33.95 泉とプラティナリア
宝生町東側にある森を一人の少女が歩いている。
ストレートな黒髪を肩まで垂らしたその少女、泉沙羅はとある場所を目指して進んでいた。その目的地は神奈と同じくサクサクフラワーが育てられているという場所だ。
英里佳が倒れた原因はサクサクフラワーだと気付いた泉は英里佳に入手先を聞いた。プラティナリアなる人物、もしくは育てられているサクサクフラワーを見つければ後は花を燃やすだけ。花屋の娘であるし、読書には及ばないが花も好きな泉としては心苦しいが仕方ない。このままでは英里佳以外にも被害が出るかもしれないし、何より実母が体調を崩すような花を多く見せに置いておくわけにはいかない。
しばらく歩き回っていると泉の視界にあの不気味な花が映る。
木が少ない開けた場所に、茎が青く花弁が潤朱のあの花が数百という単位で咲き誇っている。花畑になっているその場所には一人の男が立っていた。
緑のグラデーションが綺麗な長髪。人型ではあるのだが鼻がなく、耳は尖り、全身から体毛の代わりにツタが生えていてよく見れば長く綺麗な髪もツタである。ツタは伸びて体に巻きついており衣服のような役割を果たしていた。そんな明らかに地球人ではない男の名こそプラティナリア。泉が捜索していた人物である。
「客人か。こんな場所に珍しい、あの男勝りな女性以来だ」
「お母さんから聞いたんだけど、あなたがプラティナリアか、な?」
「いかにも、この私こそプラティナリア。母親と先程言っていたがそうか、君はあの男勝りな女性の娘ということか」
「あなたが言うその人が泉英里佳って名前ならそうだ、よ」
この場所に来る者は少ないらしく、プラティナリアは英里佳のことを憶えていたようだった。
「して、何用か。またこの花を店で売りたいというのなら提供するが」
「いらない。私の願いはただ一つ、この花達を処分してほし、い」
プラティナリアの目が細められる。
大切に育てている花を処分しろと言われたのだから怒る気持ちは泉も分かる。泉だって同じことを言われれば怒りを前面に表すだろう。
「この花は危ないか、ら。お母さんはこれが原因で倒れたし処分してくれると嬉し、い」
「それはこのサクサクフラワーが生命のエネルギーを吸い取るからか?」
「分かっているなら話は早い、ね」
危険性を理解しているなら処分の流れもスムーズにいくと泉は本気で思っていた。しかし忘れてはならないのはプラティナリアが危険を承知で育てている可能性。そして初めから危険性を理解している彼がなぜサクサクフラワーを植えたのかという動機。
考えの浅さを嘲笑うようにプラティナリアは口元を歪める。
「いやいや、その危険性は初めから理解しているとも。それを分かっていて私はサクサクフラワーをこの星に植えたのだから。この星の生命体に被害が出るのはむしろ予想通りだとも」
「どういうこ、と?」
「この私の目的はただ一つ。花達が安全に育つ世界にすること。そのために邪魔な命には消えてもらわなければならない」
よく分からないので泉は首を傾げる。
「理解出来ないだろう。一応説明はしておこうか、なぜ他の命が消えなければならないか。私は思い知らされたのだ。……花達を蔑ろにする奴らはどこにでもいるということを」
それからプラティナリアは己の過去を語り始める。
プラティナリアは惑星プラトンという場所で生まれた。プラトンは種類豊富な植物が星を覆っており、住民達は植物を愛する心優しき者達である。彼もまた植物、主に花を育てているのが大好きな素朴な少年だった。
ある日、一人の商人がやって来た。
星々を移動して商売を行うその者は、とある花の種をプラティナリアへ「買わないか?」と問いかけてきて、見たこともない花を育てられるという好奇心により悩むことなく購入する。
シワが目立つカチカチの種を実際に植えてみて七日。
最近疲労が取れないプラティナリアは自身の花畑を見て絶句した。
種を植えて七日、たった七日だ。そんなに短い期間で見たことのない花が咲いていた。茎は青く、花弁が潤朱のその花こそ当時は名もお知らなかった――サクサクフラワー。
日に日に数を増やし、さらに時が経てば花畑の半分はそれで埋まる。
