口実
「そういえば。クリスマスイブを一緒に過ごさないかって、父さんが」
「えっ!?」
学校終わり、幸一君の部屋で話していたら、今思い出した、と幸一君が言うから驚く。
「ケーキを予約したけど、思ったより大きかったから、が口実」
「口実……!」
そこまでバラしちゃっていいの、って笑うと、幸一君に見つめられて、キスされる。
「んっ、なん、」
「可愛かった」
「…………」
最近、幸一君はよく僕のことを可愛いって言う。
けれど僕には全然理解できなくて、いつも反応に困る。
幸一君曰く、そんな僕も可愛い、らしいけれど。
本当によく分からない。
「で、どう」
「あ、うん、僕も一緒に過ごしたい。お母さんにも話しておくね」
「ん」
優しく微笑む幸一君に、胸がきゅっとなる。
最近の幸一君は甘い。
纏う雰囲気が、とても甘いと思う。
基本は二人きりの時だけだけれど、時々学校でも漏れ出ていてソワソワする。
きっと僕じゃなくても、この甘さは見た人全員に伝わると思うから。
「クリスマスかぁ、プレゼント交換する?」
「……良いな」
「って言ってもそんな豪華な物は買えないけど」
僕たちの高校はバイト禁止だから、まだお小遣いを貰っている身で。
そんな中、ささやかでも心に残るような物ってなんだろう、と考えていたら、幸一君に手を握られる。
「買えないものにしよう」
「……買えないもの?」
なんだろう、言葉、とか?
そう思っていると、唇に指で触れられて、息が漏れる。
「お願いごととか」
「お願いごと…………ねぇ、もしかしてえっちなこと考えてる……!?」
ちょっと幸一君から距離を取ると、幸一君はきょとんとしていて。
あ、あれ。
「全然。でもそっか、良いなそれ」
……やってしまった。
初めて触れ合ってから、隙を見ては僕に触れてくる幸一君だから、『そういうこと』を考えているのだと思ったのに。
「墓穴掘っちゃった……」
「っふ」
吹き出す幸一君を恨めしく見ると、柔く抱き締められて、力が抜ける。
「涼太のお願いごと、楽しみにしてる」
「……うう」
そっか、僕もお願いごとをする権利を得たんだ。
じゃあ何をお願いしようかな、と思って、結局セクシーな幸一君の姿しか思い浮かばなくて。
『そういうこと』ばかり考えているのは僕の方なのだと分かってしまって、恥ずかしかった。
だって、触れ合ったあの日から、幸一君は本当に色気が増しているのだ。
帰ってクリスマスイブのお誘いを話すと、お母さんは快諾してくれた。
それから、チキンも仕込んで行こうかしら、って言うから、その乗り気具合いに笑う。
僕のお母さんと幸一君のお父さんは、僕と幸一君がもう細工をするまでもない程、仲が深まってきているようだった。
その証拠に、幸一君のお父さんがお弁当を受け取りに来る前日、お母さんはスマホを見ながら微笑んでいることが多い。
きっと幸一君のお父さんと明日のことでやり取りをして、気付かぬうちに笑みが漏れているのだろうなと思って、僕も微笑ましく思う。
その調子でぜひとも結婚してほしい。
僕と幸一君は、兄弟になる心の準備がもうとっくにできているのだから。
なればこそ、更に後押しはしていかなくてはいけないか、と思う。
僕は今でも、やっぱり幸一君と揃いの苗字が欲しい。
更に言えば、幸一君のお父さんの、本当の息子になりたいとも思っていた。
あの日、幸一君のお父さんに、息子が二人できたみたいだと言ってもらえたことが、本当に嬉しかったから。
僕に今後お父さんができるなら、それは幸一君のお父さんが良い、と僕も思うのだ。
苗字関係なく、今や幸一君のお父さんのことも、家族同然に好きだった。
クリスマスイブ当日は、お母さんが本当に大きなチキンを仕込んでくれて、僕たちは二人で幸一君のお家へと向かう。
そういえば、晩御飯を四人で一緒に食べるのは初めてのことだ。
少し緊張しながらインターホンを押すと、出てきてくれた幸一君は僕に微笑んで、それから僕のお母さんに、頭を下げた。
「寒い中ありがとうございます、どうぞ」
「こちらこそお招きありがとうございます。チキン作って来たから、一緒に食べようね」
「はい」
幸一君と僕のお母さんが、微笑み合いながら話している。
その様子がなんだか嬉しくて、心がじーんとした。
お母さんが先にお家に入って、僕も入る寸前、幸一君に手を触れられる。
