チーズケーキ 8
「カズミ」とさっきよりも静かに強く言うタダだ。「その話続けたら、もうケーキ食わせねえからな」
「なんで?」とカズミ君。
「なんでじゃねえよ。もう黙れ」
「なんで?」
「なんでじゃねえって」
「なんで?」
「いい加減にしとけ」
「なんで?ユズルの事好きなんじゃないん?」
「好きだけど今急にそんな事はしない」
タダがはっきりとそう言うので驚いて、ぷわ~~っと顔が赤くなる。
「そうなん?」とカズミ君。「好きだからキスするって言って追いかけられたよオレこの前」
「「誰に?」」タダと声を合わせて聞いてしまう。
「マイってやつとユウナってやつに。先生が止めてくれた」
やだ…女の子怖い。
サンドイッチを真剣に食べ始めるとカズミ君は静かになった。
変な事を聞かなくなったのはいいけれど、タダもあまり話さないから、またソワソワしてくるので何か話題を探す。
「タダのうちのお父さんとお母さん、仲良いんだね。二人で映画観に行ったってカズミ君が言ってた」
「あ~~今はな」とタダがちょっとカズミ君の様子を伺ってから私に言った。「カズミにも隠してないんだけど、うちが引っ越してくる前、カズミが生まれる前だけど、オレんちの親、すげえ一時期仲悪くなって、結構こじれたらしくて離婚するかもってまでいってて、でも父さんが仕事変わって、家に帰ってくんのも早くなってきたらまた元のように仲良くなって、それでカズミが産まれるってわかったから、ばあちゃんちに近いこっちに引っ越して来て…オレはホラ、こっち来た時暗かったろ。ほんとにしばらく親が離婚するかもどうなるんだろって小さいなりに考えて、でカズミが母さんのお腹の中にいる時も結構大変で。で、あんないじけた感じになってたよな」
「…そっか」
そうだったのか…知らなかった。
「引っ越してきて、ヒロトと会ってすげえ良かったってずっと思ってる」
「うん」
「ほんとに。そいで今日は大島が来る事話したらすげえ父さんも母さんも見たいって騒ぎだして、大島が緊張して食べれなくなるつったら、じゃあ映画にでも行って来るって」
「そうなの!?」恥ずかしいな。
「いいじゃん」とカズミ君が言う。「またみんないる時にも来たら」
…また呼んでくれるんだ…
「…そっか…そっかカズミ君は良かったね。ずっとお母さんたち仲良くて」
「オレはでも」とカズミ君が言う。「お父さんもお母さんも好きだけど、兄ちゃんの事が一番好き!」
わぁ…可愛いな。そんな事言われたら嬉しいよね。タダが恥ずかしそうな嬉しそうななんとも言えない感じのちょっと変な顔をしている。
素直にいろんな事話してくれるようになって、カズミ君、私に慣れてきたんだな。
「でもな大島、」とカズミ君が言う。「…あ、ユズルだった」
「もう大島でいいって」
「そっか?兄ちゃんもやっぱ大島って呼ぶしな。それでな大島、兄ちゃんが一番好きなのは大島なんだって」
「え!」
カズミ君からきっぱり言われて驚いた声を出してしまった。
「…え、って…」とタダが呆れたように言う。「なんでそんな初めて聞きました、みたいなリアクションする」
「…あ、うん…」
「なに?」とタダがちょっとムカついた感じで言う。「なんでそんな不審そうな顔すんだよいつも」
「いや…そうじゃないんだけど…ていうか、タダが一番好きなのはヒロちゃんでしょう?」
「はあ?」
「だって今も言ってたじゃんヒロちゃんがいて本当に良かったって。あんた中学の時もどんだけ女子に誘われても、何かつったらヒロちゃんと練習とか、ヒロちゃんと遊ぶとか言って、ヒロちゃんが女子に恨まれるくらい言ってたじゃん」
私の事だってたぶんそうなのだ。自分が一番大事に思っているヒロちゃんをずっと好きでいて、何回も振られるのをそばで見ていたから、変な同情沸いてるんだと思うんだよね。
「じゃあこれからは」とタダが言う。「なにか誘われて断る時は毎回大島の事言って断るわ」
「…」
じいっと私を見るタダを一瞬見つめ返して目を反らしてしまった。
「キスするん?」とカズミ君。
イイ感じで入ってくるなあ。
「いいから」とタダが注意する。「カズミは食べとけって」
ハハハハ、と大きい声で笑ってしまった。
「もう!カズミ君、ちょっともうそれ言わないで。だんだん面白くなってきたし」
「…」ちょっと私から目を反らすカズミ君だ。
あれ?私が笑ったから恥ずかしがってる?…いやちょっとムッとしてるのかな…。
「なあ兄ちゃん」とカズミ君がタダに聞く。「オレがいない方がいい?」
「いや別に」と普通のトーンで答えるタダ。
『いや別に』って答え方、こんなちっちゃい弟にするかな普通。そこはちゃんと「いた方がいいよ」とかさ、言わなきゃだめなとこなんじゃないの?
だから慌てて取り繕う私だ。「もう食べようよカズミ君、今日はありがと」
「…」
あれ?返事してくれない…
もしかして私に心閉ざした?せっかく慣れてきてくれてたのに!
