猫、或いはカラス
「それでアルヴィナ」
二人きり+カラスだけになるや何時ものように目深に被っていた帽子を取って胸元に抱き締める少女に、わざわざおれの前だからって帽子を取る必要ないんじゃないか?と、苦笑して。
おれは何故かカラスを連れてきた少女に、気になることを問いかける。
「なにそのカラス」
「シロノワール」
返ってくるのはそんな答え。
「いや名前じゃなくてな?」
どういう素性のカラスなのか、おれにはさっぱりだ?
「お兄ちゃんの使ってた伝書カラス」
「お兄ちゃん……ああ、影武者やってたって方のか」
「飼う人が居なくなった」
「家では?誰も居ないのか」
普通に考えて、ペットの飼い主が居なくなったとして、それで終わりではないだろうに。
「誰一人、気にも留めない」
だが、少女は耳を伏せ、首を振る。
……随分と人に慣れたカラスだ。
おれを見詰め、一度もカァと鳴かずに大人しく少女の肩に止まるカラスを見て、おれはそう思う。
伝書に使われていたというのも本当だろうと思える大人しさで、カラスは此方を不思議な色合いの瞳で見詰めてくる。
……というか、カラスの瞳にしては変な色してるなこいつ。混じりあっているというか。
「アルヴィナ、このしろのわーる?本当にカラスか?」
美味しそうな名前だなと思いつつ、その名前を口に出す。
おれは食べたこと無いんだが、黒っぽいパンケーキに白いソフトクリームでシロノワールという食べ物があった気がする。
何ならこの世界にもあった気がする、シロノワール……じゃなくてクロブランだっけか、そんな由来が全く同じ名前の食べ物。
確か、どこかの有名な喫茶店のチョコレートパンケーキに白い牛の生クリームソフトドリンクをたっぷり乗せたメニューだったかな。これみよがしにヴィルジニーとクロエがおれの横で話題にしていたので、二人で食べてきたらどうだと、うちの孤児院の実質管理者の弟さんが働いているという縁でたまたま持っていた万能の割引券を叩きつけた事を覚えている。
いや、おれああいう甘いもの苦手だし、女の子と喫茶店とか行けないし、そもそも子供だけで行くわけにもいかないので向こうの使用人同伴だ。なのでそれで済ませたんだが、やはり奢るべきだったのだろうか。
いやでも、奢っておいて割引券使うってせせこましい気もするしな。
いや、そこは今は良いか。
「三本足のカラス」
「アルヴィナ、それはカラスじゃない」
良く見ると確かに三本目の足が見える。
白い足ってのにインパクト有りすぎて良く良く見てなかったが、白い足に、紅の爪の三本足。
「アルヴィナ、そいつはカラスじゃない。八咫烏って種族の魔物だ」
ヤタガラス。太陽の化身とか色々と呼ばれる、光を放ちながら飛ぶ事もあるカラスに近い魔物だ。特徴は三本の足と、発光すること。
ちなみに魔物と言っても(ゴブリンやコボルドが特に邪悪でもないのでわかるとは思うが)害ある生物ではない。珍しいが、基本はかなり冷静沈着で温厚な魔物だ。
絶対に道を迷わないことから導きの鳥とも呼ばれ、深い森の中で野生の八咫烏に出会い生還した話とかもお伽噺で聞いたりするな。
余談だが、そんな良い鳥なので当然捕獲しようとする貴族なども居るのだが……野生で見かける八咫烏のステータスは基本大体の値が50前後とクソ高い。そこらの冒険者では返り討ちだろう。
まあ、魔法には弱いのは魔物共通の欠点だが。
そんな八咫烏モチーフのテネーブルが魔神王な事については……魔神族の太陽にして導きの鳥ってところだろうか。そう思うと、実にそれっぽい気がするな。
プレイヤー間ではライオンに変身する奴とかゴリラになる奴の後にカラスかよって言われてたけど。
一瞬だけおれは思う。
こいつテネーブルなのでは?と。アルヴィナを魔神王の妹とほざいていた少年の言葉が引っ掛かり……
「八咫烏か。こんな魔物が付いてきてくれていた辺り、凄かったんだな、君のお兄さん」
その疑惑を振り払う。
というかだ、良く考えれば振り払うまでもない。テネーブルが今の時代に居たら基本的に詰んでるというか、既に魔神王が復活していることになるわけで。
魔神王が封印された世界の狭間から出られないからこそ、四天王だの何だののゲーム本編の話がある。その大前提が消えてしまっているとなれば……もうこれおれの父さんがデュランダルでテネーブル倒してくれる以外の勝ち筋ないな?
