一体いつからそうだったのか
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ルーティと一緒にミッションを一つ、二つとこなしたあとに休憩を入れる。時間的に三つ目も行けそうだったのだが、彼女がストップを掛けて来た。どうやらコクピットがバイク式のものでも、酔う時は酔うらしい。空酔いもそうだが、慣れていない座席に慣れていない体勢で、そして慣れていない操縦をするのだから機体の動きも安定しないようで、ミッション中もなにやら苦労していたようだったし、今は顔が少し青褪めている。
「これ、運動認識も試そうと思っていたけど……やめた方が良さそう」
「ですね」
「乗り物酔いはそんなに酷い方じゃなかったのになぁ……やっぱり現実とは違うからかな」
けれど自動車は自分で運転すると酔わないと聞く。聞いただけなので、本当かどうかは不明だけど。
「振動も現実とは掛け離れてはいますけど」
「二脚の状態で四つん這いは、違和感があり過ぎて……変形するたびにコクピット内も変われば良いのに」
「それはそれで操縦が混ざって大変なことになりそうですけど」
足で機体の移動や加速という、いわばアクセルがバイク式では両手で行う。これを変形するたびに入れ替えていたら、どこかでミスが起こるというか頭がパンクすると思う。バイク式はアクセル以外にも、足の操作も重要になる……らしい。両手の操縦桿に比べて、四つん這いの体勢でどれだけ足を器用に動かせるかが鍵だとか。そう考えてみれば、にゃおは、この操縦方法ではかなりの腕前なのではないだろうか。ネムネムさんとはどっちが上なんだろう。
「でも、なんか行けそうな気がする」
「その自信はどこから来るんですか」
酔っているのに、そう自信を持って言える姿に僕は呆れよりも怖れを感じた。
「こう、感性かな。シート式より合っている気がする」
「感性って言われたら、そうですかとしか言いようがないですよ」
「ミッションは取り敢えずクリアできたし、あとは操縦設定で、自分好みに変えて行かないと」
ゲームで言うところのキーコンフィグみたいなもので、僕は勿論、変更を加えているしルーティもシート式ではカスタムしていたのだろうけど、バイク式はこれからということなのだろう。
「それは『NeST』からでもシミュレートしながら出来るから、今日はやめますよね?」
「そりゃ、これだけ酔ったら、明日までは乗りたくないから」
明日には乗るんだ……根性はあるよな。部活動でメンタルを鍛えているのが大きいのかな? 最近の運動部は根性論を出すと親からクレームが来るらしいから厳しいところと緩いところの差が激しいってネットで見たけど。
「で、サールサーク卿……さんのところには行くの?」
「わざわざ『さん』付けしなくても、サールサーク卿で良いと思いますよ。卿って貴族の敬称ですし」
『卿』と『さん』だと二重で敬称することになるから、ややこしい。というか言葉的に落ち着かない。言葉狩りしたいわけじゃないけど、遣い方としてはおかしいから指摘しておいた。
「サールサーク卿のところに行くのはどうして?」
僕がフラつくルーティを気にしつつギルドエリアに向かい始めたところで訊ねて来る。
「訊きたいことがありまして」
「ゲームのこと? 操縦のこと? スズでも分からないことがあるの?」
「私としてはサールサーク卿に訊くくらいなら、ミスターやグッド・ラックに訊いた方がマシですけど」
「ああ……嫌いなんだ?」
リョウの時、散々なほどブラリ推奨プレイヤーとして吹聴した恨みは忘れていないからな。そんな人に頭を下げて操縦を教わろうなんて絶対にしない。ただ、僕が訊きたいことでどうしても頭を下げなきゃならないのなら、それは断腸の思いでやってやる。
「ちょっとサールサーク卿にしか分からないことがありまして」
ギルドエリアを更に歩いて、サールサーク卿を探すが見当たらない。
「フロアに居たら、呼び出すしかないんじゃない?」
外に居ないってことは、対人戦をしているかミッションをこなしているか、あとはギルドフロアで初心者に操縦を教えていたりとかだろうか。『オラクルマイスター』の普段の活動についてはよく知らない。案外、有名ギルドであってもその中身って謎だったりする。僕だって初心者向けギルドとしかイマイチ掴めていないぐらいだし。
