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先祖返りエルフは悪魔の誘惑を振り切れない  作者: 鴉ぴえろ
第三章:魅惑のオーバードーズ
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第四話:人生

 お風呂に入って、ベッドで寝て、朝食を食べる。

 二ヶ月前だったら当たり前だったこと、その恩恵を改めて私は感じていた。


「……美味しい」


 おかしくなっていた味覚は、いつの間にか戻っていた。少し遅めの朝食になった食事は、私の舌にひたすら至福の時間を齎す。

 昨日は宿を取ってすぐ休むことにした。野営続きの身体を風呂で清めた後、私を深い眠りへと誘った。

 別に一級品の宿という訳じゃない。ごくありきたりな、どちらかと言えば素朴な宿のもてなしだ。風呂だって何か特別なことをしている訳でもなかったし、ベッドもよくある普通のもの。


 だけど、それだけのことが私の身体を癒してくれた。その回復を実感したことで、野営続きの私がどれだけおかしくなっていたのかも自覚が出来た。

 旅の途中はあれだけ味が感じられなかった食事も味わって食べられる。味覚どころか五感で食事を楽しんでしまっている自分に半ば呆れてしまう。


『……ルクスリアが私のことを異常だと言う訳ですね』

『あら、ようやく自覚したの?』

『正直、自分でも自覚症状がなかったのだな、と改めて思いましたよ』

『気付いてくれたなら何よりよ』


 念話に会話を切り替えながら、ルクスリアに声をかける。その間にも私の食事の手は止まらない。


『いっぱい食べなさい。衣食住揃って人は人らしく生きられるってマスターも良く言ってたわ』

『……そうですね。今なら実感出来る言葉だと思います』


 今までの私が死んでいないだけ、と言われるのもどんどん否定出来なくなっていく。

 生きているからご飯が美味しいし、お腹が空くし、自分が望ましいと思える生き方がしたいと願う。満たされたお腹を撫でながら私は思う。

 まだ明確にどんな風に生きたいとは考えられないけれど、ご飯は美味しく食べられるようには生きていたいと思う。


「ご馳走様です」

『お粗末様』


 さぁ、今日も一日に頑張って生きていこう。



   * * *



 食事を終えた私は、そのままカンファーの冒険者ギルドに向かっていた。

 目的は地図を手に入れることだ。冒険者ギルドは世界各地を巡る冒険者もいることから、地図の製作にも力を入れている。

 私がカンファーの冒険者ギルドに入ると、私に視線が集中する。私は集まった視線から逃れるように肩を縮めながら受付へと向かう。


「あの、すいません」


 受付の女性に声をかけると、少しだけ目を丸くしてから営業スマイルを浮かべられた。


「はい、ご用件はなんでしょうか? 依頼の受注でしょうか?」

「い、いえ。地図を一つ、ください」

「畏まりました。証明タグの提示をお願いします」

「あっ」


 いけない、忘れてた。冒険者ギルドで購入出来る地図は冒険者の証明を提示しなきゃいけなかったんだ。

 私の登録していたタグは紛失していたし、持っていたとしても馬鹿正直に出す訳にはいかない。


「すいません、荷物を紛失した中にタグも一緒に入ってまして……」

「では、再発行なさいますか?」

「……いえ、その、新規で登録をお願いします」

「え? 新規で……?」


 受付の女性は訝しげな表情を浮かべて私の顔を見た。あーっ、しまった。最初からタグを持っていたことを言わなければ良かった! う、うっかりしすぎた……!