アルヴィナにしてもピンクの方のリリーナにしてもまだ聖女ではないし……
「っていうか、アルヴィナは?」
ふと気になって聞いてみる。
アルヴィナが飼えばいいのではなかろうか。
「むり」
だが、少女は残念そうに首を振る。
「家だとあの子が慣れない」
「そうか?人に慣れてそうなんだけど……」
と、そこまで言っておれも理解する。
「そうか、おれの買ったあの子か」
アルヴィナに仔犬一匹プレゼントしたなそういえば。八咫烏とかいう魔物は犬と仲良くできても、あいつは普通の犬だ。八咫烏なんて居たら気が気ではないだろう、言われてみればそうだ。
「なら寮で良いんじゃないのか?」
おれのその言葉に、その言葉を待ってたとばかりにアルヴィナはうなずきを返す。
「ボクも頑張るけど、一緒に面倒見て欲しい」
「いや、それは良いんだが……」
おれは開けない手を伸ばし、そのカラスへと右手を差し出す。
暫くおれを見詰めるとその大きな翼を広げ、黒いカラスは白く光りながら羽ばたき、おれの手に止まった。
「って重っ!」
鳥というのは軽いものではなかったのだろうか
想定外の重さに腕がぐらつくが、耐えて、おれはじっとカラスを見る。
「……何だ、普通におれにも慣れてくれるんだな」
「皇子は、お兄ちゃんに似てるから」
それにだけはいや違うと言いたげに、かつてアルヴィナの兄の伝書に使われていたという三つ足のカラスは鳴いた。
「……宜しくな、シロノワール」
八咫烏とかいう魔物を飼うことについては……大丈夫だろう。
おれの寝かされているベッドの脇には燃え盛るスフィアがあり、それが明かりとなっているのだが……それは父が使っている魔法である。恐らくだが、今までの話、全部聞いてるのではなかろうか。
その上で、此処はアルヴィナ等が普通に立ち入れる事を考えるに初等部の塔だろう。
良く良く見れば調度品なんかも似ているし、多分アルヴィナが半分借りてる部屋の幾つか下の階。その気になれば魔法で飛んでこれるし声を投げることだって幾らでも出来る。
「『羽根の掃除だけはしろよ?』」
ほら、こんな風に。
ってこれ、アナとの話とかも全部聞かれてたということでは?
うわ恥ずかしいな普通に。
そんな話をしていると、更に翼を広げ、白足の八咫烏はおれの頭目掛けて飛び立ち……
「シャーッ!」
「おわっ!?」
突如、枕が変形した……というか、被さっていた布を払いのけて小さな仔猫が飛び出し、その羽根へと襲い掛かった!
「……アイリス?なにやってるんだ?」
小さな白猫のゴーレム、家の妹のアイリスである。
というか、枕になってたのか。全く気がついてなかったぞおれ。
いや、おれ以外も気がついていなかったのだろう。
弾かれたように帽子を被り直すアルヴィナを見ながら、おれはそんなことを思っていた。
「フシャーッ!」
おれの頭の上で此処は自分の場所だと爪を剥き出しに威嚇する仔猫ゴーレム。
いやそこはアイリスの特等席……だと思ってるなら別に良いか、嫌われてるよりはまだ懐かれてる方が嬉しいしな。
なんておれが思いつつ、何時もなら撫でれば割と誤魔化せるがこの手ではどうしようもなくて悩んでいると……
いや別に頭欲しくはないしなとばかりに、すまし顔でカラスはおれの肩に止まり直した。
猫とカラス、そして今は此処に居ないが犬な奴隷に、狼の耳の幼馴染。随分と獣増えたな……おれの周囲。
おれはそんなことを、ぼんやりとアナが冷えちゃったから次のを……と粥を持って帰ってくるのを眺めつつ、そんなことを考えていたのだった。
Wikipediaより抜粋
シロノワール
シロノワールは、喫茶店チェーン「珈琲所 コメダ珈琲店」で提供されているメニューの一つである。直径およそ16センチメートルの温かいデニッシュパンの上にソフトクリームを絞り出し、サクランボの実をのせたデザートであり、シロップをかけて食べる
当然ながら、本作とは何の関係もない




