第四話:誓約
グーラちゃんの声には、少女の声には似付かわしくない程の達観や絶望が込められていた。
ルクスリアは何とも言えない表情で、結晶を撫でた。その手が離れようとした瞬間、私は叫んでいた。
「グーラちゃん、だったよね? 貴方は家族が離ればなれで寂しくないの?」
『……え?』
「私は、家族が離ればなれになる苦しさを知ってる。本当は大好きで一緒にいたいのに離れなきゃいけないなんて、悲しいよね。グーラちゃんはルクスリアが好き?」
『……好きだよ。だって、家族で、姉妹だもん』
「一緒にいたいって、思えない?」
『私たちは、人には過ぎた力を与えるから……』
「言い訳が聞きたいんじゃない! 貴方の気持ちを教えて!」
私はルクスリアの手に自分の手を重ねるようにしてグーラちゃんが収められている結晶に触れる。
「未来を信じられない、傷つくのが嫌なのもわかる。けれど、それで本当に捨てたい願いなの? その願いは、もう要らないものなの?」
私の問いかけに、グーラちゃんは何も答えを返さなかった。それでも辛抱強くグーラちゃんの答えを待つ。
その間、ずっとルクスリアが私に視線を向けているような気がしたけれど、そっちに構っている余裕はなかった。
『……いたいよ』
ぽつりと、その声は聞こえた。
『昔みたいに……皆で一緒に……ご飯を食べたい……』
「……一緒に食べよう。私が、貴方たちを受け入れてみせるから。私は力なんて望まない。だから力になんか溺れない。私が望むのは恩返しなんだ」
『恩返し?』
「私はルクスリアにこの命と心を救ってもらった。だから、私はルクスリアの願いを叶えたいし、貴方を放っておけない。信じて、なんて言える程に私は強くないけど! 一緒になら頑張れるから!」
だから、どうか。そんな願いを込めて吐き出した言葉にグーラちゃんは何を思うのか。
ただ、届いて欲しいと思う。私は自分が凄い才能があるだとか、偉人になれるような人だとは思ってない。
それでも、ルクスリアの願いを叶えることが出来るのが私しかいないなら精一杯やりたいんだ。
『……懐かしい』
「……え?」
『どこかマスターに似てるね、貴方』
穏やかな声でグーラちゃんが私に語りかけてくる。懐かしい、ってルクスリアも言っていたような気がするけれど、そんなに私と神様が似ているんだろうか?
『なら、誓約を謳って』
「誓約……」
『ルクスリアお姉ちゃんと契約してるなら、もう貴方は知ってる筈。私の戒めの名は、神が封じた〝罪〟、七つの内の一柱、〝暴食〟のグーラ。貴方が誓うのなら、どうか呼んで』
「……わかった」
そっと結晶から手を離す。ルクスリアの手も一緒に離れたけれど、ルクスリアは私をジッと見つめていた。だけど、私と目が合うとぷいっと背けてしまう。
ルクスリアの様子も気になったけど、それよりも今はグーラちゃんとの契約を交わす方を優先するべきだ。
私は指を歯で噛み千切り、グーラちゃんが封じられた結晶に血を塗りたくる。
「――ここに証明を。我、アーネはこの血の盟約に従い、汝の声に応えん。汝が名を唱えよう。汝、神が恐れし災厄なり。汝、神が封じた悪霊なり。汝の魂の名を呼ぼう。我が名を契りの標とし、応えよ。――〝グーラ〟!」
私の血が吸い上げられ、浮かび上がるように足下に魔術陣が現れて光を帯びていく。
その色は、優しい色合いの黄色。文字がゆっくりと真っ黒に染め上げられていく。
結晶の中からすり抜けるようにして、半透明のグーラちゃんが浮かび上がっていく。
髪の色は金髪に黒のメッシュが混じっている。その頭部には虎を思わせる耳が、背中には縞々模様の尻尾が生えている。
開いた瞳は、深い緑を思わせる。眠たげに開かれた瞳を私に向けて、グーラちゃんは微笑んだ。
『応えるよ、新たな主様。私の名前はグーラ、よろしくね』
