良い案
それからお粥を温め直して、食べ終わる最後まで、僕が久保井君のお口にスプーンでお届けした。
さっきまでいっぱいキスして来ていた久保井君が、食べている時は大人しいのが面白い。
「そういえば、お家の人は?」
久保井君が食べ終わる頃には、もう僕もまた、帰らないといけない時間で。
けれど久保井君のお家は、久保井君しか居ないようだから、少しだけ気になった。
「父親だけ。今日も残業だと思う」
「……そうなんだ、大変だね」
今日もってことは、多分、いつもなのかなと思って、本当に大変そうだと思う。
それに、大変なだけじゃなく、寂しいだろうな、とも思った
久保井君ももう高校生だし、そんな歳ではないかもしれないけれど、僕とお母さんが住むマンションは、扉を全て開ければ、全ての部屋が見渡せるくらい狭いから。
久保井君のお家は立派な一軒家で、こんな広いお家で一人は、寂しいだろうなと思った。
「いつもご飯はどうしてるの? 」
「適当」
「もう」
その内容を聞いているのに、と拗ねてみせると、久保井君はちょっと笑って僕の頬を撫でる。
「……本当に適当。食費渡されて、やりくりするだけ。弁当とかパンとか。買って食べてる」
「ええ、お父さんも?」
「多分。遅くまで帰ってこないし、外食か似たようなもんだと思う」
「……そんな」
それは体に悪いのではないか、と思う。
具体的な知識はないけれど、体を壊してしまいそうな気がする。
「父親はいつも俺が寝た後に帰ってくる。朝は俺が起きる前に出ていく。だから会ってなくて分からない」
「久保井君……」
いつからなのだろう。
いつから、その生活スタイルなのだろう。
想像したよりもずっと、僕なら寂しいと感じる内容だった。
だから、今ふと、思い付いたことを口にしてみる。
「あの、さ。僕のお母さん、料理教室の先生なんだ。それで、料理教室で作ったお手本の料理を持って帰って来るんだけど、いつも余らせがちで」
「へえ」
「お母さんに聞いてみなきゃだけど、良かったら、晩御飯として食べる……?」
「え」
僕の提案に、久保井君は純粋に驚いていた。
僕のお弁当を食べてくれていた久保井君なら、どんな感じの味付けなのかは知っていると思う。
だから、もし苦手じゃなければ、いつも余らせちゃう分を、久保井君や、久保井君のお父さんが食べてくれたら、全員がハッピーになるのではと思ったのだ。
「どうかな、衛生面とかもちゃんと安全だと思う。久保井君が嫌じゃなかったら、だけど」
「……嫌じゃない。秋村の家のご飯、いつも美味しいと思ってた。そうか、料理教室の先生だったんだな」
「うん」
にこ、と笑うと、二人の間の時間が止まって、またキスされる。
「もし良いなら、俺も父親に話す。ちゃんと金払わせて」
「うーん」
お金となると、また話が変わってくるのかなぁと悩むと、久保井君に撫でられていた頬が、柔く摘まれる。
「大丈夫。俺の父親は、仕事ばっかしてたせいで母親に捨てられるくらい、仕事人間だから。その分稼いでるよ」
「……久保井君」
そう言う久保井君の顔は微笑んでいたけれど、僕も久保井君の頬を摘んで、目を見る。
「笑い話にしなくていいと、僕は思う」
僕のお父さんは、僕が幼い頃に亡くなったらしい。
それ以来、お母さんは一人で僕のことを育ててくれている。
だから、親が片方だけの寂しさは少しだけ分かる。
僕はお母さんと仲が良くて、毎日晩御飯を一緒に食べているから、まだ寂しさは薄い方、だけれど。
それでもやっぱり、外で家族連れを見たり、他の人のお父さんとの仲のいい話を聞くと、やっぱり少し羨ましい。
それは僕にお父さんの記憶が無いから、純粋にそう思えるだけかもしれなくて。
久保井君はいつ、お母さんが居なくなったのだろう。
まだこの世に生きていて、それなのに会えないという寂しさは、僕のお父さんと会えない寂しさとはまた違った寂しさがあると思った。
それに久保井君は、お父さんともあまり過ごせていないようで。
それは寂しいなと思う。
だから、笑い話にしなくていいよ、って思った。
僕は久保井君が、傷付きながら笑うことを受け入れたくない。
僕の言葉を聞いて、久保井君は少し黙った後、やっぱり少しだけ寂しそうな顔をした。
だから、もし、僕が晩御飯をお裾分けできることで、久保井君と久保井君のお父さんが、一緒にご飯を食べたり、一緒には無理でも、感想を言い合えたりできたとしたら。
それができなかったとしても、二人の食生活が健康的になって、二人の体を守ることができるのなら。
それはやっぱり、良い案だと思った。
「今日帰ったら話してみるね」
「……ありがとう」
「うん。もしだめだったら、僕が作るからね」
「何でだよ」
笑う久保井君を、僕は抱き締める。
同い年なのに大人っぽい久保井君の、片鱗を見たから。
僕が沢山抱き締めて、沢山好きって言うから、僕の前では、久保井君が素直で居られますように。
「名残り惜しいけど、お母さんに相談する為にも帰るね」
「ん」
「大好きだよ」
「……ん」
最後にもう一度だけキスをして、僕は久保井君のお家を後にした。