「あのな、カズミ」とタダが言う。
タダがカズミ君に何を言うつもりか分からないけど、カズミ君がこの場を嫌に思って、最悪泣きだしたりしたらどうしよ…
「今はまだしない」
はっきりと静かにカズミ君を見つめ、言い聞かせるように言うタダだ。へ?と思う。
タダが続けた。「今はそこまで大島が兄ちゃんの事を好きじゃないからまだしない」
「ちょっと、タダ!」
何を小さい弟に説明してんだ。
「でも」とカズミ君が言う。「ユウマとナナちゃんはしてたけど。ユウマはそんなにナナちゃん好きじゃないんだけど、ユウマがこの前サキちゃんにもしてたから私にもしてってナナちゃんが言うから」
ユウマ!
「カズミ君」と私が言う。「カズミ君たちくらいのちっちゃい子は別にいいかもしんないけど、高校生になってそんな事してたら絶対ダメだから。誰とでもしたらダメなの。中学生でもダメ。それやって許されるのは小学2年くらいまでだから」
ハハハハ、と今度はタダが大きな声で笑ったので、ビクッとする私とカズミ君。私は自分が言った事が恥ずかしくなってくる。タダの前で何言ってんだ私…
カズミ君が言った。「でもカノジョがいなかったらほっぺたなら誰としてもいいってユウマは言ってた」
ほっぺたか!ていうかユウマ、誰から得た知識だそれ。
カズミ君が私の目をじっと見つめて言う。「でもオレはそんな事してないよ」
あ、なんかわかんないけど今きゅんと来た。
サンドイッチやポテトを食べてしまうとタダがチーズケーキにロウソクを立ててくれた。
HAPPYBIRTHDAYと字がつながった黄色いロウソクで、周りが赤いロウソクで縁どられている。
「いえ~~い」と言いながら手をパチパチ叩くカズミ君。「でもさ、兄ちゃん。来年はクリームのやつでイチゴ乗ってるやつ作ってやったらいいじゃん大島に」
タダが普通のトーンで答える。「来年な」
ふわん、と私の胸の奥の方から温かい何かが急に、私の頬の方へ上がって来た。
…来年も祝ってくれるの?
カズミ君が私の腕を突っついて言う。「大島消してホラ!」
「…あ!うん!」
「昼間だと雰囲気半減するな」とタダ。
「そんなことない」慌てて言う私。「ありがと」
「いえ~~い」とまた言いながら手をパチパチ叩いてくれるカズミ君。
「なあ」とタダがチーズケーキを頬張る私に言う。「そのロウソクはニシモトの差し入れ。昨日オレんとこ持って来てくれた」
「ケーキの予約断ったのに?」
「オレが大島に自分でチーズケーキ作ってやる事にしたって言ったから」
「え?…それ、ニシモトに言ったの?ニシモトが面白がって他の人に教えない?」
「いやオレは別にいいけど…。大島イヤなん?」
「…イヤじゃないけど…」
「たいがい仲良かったヤツはどうせ知ってるから」
「…何を?」
「…何をって…」ちょっと目を反らすタダ。
「何を?」
「中学の時、ヒロトんちにニシモトとかと7、8人で泊まったりした事あったんだけど、それでそういう話になって」
「…そういうって?」
「もうわかんじゃん」軽くキレるタダだ。「好きなヤツを言い合ったの!」
マジで!男子もそんな女子みたいな事すんの?じゃあ中学の時ヒロちゃんやヒロちゃんの周りにいた男子はタダが私を好きだって知ってたって事?ていうか中学から私を好きなの?だから前にヒロちゃんが、タダは私の事が好きなんだって言ってたのか…
「じゃあ」と私は言う。「ニシモトの好きな子って誰?キクチの好きな子は?」
「それは言わない」
「…そのときさ、」と私は聞いてみる。「みんなにバカにされなかった?」
「なんで?」
「や、私はホラ、自分で言うのもアレだけど、モテる部類には入ってないから」
「いや…そんとき大島がイイって言ってたヤツが他にもいた」
「うそ!ホントに?…え、それヒ…」
「ヒロトじゃねえよ」
「…うん、わかってる。…誰?」
「言わない。でもダメって言ったヒロトがそいつに。オレが小学から大島の事好きだからダメだぞって。そいつは中学から一緒のヤツだったから」
小学から!?タダ、小学から私を好き?
有り得ないほど今赤くなってるかも…あれ?カズミ君がいつの間にかいない!
「大島、」とタダに呼ばれてピクっとする。
「…なに?」
「おめでと。誕生日」
「…ありがと」
タタタッとカズミ君が戻って来た。
へへ~って感じでタダを見て笑う。
が、タダがカズミ君の両頬をつまんで言った。「してない」
「してねえの?」残念そうなカズミ君。
キスの話か!
「すればいいのに」とカズミ君。
「うるせえよ」と言いながらつまんだカズミ君の頬をビヨン、と伸ばすタダ。
なんだろう…あったかくて嬉しくて可笑しくて恥ずかしくて、すごく変な気持ちになって来てるんだけど私…