近くでその顔を見ると、クリスマスイブの夜に会えて嬉しい、って気持ちが伝わってくるような感じがして、僕は微笑んで、頷いた。
「「お邪魔します」」
リビングに居た幸一君のお父さんに、お母さんと揃って挨拶をすると、少し緊張した様子で迎え入れられるから、こちらにも少し緊張が伝播する。
けれど幸一君がいつも通りの態度で、お皿やカトラリーを配ってくれるから、僕も次第に落ち着いて、食べる準備を手伝う。
お母さんはテーブルにチキンを広げてくれて、他にも沢山のおかずが並んで、長年お母さんの息子をやっているけれど、ここまで豪華なクリスマスイブは初めてかもしれない、と思った。
そのくらい量も種類も多くて、見ているだけで楽しくなる。
「とても豪華だ。作るの大変だったでしょう、ありがとうございます」
「いえいえ、楽しみで張り切り過ぎてしまっただけなんです」
二人が直接話す姿を見るのも久々だった。
料理が苦手だからこそ、作る大変さを知っている幸一君のお父さんと、そんな幸一君のお父さんに気遣わせないよう、楽しみでつい、と言うお母さん。
そうしてお互いを思い遣る姿が、見ていて微笑ましかった。
「では、いただきます」
「いただきます、メリークリスマス!」
「メリークリスマス」
「ふふ、メリークリスマス」
「おお、メリークリスマス」
僕の掛け声に反応してくれた皆が笑い合っていて、幸せな光景だ、と思う。
それから、僕と幸一君はもう、ドラマで観るような、おかずを取り合うような歳ではなくて。
代わりにお互い、気に入ったおかずを無言で相手のお皿に入れ合う。
これは学校でお弁当を食べている時の恒例行事で、僕たちにとっては当たり前のことで。
けれどその様子を見た僕のお母さんと、幸一君のお父さんが驚いた顔でこちらを見ているからハッとした。
「あ、あの、これは」
「仲が本当に良いのねぇ」
「ああ、二人共、本当に優しい子だな」
「へ、へへ……」
不審に思われるかと焦ったけれど、二人は好意的に捉えてくれたようでほっとする。
幸一君は特に気にした様子なく、チキンを食べていて可愛かった。
「まあ、本当に大きい」
「しかももう一つあります」
「あら〜!」
ご飯を食べ終わった後、幸一君が持ってきてくれたのは、噂の大きなケーキ。
実物は確かに大きくて、しかもホールのショートケーキと、ホールのチョコケーキという、確かに幸一君と幸一君のお父さんだけではかなり消費が大変そうな量だった。
「ん」
「わあ、いいの?」
幸一君は持ってきた包丁を、僕に渡してくれて。
ホールケーキを切るなんて初めてのことだったから、ドキドキしつつ嬉しくなる。
僕とお母さんもずっと二人だったから、例えケーキは食べても、それは既に切られたもので。
ホールなんて初めてだから、僕のお母さんもキラキラとした顔をしていて嬉しい。
僕は慎重にケーキに包丁を入れて、それから皆のお皿に移す。
僕がケーキを持ち上げると、幸一君が支えてくれて、各々がお皿を差し出すから、二人で運ぶ。
その光景も新鮮で、凄く楽しかった。
ショートケーキを切った後は、包丁を拭いてから幸一君に渡す。
幸一君は少し笑ってから、チョコケーキの方を切ってくれて、配ってくれるから僕が支える。
幸一君もホールケーキを見るのは珍しいことなのかな、と思ったから包丁を渡してみたけれど、楽しそうにしているので正解だったみたい。
そんな僕たちを、僕のお母さんと幸一君のお父さんは穏やかな顔で見守ってくれていて、少しだけ気恥ずかしいけれど、やっぱり嬉しかった。
「無理に食べず、持ち帰ってもいいからね」
「はい!」
幸一君のお父さんの言葉に僕は頷いて、それからフォークで大きく掬ってケーキを食べる。
甘くて、けれど重くはなくて、さっぱりとしたイチゴと、チョコの方は濃厚な味と香りで、美味しくて、気が付けば全て平らげていて。
あれだけご飯も沢山食べたのに、と驚くお母さんに照れていたら、幸一君も軽々と平らげていて、幸一君のお父さんも驚くから面白かった。
僕とお母さんは同じように生きてきたからよく似ていて、幸一君と幸一君のお父さんも同様に似ていて。
それから僕と幸一君も、同い年で、お付き合いをしていて、ずっと一緒に居るから、行動が似ていて、意思の疎通が取れていて。
それから、同じ歳の息子を育ててきた僕のお母さんと、幸一君のお父さんも、感性が似ていて。
