第八話:旅立
「良いわね、とても似合ってると思うわよ。アネモネ」
「……そうですか」
上機嫌なルクスリアの声に、私は引き攣った笑みを浮かべながら答える。
今、私が纏っている服は黒を基調としたワンピース風の装束だ。アクセントに銀のアクセサリーや、深紅の当て布を当てていて見た目も非常に華やかだ。
だけど凄いのは見た目の華やかさだけじゃない。この服に込められた魔術は、少し紐解いてみるだけでも私には分不相応なもの。
地味な私は最早、服に着られていると言っても過言ではないと思う。店頭販売の人形の方がまだマシかもしれない。
更に造花の髪飾りや、装備を吊す為のベルトもつけると印象の派手さが増していくと、尚更私の地味顔が強調されてしまう気がする。
(これだけ飾ってても重くないし、並の魔物だったら服を引き裂くのも難しいだろうな……もう着る防具だよ、こんなの。本職に頼んだらどれだけ請求されるかわからないよ。これを子供に着せる服感覚で作っちゃうなんて、やっぱり神様って凄い……)
これは神様が愛情を込めて子供達に贈ったものと考えると、やっぱり私なんかが着て良い服だとは思えない。
思わず鏡に映る自分を見て、私は溜息を吐いてしまう。
「あの、ルクスリア……本当にこんな良い服を頂いても良いのですか?」
「えぇ、勿論。あ、確かアイテムボックスもあったから、他にも服持っていきましょうか?」
「いえ! それには及びません! というか、ルクスリアは着替えなくて良いのですか……?」
私は勢い良く首を左右に振りながら、話題を変えるようにルクスリアに問いかける。
「んー、着替える必要ないし……着替え持ってると逆に不便だし……」
「不便、ですか?」
「今、貴方と契約出来てるから実体化できるけれど、本体は相変わらず封印の間にあるからね」
「あぁ……ルクスリアも精霊の一種という話ですからね」
精霊は契約者に力を貸す際、本体から分けられた分霊とも呼ぶべきものが付いて来る。それが力の中継点となり、魔法師が魔法を使う為の導線となる。
ルクスリアも精霊の一種なので、本体が封印の間にあるというのは納得だ。
「ただ、私の場合は特殊だから分霊が動いてる間は本体は活動出来ないのよね」
「そこは普通の精霊とは違うのですね?」
「必要に応じて私たちも変化してきたからね。だから着替えはいらないのよ。ここにある服は霊体化しても服だけ残るようなことにはならないけど、今着ている服が気に入ってるし、必要になったら取りに来れば良いかなって」
「……ルクスリアがそう言うなら構いませんけど」
私としては、もうこの一着で十分です。いえ、遠慮とかではなく、自分の心の平穏の為に。
「じゃあ次は装備だね。護身用のものがほとんどだけど……」
「……はぁ」
護身用の魔術道具をルクスリアに見せて貰ったけれど、本当に感想に困るものばかりだった。
ぶっちゃけると、私が持っていると私が狙われて命が危なくなるぐらいの一品がゴロゴロ転がっていた。詳細は伏せさせて欲しい、私の精神の健康のために。
「本当にそれだけで良いの?」
「えぇ、これでも貰いすぎなぐらいです」
私が手にしたのは腕輪型のアクセサリーと武器だ。腕輪型のアクセサリーは、触れた対象に雷撃を放つ機能がついていた。更には敵意を感じた時の警告も知らせてくれて、非常時には大きな音を立てて周囲の注意を引くことが出来るものだ。
いつの間にか無くしていた剣の代わりに貰った武器は、柄や握りは剣のようになっているけれど、刀身の代わりに収納式の棒がついたものだった。使う際に魔力を込めれば棒が展開されて、ショートソードぐらいの長さとなる。
強度もかなり頑丈で、こちらにも触れた対象に雷撃を加える機能がついている。普通に剣を使うよりは私に性に合ってる気がする。ルクスリア曰く、警棒なる武器を元にしたものなのだそうけれど、姿形しか似てないらしい。名前もないそうなので、そのまま警棒と呼ばせて貰おう。
他には、私が落としてしまったアイテムポーチより明らかに収納出来そうなものを頂いたりなど、もうお腹がいっぱいになりそうな装備の山を受け取ってしまった。……実力に見合わない装備はトラブルの元、なんとか上手く誤魔化していかないと。
「装備の準備もいいなら、ここから出ましょうか。ただ、なるべく人と会わないようにしたいんだっけ?」