そこまでになると綺麗な光景だ。感動的なものだ。しかしプラティナリアの体調不良は段々と酷くなり、遂には他の住民達も体調不良を訴え始める。その原因がサクサクフラワーにあると判明するのにそう時間はかからなかった。
他のプラトン人は当然の如くサクサクフラワーを焼却する方針を立てる。
計画はプラティナリアが留守の時に実行された。異変に気付いた彼が家の庭にある花畑に戻ってみればそこは火の海。大切に、真心込めて育て上げてきた花達が炎で焼かれていく光景が広がっていた。
結果、サクサクフラワーだけでなく花畑が家ごと全焼した。
プラティナリアは蹲り、泣き叫び、プラトン人を恨む。
今までは感じたことのなかった憎悪が心を支配して、花達を害する自分以外の命へと憎しみの矛先が向けられる。
それからというもの、プラティナリアは数々の星を訪れてサクサクフラワーを植えた。花を害する者達に花で制裁することに決めたのだ。原住民の命が全てサクサクフラワーの養分と化した星は三から数えていない。
「分かるか? どんなに花を、植物を愛していても誰かの手で壊されてしまう悲しみが。花達だって生きているのに酷いことをする。私は、私以外の者を排除して楽園を築く」
「私……分かる、よ。そんな人を知っている。みんながみんな悪いわけじゃないのに、全員悪い人だって決めつけている人。あなたも同じなんだ、ね」
「こんな緑豊かな星でのうのうと花を育てられる奴になど分かるまい。私は故郷で花を満足に育てられなかったのに、なぜお前達のような者が平和に育てられる? そんな連中が妬ましくて妬ましくて、もはや生きていることすら我慢ならん」
「ねえ知ってる? そういうの八つ当たりって言うんだ、よ」
「ああそうだ、八つ当たりだ。お前のような者に罪などないと私だってもう分かっている。だがもうとっくに私は動き出している、もう止まれぬ。たとえ子供でも容赦せぬ」
プラティナリアはもはや理不尽の領域に踏み出している。
彼は素早く駆けて泉の喉元へツタの爪を突き立てようとする。対する泉も右手を動かそうとして何かをする――前に黒髪の少女がプラティナリアを殴り飛ばした。
「なんっつーか……救えねえっていうか」
突然割って入った神奈に殴り飛ばされて、木を薙ぎ倒すごとに減速していってようやく勢いの止まったプラティナリアは「何者だ」と問う。
「神奈さ、ん?」
「プライドみたいなもんを優先して道を見失ったって感じだ。お前、今のままじゃ目的を達成したところで素直に喜べないぞ。だってもう分かってるんだろ、他の誰かに八つ当たりしてもしょうがないってことくらいさ」
癖毛の黒髪。白いパーカー。右手首に白黒の腕輪を付けている少女――神谷神奈は殴り終えた体勢でプラティナリアを鋭く睨む。
神奈は話を途中から聞いていた。宇宙人の言葉など分からないので、正確には腕輪が聞いて通訳してくれていたのだが。
「いきなり出て来て説教か。言ったはずだ、私はもう止まれぬと」
プラティナリアは全身から出ているツタのうち数本を神奈へと伸ばした。
鋭い棘が生えたそれが直撃すれば普通なら血塗れになるのだろうが、神奈は軽く手で払って全てのツタをいなす。
「だったら止めてやるよ。自分の間違いに気付いておきながら止められない、ただのバカの代わりに」
口元を歪めて「笑止」と呟いたプラティナリアが空を飛ぶ。
空中戦が望みなのは花を傷付けないためだろう。どこまでいっても花のために動こうとする精神だけは称賛出来る。その意を汲み取って神奈は「〈フライ〉」と飛行魔法を唱えて浮かび上がる。
「神奈さん、殺さないであげ、て」
「分かってる。間違いを認めさせたいのは私も同じ気持ちだから」
そう告げると神奈はプラティナリアと同じ高さにまで飛んで行く。
白雲に近い高さで二人は睨み合い、そのまま接近して殴り合おうとする。だが神奈の方が素早かったのでプラティナリアの顔面に左拳が突き刺さる。
初撃の衝撃から体勢を立て直す暇も神奈は与えず、流れるような動きで顎に右アッパーを叩き込む。プラティナリアは為す術なく縦回転しながら後方へと吹き飛んだ。




