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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
三.二章 神谷神奈と究極の魔導書
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34 魔本――久しぶりだな――

2025/09/28 誤字修正+文章一部修正








 宝生小学校にて午前の授業が全て終了し、昼休みの時間が訪れた。

 給食をクラスの生徒全員で食べてからは自由時間だ。神奈は食べ終わってからすぐに、同じ文芸部所属の斎藤にあることを頼みに行っていた。


「え、本の解読を手伝いたい?」


 それは斎藤が普段から手放すことのない分厚い本についてだ。

 先日の霧雨と荻原の件もあり、夢というものがないことに神奈は強い劣等感を覚えていた。魔法を覚えるという夢が叶い、その次がないことに気がついてからは空いた時間で夢について考えている。そして考えた結果、自分の夢が叶ったのだから他人の夢を叶えるために動けばいいと結論を出したのだ。


 いきなり夢を叶えるために手伝うと見ず知らずの他人に言うわけではない。そんなことをすれば「なんだこいつ」と変な目で見られるのがオチだと神奈も分かっている。まず優先すべきは友人と呼べる者達だ。


 霧雨や荻原の夢は手伝える気がしないので却下している。とりあえず本の解読なら今までの人脈で力になれるのではと思い、斎藤を手伝うことに決めた。


「三年もかけて数行じゃあ絶対に解読しきれないだろ? だから手伝いたいと思ってさ。何も一人でやることなんてないだろ?」


「そうだね、別に僕も一人でやる必要はないとは思っているよ。手伝ってくれるっていうなら、僕としても嬉しいし」


「まあ手伝うっていっても、私が何かするってわけじゃないんだけど……」


「えっと、それってどういう……?」


 困惑する斎藤を連れて神奈は自分の教室へと向かう。

 まず神奈が協力者に選んだのは金という圧倒的力を持つ才華だった。金が絡めば最強と化す藤原家ならば、色々な手段を用いたり、人材を集めたりして解読が可能なのではと思っている。


 神奈が形見の本のことを話すと才華は納得の色を見せた。才華としても、未知の物を見たいという欲があったりするので快諾する。


「なるほどね、分かったわ。そういうことならパパ達に相談してみる。その本も貸してくれるかしら?」


 現物の本がなければ解析も出来ない。才華が本を渡すように手を出すと、斎藤はピタリと固まる。


「………………うん、渡すよ」


「すごい葛藤してたな……」


「な、なるべく早めに返すからね」


 そして翌日から才華の家にて本の解読が行われることになった。

 本の解読は会社に何の関係もないので責任者は才華になる。一応力を貸してくれた藤原父の人脈を辿って、必要な人材に連絡をとること、研究の了承を得ることが出来たので初日で準備は整いつつあった。数日経てば優秀な研究者達を藤原家に招待し、解読のためだけに建てた施設にて作業にかかる。


 研究者として呼ばれた者達は全員がその業界では名の通る者達だ。遺跡、古代文字、秘宝、物理、科学など、様々な種類の研究者が約三日で集う。

 そこから一週間が経ち、寝る間も惜しんで研究者達は解析していたが、誰一人として文字を解読出来なかった。唯一分かったのは、記されている文字が未知の言語だということのみ。


 もっと研究したとしても、解読には年単位で時間がかかるとの結論が出てしまう。さすがにあそこまで本を手放すことに悩んでいた斎藤も、最低一年という時間手放すことを認めてはくれないだろう。そもそも明確にどれだけで解読出来るか目処も立っていないのだ。返却するまでの時間が定まらない以上、無理に貸してくれとは言えない。


 つまり結論として、才華は本の解読を諦めてしまった……諦めるしかないのだ。

 時間をいくらでも使っていいなら可能だったのかもしれない。しかしあくまで希望的観測。集まって知恵を絞ってくれた研究者達には、才華が謝罪してから報酬を渡し、解読チームは短い間で解散した。


