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先祖返りエルフは悪魔の誘惑を振り切れない  作者: 鴉ぴえろ
第二章:誘惑者のランナウェイ
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幕間:その頃の『鷹』たちは 前編

 森の中で爆裂音が響き渡る。それは魔法によって生じた爆発だ。その爆発で発生した煙を突き抜け、傷だらけの巨体が姿を現す。

 それはトロールだ。人よりも大きな巨体で、しかし巨体に見合わぬ俊敏さを見せながら咆哮を上げている。トロールが向かう先にいるのは、魔法による爆発を発生させた魔法師――カトレアだ。


「ガレット! ダグさん!」


 カトレアが後退しながら叫ぶ。後退するカトレアを護衛するように、ミルーニも一緒に下がっていく。接近するトロールの前に立ち塞がるように、左右の茂みから飛び出して来たのはガレットとダグリアスだ。

 カトレアとミルーニを追いかけようと意識を集中させていたトロールは、左右から飛び出して来た二人に反応するのが一歩遅れる。それが致命的な隙になってしまった。


「ふんぬっ!」


 両手斧を地を踏みしめながらダグリアスが振り抜く。それはトロールの足を掬い上げるようにして、その足を抉り取るように奪う。

 前のめりに重心がズレて、そのまま大地に倒れそうになったトロールの首を跳ね上げるようにガレットが斬り裂き、擦れ違うようにしてトロールの後ろへと着地した。

 ガレットが着地するのに遅れて、トロールがゆっくりと崩れ落ちていく。動かなくなったトロールを確認して、『黄金の鷹』である彼等はそっと息を吐くのだった。



 * * *



「トロール討伐、証を確認したよ! 流石、音に聞こえた『黄金の鷹』たちだ! トロールの集団をこうもあっさり討伐するなんてな」

「いえ……」


 遠征先のギルドの職員から賞賛の声を向けられたものの、それに応じるガレットの声はどこか固い。どこか無愛想とも取れるガレットの態度を気にした様子もなく、ギルドの職員はガレットを解放した。

 次の順番の冒険者がやってきたので、ガレットはすぐさまその場を離れた。受付の部屋から離れ、少し移動すると、併設された食堂のスペースになっている。

 ガレットはそこで待っていたメンバーが座る席へと向かっていく。


「すまない、待たせた」

「うむ。報酬は受け取ったかの?」

「あぁ」


 トロールの集団の討伐。ガレットたちから見れば苦戦もしないが、油断も出来ないといった相手だ。危なげなく狩れることがこのギルドでも証明出来たので、次はもっと難しい依頼を受けることも可能だろう。