「コンソールを使って、わざわざ呼び出すのは気が引けるんですよね」
ギルドパス用のコンソールの前に立ちつつ、悩む。ここから『オラクルマイスター』のギルドを開いて、家の呼び鈴やインターホンのように『呼出』をタップするだけで良いのだが、それをなかなか押すことが出来ない。
知らない人の家に突然、押し掛けるみたいな。怪しい宗教勧誘や新聞の売り込みの人って毎回、こんな気持ちを抱きつつ回っているのだろうか。タップしないでそんなどうでも良いことで誤魔化しつつ逡巡する。
「スズっていつもそんな感じなの?」
「え、あ、いや、見知った相手の家のなら押せますけど」
「嘘だ」
「はい、御免なさい。嘘つきました。ルーティの家のインターホンしか押せません」
だから謝りに行った時には望月の家は奇跡的に啓二さんが帰宅して来てくれてどうにかなったが、倉敷さんのマンションでは物凄い緊張して死にそうだった。なので、今もこうして押せていないのである。
「ほら、こうやって人差し指を出して」
唐突にルーティが僕の手を触って来たので、ドギマギしながら人差し指を立たせる。
「あ、ちょっと待って……スズの指が震えているの可愛い」
「可愛いって言わないで下さい」
「で、ポーンとタップする。オッケー?」
「いいえ」
「あんまりグズグズするのは男としてどうなの」
「今は女です」
「そういうの良いから、さっさと押しなさい」
声音が怒りを秘めていたので、僕は観念して『呼出』をタップする。この場合、ギルドマスターのミスター・ルールブックが出て来る場合もあるのだが、ログインしていないのならサブギルマスのサールサーク卿にコール音が聞こえるはずだ。もし、ミスター・ルールブックが出て来たとしてもサールサーク卿の居場所を訊けばあの人は答えてくれるだろう。
「そういえば、ミスターも謎が多いプレイヤーですね」
「スズでも?」
「私でも分からないことはありますよ。でも、あの目は……誰かに似ているんですよね。フレンドの誰とも似てはいないんですけど、どこかで見たことのある目をしているような気がしてなりません」
「デジャヴ的な?」
「んー、そうだとは言い切れませんけど、確かに既視感はあるんですよね」
似ているってだけで、“見た”って断言できるわけじゃないけど、一体、誰に似ているんだか。
「君は……ギルドの中でも噂になっているよ。腕利きのプレイヤーがその実力通りに伸びて来ている、と。是非とも、君のフレンドと共にギルドへ勧誘したいところではあるのだが、その顔を見るに、どうやらそういった話をしたいというわけではないようだ」
サールサーク卿がギルドフロアから転送されて来て、僕たちを査定でもするかのように眺めたのち、そう呟いた。
「あなたの言う通り、ギルドの話がしたいわけではありません」
「では、呼び出した理由を聞かせてもらおうか。与太話には付き合う耳を持ってはいないが、聞くだけ聞いてみよう」
これは話が早いけれど、きっと突破口もなにも見つけられそうにない。それぐらい、もう構えられてしまっている。切り込むのは、至難の業だな。乗っている機体並みに固めている。
「バイオさんとはどのようなご関係でしょうか?」
「君に、恨みはない。怨嗟を聞かせる理由もない。ならば、私は君にはなにも答える必要はないだろうな」
「現実で会ったことがあるような口振りですね」
「会った、で済ませられれば良かったのだがな。運悪く、あの男に全てを狂わされた」
「なにを?」
「人生を」
そう答えたサールサーク卿の瞳は、酷く淀んでいた。濁った瞳を前々からしているとは思っていたが、ブラリ推奨プレイヤーに毅然と振る舞う態度や、その正義に忠実な言動から、“この人は根が真面目な人だ”と決め込み、更にはまともなプレイヤーに違いないと思い込んでいた。
「ルーティ、この人の声からなにが見えたか、あとで教えて」
小声で彼女に伝え、コクリと肯いたのを確かめてから、サールサーク卿と顔を再び見合わす。
「人生? あの人は確かに言動に難はありますが、人の生き方を変えられるほど強い力を持っているとは思えません」