 翌日の朝。才華が神奈達へと声をかけ、申し訳なさそうな表情で頭を下げる。


「あの本、どうやら相当厄介な代物みたいなの。この国でもトップクラスの研究者達が手がかりも掴めなかったんだもの。もしも時間があれば解読できたかもしれないけれど、さすがに形見の大事な本を長く手放すことは私もさせたくない。……だから、ごめんなさい」


 結果を黙って聞いていた神奈と斎藤は目を見開いて驚く。


「そんな……」

「おいおい、そんなことあるのか? そいつら手を抜いてたんじゃ?」


「しいて言うなら、何も分からないことが分かった。あの本に書いてあった文字は、歴史上では発見出来ず、全く未知のものだったらしいわ。知らない文字を解読するのは相当な手間と費用が掛かるし、これ以上は厳しいの」


「僕はそんなものを解読しようとしていたのか……」


「いいよ。精一杯やってダメだったっていうなら、仕方ないんだ」


 今回のことはどうしようもないだろうと神奈も斎藤も納得している。逆にプロでも解読出来ないのが分かっただけでも収穫がある。まともな方法では、まともな研究者達ではどうしようもないことが分かったのだから。


 未知のものなら、地球上に存在していなかった可能性もある。もし地球の文字ではなかったなら神奈には頼るべき者が他にいる。


 その日の昼休み。昼食後に神奈と斎藤は図書室へ向かった。

 図書室には以前、生徒達の意識が本の中に閉じ込められる事件の元凶である荻原ララがいる。学校内で才華以外に頼れる生徒といえば、魔法を知っていて本に詳しい荻原しかいない。


「あなた達、文芸部の……」


「よう。急で悪いんだけど、お前の力が借りたいんだ」


「……別に構わないけど。その言葉遣い、どうにかならない? 一応私先輩なんだけど」


「ははは、なんか今さらすぎて敬語とか無理かな」


 委員会に所属しているのは五年生以上の生徒達だ。図書委員に所属している荻原も例外ではなく神奈の先輩である。

 図書室の受付で神奈が話していると、斎藤が荻原の手元にある紙を見て疑問を口にする。


「あの、それってもしかして……原稿ですか?」


「そっちは使えるみたいだね。……あの日、霧雨君と自分で作るって約束したから。あれから私は毎日のように、世界中の人間の心を震わせるような物語を書いているの」


「へえ、どれどれ……」


 勝手に許可もなく、神奈が原稿の文字を読んで数秒。


「ボツ。私の心が震えない時点で、全人類の心が震えることはないから」


「あなた失礼って言葉知ってる?」


「ぼ、僕は面白いと思いましたよ? 魔王に囚われの姫を助けるべく、姫に片思いしている土木作業員が旅に出るなんて……ざ、斬新ですよ」


「別にいいよ気を遣わなくても。私自身この物語に納得はいってないから。ただ、目標に届かなくても、書き続けることに意味があるから書いてるだけ。……それで私に頼みというのは?」


 自分のことはいいからと、荻原は神奈の方を向いて話題を元に戻す。

 昼休みの時間も限られているので、早く本題に入らなければ終わってしまう。もう昼休み終了まで十分を切っている。


「荻原、お前の力を使って……斎藤君が持ってるこの本の中に入れてほしい」


 固有魔法という珍しい魔法を持っている荻原にしかそれはできない。荻原の固有魔法は生命の元である魂を、九割ほど本の中に吸い取って本の世界に飛ばすというものだ。本好きには喉から手が出る程欲しい魔法だが、通常の魔法より優れた固有魔法にと欠点がある。


 荻原の力で吸い取られた者は物語を終わらせるまで本から出られない。さらに荻原自身が未熟かせいでもあるが固有魔法を制御出来ておらず、本を傷付けられると自動発動してしまい、そうして吸い込まれた場合は登場人物の体を乗っ取ってしまう。