 それは冒険者として考えれば喜ばしいことの筈だった。しかし、それでもガレットの表情は緩むことはない。


「……今回、トロールの討伐、皆ご苦労だった」

「はい、ご主人様!」

「まぁ、油断もしなければ肩慣らしには良い相手じゃ。このメンバーでの連携も確認出来たしの」

「……それについて、なんだが」


 ガレットは眉間の皺を寄せながら、声を少し低い調子で出しながらメンバーの一人を見た。

 ガレットと同じぐらい無愛想な表情を浮かべて、腕を組みながら黙っている。カトレアはガレットの視線に気付いたのか、その目を開く。


「……カトレア」

「何かしら」

「……やはり、囮になるというのは危険だと俺は思う。今回、確かに上手くいったが、お前を危険に晒すのはパーティーの連携として不要なのではないかと思う」

「そう。試せることは試そうと思っただけよ、それを判断するのはリーダーである貴方の仕事よ。今後は謹むことにするわ。……話はそれで終わり?」


 今回、トロールの討伐の際に、カトレアは自分が派手に魔法を使って囮になることを提案した。

 普段の『黄金の鷹』であれば、一番身のこなしが身軽なミルーニが敵を惹き付けたり、罠を張ることで相手の隙をつくり、カトレアが搦め捕っていく。

 そこにガレットとダグリアスが攻め、討ち倒していくというのが定石だった。しかし、今回はミルーニが護衛となり、カトレアが囮として相手を誘い出した。


「ミルーニはまだ接近戦での心得があるし、退き際を見極められる。だが、カトレアは不得手だろう? 無理をすることは……」

「出来ると思ったから申告した。実際に成功したけど、貴方はこの方法がそぐわないと判断した。それでこの話は終わりじゃないの?」


 明らかに不機嫌な様子で、カトレアはガレットを睨み付ける。カトレアに睨み付けられたガレットは、唇を引き結んでしまう。

 二人の険悪な空気に、ダグリアスは我関せずといったように飲み物を手に取り、ミルーニは耳をぺたりと伏せながら二人に交互に視線を向け、泳がせてしまう。


「あ、あの、カトレア。ガレットはあなたのことを心配して……」

「……わかってる。報酬を貰ったら魔法書を見に行きたいんだけど、他に何か今、話し合わなきゃいけないことはある?」

「……いや」

「そう、なら夜には戻るから。じゃあ」


 ミルーニが意を決して場を取り成そうとすると、カトレアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、四人分に分けた報酬を受け取るなり席を立ってしまう。

 残されたガレットは去っていくカトレアの背中を眉を寄せながら見送り、ミルーニは消沈したように肩を落としてしまう。


「……追いかけないのか?」

「ダグ……いや、しかし」

「カトレアがあぁなるのも予想の範囲だろうが。それでも怒鳴り散らさないだけ、まだあいつは利口だ。連携は取れてる、仕事に支障は来していない。最低限、問題はないだろう。俺はそれでも構わんが」

「……追いかけてくる」


 ガレットは思い詰めた表情を浮かべたまま、カトレアを追うように席を立った。そんなガレットの背中を見送り、ダグリアスは深々と溜息を吐いた。


「……もう少し時間がかかりそうだな」

「……うん」


 ダグリアスの呟きにミルーニは耳を伏せながら相槌を零した。彼女の尻尾が力なく揺れている。


「……お前までなんだ。落ち込んで」

「だ、だって」

「アネモネを外すことに同意したのはお前だ。俺もそうだし、ガレットもリーダーとしてそうすべきだと判断し、カトレアはそれを覆す意見を持たなかった。なら、個々の不満はどうあれ、俺たちは同じ仕事をする身だ。いつまでもこの状況ではいられないぞ」

「でも! だって、カトレアが……!」

「だから、そのカトレアがあぁなるのは予想出来たことだろう?」


 ダグリアスに指摘されて、ミルーニは歯噛みをしながら唇を引き結んでしまった。


「……わかってたけど、あそこまで意固地になることないじゃない。今日の囮だって、無茶を言い出すものだと思ったよ?」

「だが、足手纏いがいなくなったのだ。カトレアならそこまでお守りもいらないしな、俺としては取れる手段は広げておいて損はないと思っている」

「……ダグさん、実は不満?」

「俺が、何をどう不満に思っていると思うんだ?」

「……アネモネを追い出したこと」


 ミルーニが視線を逸らしながらダグリアスに問う。しかし、ダグリアスは何も答えなかった。

 暫し、沈黙が二人の間で続く。声を発したのは、沈黙していたダグリアスだった。


「俺は、ガレットの判断を支持する。アネモネが足手纏いだったのは事実だ。だが、お前等の動機はどうかと思ったがな」

「ど、動機って……」

「ガレットとカトレアの関係が進展していないのは、間違いなくアネモネがいたからだ。あいつは危なっかしかったからな、カトレアの意識が向いてしまうのは仕方ないだろう? 二人は唯一残った家族なんだからな」

「……でもっ! 危なっかしいからこそ、向いてないなら安全な場所で、もっと別の仕事をするべきだって思うのは間違ってる!?」

「そう思うなら私情を挟むな。アネモネを追い出してガレットとカトレアの関係がうまくいった所で、その追い出したアネモネはガレットにとっても義妹になるんだぞ? ……まぁ、お互いに独り立ちして、今後は関わっていかないというのも一つの在り方だと思うがな」

