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第13話:二つの牙と、新たな市場

大阪城公園ダンジョンの地下2階層。

1階層の石造りの通路とは異なり、ここは古びた本丸の地下遺構を思わせる、より広大で入り組んだ構造になっていた。湿った土の匂いに混ざり、どこかカビ臭い、そして魔物特有の生々しい鉄の臭いが濃くなっていく。

「行くぞ、ケイ。1階層のスケルトンより、さらに『肉質』が硬い相手だ」

「カァッ」

進化した『星宿烏セイシュクガラス』であるケイは、漆黒の羽をパチパチと銀色の光粒子で明滅させながら、俺の肩で鋭く周囲を警戒している。

通路の先、崩れた石垣の影から姿を現したのは、鈍い灰色の皮膚を持つ人型の魔物――『泥骨鬼 Lv.13』だった。

全身が硬化した泥と硬質の岩盤で構成されており、動きは緩慢だが、その防御力と一撃の質量は1階層の足軽スケルトンの比ではない。それが2体、こちらを認識して重苦しい足音を立てて歩み寄ってくる。

「……ちょうどいい実験台だ。ケイ、【星の導き・フェイズ2】」

ケイの金色の瞳が発光すると同時に、俺の網膜へ瞬時に情報が投影される。泥の巨躯の奥、胸部のやや左寄りに、赤く明滅するラグビーボール大の「魔力核」が透けて見えた。

ドゴォン! と、1体目のゴーレムが丸太のような剛腕を振り下ろしてくる。

俺は新スキル【剛力・初級】を全身の筋肉に走らせ、愛刀『炭化タングステン製・剛直刀』を両手で構えた。避けない。剛田さんとの試験、あるいは訓練所での戦闘を経て、俺の身体はこの黒刀の「質量」を完全にコントロールしつつあった。

刃の腹でゴーレムの拳を受け流し、そのまま刀身の重みを利用して円運動を描きながら、赤く光る胸の核へと黒刀を突き立てる!

ズガァァン!!

黒刀の圧倒的な硬度と【剛力】の乗った一撃が、ゴーレムの強固な岩の胸壁を強引に破砕した。核を貫かれた個体が、崩れる泥の山へと還っていく。だが――、

「グゥゥオオオッ!!」

残されたもう1体が、同胞の消滅と同時に、こちらの硬直を狙って両腕を大きく振りかざした。墓石を叩きつけるような、全方位への圧殺打撃。

「しまっ――」

ステップでの回避は間に合わない。俺の攻撃手段は、この黒刀をもう一度振り抜くことだけだ。しかし、この至近距離から大振りの刀を構え直す時間は残されていない。こちらの「手数の少なさ」が、最悪の形で牙を剥いた瞬間だった。

「ケイ! 【星の欺瞞】!!」

咄嗟の叫びに応え、ケイが激しく羽ばたき、視界を覆い尽くすほどの銀河の如き星屑を撒き散らす。その瞬間、俺の脳内からガクンと魔力が引き抜かれる不快な感覚が走った。残量ステータスが一気に限界値へと跳ね下がる。

ゴーレムの振り下ろされた両腕が、空中でわずかに軌道を曲げた。俺の頭上ではなく、俺のわずか1メートル左側の地面へと猛烈な勢いで叩きつけられる。ズズン、と衝撃波が俺の足を震わせた。ケイのスキルによって、魔物の五感が完全に誤認させられた証拠だ。

持続時間はわずか3秒。

俺は歯を食いしばり、泥に足を取られながらも、無防備に背中を晒したゴーレムのうなじへと回り込んだ。フェイズ2の光の線が、首の裏にある第二の核を指し示している。

「これで……終わりだァッ!」

全身のバネを使い、タングステン刀を全力で横薙ぎに叩き込む。

バキィィィン!!!

炸裂音と共に泥の頭部が消し飛び、2体目のゴーレムもまた、ただの土塊へと崩れ落ちた。

「ハァ……ハァ……ハァ……っ!」

静寂が戻った通路で、俺は黒刀を杖代わりにし、その場に膝をついた。

脳を直接冷やされるような猛烈な眩暈が俺を襲う。ステータスを確認するまでもない。俺の魔力は、完全に枯渇寸前だった。

「やっぱり……ダメだ。これじゃ連戦はできない……」

新スキル【星の欺瞞】の効果は絶大だ。格上の動きを確実に3秒間狂わせる。しかし、それを使うための代償(魔力)が大きすぎる上に、俺が「一撃」を仕留め損ねた瞬間に、こちらにはそれを補う手数が存在しない。もし生駒山の土蜘蛛が、あの八本の脚でデタラメに暴れ回ったとしたら、この3秒の間に俺一人でその防御を崩し、急所を撃ち抜くのは不可能に近い。