 ど、どうしよう? 私が何も言わないでいると女性の顔も不審そうに眉が寄っていく。


『何やってるのよ、アーネ』

『ル、ルクスリア、どうしましょう?』

『魅了でパッとやっちゃえば?』

『…………それしかありませんか』


 背に腹は代えられない。ごめんなさい、と思いながらも私は女性と目を合わせて〝魅了〟を行使した。

 びく、と女性の肩が跳ねたかと思うと私と目を合わせたまま、トロンとした目付きになって私に見惚れだした。


「……お願い出来ますか? 何も聞かないでいてくださると嬉しいです」

「はい……わかりました……」

「ありがとう。それでは新規登録でお願いします」

「はい……」


 それから必要な登録事項を書いて、偽名で名前を登録し直す。真新しい冒険者タグを受け取って、地図を購入する。

 受け渡しの際、うっとりした目で私を見つめながら私の手を撫でていた女性に笑顔が引き攣りそうになりながらも、用事を終わらせた。

 去り際に女性にかけていた〝魅了〟を解除して冒険者ギルドを後にしようとする。そそくさとギルドを出ようとした私の行く手を阻んだのは、柄の悪そうな男たちだった。


「おっと、お嬢様。そんなに早足でどこに行くんだ?」

「もしかして一人? お嬢様が一人で出歩いていると危険だよ?」

「そうだぜ、冒険者志望なんだろ? 俺たちがパーティーを組んでやってもいいぜ?」

「この『黒の三彗星』様がな!」

「いえ……その……」


 なんでいきなり初対面の人を勧誘しているんだろう、この人たち? もしかして……ナンパ? いや、でも私だよ? 姉さんじゃないんだよ? なのに声をかけてきてるんだろう……?


『ルクスリア? 私、魅了をかけたりはしてないわよね?』

『えぇ、まったく』

『え……? じゃあ、なんで……?』


 頭に無数の疑問符が浮かぶ。こんな風に声をかけられた経験がないから対処に困ってしまう。


「いきなりパーティーを組もうなんて驚くかもしれないけれどよ、お嬢様。世間知らずだとこの先、大変だぜ?」

「そうそう、先輩の俺たちが手取足取り優しく教えてあげるからよ。なんだったら護衛の依頼とか俺たちに出してみないか?」


 しかも、何故か世間知らずのお嬢様に思われている。……なんで?


『……装備のせいじゃない?』

『それですか!?』


 確かに私の纏っている装備は一級品ばかりのものだけど、その所為でどこかのお嬢様のように思われている!?

 あー、そうなるとこの人たち、お金目当てだったりするのかな? それとも騙しやすそうだから声かけたとか? うーん、どうしよう……。


「あの、パーティーを組むとか考えていないんで……」

「そんな浅い考えじゃ死んじゃうぜ、お嬢様!」

「悪いことは言わねぇからよ!」


 そう言いながら私に伸びてきた手、その手が遺跡で襲ってきた男たちとダブった。

 引き攣った声が出そうになる。同時に、思考の何かがかちりと嵌まったような気がする。



「――黙って」



 〝魅了〟が流れるように発動して、男三人を虜にする。途端に夢見心地のように私を見ていた男たちに私は囁く。


「……どいてくださる? そして、そのまま〝忘れなさい〟」


 私という存在を忘れろ、と〝命じる〟。私に触れるな、近づくな。だから、私のことを思い出すことなど許さない。

 そのまま呆けたように何も言わなくなった男たちの横をすり抜けるようにして私は冒険者ギルドを早足に出て行く。


『……あれで大丈夫でしょうか?』

『あれだけ強烈な魅了にかけられたら、何か凄い子に出会ったことは覚えてても貴方のことは覚えてられないでしょうね。忘れろ、って暗示をかけたようなものだもの。……でも、良かったの?』

『何がですか?』

『そんな魅了の使い方して』


 ルクスリアが私の前にふわりと浮くようにして視界に入ってくる。その顔はニヤニヤとしていて、どこか楽しそうだ。

 一体、さっきの光景のどこに楽しむようなことがあるのか。私は溜息を吐きながら、そっと心に一瞬にして溜まった澱みを吐き出す。


「もう煩わしい人生はごめんですから」


 誰かに関わることで面倒なことになるぐらいなら、もう他人なんて要らない。その為にルクスリアの力が有用だと言うのなら、私は躊躇わない。

 私は私が生きたいように生きる。その邪魔をするなら容赦はしない。もう守るべきもなんて自分ぐらいしかない。他人からどう思われようと、もうどうでも良い。


 そう思う私をルクスリアは満足げに見つめていた。そんなルクスリアに私はそっと溜息を吐く。

 本格的にこの悪魔の誘惑を、私は振り切れそうにはない。


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