33.96 花を愛する者
数十メートル吹き飛んだプラティナリアは無言で踏ん張って勢いを殺す。そんな空中で停止した彼を見て神奈は「へぇ、意外だ」と感想を零す。
「手加減したとはいえ、一撃で気絶させるつもりで打ったのに耐えるのか。さっき泉さんに襲いかかった時は全力じゃなかったんだろうな」
「総合戦闘値を調べましたがグラヴィーさんよりちょっと弱いくらいですね。まあ神奈さんの敵じゃありませんよ」
最初に泉を襲った時の速度から、神奈はこれくらいで気絶させられるだろうとおおよそのパワーを計算したのだ。もっとも今のように相手が力を隠していた場合は気絶などさせられないが。
腕輪の発言によればグラヴィーよりも弱いらしい。つまり神奈が万全の状態である今、やろうと思えばデコピンでも勝てるだろう。もちろんわざわざデコピンする必要はないのでやらない。
「ぐうううぅ……! 悔しいが全く敵わないようだ。私だって修行しているというのに、怪物め」
「そう言うなら降参するか? このまま戦ったっていいけどさ」
「ふっ、勝ち目がないわけじゃない。私最大の大技で最大の壁を崩そう」
勝ち目など確実にないにもかかわらずプラティナリアは自信あり気に言う。彼の自信がいったい何から来るのか神奈としても気になる。
プラティナリアが突如閉眼して深呼吸すると、奇妙な青白いエネルギーが集まり始める。魔力にしては異質な感じがするそれは四方八方から流れてきている。
「これは……魔力値がどんどん上昇していっています。おそらく何かから吸収する固有魔法でしょう」
「その通り、私は今この星のエネルギーを吸い上げさせてもらっている。もちろん全て吸えるわけではない。そんなに吸ったら花達が育つこともない死の星になるし、私の肉体も耐えきれず弾け飛ぶ。ゆえに私の限界まで吸い上げるのみ」
「魔力値、約80000! 先程の四十倍以上!」
魔力の高めすぎは身体が耐えられない。神奈の切り札である超魔激烈拳も魔力量こそ変わらないが一点に集中することで体に大きな負担が掛かる。今プラティナリアが行っているのは一点集中する超魔激烈拳の全身バージョン。下手すれば体が爆散するほどのリスクを秘めた大技。
「喰らえ――星力砲!」
プラティナリアが両手を前に出して叫ぶ。
青白い光が彼の両手から放たれ、極太の光線が真っ直ぐ神奈へと飛んでいく。
星のエネルギーを吸い取っただけはある強力な光線に対し、神奈が取る行動は一つ。自らの魔力光線で立ち向かって相殺する以外にない。
神奈も右手から魔力光線を放ち、紫光と青光がぶつかり合う。
人間一人程度の大きさである魔力光線では星力砲全体を相殺は出来ない。ゆえに神奈は瞬く間に星力砲に囲まれる。
そして魔力同士の衝突により爆発が起き、爆炎が広がっていく。
「この技は一日に一回が限度。しかし使ったからには確実に敵を屠れる。喰らった相手は細胞一つ残らない」
星力砲が止まり、両手をだらんと下げたプラティナリアが呟く。
爆炎は消えたが黒煙が生まれてそれが未だ残っている。勝利を確信している彼は勝ったというのに笑みすら浮かべない。
もう分かっていたのだ。プラトン人が他の植物諸共サクサクフラワーを燃やした理由も、自分が今やっていることが間違っていることも。しかし自分が誰かを害することを正当化したい気持ちがどこかにあり、罪の意識から目を背けさせていた。
本当にやりたかったことはこんなことなのか。
本当はまた誰に邪魔をされることなく花を育てたかっただけなのに。憎悪に身を任せていたらいつの間にかこんなことになっている。
笑えない。当時、惑星プラトンにて一人で花を育てていた時はもっと、心から笑えていたはずなのに。いつからか笑顔になれなくなっていた。何故という自問自答を繰り返しては答えを出さない日々が今日まで続いた。
だが今日ようやく気付けた。いや、自分の気持ちと向き合えた。
「――そうか、じゃあ私の勝ちだな」
プラティナリアは神奈の声を耳にした時、笑みが零れる。
星力砲を耐えたのが信じられないで愕然として両目は見開かれているのに、口元は引き攣りながらも笑っている。
黒煙が晴れるとその中から現れたのは無傷の神奈。
やはりそうなのだ、と彼は思う。自分から殺す気で勝負を挑んだにもかかわらず、本当は何も関係のない者を殺したくなどなかったのだ。その証拠に無傷の少女を見てホッとして笑みまで浮かべているのだから。
「どうする? まだやるのか?」
「……いや……止そう。もう、止めよう」
項垂れたプラティナリアの口元は未だ笑っているままだ。そんな正直不気味な顔を見た神奈は「顔こわ……」と呟いた。
上空で争っていた二人は泉の元へと下りる。
勝敗的にはプラティナリアの降参という形になり、闘気が失せていたので地上に下りても問題ないだろうと神奈は判断したのだ。
「終わったんだ、ね」
泉がそう問いかけてくるので神奈は「ああ」と答える。
「ええ終わったのです。神奈さんのあまりの怪物っぷりに彼が震え上がっちゃいましてね。ほらこの状況で笑みを浮かべているなんて壊れてるみたいじゃないですか」
「……うわ、否定出来ねー」
今まで万全の神奈に対抗出来ていたのはエクエスくらいなものだ。他の者は大抵楽勝であるし、苦戦してもほんの少しだけ。怪物と言われても仕方ないレベルではある。
決してプラティナリアは精神がおかしくなって笑っているわけではないのだが、もはやそう捉えてもおかしくないくらい神奈の戦闘力が異常なのだ。戦った者の内側が壊れると聞かされても本人すら納得してしまいそうになる。
「……もう、諦めてくれた、の?」
「……諦めた。……諦めた、か。今さらかと思うかもしれないが私は初めからこんなことをしたくなかったのかもしれない……いや、したくなかったんだ。それなのに自分の気持ちを誤魔化し続けて……いつの間にかこんなことになっていた。私はただ邪魔されず花を育てたかっただけなのに」
「なんとなく分かってた、よ。あなたの根は悪じゃないって、さ」
普通なら今さら虫の良いことを言うなと怒鳴ってもいいところを、泉は彼の行ったことについて何一つ責めたりしなかった。
他の惑星では犠牲が出ている。地球でも被害が出ている。しかしどうしようもない悪人ではないと泉は感じ取っていたらしい。彼が真の悪人であるなら即処刑だろうが。
「……許してくれるのか」
「いや許されないだろ。地球でやったことはまあ、たぶん大したことないと思うけどさ。お前他の星でめっちゃ被害出したらしいじゃん。さっきの過去語り、私も腕輪に通訳してもらって聞いてたんだからな」
「通訳……? ああ、すまない。今からこの星の言葉で話そう」
「喋れるんだったら最初からそっち喋ってよ。お前の言葉いちいち腕輪に通訳してもらって……って、あ! 日本語が分かるから私達の言葉が伝わるのか!」
そういえば腕輪はプラティナリアに通訳していなかったな、と神奈は思い返す。
(……ん? そういえば、何で泉さんってプラティナリアの言葉が分かったんだろ。腕輪の通訳なしで……え、凄くね?)