 神奈はそんな荻原の固有魔法で、自分が本の中に入ってどういう話なのか確かめるつもりでいた。文字が読めなくても、どういう話になっているのか体験出来れば読むよりも分かりやすい。


 しかし、それは危険な賭けだ。

 使い方を間違えれば危険な力、それが魔法である。

 もっとも神奈が使用出来る魔法には危険なものなど一つもない。むしろ使い道が限定的すぎるろくでもない魔法なのだが。


 荻原の力で吸い込まれれば、物語を起承転結の結まで終えなくては本から出られない。どういった物語になっているのか、そもそも物語になっているのかすら分からないのに、そんな状態で中に入れば一生出てこられない可能性すらある。それが分かっているので荻原も忠告する。


「あなたがその本を知っていようと知らなかろうと、危険なことに変わりはない。もうこの世界に戻って来ることが出来ないかもしれないの……分かってる?」


「一度体験してるし分かってるよ。まあ大丈夫だ、勘だけど」


「後悔すると思うけど……やるというのなら止めない。それじゃあ神谷さんを本に送るから」


 いくら止めても聞かないと荻原は直感的に悟った。神奈もリスクを分かった上で提案している以上、止められる言葉はない。


「ちょっ、ちょっと待ってよ! どうせ本の中に入るなら僕が行く! この本を知りたいのは僕なんだから……!」


「危険だぞ」


「覚悟は出来てるよ」


 二人はしばらく見つめ合うと、神奈が折れた。


「はぁ、しょうがないな。荻原、送るのは私達二人だ」


「……どうなっても、知らないからね」


 忠告を無視した以上どうなっても自己責任。荻原は二人を本の中に送るべく、斎藤から分厚い本を受け取って集中する。


「〈本渡り(ブックインヴェンド)〉」


 固有魔法名を口にすると同時、斎藤の本が青い光を発し始めて――すぐに霧散した。


「……え?」


「どうした?」


「何、この本。私の力が弾かれた? こんなこと、初めて」


 魔法が本に弾かれる体験を荻原はしたことがない。特殊な力自体が本に拒絶されていた。理由が全く想像付かない。

 どうしてなのかはよく分からないが、神奈は荻原の魔法が失敗したと判断してため息を吐く。


「……つまり無理だってことか。少しは期待してたんだけど、まあしょうがないか。斎藤君、荻原に頼るのは諦めよう」


「そうだね。でも僕、少しだけホッとしちゃったよ。やっぱりこっちに戻って来られないかもしれないのは嫌だからね」


 昼休みも終了時刻が迫ってきたので、神奈達はそれぞれの教室へと戻る。

 そして一日の授業も終了して放課後になった。次の協力者にも当てがあるので、神奈は斎藤を連れて目的の人物を探す。


 学校の生徒ではないため、学校にはいない。捜している人物は以前、商店街の本屋で本を買っていたことがあるので、まずはその場所を目的地として歩いて行く。そしていざ本屋に到着すると、小説コーナーに青い髪の知的そうな少年の姿があった。


「グラヴィー、ちょっといい?」


「神谷神奈か、久しぶりだな。何か用か」


 グラヴィー。かつてこの地球を侵略しようとした宇宙人の一人であり、実は読書好きである。そのため各地の本屋を巡っていると、神奈はレイの家に遊びに行った時に聞いていた。

