僕の罪悪感ごと
僕が転けてから、もしくは、僕がおんぶをしてもらってから。
はたまた僕が保健室で落ち込んでいた時から、または久保井君が、僕の頭を撫でてくれた時から。
久保井君は、少しだけ、僕に優しくなった。
優しく、という表現が正しいのかは分からないけれど、なんというか、体が少しだけ、僕の方を向くようになった。
いつもの色気ある流し目はそのままだけれど、角度でいうと十五度くらい、いつもより僕の方を向いてくれるようになった。
だから今日も僕は質問をする。
君のことをもっと知りたい、と、そう思うから。
僕が丁寧に読み続けている久保井君攻略本は、多分十ページくらいは進んだと思う。
けれど、攻略本が辞書くらいの厚さなのだとしたら、それはまだまだ何十分の一の情報量だし、五冊セットで売られているノートの、一冊分くらいの厚みなのだとしたら、それは結構攻略が進んでいるなと思う。
つまり、全体像はまだ見えていなかった。
久保井君はどんな人なんだろう。
僕は久保井君を、どこまで知ることができるんだろう。
久保井君はお昼、いつも買ってきたパンを食べていた。
だから僕はお母さんに頼んで、お弁当の量を増やしてもらった。
高校生になったら急に量が足りなくなっちゃって、と、言って。
代わりに久保井君には、お弁当食べ切れないから、手伝ってもらえないかな、って言った。
その日から、僕たちは一緒にお昼を食べるようになった。
久保井君は最初顔を顰めていて、人の家のご飯はキツいかな、と少し心配したけれど、どうも嫌だからではなく、自分が食べてしまってもいいのか、という遠慮から来ているものだと分かって、笑った。
僕は久保井君の為に、少しだけお母さんに嘘を吐いたんだ。
だから、良かったら、僕の罪悪感ごと、一緒に食べてほしい。
流石にそんなことは言えなかったけれど、寧ろ勿体無いから食べて、という言葉を伝えた。
僕は大人になったら、お母さんに沢山美味しいものを贈ろう、と誓った。
週が明けて、膝の傷も癒えてきた頃。
僕と久保井君は、この間できなかった五十メートル走のタイムを計ることになった。
他の皆は整列して膝を抱えていて、大勢に見られているというこの状況に、緊張感が増す。
けれど、先に呼ばれた久保井君が、僕をじっと見てから、スタートラインに立って。
合図と共に走り出したその軽やかさに釣られて、僕の心も不思議と軽くなっていった。
何故だか分からないけれど、多分、『大丈夫』って、その目に言われたような気がしたから。
続けて呼ばれた僕がスタートラインに立つと、ゴールの側に居る久保井君が真っ直ぐ先に見える。
この距離だと目が合っているのか正確には分からなかったけれど、あの眼鏡の奥の目は、多分僕を見ているんだと思う。
だから、その目に引っ張られるようにして、僕も合図と同時に走り始める。
今日は体に変な力は入っていなかった。
だから転けることなく、軽やかにゴールまで走り切ることができた。
そのままゴールの近くで立っていた久保井君に体当りすると、ちゃんと受け止めてくれたから笑って、それから。
ああ、僕。
久保井君が好きだな、って、そう思った。
久保井君が好きだと自覚してから、僕は久保井君に触れたくて仕方なくて、そんな僕を、僕自身が抑えることに苦労していた。
気が付けば目の前の広い背中に触れたくなる。
気が付けばお昼ご飯を一緒に食べる久保井君の指先を見ていて、気が付けばお弁当が運ばれていく、その唇を見ていた。
僕は、おかしくなってしまったのだと思う。
触れたい気持ち以上に、久保井君に、触れてほしくて仕方なかった。
読み進めていた久保井君攻略本は、最近全然、進んでいない。
何故だか久保井君の目を見ることができなくなって、だから、目で語ることの多い久保井君の情報が、全然更新されていかなかった。
毎日あれだけ、くだらなくてもなんでも質問していたのに、できなくなってしまった。
久保井君に嫌われたら、嫌だなと思って。
久保井君に嫌われるのは、怖いと思って。
だからお昼休みも会話が減って、その分早く、久保井君が前に向き直ってしまう。
だから引き留めたいのに、何も思い浮かばなくて、上手くいかない。
目の前に居るのに、全然話せない。
こんなに近くに居るのに、僕は久保井君に、触れることすら叶わない。
移動教室があって、皆疎らに散りながらも纏まって移動していく。
僕は久保井君の斜め後ろに居て、前を見て歩くふりをして、久保井君のつむじを見ていた。
僕はいつから久保井君が好きだったんだろう。
初めて眠そうな久保井君を見たあの時からなのだろうか。
それとも、つむじを初めて見たあの時からなのだろうか。
最初から好きだったような気もする。
つい最近、好きに転がり落ちたような気もする。
片想いって、一体どうしたらいいんだろう。
友達の場合は、友達のままで居ていいのかな。
ていうかそもそも、僕たちは、友達なのかな。
全部が曖昧で、不明瞭で、僕は少しだけ、疲れていた。