「……だって、見てられなかったんだよ」


 ミルーニはガレットに対して恩義を感じている。それは自分の命を救ってくれた恩人なのだから、至極当然の成り行きだった。

 ミルーニはガレットを敬愛しているが、別に自分が恋愛の相手として見られたいとは思っていない。気付いた時には、ガレットはもうカトレアのことを目で追っていることに気付いたからだ。

 そしてカトレアもガレットを意識しているようだった。もどかしくて甘酸っぱい二人の関係は、見ている方がやきもきさせられた。


「……あのままだったら、いつまでも進展しないままだよ。ガレットも、カトレアも、アネモネだってそうだ」


 ミルーニもガレットを目で追っているからこそ気付いてしまった。ガレットとカトレア、そしてアネモネの関係はどこか上手く噛み合っていなかったと。

 ガレットとカトレアはお互いを意識してるのに、カトレアはアネモネが気になって仕方ない。アネモネは実力が足りず、必死になって頑張っているのはわかっているけれど、それが成果になって出て来ない。

 結果としてアネモネばかり気にしてカトレアとガレットの関係は進展せず、進展しないからこそガレットがアネモネに対して悪感情を育てていたことに気付いてしまった。


「……向いてないんだよ、アネモネは。あの子、優しすぎるんだよ」

「そうだな。俺も、そう思う」


 アネモネは優しく、そして気弱な子だった。姉の影に隠れて、自分の手で成果が欲しい訳じゃなくて、ただ必死についていく為に努力を続けているような子だった。

 よく気が利く子だとも思う。それとなくガレットとカトレアの関係を応援しようとしているのも知ってる。けれど、それ以上にアネモネは日々、追い詰められるように生きていたことをミルーニは知っている。

 アネモネに冒険者の才能はない。ミルーニはそう思っているし、だから冒険者なんてさっさと止めてしまえば良いと思ってた。


「……痛々しくて見てられなかったんだよ。付いていこうとして、足りなくて。でも、血を吐きそうなぐらい努力して、自分を痛めつけて。だからカトレアだって心配するんだ。あんなの健全じゃないよ」


 アネモネのことを良い子だと思いながら、ミルーニはアネモネのことが好きになれなかった。

 向いてないなら無理する必要なんてない。付いてこなくたって、カトレアとアネモネの関係が何か変わってしまうとも思えなかった。

 むしろカトレアだって安全な場所で、平穏な生活をしてくれることを望む筈だ。だから、ガレットにアネモネを外すべきじゃないかと最初に持ちかけたのはミルーニだった。


「……アタシだって、アネモネにあんな態度取りたくなかったよ。でも、嘘ついても、甘やかしてもアネモネの為にならないじゃない」

「仲間であるからこそ、だな。……人には時として、関係を見直す時期が来る。少し距離を取るのも一つの方法だ。そして、いつか謝れば良いさ」

「……謝れるかな、結構アタシ、酷い態度取っちゃったし……」

「後悔するぐらいならば、もっと素直に語り合っておくべきだったな」

「……うん」


 皆の為になると思ってやった。それは嘘じゃないし、間違いじゃないとミルーニは思う。こんがらがってしまった関係の糸を解きほぐすのは時間がかかる。

 ミルーニとて、別にアネモネを憎んでいる訳じゃない。ただ、仲間という距離感では厳しい態度を取るしか出来なかった。

 本当はアネモネの作るご飯が好きだった。アネモネがいなくなって、アネモネがしていた仕事を分担するようになって彼女の気配りを知って、少しだけ後悔したことがある。

 せめて、もっと日頃からお礼を言っていれば良かった。頑張っていたアネモネの努力を認めてあげるべきだった。その上で、もっと違う道があるんじゃないかって言えば良かった。

 仕事を共にする仲間じゃなくて、もっと気安い友達だったら。そんなことも言い合えたんだろうか。つい、ミルーニはそんな事を考えてしまった。


「ダグさん、アタシ、謝れるかなぁ……」

「さぁな。だが、その気持ちがずっと持てるなら大丈夫だろう」

「……それも、そうだね」


 アネモネ、元気にしてるかな。ぽつりと、どうかそうであって欲しいと祈りを込めてミルーニは呟くのであった。

  

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