つい先程まで話されていたのはプラトン語だというのに、泉は全て理解して会話していた。宇宙人の言葉が分かるというだけで凄い特技である。もしかすれば外国語も全て話せるのかもしれない。仮にそうだとしたらマルチリンガルなんて言葉でも収まりきらない。
「ねえプラティナリア、もしよければ私と一緒に花を育てな、い?」
神奈が驚いているうちに泉がそんなことを言う。
「一緒に? 花を育てられるのは嬉しいが……いいのか?」
「私は構わない、よ。お母さんも人手が増えて助かると思う、し」
提案した側なのだから泉は許すのだろう。だが他はどうなのかと、プラティナリアと泉が神奈の方へ視線を向ける。
二人に見られた神奈は右手を後頭部にやって視線を逸らす。
「まっ、いいんじゃないの。やっちまった過去はどうすることも出来ないし、これからお前なりに償っていけば」
「……すまない、礼を言おう。私を止めてくれたことに」
「気にするなよ。何か見てられなかっただけだから」
こうしてサクサクフラワーの一件は解決した。
町の住民へプラティナリアが勝手に配布したサクサクフラワーは後日、藤原家の協力により危険性が伝えられた。住民達は危険性を知るやいなや焼却処分するのだった。
* * *
泉の実家【フラワーショップIZUMI】にて。
チューリップを購入した男性客が帰っていき、店主である泉英里佳が「ありがとうございましたー」と言って一礼する。
「あの、これはどこに置いておけば」
「ああそれね。それはあの空いてるところ」
赤いチューリップの植えられた植木鉢を持って来たのは一人の男。
緑のグラデーションが綺麗なツタの長髪。鼻がなく、耳は尖っている。体毛であるツタは伸びて体に巻きついており衣服のような役割を果たしている。
「いやあ助かるよプラ君。一人だと色々大変でさ」
その男、プラティナリアは「でしょうね」と呟いて指定された場所へ植木鉢を置く。
彼がここで働いている理由は泉沙羅にあった。一緒に花を育てようというあの発現は、予想外なことに店で働きませんかという意味だったのだ。確かに花屋なら花を育てることは出来るが彼の想像していたものとは大きく違う。
「まさか、共に花を育てようというのが店を手伝えという意味だとは。何だか騙されたような、釈然としない気分だ……」
「はっはっは、給料ゼロで働いてくれるなんて欲のない人だよプラ君は。花を育てるだけで満足なんて変わってるよほんとに」
しかも時給ゼロ円というブラックどころではない働き方だ。
全て沙羅が手回ししたらしく、後ろめたい過去のせいでプラティナリアは働く云々について何も言えない。ただこうして無給で働くことも自分なりの償いだとして受け入れている。
「しっかしあの花、サクサクフラワーだっけ? 綺麗だったのに全部あげちゃったって本当? なんか危ない花だったらしいけど、売り切れになるくらい売れた良い花なのに」
「まあ、あの神谷という子が紹介してくれた青髪の子は大事にすると言っていたので。本当は燃やすなんて話になりかけていたし、個人的には良かったと思っています。さあ、次は何をすればいいんですか?」
プラティナリアは真剣に自分の罪と仕事に向き合っている。また憎悪に支配されない限り危ない思考をすることはないだろう。
そんな彼を花屋の手伝いにした張本人――泉沙羅は花屋の二階にある自室で本を読んでいた。
タイトルは【絆の結び方】といい普段から泉が読んでいる本である。
もう何度目になるか、読み終えたので視線を本から横にずらす。
机の上には勉強道具や文房具の他に花瓶が置いてある。そしてその花瓶には一本だけサクサクフラワーが入っていた。綺麗だからと一本だけ貰って部屋に飾ったのである。
枯れることなく咲き続けているその花を見つめて、泉は穏やかな笑みを浮かべた。
グラヴィー「あ、マズイ。さすがに大量にありすぎて気分が……エネルギーが吸われすぎて……ディ、ディスト、レイ、助けてくれええ……!」