「……そうですね。もう、ここでは私は死んだものとして扱われた方が都合が良いですから」
「それなら、まだ見つけられてなさそうな出口から出れば良いかしらね。知られてない道を通れば、ここには戻って来れるでしょうしね」
……ルクスリアが必要だと言うなら戻ってこようとは思うけれど、出来ればこの地には好んで戻って来ようとは思えない。
私はもう、元『黄金の鷹』の冒険者であったアネモネじゃない。この名前は、ここに置いていこう。
「……ルクスリア、出来れば私のことは渾名で呼んで貰えませんか? そのまま名乗るとバレてしまう危険がありますので」
「そう? そうねぇ……じゃあ、アーネかしらね」
「……アーネ」
アネモネだから、アーネ。なるほど。それは良いかもしれない。アーネ、と自分でも口に出して確かめてから顔を上げる。
「そうですね、私は今度からアーネと名乗ることにします。改めて、その、よろしくお願いします、ルクスリア」
「よろしくされるのは私だと思うけれどね。それじゃあ行きましょう。アーネ」
「……はい」
アーネと、今までの名を捨てた証の名を呼ばれて、私は奇妙な気持ちに満たされた。
寂しさ、哀しさ、怒り、色んな感情が過って、最後には虚しさに包まれて消えていく。燃えさかった炎が灰によって消されてしまうように。熱だけは残しつつも、もうこの感情は燃えさかることはない。
「行きましょう」
――そして、さようなら。今までの私。
* * *
――少女が今までの自分と別れを告げ、旅立つ頃。
〝彼女〟の旅立ちは水面に波紋を広げるようにして、ある者達によって感知されていた。
『まぁ、あの子が目覚めたわ』
『七罪の内なる一つ、神も恐れし災厄の種』
『どうする? どうする?』
『どうするも何もないわい』
この世ならざる、超常の世界に通じる者達がいた。
彼等は一同に介し、言葉を交わし合っている。
『解き放たれたか、七つの内の一つが』
『あぁ、またしても世界は荒れるだろうか?』
『えぇーっ、人の世は刺激的だけど、あの子は洒落にならないじゃん』
空の支配者、海の覇者、陸の王者が、繋がりし魂で言葉を交わす。
『だが、それを選ぶもまた人の選択』
『全ては神が定めたこと』
『我等は壊さず、壊させず、しかして導くこともない』
『我等の存在意義は常世なるものには関係ない、って?』
『本当に我等が自ら動かなければならぬ時まで』
『選択は常に彼等の手にある。それで世界が傾くならば、その時こそ我等が出向けば良い』
淡々と、彼等は言葉を交わし、自らの存在意義を確かめる。
全てはこの世界のために、そしてこの世界を生み出した果てに永久なる眠りについた神のために。
『あの子たちももうちょっと大人しくて、人間たちが愚かじゃなければなぁ』
『故にこそ未熟。互いに未熟と定めたからこそ、神は時を待った』
『しかして、未だその時ならず』
『そういえば、前回の目覚めは誰であったか?』
『アウリティアだな。あのめざといキツネよ』
『あぁ、国が幾つ滅びたのだっけ?』
『何億何万!』
『それは積み上げた金貨の数ね』
七罪の目覚めは、人の世の乱れを巻き起こす。その被害を一つ、また一つと彼等は積み上げていく。
『いつになるのかしら』
『いつになるのかねぇ』
『かわいそうだわ』
『人が?』
『あの子たちが?』
『どっちもだ!』
『どっちもどっちも!』
『――しかして、静観以外に我等の答えはない。過ち外れぬ限り、見守ろうではないか。我等が末の子を、そして神が愛した民を』
誰がそう言葉を発したか、その言葉に同調するように彼等は頷き合った。
『さて、此度はどうなる事やら』
この世ならざる地での集いは、やがて現世にも密かに広がっていく。
「――精霊たちが……ざわめいてる?」
「……どうかしたか? カトレア」
「いえ、何か精霊の様子が変で……何かの前触れでなければ良いんだけど……」
「――カトレア、ダグ。何を呆けてる。そろそろ行くぞ」
「……うん。今行くわ、ガレット」
「早く行きましょうよー、カトレアさん!」
そして、彼等に近しい人々にもまた。しかし、それは予兆でしかない。
運命の綴る視点の少女、その物語は未だに白紙。
彼女の物語は、これから始まるのだから。
これにて一章完結。次回から二章に入ります。
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