グーラちゃんが私の頬に手を添えて、そのまま唇を重ねる。触れ合うような感触が伝わった後、私とグーラちゃんの間で何かが繋がった感覚が生まれた。
すると私のお腹に何かが這い回るような感触が走る。何事かと思っていると、実体化が終わったグーラちゃんが地に足をつけて微笑む。
「印もついたね、これで私も貴方のものだよ。……優しくしてね?」
小首を傾げながら言ったグーラちゃんに、ルクスリアの手が伸びて顔を鷲づかみにする。
そのまま鷲づかみにされたままグーラちゃんはケラケラと笑っていた。なんだかその様子がおかしくて、私は笑ってしまうのだった。
* * *
「おいしー!」
「……そ、それはどうも」
グーラちゃんとの契約も終わった後、私たちはまだ遺跡に留まっていた。
理由はグーラちゃんがお腹が空いたから。いや、厳密には悪魔は空腹を感じる訳じゃないのだけど、気分の問題らしい。
幸い、作物なら無数にあるのだから、と思ってグーラちゃんの気が済むまで食べさせようと思ったんだけど……早まった気分だ。
(もう五人前は食べてるんだけど……)
飽きないのかな、と思いながら私は料理を作り続けている。最初はつまむ程度に一緒に食べていたルクスリアも呆れたようにグーラちゃんを見ている。
グーラちゃんの虎の尻尾はご機嫌な様子でゆらゆら揺れていて、まだまだ食事が終わりそうな気配が見えない。
「本当、何も変わってないわ……この子」
「消化とかどうなってるの……?」
「あぁ、それがこの子の能力でもあるから。そこは問題ないわよ?」
「能力?」
そうだ、グーラちゃんも悪魔なんだから固有の能力がある筈。グーラちゃんは〝暴食〟の悪魔。確かに、現在進行系で暴食をしている訳なんだけど……。
「グーラの能力は、分解よ」
「分解?」
「物質だとか、エネルギーだとか、それを分解して摂取するのがグーラの能力よ。ありとあらゆるものを喰らい尽くす分解能力、だから〝暴食〟の悪魔」
「あ、あらゆるものを分解って……」
「契約者はグーラの溜めたエネルギーを自分に補填することが出来るのよ」
「そうだよー」
「食べながら喋らない」
「あいっ」
口をもごもご動かしながら言うグーラちゃんをルクスリアが叱りつける。
グーラちゃんの口元についた食べかすを取ってあげているルクスリアを見ると微笑ましい気持ちになる。本当に仲の良い姉妹だったんだな、って思う。
すると、脳裏に姉さんの顔が浮かびそうになって首を振った。
……私にはもう、関係のない人だ。思い出しても良いことなんて何一つない。
「それにしても、物騒な能力ですね」
「うーん、元々は別の用途が目的で研究されてたんだけどね。ただ、マスターは凝り性で出来上がったものが予想だにしない方向に転がるのもよくあってね……」
「マスターはいつもやらかすのー」
今度は呑み込んでから言ったグーラちゃんにルクスリアが何とも言えない表情を浮かべている。
満足したのか、お腹をさすりながらルクスリアによりかかっているグーラちゃんは本当に嬉しそうだ。
「元々は分解が難しいものを分離して抽出することが出来ないかって研究があって、それが紆余曲折あってグーラに落ち着いた訳ね」
「へぇ……」
「あと、この子は双子の片割れみたいなものだから、もう片方の子と能力がセットだったのよね」
「双子?」
「イーラだよー、私の双子ー」
イーラ、と名前を出すとグーラちゃんがルクスリアから身体を離して姿勢を正すように座り直す。
その顔は先程まで浮かべていた幸せそうな顔ではなくて、少し思い詰めたような表情になっている。
「イーラの場所なら、私が知ってるよー」
「本当?」
「うん」
ルクスリアが問いかけると、グーラちゃんは視線を少し下に向けながら頷いた。
そして、次に飛び出した言葉に私とルクスリアは目を見開くことになった。
「イーラを封印したのは、私だからー」