「ああ、それは私は思う。だからこそ因果は怖ろしい。あの男がばら撒いた悪の種は芽吹き、育ち、花を咲かせ、そしてその花は毒を持っていた。その毒を嗅いだが故に、私の人生は大きく逸らされることとなった」
遠回しな表現だな……荒れていた時期のバイオが、なにかをしでかして、この人がそれに巻き込まれたということだろうか。
「巻き込まれたから恨むんでいるんですか?」
「ふ、ふ、ふははははっ、そう、そうだ。巻き込まれたのだろうな」
怖ろしく冷たい声が耳に届く。
「私が巻き込まれる前に、壊してしまえば良かった。あの男の人生を……先に」
言い方、笑い方、どれを見ても高圧的で、イラッと来る。けれど、ちっとも心に響かない。
「なにがあったか教えてはくれませんか?」
「あの男に頼まれて、私の周囲を探っているのならば、やめておけ。関わって、巻き込まれてからでは後悔するぞ」
「あの人が頼んで来るような性格をしていると思いますか?」
「……そうだな、あの男は頼んでは来ない。自分は動かない。動けば、またなにかを壊すと怯えているボス猿だ。だからこうやって、周囲を動かして、なんとかしてもらおうとしている。その傲慢さ、その態度、そのやり口、どれもこれもが私を巻き込んだが故の結果であるのなら、実に醜い。醜悪の極みだ。しかし、“人間二人分の人生”を狂わしたのであれば、その姿こそがお似合いか」
「サブギルマスとして、そういった発言は控えた方がよろしいのでは?」
「しかし、君たちは私にそれを求めて来た。ならばそれをそのまま口にする以外に方法は無いだろう?」
丸め込まれているというより、雰囲気を制圧されている。大樹さんなら切り返せるのかも知れないけど、僕には無理だな……。
「……分かりました。もっと訊きたいことはあるんですけど、それを話してはくれなさそうなので、これで失礼します」
僕は小さく会釈をし、続いてルーティもお辞儀をして、二人揃って翻る。
「あのような男と関わるのはやめた方が良い。君たちの人生もいずれ壊される。これは警告だ。早めに縁を切ってしまうことだな」
心臓から送られる血が熱を帯び、全身を巡り、頭を沸騰させる。
「あなたになにが分か、」
「あなたに私たちのフレンドを罵倒する権利はどこにもない!」
ルーティがたまらずなにか言い掛けていたが、それ以上に僕がたまらず声を張り上げていた。
「私は私の意思で誰とフレンドになるか、誰と関わるかを決めます! 誰に言われるでもない、私が決める! この私が、決めることです!」
「なにをムキになる?」
「人と関わって、失敗して、人生が変わる。予定が狂う。そんなことはいつだって起こり得ることです。けれど、覚悟して臨まなければ自分の道を歩くことはできません! だからもしあの人に私の人生が壊されることになったとしても、私はあなたのように恨まない」
「大切な誰かを喪い掛けても?」
「そうなったとしても、私はその現実に、立ち向かうだけです」
言ってはみたが、この質問にはどうにも答えが見つからなかった。“大切な誰か”。その人を失いそうになっても、僕は冷静で居られるだろうか。悔しいことに、答えは出そうにない。
「……ふっ、どう思われようが事実を言っているまでだ。用事は済んだな? 私はギルドフロアへ戻らせてもらうぞ」
怒りをひとしきり受け止めても尚、余裕の表情であるサールサーク卿は僕の表情を見て、このやり取りの勝ちを確信したらしい。
「最後に一つ」
「なんだ?」
「逃げているのは、あなたとバイオ、一体どちらなんでしょう」
「負け犬の遠吠えは聞かない主義だ」
サールサーク卿はギルドフロアに戻って行った。
「ははっ、勝ち目はないって分かっていたのに、なんで言葉で殴り合ったんだろ……」
「スズが無茶でも挑んだこと、私は間違っていないと思うよ? ちょっと、怒りに任せ切りなところが駄目だけど」
「……でしょうね」
「だから次は、冷静に言い合いできるようにならないとね」
「次?」
「だって、ここで引き下がらないんでしょ? 引き下がらないんなら、次がある。人生は一度切りだけど、人との付き合いには次があるんだから」
ルーティに慰めてもらいつつ、言葉の殴り合いで得た収穫を再確認する。
サールサーク卿は“愚者”である、と。