「搦めからめてが必要だ。俺の魔力を消費せず、かつ土蜘蛛の脚を一本でも多く拘束できる、物理的な『手数』が……」

俺は床に転がったゴーレムの濁った魔石を拾い上げ、簡易鞘に黒刀を収めた。課題は完全に浮き彫りになった。ならば、次の一手を打つまでだ。

翌日。俺は大阪・梅田の地下街のさらに奥深く、Eランク以上のテイマーだけが入場を許される『ギルド公認・使役魔獣市場』へと足を運んでいた。

扇町公園でのフロアボス戦、そして大阪城公園での魔石売却により、俺の口座には約12万円の資金がある。新しい使役モンスター(セカンド魔獣)を契約するか、あるいはそのヒントを得るための市場見学だ。

「おいおい、活きのいい『火炎トカゲ』が今なら5万円だよ!」

「こっちの『剛毛熊の幼体』は前衛の壁役に最適だ! テイム石付きで8万!」

市場の中に一歩足を踏み入れると、そこは日常の梅田からは想像もつかない、熱気と獣臭が渦巻く異界だった。頑丈な鉄格子のケージが所狭しと並び、中には様々な属性や能力を持った魔獣たちが、鋭い眼光で人間たちを睨みつけている。

多くのテイマーたちが「火力が高い魔獣」や「見栄えのいい魔獣」を求めて品定めする中、俺の目的はただ一つだった。

――俺の極小の魔力キャパシティでも維持でき、かつ単体で高い「拘束力」や「手数」を持つモンスター。

「……どれもこれも、維持魔力が高すぎるな」

ケージの前に掲げられた魔獣たちのスペックシートを見ながら、俺は小さく息を吐いた。

前衛の壁役として優秀な『剛毛熊』などは、確かに頑丈で手数も補える。しかし、彼らを現界させ続けるための「維持魔力」は、現在の俺のステータス(魔力18)では、ケイとの二重維持をした瞬間に破綻してしまう。テイマーとしての基本スペックが低すぎる俺にとって、王道の戦闘型魔獣は高嶺の花でしかなかった。

「カァ」

肩の上のケイが、市場の奥の薄暗い一角を指差すように、短く鳴いた。

「ん……? あそこは……」

そこは、市場の主流からは外れた『特殊・幻獣種コーナー』と書かれた、ひときわ人気の少ないブースだった。薄暗いマジックミラーのケースの中に、それは静かに佇んでいた。

体長は50センチメートルほど。燃えるような、しかしどこか儚い淡い炎の色彩を帯びた毛並みを持つ、一匹の美しい狐だった。――『幻影狐 Lv.1』。

====================================

**【個体識別:幻影狐】**

* **現在のレベル:** Lv.1

* **必要維持魔力:** 極小(自己魔力供給型)

* **保有スキル:** 【狐火きつねび】【幻影歩法】【足絡め】

* **市場価格:** 4万5000円(戦闘力不足による売れ残り)

====================================

「必要維持魔力が、極小……?」

俺はその解説文に目を釘付けにされた。

通常、狐系の幻獣種は気位が高く維持魔力も莫大だが、この個体は「自血反転」という特異体質により、周囲の環境魔力を自ら吸収して体内で循環させているため、テイマー側の維持魔力をほとんど消費しないらしい。その代わり、純粋な「噛みつき」などの物理攻撃力は皆無に等しく、ただの『目眩まし役』として長らく売れ残っているのだという。

だが、俺の脳内にある座学の知識と、現在の課題が、パズルのピースのようにカチリと噛み合った。

「直接的な攻撃力は要らない。こいつの【狐火】による目眩ましと、【足絡め】の俊敏性があれば……」

ケイの【星の欺瞞】で土蜘蛛の目を奪う3秒間。その瞬間に、この狐が土蜘蛛の足元へ滑り込み、八本の脚を強引に【足絡め】で拘束し、動きを完全に止める。そうすれば、俺は土蜘蛛の反撃を恐れることなく、狙い澄ましたタングステン刀の一撃を正確に急所へ突き立てることができる。

手数と魔力不足という二つの課題を、この「維持魔力ゼロの狐」なら同時にクリアできる可能性がある。

「……面白い。カラスと、狐か」

俺は懐のギルドカードを握り締め、ケースの奥で退屈そうにこちらを見つめる、知性の宿った狐の瞳をじっと見つめ返した。

格上の喉元を食い千切るための、もう一つの牙。世界が「戦闘力なし」と評したこの売れ残りこそが、俺たちにとっての最高の相棒になるかもしれない。

俺はゆっくりと、ブースの店員を呼ぶために手を挙げた。


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