 斎藤の本がもし、地球ではなく宇宙のどこかにある星の物なら、宇宙人に聞くのが手っ取り早い。


「なんだその本は」


 神奈は斎藤の本を手に取り、グラヴィーに見せつけるように持つ。グラヴィーはそれに興味が惹かれたのか、手に持っていた本を所定の場所に戻してからマジマジと視線を送る。


「実はここにいる斎藤君の本でな。でも文字が読めないんだ」


「あの神谷さん、その言い方だと僕が日本語読めないことにならない?」


「あ、ごめん。日本語じゃないんだよこれ。全く未知の文字らしくて」


「これはまさか……」


 グラヴィーは本を手に取りページを眺めると、何かに気付いたような表情をした。神奈はその表情を見て心当たりがあるのだと確信する。


「やっぱり、これはどこか別の星の文字なのか?」


「これは、お前達よくこんなものを手に入れられたもんだな。これは魔導書というやつだ……それも国宝レベルのな」


「僕はあれだけ苦労したのに……」


「お前達が読めないのも無理はないだろう。この文字はドーマという惑星の文字だからな」


 本当に他の星の文字だったことには素直に神奈も驚いている。斎藤も目を丸くして心の底から驚いていた。なにせ自分がほとんど読めていない文字を、容易く解読してしまうのだから。


「惑星ドーマ? お前が侵略したのか?」


「いや違う、ドーマへは行っていない。だが興味深い本がいくつもあるとの噂だったので、文字を勉強しておいたのだ。知りたいならこの本の日本語訳を書いておいてやろうか?」


「勤勉なやつだなお前、私は日本語だけで精一杯だよ。他の国の文字なんて覚える気もない、日本から出る気もない。だって出なければ覚える必要ないし」


 前世でも神奈は日本語以外を覚えていなかった。多くの国で使える英語すら、簡単な単語もよく覚えていない。せいぜい挨拶ができるくらいでそれ以外は頭に存在していなかった。今世でも神奈はわざわざ覚える気になれない。


 何はともあれ、未知の文字の解読が出来る状況にはなった。しかし斎藤が読むために翻訳するには本をグラヴィーの元へと預けなければならない。神奈はどうするのかを訊くため、斎藤の方に目を向ける。


「どうする?」


「翻訳出来るなら……是非ともお願いしたいけど」


 少しの葛藤があったが、本が読めるのならと一時的に貸すことを了承する。


「分かった。頼むよグラヴィー、どれくらいで終わる?」


「まあ全部訳すとなると、一週間はかかるか」


「意外に早いなおい。たった一週間かよ、その本見た感じ七百ページはあるだろ。ていうかこの本分厚すぎなんだよな……。とりあえず、一週間後に家に行くよ」


「分かった、それまでにやっておこう」


 グラヴィーは本を持って帰っていき、神奈はその背中を見送ってから斎藤に微笑む。

 ようやく本が読める目処が立った。だいぶ他人に頼った形になるが、斎藤の夢はこれで叶うのだ。


「良かったな、斎藤君」


「よかったけど、少し複雑だな。あんなにあっさりとあれが読めるなんて。彼は何者なの?」


「別にただの……宇宙人さ」


「へえ、そうなんだそれはすごいね」


 斎藤は自分から訊いたのに棒読みで返す。

 全く信じられていないのが神奈にははっきりと分かった。しかし、宇宙人なんて世界の人口半分くらいは信じられないものである。この分ならもはや宇宙人であることを隠す必要ないのではと、神奈は密かに思った。



 * * * 



 宝生町のとある丘に一人の青年が立っていた。


「さて、宝生町……ここにアレがあるはずだ。あの男が最期に息子と言っていたからな、ここ以外考えられない」


 青年の手には斎藤の持つ魔導書と色は違うが、同じような表紙の本が抱えられていた。

 町全体がよく見える見晴らしのいい丘から町を見下ろすと、青年は分厚い本を開き始める。すると本から純白の光が漏れ出て、青年の周囲に人の形を作り始める。


「さあお前達、それぞれ探索に当たれ。必ずアレを手に入れるぞ。待っていろよ、究極の攻撃魔法の本……!」









腕輪「ついに形見の本を解読し魔法の修行を始める斎藤、しかし文芸部一同で下校している時に究極の魔導書とほぼ同じ本を持っている謎の男が立ちはだかる! 次回! 『究極――その勝負受けるよ――』絶対見てくださいね!」


神奈「なにこれ」


腕輪「……あ、割り込み投稿されて私の次回予告が詐欺になってます」



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