僕と幸一君のお父さんは、幸一君や僕のお母さんを見る目が似ていると思うし、幸一君と僕のお母さんも、僕や幸一君のお父さんを見る目が似ていると思う。
皆それぞれに、それぞれの共通点があって面白い。
そこに共通しているのは全て、『愛しい』という気持ちであるように思えた。
この光景が続けばいいなと思う。
この光景が、本物になればいいなと思う。
ケーキを食べ終わり、僕のお母さんと幸一君のお父さんが残したケーキはラップで包んで、それぞれ冷蔵庫に仕舞われる。
僕は幸一君とカトラリーを回収して、ついでに二人で洗って、戻る頃には机の上もすっかり綺麗になっていた。
「これ、クリスマスプレゼント」
「えっ!」
「まあ、良いんですか?」
ふう、と席に着くと、幸一君のお父さんから渡されたのはクリスマスカラーの小包。
僕と幸一君にそれぞれ渡されて、どうぞと微笑まれるので開けると、そこには上等そうなハンカチが入っていた。
「ささやかな物だけれどね」
幸一君のお父さんの、そんな声が聞こえるけれど、これは多分ささやかな物ではないのではないかなと思う。
僕のイニシャルが入っているし、何より箱に入ったハンカチというのを、僕は初めて見た。
それから幸一君が手元を見せてくれるので覗くと、同じ柄の色違いで、幸一君の分にはちゃんと、幸一君のイニシャルが入っていて。
僕の分も幸一君に見せると、ちょっと嬉しそうにするから、僕も嬉しい。
きっと僕と同じように、お揃いを嬉しいと思ってくれていたんだと思う。
「かっこいい……!ありがとうございます!」
社会の出ても使えるデザインが、社会の先輩としても応援してくれているような気持ちになって嬉しい。
幸一君のお父さんは微笑んだ後、更に手を差し出してくるので、僕も釣られて手を伸ばす。
「これは出張のお土産。一つ一つ手彫りだそうだ」
「わあ、ありがとうございます」
見ると、熊がバンザイしており、そのリアルな顔の質感と、バンザイというポーズのギャップが可愛いキーホルダーだった。
このお土産は僕のお母さんにも渡されていて、ちょっと照れ合っている二人に僕まで照れた。
「俺も貰った」
「わ、じゃあお揃いだね」
今日だけで、幸一君とのお揃いが二つもできた。
嬉しくて微笑むと、幸一君も小さく笑ってくれていた。
「それと、お正月……も、良ければこうして一緒に食べませんか。うちの実家からミカンが沢山届くので、お裾分けもしたいなと」
「まあ」
ミカン、と聞いて幸一君の顔を見ると、真剣な顔で頷かれるので緊張する。
そんなに『沢山』なんだ、とその幸一君の顔から察せられたのだ。
「ではおせちを作って来ますね」
僕のお母さんがそう言うから、僕も手伝うよ、の意味を込めて頷く。
けれど幸一君のお父さんは直ぐには頷かず、頬を掻いているので不思議に思った。
「いえ、お正月はゆっくり休まれてください。おせちも、注文……してありますから」
恥ずかしそうに言う幸一君のお父さんに、僕と、僕のお母さんは驚き、幸一君は呆れた顔を見せる。
クリスマスイブだけじゃなくて、年明けもまた皆で会えることが決まって、僕は凄く嬉しい。
それから、ゆっくりと頷く僕のお母さんを見て、お正月はゆっくり休んで、という幸一君のお父さんの発想を見習いたいと思った。
おせちについて、小学生くらいの時、いつも料理を作ってくれる人が、お休みをするためのものでもあると学んだ気がする。
すっかり忘れていたその意味と、休ませてあげたいと思ってくれる幸一君のお父さんの優しさが僕にも染みた。
それから帰る時には、明日にどうぞと、焼き菓子とシャンメリーまで渡されて、僕は笑ってしまった。
幸一君のお父さんが、これだけ沢山のものを用意して、今日のことを楽しみにしてくれていたことと、楽しませようとしてくれたことが、凄く凄く、嬉しかったから。
「では、良いお年を。お気を付けて」
「良いお年を、ありがとうございました」
「良いお年を!ありがとうございました!」
「良いお年を。また」
「うん!」
僕と幸一君は、明日また二人で集まって冬休みの課題を一緒にこなす予定だった。
だからまたね、と別れて、僕と、僕のお母さんは車に乗り込む。
今日はお母さんも運転があるし、僕と幸一君も未成年だからお酒は無かったけれど、いつか、皆で飲める日が来たりするのかな、と思うとワクワクする。
そんな未来を容易に思い描けるほど、今日のクリスマスイブ会は幸せで満ちていた。




