ。

 ゲーム内で烏と言えばあいつなのだ。因にその妹も烏なのかは良く分からない。いや、ロリリーナケモミミモードの姿しか見れないというか、立ち絵も黒塗りだしな……

 

 いやまあ、関係ないとは思うけどな?というか、あったら困るから単純におれが勝手に怖がってるだけなんだがあんまり良い印象がないのは許して欲しい。

 

 そんな風に、おれが烏と見つめあっていると……

 ガタン、と音を立てて椅子が蹴られる。

 「……レオン」

 「文句を言う気も失せた。

 帰らせて貰う」

 「ああ、ごめんなレオン」

 空気を変えてくれて有り難う、おれはそう心の中で思って、最近全く構えていない乳母兄を見送った。

 

 「あ!わたしも……」

 おれと、アルヴィナと、匙と。

 それぞれ順番に目線を向けてはなにかを悩んでいたアナも弾かれたように席を立つ。


 「このお匙、洗ってきます!」

 そうして、部屋にはおれとアルヴィナだけか残された。

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